その令嬢と出会った日
私の意識が目覚めてから一年。
学園が創立百周年の年に突入して間もなくのこと。
その少女を見たのは初めてだった。私が目覚めてから、一度も階段を通ってない子だ。
断言できる。こんな高貴な美人さんは前世含めても見たことがなかった。
そもそも、大講堂は普段の講義で使われなくて、大きなイベントがないときは階段を通る人もそんなに多くない。だから、見たことある学生のほうが少ないんだけど。
その少女は、不思議な、綺麗な虹色の瞳にうっすら涙をたたえて、階段を昇ってきていた。
そして私と目が合った気がした。
「精霊……?」
お互い、すごくびっくりしたと思う。
少女は涙が引っこんでその場で固まってたし、私はと言うと、階段に転生したくせに階段から転がり落ちかけた。
ここで意識が目覚めてから、初めて話しかけられたしね。うん。
「え、……見えてる?」
「……あの、はい。見えています、精霊様。あの、階段から落ちそうですけど、大丈夫ですか?」
「わー……えっと、はい。大丈夫。これでも階段なので」
「階段の精霊様なんですね」
祝・精霊確定。
精霊様だって!精霊様! なんだかえらくなったようで私は気分がアガった。そのままのテンションで私は少女にたくさん話しかけた。一年くらい誰とも話せてなくて、会話に飢えてたのもあると思う。
そして、階段を通る人の会話だけが情報源だったせいで、あちこち欠けていた部分の情報を、少女に埋めてもらうことができた。
ここはどうやら、本当に異世界恋愛系ラノベかなにかの世界らしかった。でも、前世では読んだことがないストーリー、のような気がするので、タイトルはわからない。
少女は侯爵家の御令嬢で、名前をフェアリス。
今のところは、王子の婚約者。
だけど、去年見つかった聖女様が今年になって学園に編入してきて、王子に取り入ってるらしい。あなたってば王子と聖女の仲を邪魔する悪役令嬢ね、と耳元で囁かれ、さらには、フェアリスにあらぬ冤罪をかけてくる。婚約者の王子はフェアリスを信じてくれないし、辛くなって、人があまりいない大講堂にやってきたそうだ。
なんというテンプレ。
「王子は最低だね!フェアリス、私はあなたの味方だから!」
「精霊様……ありがとうございます」
「私が見える、私の声が聞こえるのはフェアリスだけだしね!」
貴重な友達だ。
フェアリスからは友情というより、精霊への敬意のほうを強く感じるような気もするけど、私の気のせいということにする。
私はこの一年で、ぼっちを極めたと思う。ぼっちのプロだ。ぼっちはもう間に合ってる。
友達を大事にするべきだと思う。
「あの、でも、精霊様?同じ精霊様同士なら、会話できるはずですわ?」
「そうなんだ?!」
知らなかった。
まわりに自分と同じ精霊がいなかったせいだ。私は階段から離れられないから、階段から離れた場所に他の精霊がいても知りようがない、とも言うけど。
「ねぇフェアリス、私、他の精霊とも話してみたい。階段に来てくれる精霊っているかな?」
いくら私がお喋りしたいからって、今のところたった一人の友達のフェアリスに、ずっと階段にいてもらうわけにはいかない。
……もうすでに午後の予鈴が鳴っていて、フェアリスの昼休みを私との会話にまるまる付き合わせてしまっていた。
ここはひとつ、他の精霊とも仲良くなるべきだろう。
「そうですね……わかりました。わたくしに任せてください。わたくし、階段の精霊様にいろいろ打ち明けたらすっきりしましたし、今度はわたくしが精霊様を助ける番ですわね!」
フェアリスがいい子すぎだった件。美人は性格まで良い。
私がフェアリスを勝手に友達認定した記念すべき日は、そんな会話で締めくくられた。