周年祭・後
「私、周年祭、楽しみにしてるんだよね」
今、私は、砂時計の精霊の気持ちに完全にシンクロしたと思う。でも、私は誰の守護精霊でもないので、私を止める人はいない。
「みんな頑張ってるのに、王子に余計なことされたくないんだよね」
つぶやく私に、ネコの精霊は楽しそうにちょっとニヤニヤしている。
「行かせるワケないよね♡」
私は精霊としての力を解放した。私は階段の精霊。階段に関わる権能は、すべて私の思い通り。
私は、敷かれた絨毯をさっと踊り場に退避させると、王子が踏みこんだ階段中央部をエスカレーターに変えてみた。下りエスカレーターに。
王子はひたすら上り続けるが……当然、踊り場にすらたどり着かない。
前世で人間だった頃、こんなコントがあったように思う。きっと前世人間から、今世階段の精霊になったのはこのためだったに違いない(確信)。
「ぜー……はー……」
まったく進めずに階段下に戻されて、王子は荒い息で首を傾げている。
もう一度、試してみるも結果は同じ。
「ぜー……はー……???」
だが、王子は無駄にあきらめが悪かったようだ。
階段から距離を取ると、王子は助走をつけた。勢いをつけて、エスカレーターを上回る速度で駆け上がるつもりのようだ。
王子の試みは、途中までうまく行くかに見えた。
「行かせるワケないよね♡(二回目)」
もうすぐ踊り場というところで、私は階段を急角度のすべり台に変えた。周年祭のためにツルッツルに磨きあげられた白大理石は、すばらしい効果を発揮した。
顔面からびたーんとつんのめり、つるんと滑り落ちていく王子。
ネコの精霊は、踊り場で抱腹絶倒、転げ回っている。
階段下、ワケがわからないという顔で、しかしなおもあきらめ悪く王子が立ち上がったので、私はしれっと第三形態をくりだした。
ボルダリングウォール。
前半は90度の垂壁、後半は130度のオーバーハング。
私は親切なので、ちゃんと三点支持ができれば道具がなくても登れるよう、手足をかけるホールド付き。
愕然とした顔の王子を見下ろすのは非常に楽しい経験だった。
「ぐぬっ……」
王子がうめいたところで、入口のすぐ外にいた護衛が顔をのぞかせた。
「殿下、どうされました?」
「あ……あぁ、階段が」
「階段?階段がどうかしましたか?」
護衛がこちらを見たときには、もう私は通常形態に戻していた。
なんの変哲もない、普通の階段である。
「…………きょ、今日のところはもう帰るっ!」
なんというワガママな王子だろう(棒読み)。
大至急と、舞台設営に駆り出された学生たちが気の毒だ。いや、本来はなかった王子の側近たちの手も借りられたのだから、そこは良かったのだろうか?
謎の達成感に満ちあふれて、私はネコの精霊をモフりたおした。
結局、王子が周年祭で挨拶をすることはなかった。
じつはその後も、王子はあきらめ悪く何度かチャレンジしに来た。フェアリスも諫めたようだが、ろくに聞いてもらえなかったらしい。
友達フェアリスに代わり、私は王子襲来のたびに新たな進化を遂げて迎え撃った。
あるときは、いきなり下り階段に変えた。――大講堂の地下には、今はもう使われていない地下倉庫があり、そこへ直通させたのだ。王子は疑いながらも階段を降りて、護衛が見つけるまで閉じこめられていた。
またあるときは、ペンローズの階段を再現してみた。エッシャーのリトグラフなどと一緒に、前世、図工の教科書に載っていた、永遠に上り続ける(もしくは下り続ける)アレである。
そうして、王子の心を折りに折って、周年祭に挨拶にやって来たのは王太子だった。
学生代表の挨拶は、王子に苦労させられていたリーダーの男子学生が立派にやりとげたらしい。
大講堂入口で、王太子から「すばらしい周年祭だった。君は見所がある」と褒められ、「弟が大変な迷惑をかけた詫びに、何か困ることがあればこちらに声をかけてくれ」と謝罪され、恐縮するリーダーの姿は、私も目撃した。
同じく、常日頃から王子に苦労をかけられていたフェアリスは、それでも婚約者の不始末だから、とリーダーの男子学生に謝罪したらしい。
王子の迷惑を被った者同士、フェアリスと彼はすっかり意気投合。以降、ときどき楽しそうに喋っているところを見かける、とネコの精霊から教えてもらった。
ところで、周年祭のあと。
私は砂時計の精霊にわしゃわしゃと頭を撫でられた。よくやった!ということらしい。
それを見ていたネコの精霊が、無謀にも砂時計の精霊の手をバッと払いのけ、そのあと私はネコの精霊にも頭を撫でられた。
二人が揃っているのは貴重である。
フェアリスとはハグした。友達の笑顔は最高だと思う。