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73 希望は、絶望の始まり


「あら、アリス!見て!」

「……」

「じゃん!男の子と、女の子、二人も生まれたのよ!」

「う、うん……そう、だね。元気そうでよかった、母様…」


母が苦しい時にその場にいられなかった申し訳なさと、その割には元気が有り余っていそうな様子を見て、わらわはなんだか複雑な気分だった。

新しくできた弟妹は、母の腕の中ですやすやと寝息を立てていて…上の弟妹はそれを興味深そうにじっと見ている。そして、父は…泣いていた。


「うう、良かった。無事で…エマ」

「あなたったら、もう、泣かないの」

「ええと、どっちが男の子で女の子?」

「うーんとね、こっちの目元に黒子がある子が女の子で、口元にあるのがお兄ちゃんね!」

「へえ…」


そんな家族の様子を見ながら、先ほどの男たちはというと…、すっかり壁際で花と化している。


「すごいな…生命というのは」

「全くです。陛下もお早く、ご自分だけのお妃さまをお見つけ下さいませ。…聞くところによると、候補者は複数いるとか」

「はは、私にはとても選びきれないよ。まだ、()()もある」

「おや、それでは候補の姫君の立場がないでしょう」

「それはどうだろう?彼女達も利害の元に遣わされているし…純粋な愛情というのは、いかんせんとても難解だと、私は思うよ」

「難解ねえ…残酷の間違いでは?おっと。これは、つい」

「君はよく喋るね。まあ、そこまではっきりと言ってくれるのは非常にありがたいけれど、ね」


などと、なんだか不穏?な気配を感じるので、わらわは家族の方に意識を集中することにした。


「そう言えば、名前は?」

「ああ、それは、女の子がセレーネで、男の子がエリオンにしようと思っている」

「セレーネに、エリオン…二人とも太陽の神様の名前、だっけ?」

「良く知っているわね、そう、いつも輝きを失わないように。そんな祈りを込めているわ」

「そう…セレーネ、エリオン。よろしくね」


すると、わらわの声が聞こえたのか、二人同時にパチリ、と目を開いた。


「!」

「あう」

「んだ!」


そして、ぎゅっと親指と人差し指を握りしめる。


「ふふ、結構力強いね」


新しく命が芽吹いた子供たちを見て、顔がほころぶ。


(今頃は…取り調べ中か?何かわかるといいが)



同時刻…コンスタブル本拠地では。


「お前は今まで何人の人間をその手にかけた?」

「さあ?」

「今は使われていない下水から、欠損した一部の身体や、髪の毛が多数見つかっている。お前だろう?」

「頼まれたから、やっただけ」


とんとん、と、ペンを持ちながら尋ねるも、彼の言葉は拙く、短い。


「頼まれた?…依頼されたと、そういうことか」

「そう。…皆救済を、求めていた。助けてほしい、苦しみから解放してほしい、と」

「……」


そう答える表情は真剣そのもので、冗談を言っていている雰囲気ではない。

ただ、一点を見つめ、うつむくわけでもなく、こちらの質問に応じ、答えるだけ。

その言葉は全て迷いがなく、ぶれない。


(こういう奴は…どうしようもない。自分が正しいと思っているから)


自身がすべきことを自ら進んで実行している、そういうことだろう。


「私は、どうなる」

「…色々調書を取って、法の下に裁かれることにはなるが…まあ、極刑となる」

「極刑…ならば、早く実行して」

「なに?」

「もう、この世界はいい。あちらに、戻りたい」

「…その世界とやらに、死んだら帰れるのか?」

「さあ」

「……あ、そう。だが、簡単には死なせない。お前が望んでいるなら猶更。それが、お前の罰だから」

「罰…だと?罰を受けるべきは、あのアリセレスだ…私の世界を壊した!国を亡ぼす大罪人ッッ!!!」

「お前の世界では、そうかもしれんがな。こちらではそうはいかない。未来は、お前が決めるものじゃない!」


そんなやり取りをかわしたが、状況は変わらず。

彼の精神状態は正常じゃないと判断され、近く収監所に送られると予想されている。


「ああ…馬鹿げている。あんなほら話!頭がおかしくなる!」


調書を取り終えたレギオ・マルク・セイトン警部は激昂した。


「セイトン警部…どうですか?」

「どうもこうもない…これまでだ。精神鑑定に回してみたところで、意味がない。あいつぁ完全にいかれちまってる…死が救済だと?話にならん」


その男が潜伏していたとされている旧下水道には、バラバラに刻まれた複数の肉片や、腐敗した体の一部など、おびただしい数が発見されている。

だが、どれも身元は分からず、性別の判断すら判別できないものばかりで正確な数はわからなかった。奪ったとされる金色の髪は、全て大事に箱にしまわれ、部屋のいたるところに飾られていた。確認できたのは、新聞で報道された4名の女性だけで、飾られていた髪の毛の総数は全部で20を超えるという。

だが、当の本人とまともに会話が成り立たず、コンスタブルの地道な捜査に期待をかけざるを得なかった。


「…くそ、亡くなった方々が浮かばれませんね…」

「はあ、こればかりは…どうしようもない。奴が記憶にないというなら、猶更…我々で探すほかなかろう。それより、これからが大変だぞ、ヘルソン」

「…と、言いますと?」

「あの、預言じみた文書だ」

「確かに、情報量が多すぎますが…どれも妄想の可能性もありますし」


ヘルソンの言葉に、警部は首を左右に振った。


「関係ないさ。噂の真偽など…後からいくらでも辻褄合わせができるだろ」

「それは…」

「既に発行中止を求めているし、手紙の原書もこちらにはあるが…もう世に出回ってしまった以上、民衆はパニックに陥るだろうな」

「……確かに」


実際、彼が犯した罪よりも、預言じみたあの遺書が世に出回ったことが問題だった。多くの人間が不安を抱え、いらぬ噂が街中を駆け巡る。


「ねえ、戦争が始まるって、本当?」

「ああ、聞いた話だけど…最近、魔鉱石の発掘量は減っていっているって話だ!」

「いやねえ…確かに最近天気が荒れ気味よね、雪も降ったし…」

「ダメだ…!今のうちに小麦を買わないと!アレの通りなら来年は作物が不良になるんだろ?!」

「でもそんなの噂だろう?」

「もしかしたらッてことも…」

「どっかの公爵家が没落するんだろ?失脚とかなんとか…」


真実が嘘かもわからない言葉を信じるもの、信じないもの…ただ、心配するもの。

根も葉もない噂は人々の不安をあおり、まるで波紋のように広がっていく。瞬く間に王国はいわゆる終末ムードの包まれてしまうことだろう。


「いやな時代だ。…こういう時こそ、信じるものが一つでもある者と、そうじゃない連中の差ができるんだろうな。まあ、俺は自分の神様、を信じるがね」

「自分の神様?」


ヘルソンが問うと、レギオはにやりと笑って自分の胸をたたいた。


「良かったことがあったときに感謝する神様ってやつな」

「…それは素晴らしい。俺も真似しようかな」

「そーしろ、そーしろ!は~全く…今日はこれまでにしよう。一杯やって帰るか?」

「あ、はい!」


コンスタブルの本拠地の最深部にある、重度な事件を起こした人間を収監する部屋の鉄扉には、二重にカギがかけられている。一つは、物理的に丈夫な鉄制の鍵。もう一つは、魔法を使った強力な封印がされた魔鉱石のカギと、扉である。それにしっかりと錠をし、二人はその場を後にした。

静まり返った鉄扉の向こうの中で、男は何度も繰り返し呟いていた。


「俺は、間違って ない。間違ってない、正しい正しいただし」

「いいや、残念だけど…お前は誤った」

「!!!」


突然、目の前にパッと光が灯る。


「おお…おぉお!!迎えに来てくれたか!我が神よ!」


光はやがて収束して、白いロングコートに変わった。そして、黒く長い髪がさらさらとなびく。


「残念だが、私はお前の神ではない」


銀色のふちの眼鏡を指でくい、とあげると、にっこりとほほ笑んだ。


「名は…セイフェスという。…さて、面倒なことを起こしてくれたね、全く」

「神では、ない?!なぜだ!!失敗したからか?!オレのせいではない!!あの娘が!あの金色が!!!」

「あーあー、もう、やかましい!」

セイフェスは大げさに耳をふさぐと、そのまま男の口を閉じる魔法をかけた。

「んーんん--!!」

「ったく、何だってお前みたいな奴がイレギュラーになってしまうんだか。()()()も爪が甘いというか、何と言うか…いや」


(それほどまでに、あの令嬢の執行がこいつの(性癖)に突き刺さったんだろう。…傾国の美女とはよく言ったものだ)


「ま、わからなくもないがね。とにかく、やり過ぎだよ、君は」

「…!!……!!!」

「ここの民衆は本当に単純で愚かで、誰かが道を示してやらないとすぐに迷う者ばかり。せっかく流れを変えたんだから、余計なことはしないでほしい」


セイフェスはじっと男を見つめる。そして、背後に揺らめく複数の影を見つけた。


「は、 死が救済?まあ、そういう意味で()()()()連中もいたんだろうけどねぇ…全員がそうとは限らないよな」

「!!」


一瞬のうちに、男の表情に初めて怯えのようなものが浮かんだ。

セイフェスはにやりと笑うと、持っていた杖をかざし、男の背後を指した。


「姿を現すといい。…このまま黙っているなど、できないだろう?」

「…っ?!!」


男は恐れおののき、両手足を縛った鎖をガチャガチャと揺らすが、びくともしない。そうこうしている内に、そこら中の影が滲み、ひとの形を成していく。


『私を、ころした 』

『ゆるさない…』


頭のない胴体、短く散切り頭にされた首だけのもの、姿は様々だ。口々に怨念の言葉を囁き、男の身体に絡みついていく。


「~~~!!!」

「いち、にい、さんし‥‥‥おお恐ろしい。いったい何人いるんだか!いいのかい?君たち、上に上がらなくても」


セイフェスの問いに、頷く者達。だがその中でも複数程、セイフェスの杖に集まる者も少なくはない。


「君たちは私が輪廻の輪の中に連れていく。安心したまえ。しかし…素晴らしいね、半数は()()よりもお前を苦しめる道を選択したようだ…っと、ああ、もう聞こえないか。」


見れば、男は白目をむき、口から泡を吹いている。そっと頭に手をかざし、ジワリとにじみ出た光を手で掴み取った。


コレ(記憶)は貰っておくよ…ん?」


ふと、視界の端によく目を凝らなければ見えないほど、些細な細い糸を見つけた。


「へえ。…もしかして、これが、こいつの妄想の権化、基、こいつの『神』とやらかな」


すっと杖を振ると、糸は簡単切れハラハラと落ちたかと思えば、まるで炭のように宙に散じた。

と、同時に、扉の外が何やら騒がしい。


「そろそろか」


くるりと男に背を向けると、そのまま軽く指を鳴らす。


「せめてもの情け、だ。君も被害者のようだしね」

「おい!どうした?!誰かいるのか!!!」


勢いよく開かれた扉の先には、もう誰もいなかった。ただ、泡を吹いて白目をむいた男だけがいた。


「ったく…こいつが騒いでいただけか…」


以来、男は虚空を見つめ、見えない場所を指しては怯え、徐々に正気を失っていったという。ただ、うつろな中でつぶやいた名前の数々は記録され、それが殺害された人々の名前だということが発覚した。

しかし、彼が一体どれだけの人数を手にかけたのか?正確な数字はわからなかったという。



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