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あなたと

作者: 空色なずな

『あなたは選ばれた存在なの。みんなのために尽くしなさい。』

 幼い僕にたっぷり刷り込まれた言葉。呪いのように僕を掴んで離さない言葉。

 僕・ヒカルは選ばれた存在らしい。

 僕の村には大きな湖があって、そこには邪悪な竜が眠っている。その昔、竜は目覚めるたびに村を荒らしていた。それに困った村民たちは、50年に1度、誰かを捧げることにしたんだ。そのかわり、竜は村を襲わない。飢饉に悩まされることもない。

 竜は17歳くらいの若者を好むらしい。そこで抜擢されたのが僕だ。まあ、末っ子だし、母さんは病気で亡くなったし。

 僕をゆっくり育てて、竜に捧げて、みんなハッピー。これが全てだ。

 あと1年、僕の寿命が。

「…はぁ…。」

 死にたくない、わけじゃない。けど、ちょっと寂しいんだ。


 いつも通りの散歩も、最近は感慨深いものになっている。次、この冬景色を見る頃には僕は存在しない。

「おはようございます。」

「おはよう。」

 村の人は、みんな敬語で挨拶する。僕に恨まれたくないからかな。

「…あっ、リアー!おはよー!」

「おはよう、ヒカル。」

 この子はリア。僕の隣に住んでいる友達。髪が長くて、寒がりだから、冬はいつも、フワフワのコートとスカートを着ているんだ。

「なにしてたの?」

「これを村長さんに届けるの。」

「手紙…?」

「そう。ヒカル、後で話したいことがあるから一緒に来てくれる?」

「もちろん!」

 そう答えると、リアはニコッと笑って手を絡めてくる。もう小さい子供じゃないのに…。少し恥ずかしいけど、握ってあげた。

 はぁーっと息を吐くと白く見える。耳がピリピリとする。冬は、おもしろい。


「村長さーん、手紙を届けに来たよー。」

「ん、リアか。ありがとう。パウンドケーキは好きかな?」

「すきー。」

「僕も僕も!僕の方がすき!」

「はいはい。じゃあ2人あげよう。」

 村長さんが作るお菓子にハズレはない。どれもが至高の1品だ。

 ふわりと切って、小さく切った包み紙へ。

「落とさないようにな。」


 まだ少しあたたかいパウンドケーキを持って、広場へ走る。大人たちが仕事をしているなか、僕らのケーキブレイクが始まる。ペリペリと包み紙を取って思わず、わぁと声が出た。

 まずひとくち。やっぱり素敵な味。卵やら小麦粉など、簡単な材料なのに魔法だ。隣のリアも目を輝かせた。手のひらほどの大きさなのに、あっという間に溶けていく。

 村長さんに感謝せねば。そう思い立った頃には、手中のパウンドケーキは消えていた。

「そういえば、なにか僕に話したいことがあるんじゃなかった?」

「そうだったね。…ちょっと、移動しよう。」

 手を引かれるまま、景色が流れ出す。

 リアはなぜか、変な顔をしていた。苦いものを食べたような、甘いものを食べたような。

 リアの手は大きくて、しっかりと僕の手を掴んでいる。


「ちょっと久しぶりに来たかもー!」

「そう?どこか座っていいよ。」

 着いたのはリアの家で、1ヶ月ぶりくらいにリアの部屋に入った。僕の定位置・ベッドの上に腰を下ろす。コートを脱ぐと、自然とそばの壁に掛けられた。

「…村長さんの手紙とも関係があるのだけど…。」

「うん、なに?」


「私、ヒカルが湖に向かう日に、舞を納める役割を任されたの。」


 …え?

 僕が湖へ向かう前に、舞は納められる。同年代くらいの、選ばれなかった子達が舞うのだ。男3人、女2人で構成され、まだ男が1人見つかっていないと聞いている。でも…。

「リアは…。」

「ごめんなさい。『男のくせに女の子みたいなものが好き』ってずっと言えなかったの。」

「…なんで?」

「…わ、私…ヒカルが…好きだから…。」

「え…。」

「ただ好きなんじゃない。お父さんやお母さん、村長さんや友達とは違う『好き』だったから…。ごめんね、気持ち悪いよね。忘れていいから…。」


 なんでだろう。とっても嬉しかった。『すき』って言われたから。

 女の子じゃなくても、ただ嬉しかった。

 うれしい、うれしい、うれしい。

 嬉しさで胸がいっぱいになって、逆に苦しくなってしまいそうだ。

「僕も、リアが好きだ。」

「え?」

 ベッドから立ち上がり、リアを抱きしめる。やっぱり、僕より少し背が高い。空虚な時間に、リアの泣き声が響く。

 辛かっただろうな。自分は男なのにスカートが履きたくて、自分は男なのに男を好きになって、それを言えなくて。

 言ってくれて、ありがとう。



 僕は、生まれた時から今まで、ちゃんと勉強したことがない。まあ、寿命が短いからね。全てを雰囲気で片付けているんだ。

 本はあるけど、字が読めないから挿絵で楽しんでいる。母さんはいないし、父さんは働き詰めだから、いつもひとりだったんだ。僕を育ててくれた乳母も、もう年老いて他界してしまっている。

「ヒカル?」

「…なんでもないよ。」

 僕たちはピクニックに来ていた。お弁当はリアが作って、僕がピクニックに最適な場所を探したのだ。

 いやしかし、僕は本当に役に立ったと思う。なんだこの素敵な場所は。鳥の囀りが聞こえ、近くには川が流れ、眼下には僕らの村が広がっている。

「…私、この場所に来れて良かった。」

「なんだよいきなり。まだお弁当も食べてないでしょ。」

「…ヒカル、本当に行っちゃうの?」

「うん、みんなのために竜を鎮めてみせるよ!」

「…そっか。」

 唇に柔らかな感覚が走って、心臓が跳ね上がる。やっぱり、リアだから嬉しさしか感じない。

「…心臓がうるさいね。」

「僕もだよ。」

 リアの胸は硬くて平らだったけど、確かにドクドクと生きていた。いつもダボっとした服しか着ないから、若干迷いながらリアも触れる。ひとつ間が空いた。

「…ヒカルも同じだ。」

 やっぱり僕もドクドクしているらしい。さあ、お待ちかねの食事タイムといこうじゃないか。

 初夏にふさわしい爽やかな風が、僕らの髪を揺らす。そういえば、髪を切りたいのだった。放っておきすぎたせいで、もう少し伸びれば肩についてしまいそうなのだ。



「いやぁ、大変おめでたいですね。お子さんが選ばれるなんて。」

「ありがとうございます。」

 久しぶりに聞いたお父さんの声が、少し気持ち悪い。

 僕が今いるのは神聖な部屋という名の牢屋だった。もうすぐで冬が来る。冬が来て少し経てば、僕の誕生日だ。逃がさないようにだろうな。僕は、逃げたりしないのに。死は怖いことじゃないんだから。

 毎日、ただ淡々と運ばれる食事を口にして、適当に考え事をしながら1日を終える。提供される食事はどれも豪華で、量が多かった。たまに気持ち悪くなってしまうけど、みんなのために食べた。

 小さな窓からは広場の景色が見えて、たまに村長さんがお菓子を投げ入れてくれた。友達がカエルを入れた時はびっくりしたな。新鮮でおもしろかったけど。お腹抱えて笑っちゃったよ。

「ヒカル?」

「やあ、リア。調子はどう?」

「元気だよ。ヒカルは?」

「普通かな。やっぱりずっとここは飽きちゃうよ。」

「そうだよね。だから、これを持ってきたの。」

 そう言ってリアがくれたのは、紙を糸で束ねたものだった。あとペン。ちょうどいい。絵を描くのは嫌いじゃない。

 その日から、僕は絵を描き続けるようになった。竜、友達、村の風景、夢、自分、リア。白い場所が埋まっていくのが楽しかった。前に描いたものを見返して、改善点を考えてみたりもした。

 今日は少し寒いなぁ。毛布をお願いしようかな。



「明日はいよいよ村に尽くすことができる日です。…ちゃんとルールは守れますか?」

「はい!」

「…それでは、日が沈む頃には戻ってきてくださいね。」

 やったぁ!

 明日は僕の命日だ。だから僕の今日の朝に自由時間を要求した。叶えてくれなければ、明日呪ってしまうかもとも言った。それが見事達成されたのだ。

 今は午後。日が沈むまでは長くはない。けれど、とてもワクワクした。

 怪我をしないこと。むやみに何かを食べようとしないこと。絶対に帰ってくること。

 走ったのはリアの元だった。リアの家へ走り、扉を叩く。

「…え、ヒカル!?」

「今日だけ外出を許可されたんだ〜。」 

 リアは背が伸びていて、珍しくズボンを穿いていた。もう僕より頭1個分の差をつけている。僕、最近ずっと伸びてないんだよなぁ。

 リアの部屋に招かれ、どうでもいいような話をたくさんして、たくさん笑って。明日のことなんて忘れてしまうほどだった。

「…最後に、なにか僕にできることはある?なんでも言ってよ!」

「…なんだろう……もし、良かったらでいいんだけど…。恋人っぽいことがしたいな…なんて思ったり…?」

 ん?恋人っぽいことってなんだ?一瞬考えて、あ、と思いつく。確か、1度だけ聞いたことがある。

「いいよ、叶えてあげる。」

 快く答えて、服に手をかけた。男同士だとどうなるのか分からないけど、いつも通り、雰囲気で。

 もういいかなと思ってリアの方を見ると、リアは目を見開いていた。

「…どうかした?」

「…ヒカルって、男じゃないよね。」

「え?」

 確かに、リアを見ると、僕とは少し違う。僕の方が、丸くて、柔らかそうで…。

 いや、納得できない。どういうことだ?

「…男って、『かっこいいものが好きな人』じゃないの?体は色んな種類があるんじゃないの?」

「違うよ。そうなら私は身も心も女の子になっちゃう。」

「あれ…確かに…。」

 胸が痛い。頭が痛い。どういうこと?僕は男じゃなかったの?でも、僕は…。


「僕は…だれなの?」


 疑問だけが渦を巻いて、僕を支配する。怖くなって、膝が笑う。


「ヒカルは…女の子だけど、男の子なんだよ。」


 リアの確かな声が、虚空に響く。

 そうだったの?ずっと僕は勘違いしてたの?いやだ。僕は女の子だって信じたくない。間違えてたって思いたくない。

「僕は…僕は…っ!」

 僕はだれ?なんだ?女か?男か?僕はどうなりたい?

「僕は…どちらでもない…。」

「どういうこと…?」

「僕は、体は女だったのかもしれない。けど、男でもありたい。だから…どちらでもないんだ。」

「すごく、素敵だと思う。私だって、男の子だけど可愛いものが好きだもん。」

「…こんな僕だけど、愛してくれる…?」

「もちろん。どんなあなたでも愛したい。」



「起きてください。朝でございます。」

 嫌な敬語を目覚ましに起きれば、多数の大人が準備をして僕の部屋の前に立っていた。

 今日は、いよいよ僕の誕生日。

『素敵ですよ、ヒカル様。』

『この度は誠におめでとうございます。』

『あなたは選ばれた人なのですから、胸を張ってください。』

 綺麗な服を着せられ、髪はきっちりと整えられ、もちろんご飯も忘れない。湖までは少し歩くので、楽しみにしていたら、馬車を用意されていた。

 

 ゴトゴトと動く馬車に身を預け、窓の外をぼうっと眺める。ふと、窓の外で馬にまたがるリアが見えた。今日はみんな、白っぽい服なんだなぁ。ただでさえ雪が降っているというのに、見分けがつかないね。


 場所に着くと、大人たちは全員後ろに座る。舞が始まった。もちろんリアもいる。

 リアたちの舞は優雅で美しく、それでいて芯の通ったものだった。ちらりと僕も見てくれた。

 さあ、いよいよ僕が向かう番だ。

 大人たちは祝いの言葉を述べ、湖を向く。

 雪だというのに、湖は凍っておらず、やけに青く澄んでいた。結構高いところだ。飛び込めば、一瞬で切れるだろう。

 昨日、やっと僕は誰か分かったのに。もう少し、リアと一緒にいたかった。友達と遊びたかった。なにが竜だよ。なにが『みんなのため』だよ。

 そんなもの…消えてしまえばいいのに。

 いまさら生まれてしまった感情は、もう戻らない。

「…生きていたいなぁ…。」

 白い息しか残らないけど、涙しか流せないけど、僕は終わりを告げるんだ。


 その時だった。

「ヒカル!」

 リアが、僕の手を掴んで走り出す。

「リア…?」

 友人を掻き分けて。大人たちにも目もくれず。僕の手を引いた。剣を持ったやつが来ても、必死で走った。

 血が吹き出す手で僕を押し上げ、馬を走らせる。矢がリアの手をかすめた。

「ヒカル、一緒に生きよう!どこか楽しいところに行こう!」

「でも僕は…みんなのために…。」

「みんなのためじゃない!ヒカルのために、生きてみようよ!私たちの場所、どこかにきっとあるはずだから!」

「…うん!」


 雪景色の中、血を滲ませながらリアは馬を走らせた。不思議と不安はなかった。



 僕らは、生きる。

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