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6 枯れ魔女さん、本領を発揮する

 

わらわの感覚では…『悪意や昏い感情』のような後ろ暗いものは、肌がピリピリして寒気がする。しかし、『善意』のように、誰かを想うような前向きなものは、どこかじんわりと暖かい。


「ねえ、キルケ。あそこに何かいる」

「どこ?」

「ほら、そこ。…階段から上がってすぐの右側のとこ」

「?なになに?どれの事だ?」

「…ああ、逃げちゃった。ネズミがいたんだけど」

「え?まじかよ~」


まあ、嘘だが。

老婆はちゃんといる。うつむいてはいるが…思い切って近づいてみて、老婆の目のまえに立つ。


「…ねえ」

『……』


(わらわの声が聞こえるか?ご婦人よ)


意識を老婆に集中すると…老婆はびく、と顔を上げた。

そして、目からボロボロと涙を流した。


『もしや…アリセレス、お嬢様?』

「…あなたは『善ある住人』じゃな」


ん?アリセレスを知ってるのか?

ふと、アリセレスの記憶の中に、しわくちゃの老婆が笑顔でこちらに手を差し伸べる場面と、名前が浮かんできた。


「…そなた、乳母のジーナか?」

『はい!!!…ああ、もう二度とお会いすることはないと思っていたのに…!』


その言葉を聞いた時、少しだけ胸のどこかがちくりと痛んだ。

ここに、この姿でいるということは。


「ジーナは…その」

『わたくしは…このお邸に奥様と来てからすぐに』

「…そうか」

『奥様をお救いできないばかりか、このように未練を残したままさ迷い続けて…申し訳ありません』

「そんなもの。気にするな…それより何があった?母はいつから」

『…このノーザンクロスの邸に来てから…です』

「この邸に?」

『はい』


確かに、母の体調は昔から良くはなかったが…今ほど悪化していたようには思えない。

ジーナはたっぷりと間をあけてからゆっくりと語りだす。


「…ここは、どういう場所なんだ?」

『この邸【ノーザン・クロス】は、とても歴史が古くございます。建立は今から57年ほど前の頃の話…今の公爵閣下は第13代目。その代から数えまして、三代ほど前の出来事…第10代ロイセント公爵様の時代と言われています。』

「三代前…?」


ふと、頭の中に一人の人間の名前が思い浮かぶ。

デリタ・ルーシェ・ロイセント―――ん?女性の名前??


「もしかして…デリタ様」

『良くお勉強されていますね。はい。その代は…この国では初となる、女性公爵様の代でございました』


女性公爵…おお、なんかかっこいい…!

どうやらアリセレスも同じように感じたらしく、すらすらと彼女の生涯が頭に浮かんでくる。


「ジーナは、会ったことがある?」

『いいえ…わたくしも先輩女中から昔に聞いたお話ですが。女性公爵というのは、当時、あまり周囲によく思われていなかったようで…大変なご苦労をなさったと聞いております。それもあってか、ロイセント家の、ひいてはデリタ様の威光を示すためにこのノーザン・クロスのお邸は贅の限りを尽くし、デリタ様の資産の3割をかけて作ったとか』

「さ、さんわり」


ううむ、桁が違いすぎてよくわからない…とにかくすごく金をかけて造ったということだな。


『ですが、この邸ができてから4年後、何かの事件が起きたようで…以来、デリタ様はこの邸に閉じこもりきりになり、そのまま…』

「…事件?確か病で亡くなったと」

『その事件に関しては…当時仕えていた者たちすら顔をしかめて語ろうとはしませんでした。そして…それからすぐに新公爵様が即位され、このお邸は封鎖されていたのですが』

「封鎖…?!ならなぜ母様はこんな場所に」


言いながら、はっとなった。


「ここを療養所に選んだのは…お父様、か?まさか…」

『そ、それは違います!!今でこそ、お二人の仲は…決していい関係とは言えませんが、公爵様は、エスメロード様をとても大事に思われていました。このお邸も、綺麗に修繕してゆっくり休めるように、と』

「…ふうん」


ならなぜ、愛人をつくった?

…アリセレスの元婚約者もだが、どうして皆、かつて愛した者をいとも簡単に突き放すことができるのだ?

本当に、愛などとは、儚くて空しくて…ひとしきり舐めたら溶けて消える飴玉のようだ。


(…くだらない)


「ゆっくり、ねえ」


それに綺麗に修繕…だなんて、今の状態を見ればただの口約束だろう?

もしそれが本当なら、普通こんな短期間でここまで外観が寂れるわけがない。


(人間のクズじゃな。…すまないが、あ奴もわらわの復讐リストに追加してしまおう)


母君の状態は、いつ何があってもおかしくない。

それに加えて、確か、もうこの時期には…夫である公爵は妻ではなくせっせと愛人の元へ通っているのだ。夫人を思うと、胸が苦しくなる。


「光の射さない密室なんて、人の気を狂わせ、生きる気力を奪って…」


ふと、妙な違和感に気が付いた。あたりを見渡しても…多少ほこりがかぶっているものの、そこまで古かったり、汚れている印象はない。


「そう言えば…この邸には使用人はどれくらいいる?まさか、あの傍仕えのメイドただ一人というわけでないだろうな?」


そう、この邸に来てからというもの、まともに顔を合わせたのはキルケと医者である父親と、あの顔の見えない怪しげなメイドのみ。それ以外の他の使用人達の姿を一切見かけていないのだ。


(名のある公爵夫人ともなれば、使用人達も大勢抱えているはずだろう。なのにこの広い邸に、執事すらいないなんて)


『それは…』

 

ジーナの表情が、みるみる曇っていく。


『みんな…いなくなってしまったのです』

「…なに?」


それきり言葉を詰まらせてしまった。


「ジーナ…?」

『お嬢様、わたくしが…このようなことを言うのは恐れ多いことと思いますが…』


しかも心なしか、声が震えているようだ。


『この邸には…化け物がいます』

「…化け物?それは、どういうことだ?」

『ここに奥様がいらした当初…奥様を慕う使用人も、メイドも、大勢いました。それが…ある時を境に、一人、また一人と…なぜか忽然といなくなってしまったのです』

「忽然…とは?」

『本当に、ある日急に。突然姿が見えなくなったり、実家に一時帰省すると言って二度と戻らなかったり…ある者は医者に見せると言って、いなくなったり』

「医者?」


その言葉を聞いて、少し胸がざわつく。


「ジーナ、あなたもその一人?」


わらわの問いに、ジーナは力なく頷く。


『私は昔から、喘息を患っておりました。が、このお邸に来てからというもの…日に日に悪化していって』

「この邸に来てから?」

『はい。それと』


突然、口もとを抑える。


『――――が来てから』

「…?」


そのままぱくぱくと口を動かしているが…言葉にならない。


「ジーナ?」

『…っ』

「いわなくてもよい」


いいや、この場合は、恐怖で言葉にならない、という方が正しいかもしれない。

ジーナがぎゅっと握りしめている手は、大きくて、小さいアリセレスの身体はすっぽりと収まっていた。…そんな優しい映像が頭の中を流れる。


「その手がアリセレス(わたし)をこの世に連れて来たんだな」

『!』

「ありがとう…あなたのおかげで私はここにいる」

『…貴女様は…いいえ。どうか、奥様をお救いください』

「勿論」

『奥様は…奥様は、このままでは…本当に、死んでしまいます』

「…わかってる」


そう、わらわは魔女。

わらわの役目は、魂を清らかな状態にして、空に還すこと。魔女の力はこの身体に残っている。それを思い出せ。


「あとの事は任せよ。そなたの想いも、祈りも、全てわらわが受け取った」

『…!お願いします』

「思い残すことはもうなかろう。…さあ、早く旅立つといい」

『貴方様はとても不思議な力があるのですね』

「それはナイショだ」

『その力をどうか大切に。貴方様の幸福を心からお祈りします』


ジーナは笑顔を浮かべながら、昇っていった。

キラキラと名残惜し気に上昇する光を満足げに見送っていて…我に返った。

そう言えば…後ろには、キルケが。


「…っすっげーーーー!!!」

「?!」

「何今の?!最初ぞわってしたけど、キラキラってなったらふわっとした!!」

「ぞわ…きら?」


ちょっと待て。今のは言葉か?


「おじょーさま、すげえな!!良いことしたんだろ?!」

「良いこと…」


キルケは…子供らしくぴょんぴょん飛び跳ねてる。

目をキラキラさせて、なんだかこっちまで嬉しくなるようなすっきりとした笑顔だ。いや、こういう時、子供っていうのは最強だな、と思う。


「うん…まあ」


まんざらでもないような気持ちでいると、ふと、背中にざわりとする寒気を感じた。


「……!」

「あ、父さん!」

「お嬢様、それにキルケ?」


突然聞こえた声に、驚く。

ぎょっとして振り返ると…やってきたのは。


「キルケ、お嬢様に迷惑をかけていないかい?」


先ほど聞いた、ジーナの言葉を思い出す。

医者…ねえ。


「おじょーさま、大丈夫か?…なんか、顔色悪いよ」

「キルケ…」


偶然か、先ほどまでジーナがいた場所に、医者が立った。


「そろそろ帰ろう、キルケ」

「…お医者様、お母様は大丈夫?」

「うーん…」


医者は眼鏡を中指で持ち上げ、うつむいた。


「…最善は尽くしますよ」

「あの、暗いお部屋にしたのは…お医者様がそうしろって言ったの?」

「ああ…そうですね、奥様は光を極端にお嫌いなようでしたので。太陽光や光に強いストレスを感じるなら、と」

「ふうん。…光を嫌うなんて、まるで悪霊みたい」

「…お嬢様。その言いようはあまりにも」

「いいえ、お母様の事じゃない」

「…え?」


そう、光を嫌う存在というのは確かにいる。

まあ、太陽の光を浴びただけで「湿疹」を発症する者もいるが。


「ねえ、もっとキルケとお話ししたい」

「えッ…な、なんだよ」

「いいでしょう?…お医者様、先に帰ってて」

「え?あ…いや、しかし」

「キルケの事はちゃんとわたしがおうちに送ってあげるから」


つまるところ、わらわにも一応思惑というものがある。さっさと帰れ医者!と言いたいのだが。

ここは、可愛らしくしてみようか。ええと、昔読んだ本で…上目遣いとやらは異性に効果抜群だとか何とか。大丈夫!キルケは背が高い!!


「…ね?ダメかな?」

「あ、え ええと、その、しょうがない なあ」

「やった!ね、あっち行こう!」


よしよし、これで、キルケに医者の話を…うん?

突然ふらり、と視界が歪んだ。


「ああれ?おじょーさ…」

「…はれ?」


あら?じめん がゆれてる??

ふらふら~ッと…まるで


「うちゅうが…まわる」

「へっ?!!ああ!!」


がん!!…と何かが頭に当たったような。

きのせいか?いや。


「おじょーさま?!!」



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