かの有名な階段落ち・後
「おい、三日連続で来たぞ」
ネコの精霊が呆れを通り越して、なんだかゲンナリしている。
「聖女も懲りないね。でも今日は午後に用事があって急ぐから一人で来るって、フェアリス言ってたから。今日こそは私の出番」
「おう、がんばれよ」
「任せて!」
フェアリスが学園にいるのは、卒業まで。もうあと少ししかない。
忙しくても、少しの時間でも、フェアリスが私と話しに来てくれるのが嬉しくて。
私はフェアリスに嫌な思い出を残したくないのだ。
多忙なフェアリスが足早に上階に現れて、直後。
すでにウォームアップをしていた聖女がすかさず駆けてくる。
まずは小手調べ。
私は階段の全ステップを、尖った玉石で敷きつめた。言わずと知れた足ツボマットである。
私謹製足ツボ階段は、靴底をも貫通して的確にツボを撃ち抜き、激痛を与える。体に不調のある人はとても走れない。
「ぐっはぁっ!?」
駆け上がる聖女の速度は格段に落ちた。このノロノロさで階段落ちは至難の技だろう。
私は気合を入れて叫んだ。
「まだまだぁっ!」
次なるは踊り場。超強力接着剤が聖女の靴を離さない。
「くっ!!!」
うめく聖女。ここであきらめるかに見えた聖女は、なんと貼りついて微動だにしない靴を見捨てた。裸足で数段上がり、下に身を踊らせる……!
「今日こそ落ちてやるわっ!」
「甘いっ!」
この対決のために退避させていた分厚い絨毯を、全力で展開する。
ぼふり!
聖女の全身を、何重にも重ねた絨毯で包みこむ。あとは繊細な操作で、絨毯を階下に移動させるだけである。
「勝った。」
「お見事」
ネコの精霊からの称賛に、私はちょっと照れた。
でも内容としては思い通りの完璧な試合運び。自画自賛。
もう今日の勝利を確信して、……私は完全に油断していた。
まさか聖女が、こんな場面で、大精霊に話す力を行使するとは思っていなかった。
「風の大精霊!あたしを階段から落として!」
気がついたときには遅かった。
暴風が吹き荒れて、絨毯が弾き飛ばされた。
精霊として目覚めてわずかな私では為すすべもない、圧倒的な力。
聖女の体が階段から落ちていく。
*****
フェアリス。
一人ぼっちの私と話してくれた大切な友達。
その友達を、私が追いつめる原因になってしまう……?
そんなの、絶対に嫌だ。
*****
必死に風に抗うのと、フェアリスの声が聞こえたのは同時だった。
「砂時計の精霊!」
次の瞬間、見えていたものが逆向きに動き始めた。
すべてが巻き戻っていく。風の大精霊は消え、絨毯も階段も、何事もなかったように元に戻っていく。
きっちり三分、時間を遡って、そこで巻き戻りは止まった。
それはちょうどフェアリスが上階に顔を見せ、聖女が駆け出す直前。
「あんた、なんなのよ……」
呆然とする聖女。
ゆっくりと階段を降りてきたフェアリスが、聖女の前に立った。
「今のは、わたくしの守護精霊の力ですわ。時間を巻き戻す力ですの」
「そんなのって……」
「殿下もあなたも、四大精霊のことばかりですけど。精霊はみんなそれぞれの力があって、みんな唯一無二の大切な存在なんですのよ」
フェアリスが私を見て、微笑んだ。
「あなたが何度階段から落ちようとしても、わたくしたちは必ず阻止しますわ。あなた、それでもまだやりますの?」
フェアリスが、最高の友達すぎる。