81 神様の子供たち
――王宮・アウローラ宮
「これで、全部ですか?」
「ええ」
メロウは、ガランとした部屋を一度見渡し、くるりと振り返る。
身支度を済まし、私物を詰め込んだ鞄を持ち上げた。
「あなたもありがとう。ずっとこの宮に来てから、良く仕えてくれたわ」
「いいえ…寂しくなります」
「ふふ…もう出立?寂しくなるわぁ」
「!王妃様」
(出たわね、メギツネさん)
一瞬目を細めるが、パッと笑顔に切り替えた。
「こんなことになってしまい、とても残念だわ。そうだ、お父様の体調はどう?」
「…父の話をご存じなのですね」
アルミーダはゆっくりと顔を上げ、正面からメロウを見据えた。
「私の目と耳はとっても広いの。貴族の情報や噂についてはいつ、どこにいてもおおよその事は把握している」
「…相変わらず悪夢を見るようです」
「そう…不思議ね。最近そういう症状で悩まされている人が多いと聞くわ。あなたも気を付けなさいな」
「はい、王妃様も。…それで」
メロウはアルミーダの視線を真正面から受け止める。
「私に何か御用でしょうか?」
「あら。…どうしてそう思うの?」
「わざわざ問題を起こした名ばかりの婚外子の私に、王妃殿下自ら挨拶に来られるとは信じがたいもので」
「お嬢様…」
後ろに控えていた侍女がおろおろとメロウを見る。
「うふふ…賢い子は好きよ。そうね、単刀直入に言いましょう…【白の騎士団】の話はご存じ?」
「王妃様自ら編成した対ファントム組織…と伺っております」
「そう。この組織はね、他にはない特徴があるの」
「特徴?」
「全員。魔法を使えるということ」
「魔法…ですか」
「ええ、あなたもどうかしら?」
「…え?」
王宮には、大きく分けて4つの機関に分かれている。
一つ目は国王陛下が長となる政治的問題を取り扱う【内閣枢密院】。議題とすべき案件がある場合は【貴族会】を収集し、話し合うことができる。この決定権は、王国成立からの古い慣習によって王妃殿下も施行できる、その力が衰えない要因にもなっている。
二つ目は、主に戦闘が主とする部隊、【王国騎士団】。ゴルトマン公爵を長とする、近親衛兵隊を第一部隊とし…全部で12の部隊が存在している。実は、コンスタブルもその末端の組織で、地位的にはあまり高くはない。
三つめは、王国の財政と外交・折衝を主に取り扱う【内閣政治院】。これは、ロイセント公爵が長となり、国外の業務を行う外政院と、国内の業務・財政を取り仕切るハーシュレイ伯爵が長となる内政院と二つに分かれ、それぞれの役割を担っている。
そして、四つ目は…それほど地位は高くなかったものの、最近では急上昇した【王国魔法研究院】。あわせて教会や修道士の所属する組織で、細かく枝分かれしており、現在は魔法研究院院長が取り仕切っている。
「魔法を使う者なら、第4機関にもたくさんいらっしゃいます。なぜ、私を」
「ふふ」
アルミーダは手をかざし、メロウの後ろのメイドを指さすと、突然ばたりと倒れた。
「‥‥っ」
「?!」
そのまま両手を広げるとどこからともなく紫色の花びらが舞い上がり、部屋の扉と鍵が一斉に閉じた。
「…な なに?」
「魔女の力を見るのは初めてではないでしょう?」
「魔女…!?」
ふと、脳裏にアリセレスの姿が。そして、母の姿が思い浮かぶ。
「どうして…?」
「あなたも、持っているでしょう?もう一つの時間の記憶」
「!!」
どきりとした。
動揺を悟られぬよう、記憶を巡らす。
(王妃様…あちらでは、どうだった?)
「あなたは歪んだ愛情でアリセレスを苦しめていたわね。私のあの子を使って」
「あの子…?」
「そう、私の完璧な作品…リヴィエルト。でも安心したわ。こちらでは、あの子は貴方に見向きもしなかったものね」
「…」
「そういうのは嫌いじゃない。少し、悪手だったようだけど」
とうとうと語るアルミーダの話を聞きながら、違和感を覚える。
結婚後は義母でもあり、多くの時間を過ごしたはず。にも拘らず…何も覚えていない。全て朧気で、まるでアルミーダの顔が黒いインクに塗りつぶされたみたいに、全く思い出せない。
(思い出せない…どういうこと?)
それに気が付いた時、心の奥がさあっと冷たくなっていく。
(この人は、誰?私が知っているはずの…記憶の王妃様じゃないの?)
「私は確かにここではない、もう一つの…忌まわしい記憶を持っています。けれど、それが王妃様のおっしゃるものと同じとは限りません」
「ふふ。そうかしら…なら、今世は?もっと良くしたいと思わない?せっかくやり直せるんだもの」
「それは…でも」
実際、この場所に来た意味は何なのだろう。
連れてこられたのか、それともたまたま来てしまったのか、それすらわからない。
「あなたの望みはなあに?」
「私の…望み?」
(私の望みは…もう一度、私のお姉さまに会いたい)
「答えなくてもいいの。あなたが今心に浮かんだこと…それが、貴方がこの世界に来た理由」
「!」
あまりにも耳障りが良く、心地よい言葉。
歌うようなその言葉は天使の囁きのようで、同時に恐ろしい甘美な誘惑に聞こえ、メロウは警戒する。
「二度目の生…これは人間が持ちえない稀有な祝福よ。あなたもまた、運命に選ばれた存在ということ」
「運命…」
「私の【アルヴィオレ・ノーツ】は、運命に選ばれた神の子供たちによって組織されている…あなたにも資格があるわ」
「そこに所属することで、私は何を得るのでしょうか?」
「全てよ。愛するもの、自信、未来、強い力、祝福された未来‥‥望むがまま、よ」
「全て…」
「ええ…あなたは選ぶべきだわ。自分の望みの為に。そして、全ての形を元に戻し、完全な調和ある世界を作りましょう」
(…確かに、このままでは、あの魔女を引きはがして、お姉さまをお救いできないわ)
「…わかりました」
「ふふ、いいこ」
「!」
アルミーダがパン、と両手をたたくと、扉、窓、空気さえもすべて動き出した。
「ようこそ。歓迎するわ、メロウ・クライス」
**
「ああ、もうこんな時間か。そろそろ戻らないと」
「あ、陛下」
リヴィエルトが立ち上がろうとすると、アリセレスが呼び止め、一つの箱を手渡した。
「?エル…これは」
「以前陛下が仰っていた、眠れるようになる薬です。」
「!ありがとう。…開けても?」
「ええ」
するりと革ひもをほどくと、中から出てきたのは針金で細工された円形の網の模様に、銀色の羽根の飾りと、ウォレットチェーンが付いたお守りだった。
「これは、お守り?」
「はい、ベルトループが付いてるので、腰のベルトに付けて持ち歩けるかと。悪夢は網を通り抜け、良い夢は舞い降りる羽根が持ってくる…そんな言い伝えを聞いたことがあるので。真ん中の石は悪夢を遠ざける黒水晶です。」
「てっきり薬か何か…そういうものを持ってくると思ったのに」
リヴィエルトがそう言うと、アリセレスは苦笑いを浮かべる。
「うーん…万が一、副作用でもあったら大変ですし…でも、私の魔力を込めた糸で結んであるので、そう簡単に壊れることはないと思います」
「そんなこともできるのか、すごいな」
すると、遠慮がちなノック音が聞こえる。
「あのぉ…陛下、そろそろ」
「ああ、わかってる」
「お時間をいただき、ありがとうございました」
「いいや…こちらこそ。君も」
「!」
「機会があれば、もっと話してみたい」
突然話を振られ、ヴェガは素知らぬ顔でとぼけた。
「勿体なきお言葉」
「君を歓迎するよ。エル、装飾品は全部こちらで準備するから、君は備えておいて」
「わかりました」
去り際、一度ちらりとヴェガを見て軽く微笑む。
(まったく…大人げない)
完全に扉が閉まったのを確認し、二人は息を吐いた。
「……どうやら、お気づきのようですね。国王陛下は」
「侮れないな…全く」
「エル…は、アリセレスの愛称だよな。公爵家以外の人間でそう呼んでいるの、初めて聞いた」
憮然とした表情でヴェガが言うが、アリセレスは迷惑そうに片眉をあげる。
「ん?…ああ、やめてくれ、とお願いしたんだけど、聞いてくれない」
「え…そうなのか?」
思っていた返答と違い、驚いてしまった。
「変な噂や憶測を他に広げたいとは思わないから」
「…徹底してるな」
「そう?はあ疲れた…王宮は好きじゃない。早く帰ろう」
(らしいというか、何と言うか…やれやれ、俺もだけど)
「国王陛下には同情するよ…」
「何か言った?」
「いいや。…まあ、お互い様、か」
「少しは、休憩できましたか?」
「ああ」
赤の間を出ると、リキルは少し申し訳なさそうな表情をして待っていた。
「君なりの気遣いだろう。ありがとう」
「いいえ…それより、令嬢の従者の彼、なんだかすごく雰囲気のある方ですね」
「へえ、どんな?」
「なんというか…隙がないっていうか。歴戦のモサってあんな感じなんでしょうか」
「ははは、歴戦‥‥ね」
(あながち、間違ってもいない)
彼が一体どんな理由でこちらに戻って来たのか。予想はできるし、恐らく、彼の気持ちを一番理解できるのは自分かもしれない、とリヴィエルトは思う。
「守りたいんだろうな…」
「え?」
「いや…」
「あら、クオン」
「!」
ラベンダーの独特の香り、それにどこか甘ったるいしゃべり方。
「母上」
「お客様がいらしていたのね」
表情には出さず、うんざりと振り返ると…そこには、張り付いた笑みを浮かべた王妃殿下の姿だった。
「王宮にいらしていたのですか?」
「ええ…私にしか解決できない案件が多いもの。誤解しないで?あなたの邪魔をするつもりはないの」
「‥‥」
「それより‥‥あの子が来たんでしょう?」
「あの子?」
「アリセレス。…私、あの子の事好きよ。またお話ししたいわぁ」
「それは、またの機会にでもどうぞ」
(前回の様子だと、エルの方は母上とはあまり話したがらないだろうな)
「あら、そっけない。そういえば…今回の晩餐会、あの子を選んだのね」
「彼女は外交を取り仕切るロイセント家の令嬢。最も適任で、かつ信頼できる相手を選んだまでの事です」
「そう…ふふ、さすが」
満足げにほほ笑む表情を見て、リヴィエルトは少し違和感を感じた。
「…母上は、候補者の二人を支持しているとばかり」
「あら。完璧な作品が、完全に唯一無二だという証明を他者に知らしめる為には、最高のアクセサリとパーツが必要でしょう?…あの子なら、私の期待にも、十分答えれるもの」
「アクセサリ…その言いようは、正直不快です」
「あら、どうして?私にとっては、最上級の賛辞なのに」
(話にならない)
「…そうですか。では、そろそろ私は執務に戻らないとなりませんので、これで」
「ねえ、クオン」
「まだ何か?」
「手に入れたいモノがあるなら、手段は選ばない方が容易く自分のモノにできると思うけれど?あなたには、それができる力も権力も十分あるじゃない」
「……失礼します」
くるりと背を向け、リヴィエルトは瞳を閉じた。
(あの人と話していると、疲れる)
期待など、遠い昔に棄てた。
彼女が愛しているのは、【自分】が【造った】作品であり、この国の国王でもなく、リヴィエルト・クオン・パルティスという人間でもない。
「作品ね‥‥相変わらず、あの人からすれば、全ての人間はモノでしかないんだろうな」
「え?」
「いや、何でもない。…行こう、リキル」
「は、はい!」
(彼女の言う【完璧】という言葉は、どこまでも自己中心的で、尊大で…不快にさせる)
アルミーダは去ってゆく後姿を見やり、すっと目を細めた。
「ふふ、執念というのは、時として思いもよらない奇跡を発現させるのね」
(前回は、失敗したけれど、今回は違うわ。だって、彼女がいるもの…魔女が、ね)
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