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94 手折られた花


うっすらと霞がかかった空から、雪が舞い降りる。

気温が低いせいか、雪華の結晶がくっきりと浮かぶ。様々な姿に変えては、やがて他の結晶と共に一つの塊となり、積もりに積もって、この真っ白い空間を作り出す。

そこに足痕をつけながら、歩き、セイフェスは空を見上げた。


「ふふ…今頃、彼女は大混乱でしょうね。ああ、面白かった」


(別に、どこぞの誰かのように、手元に置いて起きたわけではない。彼女には自由のままいてほしい)


だが、気が付いてほしかった。

今の彼女が、『魔女』ではなく全く別の自分である場所にいるということを。


「そうでなければ…私の『取引』が意味のない物になってしまう。…早く気が付いて。名も無き魔女よ」


切ない思いで見上げた空に、ふと、背筋がぞっとするような、異様な気配を感じた。

この昏く背筋が凍るような攻撃的な気配は、自分に向けられたものでないにしろ、不愉快極まりない。

足を止めて、その出所を探すが鮮明には割り出すことはできなかったが、大まかの場所は特定できた。遠く見える宮殿を見、ため息をつく。


「……まるで悪魔宮殿(パンデモニウム)


(王宮には…あの方がいる。そして…)


「初めから堕ちることが定められていた魂か…あるいは、形のない悪意を敏感に感じ、それに呑まれたか?どちらにせよ…ここは私の領分ではない」


ただ、哀れな魂に救済があらんことを、そう祈るのみ。


**


そこはまだ、醒めない夢の場所。

一人の男が視る世界を、『彼』も同様に追体験しているようだった。窓を半分覆う雪、暖かいオレンジ色の暖炉の光。ゆらゆらと揺れるランタンの灯が映すのは、せわしなく動く『魔女』の姿だった。

心の奥は、今まで一度も感じたことのないほど満たされており、涙が出そうな程いとおしい。

ぱん、と空気を含んだ薪がはじけ、はっとなる。


「雪だ…」

「少し薪のストックが足りなくなるか?人間一人分増えたからなあ…」

「そ、それは…ゴメン」

「分量を見誤ったかな」


雪は深々と降り続き、あっという間に外は雪で埋め尽くされてしまった。


「うーん。エル、ちょっとこちらに来い」

「?」


彼女に呼ばれ近づくと…持っていた毛布をこちらにかぶせてきた。


「隣座って!このほうが暖かい」

「あ、本当だ」


ただ、何の気もなしに、肩を抱いて寄り添う…それだけで幸せだった。

暖炉の火がパチン、とはじけオレンジ色の炎が魔女の横顔を照らす。少しうとうとする頭を肩に置くと、彼女は少し笑った。


「人の体温というのは、面白いな」

「?面白い…って」

「一人だとさほど寒いと感じないのに、二人になると途端に寒いと感じて…こう、並ぶと暖かくなる」

「…魔女は、ずっと一人だったのか?」

「そうだな。以前にもいったが、わらわは魔女…魔女はあまり生きている人と関わるべきではない、と思う」

「そうか…」


彼女にとっては何の気もない言葉の端はしが、小さな拒絶に思え彼は目を伏せる。


「冬は降り続く雪を見て、雪解けを待つ。春になったら、雪をのけて新しい生命の息吹を感じる。夏は燦々と照る太陽の恵みを受け、大きくなった野菜や食物を秋に収穫する。…それがわらわの時間、だ」

「…どうして、僕を救ってくれた?」

「言っただろう?死なれては後味が悪い」

「出ていけ、とは言わないんだね」

「……そうだな。じゃあ、出ていくか?」

「…あなたが、望むなら」

「なら、まだいるといい。…雪が融けるまで、時間がある」

「!」

「その時、もう一度お前に問うよ、エル。それまでに何をすべきか、よく考えるといい」


(彼女にとっては、僕の存在は、通り過ぎる時間の一部に過ぎないのだろう。でも…)


ふと、かつて聞いた白カラスの男の言葉が思い浮かぶ。


「欲を持つな…か」

「…さあ、もうそろそろ…」


立ち上がろうとした魔女の腕をつかむ。


「エル?」

「まだ、寒い」

「しょうがないな‥っ?」


ぐ、っと腕を引っ張ると、驚いた表情の魔女をの手のひらに自身の手を重ねた。


「……もっと、暖かくなる方法がある」

「どんな?…ぅ」


ぎゅっと手を掴み、そのまま押し倒す。


「…っ ん」


ゆっくりと唇を重ね、押し付けていく。…抵抗されたら、それで引くつもりだった。でも…止まらなかった。


「はぁ…っごめ」


一度正気に戻り、重なった身体を離そうとしたけれど、彼女の腕がするりと伸びて、首に絡みつく。


「……一つ、秘密を教えよう」


耳元で、囁く。


「私の名前…ヒルデ」

「ヒルデ?」

「もう、遠い昔に置いてきた、魔女になる前の名前」

「‥‥なぜ?」

「長く、一人で平気だったのに…お前のせいだ」


再びゆっくりと顔を近づけて、互いに何度も唇を重ね合った。

外は吹雪いていて、ヒルデの吐息と、時折漏れる甘い声と風の音が混じり、まるで泣いているように聞こえた。



**



「…っ?!」


生々しい感触と、感情の波が全身を襲う。

遠くで風の音が聞こえる。窓から差し込む月の光は、時折もうもうと立ちこむ雲に隠され、その姿を隠した。


「夢…また」


リヴィエルトは、大きく何度か息を吸い込み、吐いた。


「しかも今回のは」


思わず口元を抑え、ぶんぶんと頭をふりそのまま前髪をかきあげた。


「なんだっていうんだ?あれは…あんな」


ふと、枕元に置いてあったアミュレットを手に取り、じっと眺めた。

変わらずに光を湛え、月の光を当てるとうっすら光を帯びる。金色の紐は、どこか彼女を彷彿とさせ胸が締め付けられるようだ。


「アリス…僕は やっぱり君を」

「―――― ァあ…!!」


すると、突然背中にぞっと悪寒が走る。と、同時に風に乗ってどこからか、女性の金きり声のようなものが聞えた気がした。

思わず身構え、窓の外を覗く。深々と降り続ける雪は、広大な敷地を持つ王宮さえ白銀で覆い隠してしまう。敷地内にある複数の宮は、晴れた日であれば王宮で一番高い国王陛下の宮からも見渡せるが、うなる風が巻き上がらせる風雪でどれも確認することができなかった。


「…?嫌な予感がする」


ガウンを羽織り、念のため剣を片手に部屋の外に出る。

リヴィエルトの寝室は王宮の一番奥深くあり、日の光が差す東側の棟の最上階はいわゆるプライベートスペースとなる。

鏡廊下と呼ばれる直線の廊下を抜け、一番近くにいる衛兵に声をかけた。


「?!どうかされましたか?」

「今何か…」

「陛下!!」


血相変えてやってきたのは、アウローラ宮に努める騎士達である。


「大変です…薔薇庭園に、ゴルトマン令嬢が…!!」

「!!」


アウローラ宮にある薔薇庭園はリヴィエルトの私室からは若干距離があり、多少の時間がかかってしまう。通り過ぎがてら異変に気付いた衛兵を何人か連れ、現場へ赴く。


「…ゴルトマン、令嬢…」


そこには、赤く染まった雪の上に、かっと目を見開き虚空を見据え仰向けになって倒れているマリーミア・ゴルトマンその人だった。

髪は乱れ、部屋着であろう薄着も着崩れている。表情は何かに怯えるような形相と呼ぶにふさわしい。幾人かは耐え切れず目を背けた。


何かをつかむように伸ばした腕がぱたりと落ちると、傍で見ていたメイドがわっと声をあげて泣き出した。


「一体何が?」

「お嬢様!!な、何かに怯えるように…あ 悪魔よ!!害ある住人がっ…お嬢様を…!!!」


【悪魔】と【害ある住人】という言葉に、リヴィエルトは眉をひそめた。


(以前…ハーシュレイ令嬢の時も、害ある住人による呪術の類があったようだが)


『王妃宮には、無害を装う悪意が身を潜めています。上手に害のないふりをして近づいて…あの方たちは、何を望み、何を得ようとしているのでしょうね。…重々お気を付けなさいますよう』


これは、内密にニカレア・ハーシュレイが教えてくれたことだった。

ここ数日頻繁に見る夢のせいか、最近はそういうったいわゆる【オカルト】方面に関する興味や関心が強い。そして、不思議と身体の底からにじみ出る力のようなものをひしひしと感じている。


――魔力には種類がある。そして、その力は持つ者それぞれ個性があり、色があり匂いがある。特に呪術や隣人たちの力の気配は、毒々しい甘ったるい匂いがし、黒く鈍い光が淡く浮き出る。―――

そう、夢の中の彼女は師事してくれた。


(甘い匂い…?)


「…あの、陛下」

「ああ。直ちに医者を!ゴルトマン伯爵にも連絡を。それと…あまり事を荒立てないように。できるだけ内密に、ここにいるすべての者達は、今見たことを決して外部には口外しないでほしい。…無意味な混乱は避けたい」


上を見上げれば、そこはマリーミアの自室だった。窓が開いているのを見る限り、自室で何かがあったということになる。


「すぐ彼女の部屋を調べろ」

「は!」


バタバタと走り去っていく衛兵たちを見送り、着ていた上着をマリーミアにそっとかぶせた。

その瞬間、風に乗ってどこからか微かに甘い香りがした。しかも…その香りをリヴィエルトは知っている。


「いや、まさか…」


これが意味すること…それは、誰かが故意に彼女を害したこととなるだろう。しかし、それを動じることなく、冷静に見つめる自分を顧み同時に軽く失望した。


(…時折思う。自分はどこかおかしいのではないかと。…でも)


すっと瞳を閉じて、沈黙する。だが、頭の中で考えていることは、彼女の死を悼むわけでもなく状況を悲観することもなく…むしろ、ある一つの想いが支配している。


(これで、厄介ごと(面倒)は一つ…いや、もしかしたら二つ、片付く。しかも…それだけじゃない)


ふと、彼女の素行について思い出す。社交界に出られないことを言い訳にしては自室にこもり、高価な酒を飲んでは学びもせず、アウローラ宮において彼女の評判はよろしくない。

あとはこの悼むべき事の真相をあの伯爵に対してどう使うとしようか?そして、民衆に、全ての人間に利用できる方法はあるだろうか?だが、その前に。

ぐるりと見渡し、遠巻きに見ていた侍女や侍従に声をかける。


「許されざることだ…もし、彼女の命を誰かが奪ったとすれば、必ず犯人を探さなくては。みんな、力を貸してほしい」


(…そう。誰かに先を越されては、こちらが窮地に陥られてしまうからな)


不定期にも拘らず、読んでいただきありがとうございます。やっと時間ができたので、年内完結目指して頑張ります!よろしくお願いします。


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