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87 その手は温かく


(人間という生物は、何時になっても難解なものだ)


些細なことで傷つき、相手を非難するかと思えば落ち込む。

感情というものがあるせいだろうか?ちょっとした言葉で一喜一憂しては、予想以上の結果を出すこともあるし、逆に思った以上に悪い結果を伴う場合もある。

予測不可能で、かつては自分も人間であったはずなのに、全く持って未知の生物に等しい。だからこそ、知ろうとすればするほど不可解さが魅力に感じ、こうして今でもその手を離すことにためらいを感じてしまう。

差し出された手を握り、改めてキルケという少年を見る。


(成長した姿をこうして間近で見るのは、面白い)


小さかった手は大きくなり、背丈も今では真っすぐに自分を見ることができるほど伸びた。大抵の人間は、その姿を見て背長の喜びをかみしめるのだろうが…


「実に興味深いな、人間というのは」

「…?何のこと?」

「いいや。先ほどの質問だが、まあ…痕跡を残したくなかったから、というのが答えになるかな」

「痕跡?」

「そう。私の目的は、ある特殊な環境下で生まれた子供たちを探すこと。できるだけ、ひっそりと誰にも知られないように」

「特殊な…環境?」

「…魔女という存在を知っているかい?」

「知ってる!」


その言葉に、一番大きな反応をしたのは、傍でじっと話を聞いていたドリーだった。


「私が面倒を見ていた女は、魔女志望の人だった。そこまで力が強くなかったみたいだけど。普通の人よりずっと強い魔力を持っていて、神様に認められた人たちのことだと聞いたことがある」

「そ、そういうものなんだ」

「キルケ兄ちゃん…知らないの?」

「うーん、一応、名前くらいは。…あ、そう言えば以前アリスが何とか言っていたような…」


キルケは自分の記憶を振り返る。

日記の話をしたとき、アリスもセイフェス同様、過敏に反応していたのを思い出す。


「もしかして、俺の母親かもしれない、とかいう魔女キルケ…そいつも、関係があるのか?」


『母親』という言葉を口にしては見たもの、あまりに違和感がありすぎてどこか他人事のように思えてくる。死んだと聞かされて墓場まで行ったものの、ほり返した棺桶の中はもぬけの殻で、骨一つ見あたらない。そんな中途半端な存在を母親だと認識するのは難しい。


「…彼女と直接会ったことはないが、間接的に接触したことはある」

「へえ」


一時は『母親』とかいう存在に夢を見たりしたこともあったキルケだが、今やそんなものはどこかに消えてしまった。


「魔女とは…生まれながらにして強力な魔力を持ち、森羅万象の理を深く知る神によって認められた『完全な善なる住人』だが、大きすぎる力ゆえその代償も大きい。しかし…その神の領域を捻じ曲げて力におぼれた稀なる魔女たちは『害ある住人』へと変化することがある」

「害あるって…それは、悪さをするファントムや悪魔達の別の呼び方だ」

「……」


ドリーは、どこか怯えるようにキルケの手を握る。


「あ、大丈夫か?ドリー」

「……うん。ねえ、力におぼれるってどういう意味?」

「ええと…有り余る力を持て余して悪い方に使っちゃうってことかな」

「!…そうなの」

「続けるけど、いいかな?」

「う、うん」

「私は、序列で言うなら、魔女と同等な存在となるかな。何も魔女と呼ばれる者達だけでない、私も神に認可された者の一人となる」

「だから、普通の魔法使いではないんだな」


セイフェスの話を聞きながら、キルケはどこか腑に落ちるような…そんな気がしていた。


(オレと回った場所の痕跡を消しても…オレの記憶は消さなかったんだな)


それが喜ばしいことなのか、そうでないのか…キルケにはわからなかった。


「力を持て余した魔女たちが犯す禁忌は、不可能と言われている『人間の子供を孕むこと』にある。…害ある者達と手を組んだり、契約したりすれば不可能なことではない。私は、そんな風に作られた子供たちを見つけて保護したいと思っている…それが、私の目的…いや、そういう『役割』なんだ」

「…オレ、みたいな?」

「キルケは、今でも母親に会いたいか?」


その問いに、キルケは静かに首を左右に振る。


「そうか…」

「まあ、そんな禁忌を犯してまで俺をこの世に送り出したってことには、感謝するけど。どう聞いても、真っ当な理由じゃなさそう」


自分と同じ名前の女性から送られてきた謎の魔法道具じみた日記を見ても、今では不信感しかない。たとえその日記に書かれていることが本当だとしても、なんとも思わなかった。

むしろ、長年放っておいたくせに、突然影をちらつかせるような行動に出たのも気に入らないし、目的も理由もわからないまま盲目的に求める程子供ではなくなったのだ。


「妹ってのが本当にいるなら…って思ったけど。それさえも本当かどうかわからない、…俺にとっては、眼に見えない不確かな物より、確実に自分の手が届くものを大事にしたいって思う。ね、ドリー」

「…お兄ちゃん」

「お前がそう言うなら、それでいいだろう」

「それで?…父さんが今この場所に戻ってきたのも、その目的のせい?」

「まあ、それもあるけれど……。近頃、この国一帯の空気が良くないようだからね」


すっと目を細め、セイフェスは空を見る。


「おじさんも見えるの?」

「…見えるの、とは?」


ドリーは、空を見上げ、虚空を指さす。


「青い糸…まるで、蜘蛛の巣みたいにいっぱいある」

「え?青い糸??」

「!…へえ」

「あっちにも、こっちにも。…お兄ちゃんには見えないみたいだから、黙っていたけど」

「あ!もしかして、うちの家の前にもあった?見えない魔法の糸ってやつ。…ヴェガが見つけて切り落としてくれたみたいだけど、やっぱり良くないものなのか?」

「…まあ、決して悪いものではないが、ロクでもない部類だろうな」

「うーん…オレには見えないんだけど」

「私が見えるから大丈夫だよ」

「ドリー。これは『彼女』も知ってるのかい?」

「…お姉ちゃんは、()()()()じゃ…気が付かないと思う」

「そうか…わかった」


ふと気が付けば、先ほどと打って変わって天気は悪化していた。花びらのような雪は大きな粒に代わり、視界を遮る。


「さて、ここは寒い。一度家に戻らないか?」

「家って…」

「決まっているだろう?…ああ、その前に」


セイフェスはそう言うと、持っていた旅行鞄から一冊の分厚い本を取り出し、キルケに手渡した


「な、なに これ」

「私の新刊…『魔女と賢者』だ」


すまし顔でそう言い放つ養父を見て、キルケは一瞬固まる。


「…は?」

「この街に帰ってきた理由は、もう一つ。これを新たに刊行するから」

「……ええと」

「その本を読めば…もしかしたら、君の持つあやふやな疑問も全てとけるかもしれないよ?」

「宣伝かよっ?!…全く」


胡散臭そうだなあと思いつつ、キルケは白い装丁の本を見る。


「…さて、彼女にも、後でこの本を届けねばらならないね」


セイフェスの最期のつぶやきは、キルケには聞こえなかった。


**


その頃、同時刻。


「いやあ、秘密にしているつもりはなかったんだけど」


悪びれる様子なく、ダンダモンテは申し訳なさそうに笑った。

ここは、枢密院の外交本部のVIP専用の応接室。紆余曲折を経て、ようやく彼の身分が保証され、今はこうして国賓級の対応を受けている。


「いいえ…だだものじゃないとは思っていましたけれど」


アリセレスは、愛想笑いを浮かべる。

後ろで控えているヴェガはその表情を見、肩をすくめた。


(あ―あ…愛想笑いを浮かべちゃって)


表面では笑顔で取り繕っているもの、アリセレスの内心は穏やかではないだろう。

何しろ、これから攻略すべく隣国の要人だと気づくことができなかったのだ。


(新たな黒歴史の一ページがぁ、とか考えているんだろうけど、気にすることないのに…アリスは妙なところで抜けているよな)


ローラン諸侯連合では、自らの身分を保証するのに『石の印章』を使う。それぞれ名前が彫られており、石の種類も違うらしい。

特に翡翠の色の石は、身分が高い人間しか持つことが許されていない。

そんな主の心情を察してか、ダンダモンテはにこやかに笑った。


『ははは、あまり、気にしないで。私は一応ローランド王国の崇高な一族の出ではありますが、ローラン諸侯連合国の7つある議長の座席に座っているだけで…大したことはありません』

『7つ?』

『はい。ローラント王国の君主であらせられるジョシュア様を筆頭に、各地域から選ばれた7人の議長と総勢8名と、下院と上院と二つに分かれた281名で国を動かしておりまして…私はその末席にすぎませんから』

『そう言えば…勉強不足で。長きにわたり世襲制を掲げていた諸侯をどうやって選挙制に変化させたのですか?』

『まあ…ジョシュア様の血のにじむような努力と、それに呼応して集まった若者たちによる活動、でしょう。生まれた順番でその後の人生が決まる…そんな世界に限界を感じていたものが多かったのでしょうね』

「生まれた順番…か」


2人の話を聞きながら、ヴェガは静かに瞳を閉じる。


(限界…それは、きっと今のこの国…ひいては、王家が抱えている病の正体かもしれない)


レスカーラの歴史を紐解けば、王座をめぐり起きた近親同士の諍いは数えきれない。

長子と次子では、まるで光と影のように運命が決定づけられている。光は影を疎ましく思い、影もまた、光を疎ましく思う。

それが高じて命のやり取りになったケース…自分の父と、リヴィエルトの父の二人の出来事を間近で見ていたからこそ、それが治療の方法がない救いようなのない病気だと…【ベルメリオ】は知っている。


(くだらない)


ふと、仄暗い感情が湧き上がると、同時にコートの裾を誰かが引っ張った。


「!」

「ヴェガ。…議長はお帰りになるそうだよ?見送ろう」

「…はい、お嬢様」


アリセレスは何も言わずに背中をポン、と叩いた。


「あまり怖い顔をしていると、ルキオが心配しているよ」

「ルキオ…あ」


見れば、レスカーラ式の正装に着替えたルキオ少年が例の『合掌』をしてほほ笑んでいる。


『ヴェガさん』

『どうしました?』

『改めて、僕を助けてくれてありがとう』

『いいえ。…体調はどうですか?』

『はい!もう大丈夫です。せっかく、お忍びでゆっくり楽しめると思ったのに…』

『まだ、時間がありますよ』

『様はいりません、ヴェガさん』

『では、君も、ルキオ』


言いながら、ヴェガが手を差し出すと、ルキオは首を傾げた。


『…?』

『…この国では、友人になるとき、握手をするんですよ』

『友人…僕とあなたが?』

『ええ。まだ、この国に滞在するんでしょう?なら、次は色々なところを見て回りましょう?』

『うん!約束だ』


ぱっと笑顔になると、ルキオとヴェガは、固く握手を交わした。



お読みいただきありがとうございます。


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