85 異国からの来訪者
「なあ、ケン。お前、どっかの高尚なお貴族様だろ」
「えっ」
自作の煙草をふかしながら、熊のように顎の周りを覆ったひげがくいっと右側に上がる。
「オラ、惚けてないで。獲物が逃げるぞ」
「…っ」
言われて構えた猟銃だが、時すでに遅し。引き金を引いた頃にはもうその場所に鹿はおらず、地面に弾がめり込んだ。それを確認するより早く、頭上にゲンコツが飛んできた。
「ド阿呆!」
「痛つ!…くそぉ」
「かけたカマに簡単に引っかかってんじゃねえ」
「カマぁ?!マジか…」
「しかも無意味に地面傷つけやがって!オラ回収回収!!」
「く…な なんで」
はあ、とため息をつきながら、斜面を降りて弾丸を回収する。振り返ると、親方はしてやったり、と言わんばかり、にやにやしていた。
「がはは!修業が足りんよ。…ったく、神聖な猟師の仕事を隠れ蓑にしやがって。てめえなんざ、一通り覚えたら、破門だ破門!」
「……一通り覚えたらって」
「若人には、自分で進む未来を選ぶための選択肢はいくらあってもこまりゃしねえ。違うか?」
「親方…」
「ジンカさんと呼べ。守りたい奴がいるんだろ?なら、ナイフも銃の技術もしっかり覚えてオレの前から消えやがれ!ガキは邪魔なんだよ」
「…なんだよ。言葉遣いが悪いけど、言ってること、すげえいい奴じゃないか」
「じゃかぁあしぃ!!」
少し照れたような表情の親方を思い出し、思わず笑ってしまう。
(懐かしいなあ…)
「どうかした?」
視線を感じて横を見ると、首をかしげた主人と目があった。
「まあ、ちょっと、昔をね」
「そうか?‥ふふ。でも、いい情報を得た。さすがニカ」
「もう陛下の随伴はハーシュレイ令嬢でいいんじゃないのか…」
「それは、商売の邪魔!と言ってニカが嫌がるだろうなあ」
「…どっちにしても、規格外だぜ、全く」
「ヴェガもローランにいたんだったな。…南部の方だったか?」
「ああ。大きな港がある北部から、中央にかけて行けば行くほど結構関門が厳しくて…それを超えた南部の方は連合国としての影響下は薄れていく。その分、国民の暮らしは素朴そのものだったよ」
「そうなのか?」
ふと、アリセレスは魔女時代も自身であの国をかつて廻ったことがある…が、さすがに古すぎる知識だということは理解しているつもりだ。
「中央部と西部方面は内争中だったし、レスカーラに近い東部はいつも緊張気味だったから。傭兵として紛れたりすれば話は別だったんだろうけど」
「傭兵…」
「それは俺の性には合わない。…だから辞めた」
レスカーラのグランヒル山脈を越えた先は、ローランでは東部側とされている。そこから更に西の方に行くと、連合本部と首都がおかれている中央部のローランド王国に到着し、そこを起点に南側に行くと、広大な森と多くの山、草原に至り、そこがちょうど更に向こうにある別の国との国境線となる。
「西以南や、大陸の南部地域の国境周辺では、そこまで戦禍はひどくなかったと思う」
「へえ…今度、その狩猟民時代の話も聞かせて」
「お望みとあらば」
ローランは、およそ3年以上跡目騒動で混乱していた。
小国同士のぶつかり合いとはいかないにしても、小規模な紛争は起きていたと聞いてはいるが、どれも口伝えによる情報が多く、信ぴょう性が低い。
実際、情報規制のようなものも行われたらしく、今回の新君主が立ったという情報がやっと他国に流れてくるという事態も、規制が緩和された直後のものだったという。
「ローランは…本当の意味での戦争というよりも、ローラン諸侯連合国の中央本部がある、ローランド王国周辺地域での小競り合いや内乱が多かった。新君主が立ったというのなら、相当なやりて、ということだろうな」
「そうか…いて」
前を歩くヴェガが急に足を止める。驚いたアリセレスは、そのまま顔面を強打してしまった。
「…なに??」
「いや…あれ」
「え?」
「さっきまで師匠を思い出していたから、幻覚かと思ったけど」
ヴェガの大きな背中越し視線の先を見る。見れば…馬車の待合所に、やたらと薄着の親子三人がいたのだ。夫婦と小さい子供と大きい子供と、4人肩を寄せ合いながら凍えている。
「あれは、罰ゲームか何かか?」
「大きな旅行鞄…どこぞの観光客?」
だが、この時期に?と思わず二人で顔を見合わせる。
「冬なのを想定せずに来て、馬車から降りたはいいが、寒くて動けないってところか?」
「えぇ…季節くらい考えるだろうに、観光なら一体どこから…」
「!もしかして…ちょっと行ってみよう」
「?あ、ちょっと待って」
何かに気が付いた様子のヴェガを追う。
「なあ、あなたがた。何か困っているのか?」
「!おぉ…我々のような異国民に対して何て冷たい国民共だ!と思っていたが…まともなやつもいたのか!」
ヴェガが近づくと、顎と鼻の下にちょび髭を蓄えた面長の男が、左右両の手の平を合わせ、胸の前で拝む仕草を見せた。
(あれは…こちらの国では見ない。合掌というものか?)
「やっぱりな…」
ぽつりとつぶやく声を聞き逃さない。よくよく見ると、この一家の服装は、コートのように丈が長く、袖と襟も特殊な形をしている。
「まさか…おっと ぃいたたたた!!」
突然ぎゅっと小さな手がアリセレスの長い髪を掴んだ。がくん、と首が脱臼しそうな勢いで傾くと、母親らしき女性が慌てて止めた。
『こ、こら!チリ、だめよ!』
どうやら、この手加減を知らない子供は、チリというらしい。
まるで動物の毛皮を頭からかぶっているような帽子の(5.6歳位?)の少女は、金色の髪が珍しいらしく、ぽかん、と口を開けたまま相変わらず引っ張っている。
母親がそれを引きはがすも、何本か抜けたかもしれない。
『もしかして…ローラン諸侯連合国の何処かの国からいらしたのか?』
何気なく髪を後ろに隠してローランの言葉で尋ねると、全員目を見張り、うんうんと激しく頷いた。
『言葉が通じる!!!私はダンダモンテという、アナタは何者だ?!』
「あ ええと」
すると、隣にいたヴェガが前に出た。
『何か困っているみたいだな?…その子はどうした?』
『!そうだ…この子、私の息子。さっきからガタガタ震えているんだ…!』
「息が荒い…これは」
ニュアンスで事態を察し、アリセレスは外套を脱ごうとした…が、それを背後に回って再び着させると、ヴェガは呆れたようにため息をつく。
「はい、お嬢様はそこまで!」
「あ、ちょっとヴェガ」
「だから、自分でなんでもしようとしないで、俺がいるだろ」
「う…うん」
そう言って自分の外套を外し、少年をくるむとそっと抱きかかえた。
『安心しろ、ただの風邪だろう。医者に連れていく』
『!!恩に着る…』
「ヴェガ…ううむ、大きくなったなあ」
幼少の頃の姿と重ねつつその頼もしい後姿をしみじみと見て、どこか寂しいような複雑な感情を覚えたのだった。
(それにしても…)
改めて、ヴェガの後を追う親子を見た。母親らしき人物は、黒い髪を一つに束ね、瞳は金色で肌は朝黒い。身なりからして、随分と上等なものを使っているように見える。
どちらにせよ、こんな場所にいては良くない意味で注目を浴びそうだった。
『あなた達もついてきて。大丈夫、私の名前はアリセレス。あなた達が不安に思うようなことはしない』
拙い言葉だが、伝わったのだろうか?母親は安心したように笑った。
**
「…ヴェガは、ローランの言葉をしっかりと理解しているんだな」
「一応、お嬢様にローラン語を教えれるくらいには」
「もしかして、例の師匠さんに教わった?」
「ん?…まあ、その人のおかげだま」
「やっぱり!どんな人だったんだ?」
「まあ、熊みたいなおっさん、かな。…言葉も、会話できなきゃ不便でしょうがねえ!とか言って、しっかり教えてくれた」
「ふふ、いいな。そういうの…今度私と勝負しよう。銃が得意なんだろう?」
無邪気に笑うアリセレスを見て、静かに首を振る。
「…銃は命を奪う、ひとに向けるものじゃないから」
「そうか…それもそうだな」
「必要な時は使うけど、まあ、最期の切り札だな」
「ふうん、それも教わったの?」
「ああ」
「いい親方さんだな」
「まあ、ちょっと不器用でツンデレのきらいがあるがな」
「なあにそれ!…あ、終わったみたい」
二人が談笑していると、診察を終えたらしい家族がこちらに戻ってくる。
すると、一番小さいチリと呼ばれた女の子が、アリセレスめがけて一直線に走って来た。目当ては勿論…『髪』である。
「きれい!これ すき」
『ひ、引っ張るのだけは…い、ぃいいたた』
金色の髪が珍しいようで、長い髪を手で握ってはじっと見つめ、時には自分の髪に当てる。母親が慌てて回収しようとするが、チリはアリセレスの傍を離れない。
『こら!もうだめだったら…』
『や!』
『ああ、いいよ、ほら』
そのまま抱き上げると、チリは満足そうに胸を張る。
『あ…まあ、子供を抱くのがとても上手ね』
『私の妹も、チリと同じくらいの年齢なんだ』
『あら!そうなの?』
遅れてやってきたのは、先ほどまで寒そうに凍えていた男の子だった。今ではすっかり顔色も良く、ヴェガに向かって元気に走って来た。
「助けてくれて、ありがと!」
「ああ、もう大丈夫なのか?」
『うん!いつもの事だから』
さて、このご一行。
話を聞く限りどうやら『ローラン諸侯連合国』からやって来たのだそうな。
戦争がひと段落して国全体が落ち着きを取り戻したころ…船を乗り、ここまでやって来たそうだ。しかし、運悪く季節の変わり目特有の大雪に見舞われ…準備不足のまま、この主都に到着してしまったらしい。
「ありがとう!お二人のおかげで助かった。」
「どういたしまして。あとは、滞在手続きと…服も新調しないと」
彼らが着ている服は、目立ちすぎる。
外部からの人間を快く思わない閉鎖的な国風から、白い目で見られる可能性が高く、防犯的な意味合いも強い。
「大丈夫!金はたくさんある!!」
そう言って、大きな手提げかばんにどっさりと紙幣らしきものが入っているのを見せてくれた。アリセレスは鞄の留め金をそっと閉め、ため息をつく。
(き、貴族か何かか??)
「まずは換金と手続きをしないと…身分証明は持っている?」
「ああ…ええと、うん」
ダンダモンテは、一瞬ためらう様子を見せる。
アリセレスが再度促すと、首に下げている一指し指の長さ程の円筒形状の小さな石をそっと取り出して見せてくれた。分厚い鎖のようなものでしっかりと留め具が固定されている。
「緑色…これは、翡翠か?それに、記号??」
よく見れば何か目の形のような記号が彫られている。
「え?まさか…ちょっと貸して」
ヴェガがまじまじとそれを見つめると、さっと頭を下げた。
その様子に隣を見ていたアリセレスはぎょっと目を見張る。
「え?!」
『…ご無礼を。ローランでは、翡翠の印章を持つのは王族の方のみとお伺いしております』
『ああ…本当は、こういう堅苦しい感じにしたくなかったのだけど』
ダンダモンテは少し困ったように笑った。




