かの有名な階段落ち・前
季節は巡り、フェアリスがまもなく学園卒業の時期を迎える。
ついでに、王子と聖女も卒業するそうだ。留年や落第の仕組みがなかったのが惜しまれる。
でも、私は知っている。
異世界恋愛系ラノベでは定番、むしろここからが本番なのだ。
卒業パーティーでの婚約破棄。に先立つ、階段落ち。
聖女が、階段から突き落とされた、とやってもない罪をなすりつけてきて、王子が「そんな女は俺の婚約者にふさわしくない!婚約破棄だ!」と宣言する。有名なくだりだ。
フェアリスは私の友達。そんなことはさせない。
というか、フェアリスの気持ちを考えると、王子との婚約解消はむしろ喜ばしい。でも冤罪はダメだ。
相変わらず、私の膝の上でくつろぐネコの精霊に、私は決意を語った。
卒業まで残り一週間を切ったところで、事態は動いた。
「聖女、ほんとに来たな」
ネコの精霊がぼやく。
バタンと大講堂入口の扉が開いて、聖女が階段を見上げていた。視線は私とネコの精霊とを素通りしている。やはり私たち精霊の姿は見えていないらしい。残念聖女だ。
が、しかし、思ったより頭は回るのかもしれない。
「フェアリスが大講堂の階段をよく使ってる、って調べてここに来たんなら、侮れないわ」
「ふん。王子よりは優秀かもしれないな」
おネコ様、それは比較対象が間違っています。
「だが、おまえに気がつかないようじゃ、うまく行くはずがない」
「ふふ、私、絶対に階段落ちなんてさせませんよ♡」
本当は、聖女に階段の精霊の祝福を贈れば、絶対に階段でコケなくなるので、それが一番確実なのだ。
でも、聖女は私の友達に辛い思いをさせた。そんな者に贈る祝福は持ち合わせていない。
お昼過ぎ。
いつもフェアリスが来てくれる時間になって、ちょうど上階にフェアリスが現れた。今日はここまで、同級の女子学生と一緒に来たらしい。
それを見た聖女が階段を駆け上がる。踊り場を三段上がったところで、聖女はわざとらしく足を踏み外した。
「きゃー……あ、アレ?」
踏み外したが、しかし、聖女の目論見は外れた。身体のバランスは崩れず、階段落ちは実現しなかった。
聖女は片足立ちの格好で、なぜかビシッと絶妙なバランスが取れてしまう。
フェアリスと一緒にいた女子学生が目を丸くして尋ねる。
「聖女サマ?階段の途中で何をなさってますの?……東方の国に伝わるという雑技団のマネですか?」
「かの有名な伝説の秘技、Y字バランスというものでは?」
フェアリスのツッコミはどこかズレている。だが私の友達、そこがかわいい。
「階段の、今、力使ったか?」
ネコの精霊に訊かれて、私は否定した。
今日、フェアリスと一緒にいた女子学生は偶然にも、周年祭のときに私が祝福を贈った女子学生だった。生涯、階段でコケなくなる、あのささやかな祝福持ちの女子学生である。祝福は本人の周囲、半径五メートルに適用される。
「Y字バランスって、そ、そんなわけないでしょ!!!あんたたち、こっち見るんじゃないわよ!」
「え……そんな目立つポーズ、ガン見不可避……ねぇ、フェアリス様?」
聖女は顔を真っ赤にして立ち去った。
ネコの精霊は、呆れたように聖女を見送った。
ちょっとしまらなかったので、ちょっとした悪役ムーブでつぶやいてみる。
「私が力を使うまでもなかったわね」
でも、私としては、階段落ちがなければそれでいい。
翌日も、聖女は懲りずにやって来た。
卒業まで時間がないのはわかるが、王子と仲が良いのも納得の、このあきらめの悪さ。
フェアリスは今日も例の女子学生と一緒にいたので、聖女の企みは再び不発に終わった。昨日とはまた違うポーズがビシッときまっている。
「聖女サマは、何をなさってますの?」
自身に贈られた祝福に無自覚の女子学生は、今日も困惑している(二日連続、二回目)。
「わたし、氷上で美を競うという噂の、フィギュアなるスポーツにはキャメルスピンという技があると聞いたことがありますが……階段で練習するのは危ないと思いますわ?」
「あら、そんな技が?」
「えぇ、本当にそういった技があるそうですのよ、フェアリス様。わたし、妙な雑学には詳しいのです」
「まあ!でもそれは、T字バランスとは違うものですの?」
今日もフェアリスのツッコミはどこかズレている。だが私の友達、そこがかわ(ry
「今日も、私が力を使うまでもなかったわね」