周年祭・前
季節が進んで、秋。
学園は創立祭を控えて、全体的に浮きたっている。
今年はとくに創立百年の周年祭で、なおさららしい。人間だった前世で、ちょうどハロウィーンと呼んでいた日付が、周年祭当日のようだ。
「周年祭、学生代表で王子が挨拶するらしいぜ。挨拶だけでも、王族から別のマトモなのを出せばいいのにな」
ネコの精霊は、今日も今日とて定位置の私の膝の上で、くわっとあくびした。
「フェアリスに、不敬ですよ!って叱られちゃいますよ?」
「いいんだよ。おれは砂時計のが来る前に逃げるから」
バタンと大講堂入口の扉が大きく開けられて、荷物や書類を抱えた学生たちが入ってくる。
「周年祭の予行まで時間がない。舞台担当、音響担当、議事進行、渉外、受付、今日明日でそれぞれしっかり準備するように」
リーダーの男子学生が指示を出している。その声で、一斉に動き始める学生たち。
階段を駆け上がっていく者、荷物を置いてまた大講堂の外へ別の荷物を取りに戻る者、その場で相談を始める者。
学生たちの活気にあてられて、私までなんだかお祭りムードにそわそわしてくる。
「なんだか楽しいね!お祭りって感じで」
「去年も見てるだろ?」
「だって、今年は一人ぼっちじゃないから。去年とはちょっと違う」
「そうか」
「それに、ほら」
一人の女子学生が、階段の端に花の植木鉢を設置している。
何色かある花の色味のバランスが取れるように、何回か置き直したりして。
「うん。これが一番、階段がキレイに見える」
満足そうに独り言をつぶやいて階段を見上げる女子学生に、私は祝福を贈った。生涯、階段でコケないというささやかな祝福である。
私は髪に花を挿してみた。植木鉢から摘んだわけではなく、ただ形を写しとった花だけど。
「去年は周年祭じゃなかったから、階段にお花なんて無かったし。どうですか?」
「……良いんじゃないか?」
おネコ様はなんだかそっぽを向いている。けれども、二本のしっぽがくるりと私に巻きついた。
しばらく、パタパタと慌ただしく動き回る学生たちを眺めていると、急に階段下から大声が聞こえてきた。
ネコの精霊が膝からぴょんと飛び降りたので、私も立ち上がって覗きこむ。
学生たちが騒いでいる。
「殿下が……」
「殿下?なんで?」
「殿下?!えっ?!」
「予行演習に、私の挨拶が必要なのだろう?来てやったぞ」
「えっ!」
大講堂入口に、いきなり王子とその側近たちが押しかけたようだ。急に現れた彼らを見て、集まっていた学生たちがひそひそする。
「いや予行演習は明後日……」
「しーっ!」
「おいバカ、言うな殿下に聞こえる」
「でもこっちだって予定が」
「さっき準備始めたばっかだぞ?!まだ全然……」
リーダーの男子学生が振り返る。
「こちらで調整するから、作業がある者は戻るように。……殿下、本日はわざわざおいでいただきましたが、……」
側近たちとリーダー双方が、なんだか疲れた顔をして話し合いを始めたのが見えた。苦労が偲ばれる。
「王子、ダメダメじゃん」
「詳細を聞くとさらに疲れるぞ」
「?」
「オレサマはネコの精霊だから、聴覚が発達しててな。……明後日は聖女と街に出かけるから、今日来たそうだ」
私まで疲れた。お祭り気分が台無しだ。
リーダーと側近たちは、結局、強引にやって来た王子に従うほかないとあきらめたらしい。
リーダーが肩を落として、王子に言う。
「殿下、取り急ぎ、挨拶の舞台だけととのえてまいりますので、今しばらくお待ち下さい。準備できましたら、お呼びしに戻ります。急ぎますので、側近のかたの手もお借りして良いですか?」
「良いぞ。行け」
大講堂の入口に王子の護衛が陣取り、それ以外の者は全員階段を駆け上がっていった。
「私、砂時計の精霊の気持ちがよくわかった」
「不本意だが、おれもだ」
この王子、いくらなんでも自分勝手すぎる。
自分の都合、しかもデートとかいう公務でもなんでもない都合で、決まっている予行の日程を無視して、大人数を振り回して。
ネコの精霊と顔を見合わせて、深く共感していたところで、なんと王子がさらなる行動に出た。
リーダーの男子学生に、呼びに戻るから待てと言われたのに、この王子は待てない子だったのだ。
王子はわずかに三分ほど、落ち着かない様子で階段下を歩き回った後、護衛に声もかけずに――護衛に気づかれると、ここで待つよう言われると思ったのだろう――ひとり、階段に足をかけようとしていた。
元から、私は王子に良い印象がなかったけど、もう、さらに下方に振り切れた。