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99 マリーミア・ゴルトマン


「おお…マリー…!私の娘よ!!!」

「あなた…」


その日、ゴルトマン伯爵家では全員が黒いドレスを着用し、喪に服していた。

国王陛下リヴィエルトの戒厳令により、愛しい愛娘の葬式に待ったをかけられたルーセント・ゴルトマンは、一日目はその命に従ったものの、二日が過ぎた今日…いてもたってもいられずに愛娘の葬式を強行した。

一族が所有する教会を貸し切り、近年まれにみると言われるほど豪勢な葬式が行なわれたのだ。

そこに国王陛下は最後まで現れることはなく、業を煮やしたゴルトマンは各社の新聞社に大々的にマリーミア・ゴルトマンの死を報道させた。


「あの若造め…っ娘の死を隠し通せると思うな…!!!」


その行いは功を奏し、沈黙を貫く国王陛下に対して疑問の目が多く向けられるようになったのだ。そして、それは当然の如く…陛下の想い人と認知されている、アリセレス・ロイセントの方にも向けられた。


「何があったのか?」

「王宮では今何が起きているのか?」

「誰が得をし、誰が損をする?ゴシップ劇」


ゴシップ誌は連日ゴルトマン家の令嬢の突然の死を悼むものより、その内容にフォーカスを当てたような記事が多かった。しかし、どの新聞紙にはそれ以上の情報は載っておらず、王宮では協力な戒厳令が敷かれているようで、詳細がリークされることはなかった。

勿論、大事な賓客が来訪していることもあり、だいぶ神経質になっているようだ。

それでも何とかネタを狙おうとする記者達の執念はすさまじく、色々な場所で小さな事件が相次ぎ、【要人保護】の名目で、王宮では全体の警備の強化がされているらしい。

それを見てため息をつくと、ヴェガは主の指示通り、机に新聞はごとに区分けして並べていた。


「…今日で4日目か」


あの日以降、アリセレスはずっと熱が下がらずにいた。話すことはおろか、うなされたままの状態が続いているもの、なぜ熱が下がらないのかその原因を誰もわからないのだ。


(現実的な医者の診断では原因不明となると…何か別の要因が?)


考えてもきりがない、とばかりにため息をつきながら最近巷で噂の「ラジオ」をつけてみる。ここ数年、この国では魔鉱石を駆使した技術の発展が著しい、

手のひらほどの大きさのスピーカーから流れてきたのは、例のディーヴァの歌声だった。


「……」

「あ、ヴァネッサちゃん」

「ヴァネッサ…()()()?」


アリセレスの看病をしていたメイドのレナの言葉に、耳を疑う。


「この子、素敵な歌声でしょう?聞いてるとなんだか、こう、気持ちよくなるというか…ぼうっとしちゃうのよね」

「…そうですか」

「あら、あまり好きじゃない?」

「まあ…人の趣味も好みも色々でしょうし」


(ヴァネッサ・ローレル…ねえ)


最近ではどこへ行っても彼女のこの歌声が聞こえている。

その度ヴェガとしては眉間にしわを寄せて席を外すわけだが、気になるのは彼女の髪の色と瞳の色だった。

キルケと同じ色を持つ娘…それは、偶然なのかどうか。


「う…」

「!アリス」


小さなうめき声が聞こえる。のそりと起き上がる様子を見て、レナが慌てて支える。


「お嬢様!!ああ、良かった。ずっと目が覚めないんですもの!!!心配しましたわ!!」

「‥‥レナ。うぅ~体がだるい。汗が気持ち悪い、寒いけど暑い…」


一通り文句を並べ立てる様子に、なんだかほっとしてしまう。


「あ、着替えますか?俺は席を外しま…」

「あ、いいや…ちょっと待ってヴェガ」

「ん?」


くいくい手招きをすると、その後アリセレスは窓の右側の方を指さした。


「あれ、見えるか?」


指を指した方向…じっと目を凝らすと、うっすらと人の形を模したような赤黒い影が見える。


「……」


ちらりと彼女の顔を見る。視線を受けて、彼女は短く息を吐き、頷いた。


「レナ。…水、飲みたい。着替えはその後でいいから。…もう少し休む」

「はい、わかりました」


恭しくレナが退出したのを見送ると、アリセレスはだるそうにしながら窓の影に向かって声をかけた。


「……本当なら、今すぐお前を空に還してやりたいところなんだが…いかんせんこのあり様だ。すまないな」


その言葉を聞いてか、影はざわりと蠢く。


「ヴェガ、あそこに何が見える?」

「……若い女性、あまりスタイルはよろしくな」


素直な感想を述べると、不意にランプのシェードにひびが入る。

何となく危険な空気を察し、言い換えた。


「いや、ええと。ふくよか…かな、うん。髪は長いけど、顔がよくわからない。でも…」


ちらりと新聞を見る。現在散々一面を飾っている一人の令嬢の姿が目に入った。


「マリーミア・ゴルトマン…?」


ヴェガがそう告げると同時に、影は人の形を成していき…白い寝巻姿の女性の姿になった。…腹部には痛々しい氷の刃が突き刺さっている。


『あんたの せい あんたが…陛下をふった から ぁあああ!!!』

「!」


突如姿勢を低くし、寝台に横たわるアリセレスに向かって突進してくる。ヴェガは咄嗟に傍にあった取っ手のついたランプを手に持ち、亡霊めがけて振り回した。

揺らいだ炎はそのまま亡霊にまとわりつき、叫び声をあげてのたうち回る。


「アリス…!」

「私は大丈夫…マリーミア。新聞を読んだ…お前は私に何を告げに来たんだ?」


アリセレスの声にこたえるように、マリーミアの亡霊は徐々に大人しくなっていく。そして…いつものようにど派手で奇抜なファッションの、アリセレスの知る自身に溢れた元の姿に変わる。


『別に…あんたに恨み言の一つでも言ってやろうかと思っただけ…だったんだけど』

「マリーミア…」

『むしろ…ちょっと同情したから、教えておこうと思って』

「え?」


マリーミア・ゴルトマンは、子供の頃から、軍の名門ゴルトマン家の長女として溺愛されてきた。

欲しい物は何でも望めば手に入るし、いうことを聞いてくれる多くの使用人、両親、そして親族たちに囲まれ何不自由なく生きてきたのだ。

 だが…どれだけ溺愛されようが、マリーミアは自身が結局『ゴルトマン伯爵家の令嬢』という呪いにも似た宿命を背負っている以上、彼女の運命は決まっている。


「良き家門に嫁ぎ、伝手を広げ、家門の役に立つように」


自由もない、未来もないも同然。

年齢関係なく、力のある家に嫁に行き、家門を助ける。そんなバカげた未来に嫌気がさしていたマリーミアは、せめてもの抵抗として、自身が着るドレスやアクセサリ、そう言ったものは全て自分がデザインしたり、自身で選んだものを着用した。

 王妃候補などという夢見がちな妄執にとらわれている親族をはじめ、両親達を冷ややかな目で見つめ、有無を言わさず王宮へと遣わされた時点で、どうやって盛大に婚約者候補とやらを辞退してやろうか、そんなことばかり考えていた。

 とはいえ、過度な期待をする父親に対して恥をかかせぬ程度には頑張ろう、そう思っていた。それもそう長くは続かなかったが、自らの立場を明確にし堂々と婚約者候補を降りたニカレアや、決してなびかず屈さず自らの力量だけでこのバカげた社会を乗り切ろうとするアリセレスはとても眩しく見えた。


『こういう結果で…なんか色々わかったことがある。今、私は自由なんだ』

「自由…?」

『こーんな、バカげた世界とはさよならできてせいせいしたわ』

「マリーミア…」

『でも、あんたは違う。色々あるみたいだし、あの執念深いメドソンとかクライスとか…陛下とか。色んな人に目をつけられてるじゃん?大変そう』


あまりにも的を射た言葉に、アリセレスはもとより、ヴェガは力強く頷いた。


『私がもうちょっとあんた達みたいに賢かったら、良かったのに。…バカだから』

「私は、賢くなんてないよ」

『そう?まあいいわ。…ワタシはね、多分殺されたんだと思う。だまし討ちって感じで犯人が分からないのが悔しいけど…今は見えないものも見えるようになってるから、あんたに言ってやんなきゃって思ったの』

「…私に?」

『ねえ、イケメンの護衛さん。…そこに蜘蛛がいるよ。火をかざしてみな』


マリーミアはそう言うと、アリセレスの頭の少し上あたりを指さした。半信半疑で近くにあった蝋燭の火をかざしてみる。


「何もいな…?!」


すると、何もなかったはずの空間に炎が走り、蜘蛛の巣状の形を造った。同時に、断末魔のような叫び声は部屋いっぱいに響き渡り、一匹の黒く青光りする手のひらほどの大きさの蜘蛛が姿を現した。


「何…?!これは」


咄嗟にアリセレスをかばうと、ヴェガはその蜘蛛めがけてナイフを突き刺した。蜘蛛はじたばたと蠢き、青い糸を吐きながら左半身を棄てて逃げ出し、闇に溶けた。


『そいつ…ワタシを殺した奴』

「!!」

『あんたは二の舞にならなくてよかったね、アリセレス』


するとまそのままマリーミアは笑顔でその場所から消えた。

その姿を茫然と見つめると、アリセレスはパタン、と再び寝台に横になった。


「命の恩人…というべきか」

「ああ…蜘蛛、ね。全く気が付かなかった…」

「アリス…なんか、変じゃないか?」

「なにが」

「力が弱くなってるというか。その…」

「できたことができなくなっていく…というのは、中々に辛いものだな」

「また、年寄みたいなことを…」


軽口をたたこうとしたが、反してアリセレスの表情は冴えない。


「……まだ、俺に言えないか?」

「力が、出ないんだ」

「え?」

「原因はまあ、予想がつくんだけど。…それ以上に、身体の中の力が吸い取られている」

「さっきの蜘蛛だけでは、ないってことか?」

「わからない…ずっと眠たくて、何かしようにも、身体が重い…」


いつもよりも明らかに消沈している姿を見て、ヴェガは焦りを感じた。


「何か…直す方法は…!」


そう言うと、アリセレスは苦虫をたくさんかみつぶしたような、変な表情になった。


「……キルケに」

「キルケ?」

「胡散臭い長髪眼鏡男が今多分、キルケのとこにいるから…そいつと連絡を取ってほしい」

「俺が?名前は」

「うん……不本意だ が…」


すると、アリセレスは棚の上に置いてある、一冊の本を指さし、そのまま気を失うように再び眠ってしまった。


「本?…これって」


それは、筆者『セイフェス・クロム 魔女と賢者』のタイトルの本だった。



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