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80 了承


「私を推薦したのは、お父様ですか?」


数日降り続いた雪が止み、外は青と灰色が混じったような冬らしい色の空が広がっている。使用人たちは除雪で大忙し、アリセレスもまた、魔法を使用して、雪をのける日々が続いた。

それが落ち着いた頃、現ロイセント公爵リカルドの元に、怒気を含んだ長女のアリセレスがやって来たのだ。


「…こほん。まあ、座りなさい」

「‥‥ローラン連合諸侯王国の新たな君主が決まったとか。真っ先に我が国を選ぶ辺り、新君主は随分と有能な方のようですね」

「その通り。…さすが我が娘」

「褒めて誤魔化そうとしても、騙されませんわ」


(せっかく心から褒めているのに…)


リカルドからすると、誤魔化そうとしたわけではない、純粋な感想であった。


「一つ言っておくが、今度の晩餐会…私は元々、お前を連れていくつもりだった」

「!」

「本当なら公爵夫人であるエスメラルダを連れていくのが妥当だろう。彼女は社交界でも相当顔が知られている。だが‥‥出産直後の身体に、無理はさせたくない」

「それは、わかります…けれど。でも、私のところに来たのは、陛下のパートナーとして、です。話が違うじゃありませんか?それに彼には候補者が」

「…お前も分かってるだろ?」

「う それは、まあ…」

「同盟関係にあるレジュアンなら、そう構える必要もないが、相手はローラン諸侯連合王国。魔鉱石発掘のおかげで、一時は戦争か否かと言われるほど冷え切った関係性の国だ。…あの令嬢達には難しいだろう」

脳筋成金お嬢(ゴルドマン)と、タレ目傲慢お嬢(メドソン)ですものね…」

「‥‥今のは、聞かなかったことにしておいてやろう」

「異議は唱えないんですね」


その言葉に、リカルドは石像のように固まった。

貿易関係の事業を営む一族の嫡子であるニカレアならまだしも、最も外交とは縁が遠そうな二人では、リヴィエルトのみならず、大多数の人間は不安だろうと思う。


「ごほん。先日の事件で出回った怪しげな予言書のおかげで、国内ではローランとの戦争を危惧する声が増えている。現実的な状況を見れば、そんなことはあり得ない筈なのに、だ」


リカルドの言う通り、今、レスカーラ王国は大規模な社会不安に襲われている。例年と変わらないほどの積雪にもかかわらず、彼らの不安は尽きず、嫌な妄想を口にしてはまた噂を装飾していく。


「今では、雪で国が埋まるなんて馬鹿げた噂が流れていますね…それが、他国の兵器だとかいう声まで」


そこまでくれば、ただのほら話で終わるだろうに、社会不安という病は伝染病と同じくらい厄介だ。


「見えない不安に必要以上に怯えている…今回のこのタイミングでのローランとの晩餐会は、民衆が持つ不安を払しょくし、陛下はより強固な基盤を得るべく行動しておられる」

「…?随分と性急ですね」


アリセレスが問うと、リカルドはため息をついた。


「まあ、どうせいずれ公式発表があるだろうが…王妃殿下は自ら選別したものを中心に組織した、新たな機関を発足するらしい」

「王妃様直属、ということですか?‥‥でも、それは陛下の許可が必要でしょう。それに、貴族会議でも賛成が多数でなければ……」


基本的に、王宮内で新たな組織を作る際には、貴族会での過半数以上の賛成が必要である。先王リヘイベンが発足した「コンスタブル」など、王族直下の組織はそれ相応の理由と他からの支持がなければ成立しえない。ある意味、権力の私物化ともみられるし、彼らを納得させる必要がある。


「それが…多数だったと?どのような組織ですか?」

「対ファントム部隊、だそうだ」

「!!…それは、ハンターもいるのに」

「ハンターは非公認組織だろう」

「……今の時勢を考えれば、無理もない、けれど」

「聡いお前なら、わかるだろう。…今の陛下のお力を、王妃殿下は凌駕しつつある。だからこそ、失敗はできない、とお考えだ」

「……」

「それと…メロウ・クライス令嬢が候補者の辞退を申し出たらしい」

「?!!」


(これは、予想外だ‥‥メロウ)


「まあ、今のルジェーロの様子を考えると…無理もない」


父が発した小さな一言をアリセレスは聞き逃さなかった。


「…ひとまず、今回の件は陛下たってのご希望だ。今回ばかりは感情よりも、理性を優先してほしいと私も願っているよ、エル」

「わかりました‥‥一度、陛下に謁見を申し出ます」

「エル…」

「今後の打ち合わせは、必要でしょうから」


閉じた扉にもたれかかり、ため息をつく。


(ルジェーロ…クライス伯爵か?父様とは仲が良いと聞いたが、何かあったのか?)


「お嬢様」

「ヴェガ。…ちょっと、王宮に行ってくる」

「じゃあ俺も行く」

「え?でも」

「護衛はどこまでもついていくものだろ?」

「…わかった、でも十分注意しろよ?」


アリセレスの言葉に、ヴェガは不敵に笑った。


「無論」


***


陛下への公式謁見ということで、正装に着替え馬車に乗り込む。

相変わらず眉間にしわを寄せて何かを思案するような表情のアリセレスに、ヴェガは小さな包み紙を差し出した。手のひらに乗りそうな大きさで、赤いリボンが結ばれている。


「これは?」

「昨日のチョコレートの余り。今度はナッツ入りらしい、オンディの渾身の作品だよ」

「へえ。今度、何かリクエストしてみようかな」


するりとリボンをほどき、一粒を口に頬張る。

すっと溶けていく甘さが絶妙で、何度もうんうんと頷く。そんなアリセレスの様子を見ながら、ヴェガは頬杖をついて、じっと見つめた。


「なに?」

「あまり難しく考え込むと、眉間の皺が癖になるよ」

「どうせあと50年もしたら、全身しわだらけ、だろう」

「ああ言えばこういう…そう言えば、アリスはローランの言葉がわかるのか?」

「?!げほげほ!」

「あ、大丈夫か?」

「だ、だいじょうぶ。あ、あ―…うん。実は、子供の頃父が家庭教師をつけていたから。一応外交官だし、レスカーラの古代文字と、主要な他国の言葉も一通りは」


英才教育、というやつだろう。何処か歯切れの悪い返事に首を傾げつつ、納得する。


「古代文字まで、それはアリスの趣味か?」

「ま、まあ、そうね。うん。本を読むのは好きだし、歴史も…詳しいんだ」

「ふうん…?」


(こういう時、なんっか挙動が不審なんだよな…天才、と言えばそうかもしれないが)


「なんて言っている内に、ほら!もう王宮は目の前だ。気合い入れていこう、ヴェガ!」

「お、おお…」


なんだか、誤魔化されたような、けむに巻かれたような気もしつつ、ヴェガは馬車を降りたのだった。

久しぶりの王宮は、相変わらず荘厳で美しく、まるで絢爛豪華な鳥籠のように見える。ヴェガにとっては、良い思い出よりも苦い思い出の方が比率が多く、懐かしさよりも嫌悪のような感情の方が勝った。


「髪の色もばっちりだし、眼の色も大丈夫だな?」

「ああ。…眼鏡もしてるけど、これでいいんですか、お嬢様?」


実は、邸を出る前にアリセレスに渡された品物がある。それが、この銀縁のスクエア型の眼鏡だった。


「うん。黒縁眼鏡より、銀縁の方が私の好みだからな」

「そ、そうか?」

「たまに、元の髪も見せてほしい、ヴェガ。私はあの色、とても好きだから」

「…っ、いつでもご期待に添えますよ、お嬢様」


(まったく、人の気も知らないで…)


少し緩んだ口元と、赤い頬を隠すように、わざとらしく中指で眼鏡をかけなおした。


「さあ、行きましょう」

「ああ」

「レディ・ロイセント」

「!」


やって来たのは、何度か顔を合わせているリヴィエルトの補佐であるリキルだった。


「あなたは…陛下の補佐の方ですね」

「はい。陛下は奥の赤の間でお待ちです」

「…?申し出をしたのはこちらです。謁見の間でのお目通りを、と思っていましたが」

「はは、我が主君は多忙に多忙を重ねると、休みを取ることさえ忘れてしまいます。何かしら理由をつけないと、休んでくれないんです…なので、令嬢にご協力いただけたら、と」

「そ、そういうことなら」


そうして、案内されたのは…日当たりのよい大きな暖炉が置いてある【赤の間】と呼ばれる部屋だった。テーブルには、既に甘いスイーツと紅茶が準備されており、長椅子にくつろいだ様子のリヴィエルトがいた。


「わざわざあんな申し出をせずとも、君ならいつでも歓迎するのに。久しぶりだね、エル」

「ご多忙なのに…お時間をいただき、ありがとうございます」

「いや、遅かれ早かれ君は来るだろうと思っていたし…私も君に会いたかったからね」

「は、はあ…」


多くの女性を虜にする笑顔だが…アリセレスの表情は変わらない。予想以上の塩対応ぶりに、ヴェガは少しだけ同情してしまう。


(不憫だなぁ…)


憐憫な視線に気づいたのか、リヴィエルトはちらりとヴェガを見て、ふっと笑った。


「顔に出ているよ、従者殿」

「…何のことでございましょうか」

「いや…それより。君が今日ここに来た、ということは、私の申し出を受けてくれると思って間違いないだろうか?」

「はい。…()()()()()()()()()()()()、陛下のお力になれればと思います」


その言葉に、少しだけリヴィエルトはため息をつく。


「わかった。それなら、それで構わない。……今は、ね」

「……」

「ローラン諸侯連合王国とは、過去の記録を遡っても、彼らが平和的な目的でこの地に訪れた、という前例がほとんどない。互いにぶつかり合うような関係性でいたせいか、彼らの文化に対する知識も薄く、多くの貴族達の偏見が未だぬぐえない。できれば、それをある程度なくすことができれば、と考えている」

「それはまた、難しい」

「君には、相応以上の功績を望んでしまうけれど…」

「わかりました。ご期待に添えるよう努力いたします」

「‥‥頼む、エル。力を貸してほしい」


そんな二人の様子を見て、少しの焦りと、思うようにいかないもどかしさがヴェガの胸に滲む。


(俺がいない間の二人の時間の世界、だな…)


否が応でもそれを思い知り、視線を外してしまった。


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