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72 ある世界の結末①

プロローグの続きのイメージで読んでいただけたら幸いです。


まるで、地面の底から響くような鈍い音が聞こえると、同時に大歓声が上がった。

凄惨な光景に正常でなくなった精神は、妙な熱を帯びて興奮の最中にある。処刑執行人の一人が、黒い布で覆われた物体を観衆たちに見えるように天高く掲げた。

「……こんなにあっけないものなの」それを見ていたメロウは、茫然とつぶやく。


となりに立つリヴィエルトですら、口元にうっすら笑みを浮かべているように見える。すると、観衆の中の一人が叫んだ。


「顔を見せろ!!布をとれ!レスカーラ王国一不貞な売女のご尊顔だ!!」

「!」

その声に呼応するかのように、周りの人間もはやし立てる。…どれも薄汚い下種な男どもだ。

「やめて!!!!」

たまらず、メロウが叫ぶと、ほんの一瞬歓声が止まった。

「…これ以上、姉を穢さないで……」

その言葉を主婦や女性たちは、男どもに非難の視線を向けた。それを受け、ばつの悪そうな顔をした男たちは水を差された、などとぶつぶつ言いながらそそくさと退散した。

「メロウ…君は」

「……あなたもよ。かつては婚約者だった女性でしょう?そんなうすら笑い……よく浮かべられるわね」

思いがけない言葉に、思わずリヴィエルトは自分の口を手で覆う。

「その…」

「もういい。…もう、見たくない」

自ら車いすを動かし、メロウはその場を去る。その後姿をリヴィエルトはぼうっと見ていた。そして、同時に、ふと思い知る。

「……私が、笑って、いた?」

内なる狂気に、気が付かなかった異常さに、今更ながら気が付いた。


(私は、お姉さまが大好きだったわ)


彼女の名前は、メロウ。

ロイセント公爵家の長女であるアリセレスのような黄金の髪やバラ色の瞳は持っていないが、ロイセント公爵の愛人だった母譲りの黒髪は、とても美しかった。


「アリセレスとは違い、メロウの髪はとても美しいな」


その言葉は、メロウに幸福感を与えると共に、義姉に対して、嫉妬のようなもの掻き立てた。


元々、メロウには母は全てだった。

父親は知らない。気が付いた時には既に母アルティーナがいて、既にリカルド・ロイセントの愛人の座についていた。しかし、彼の家同士の決まりの結婚を機に、二人の距離は空き始めていたらしい。

「必ず迎えに来る」などという甘い言葉を信じ、親子二人路地裏の襤褸小屋でひっそりと生きていた。その生活は過酷を極めたもので、母は朝も晩も仕事をして、メロウも表通りで靴磨きをしてやっと生きていける状態だった。

そんな状況でも、リカルドを信じているなどと嘯く母を見ては、幻滅したこともある。

しかし、その生活も終わりを迎える。その、公爵夫人が亡くなったらしいのだ。結果…二人は今の生活から抜け出せることができたのだ。


(棄てられたくせに、いまだに公爵様を信じた母も大概だったけど、約束とやらを覚えていた公爵様にも驚愕したものね。)


そして…初めて、アリセレスとメロウは出会う。

メロウとは真逆の眩しい金髪はロイセント公爵家の象徴だという。そして、公爵譲りのバラ色の瞳は、息をのむ程美しかった。

初めの頃は、あの金色が羨ましく思えて仕方はなく、どこか憧れのようなものを抱いてたメロウだっだったが…時間がたてばたつほど、年齢の近い姉に激しい嫌悪感を同時に抱くようになってきた。


(私はあんなに苦労して生きていたのに、この人は暖かい寝床に、暖かい食事をとり、のうのうと生きてきたんだわ)


そんな最中、ある事件が起きる。…メロウの魔力覚醒だった。

僅かだけど、その力は公爵家に来てすぐに顕現したのだ。魔力を持っているということは、それだけで才能ある人間と認められている。

しかし、長女であるアリセレスにはそれがなかった。

どうやらその事実は公爵家の長子としてのプライドがずたずたに傷つけられたらしく、アリセレスは唇をぶるぶると震わせ、メロウをにらみつけた。


「何よ…あなたなんて、ロイセント家の人間じゃない、ただの連れ子のくせに!」


いつもは澄ました姉の悔しそうな表情を見た時、メロウの中で、何かが動いた。ぞくぞく、と肌を何かが這いずり回るような感覚。それを意識した瞬間、胸が躍った。


(人形のように可愛らしいお嬢様…その綺麗な顔が悔しそうに歪んでいる)


それが、始まりだった。

その時から、姉の全部をぐちゃぐちゃにしたい。メロウはそんな『衝動』にかられた。

そう思った瞬間から、『衝動』は、じわじわと形となって姉に向けられるようになるのだが、あまり好かれていない姉に味方はいない。それに比べて、メロウは使用人にも父にも母にも愛されていて、自分を正当化してくれる。そして…全て自分が正しいようなそんな錯覚に陥った。


「そうよね、今まで私は苦しい思いをしてきた、なら少しぐらい、お姉様のものをもらっても、いいわよね?」


思った以上に愚鈍な姉は、面白いようにだまされ、わかりやすく罠にはまり、感情に任せて喚き散らし、周囲から孤立していく。

何もかも失い、打ちひしがれていくアリセレスという存在は、メロウの心を占める大きなモノに変わっていく。一つ一つを確実に奪っていくのはすごく簡単で、笑えるほど。


「そう、私の生きがいは、あの女…アリセレスの全部を壊すこと。全部壊して、全部奪って、みんなからお姉さまの存在をなくしていって…私だけ、お姉さまのことを記憶にとどめておくの」


その時、メロウは少し自分はおかしいかもしれない、と感じた。

だが、もう止まらなかった。姉のお気に入りの腕輪も、ネックレスも、全部自分の手に堕ちていく。唯一難関だった婚約者の存在も、自分が犠牲になることでその心をこちらに向かせることに成功した。

一つずつ、摘み取り、何もかも全て。

そして……その結果が。


(…はずだったのに、どうして)


処刑された人間は、遺族のもとに返らない。

遺体は街はずれの集団墓地にごみのように捨てられ、もう二度とメロウの元に還ってくることはないだろう。それがあまりにも辛くて、苦しくて、数日後、それを探しに行った。髪の毛だけでも、身体の一部だけでも自らの手元に置きたかった。なのに、見つからなかった。


「どうして…?なんで!!全部…奪われた!!!返して…返せ!!!!!」


誰に?わからない。でも、もう帰ってこない。

姉の死。それが望みだったはずだろう?と内なる声がささやく。


「私は…!!!」


それから数週間の後、メロウはリヴィエルト共に結婚をすることになるのだが、二人の関係は急激に冷めてゆく。何かを忘れるように金を使っては、多くの男性と関係を持ち、薬物におぼれていくメロウ。

その時既に傾き始めていたレスカーラ王国は、唯一の生産源だった魔鉱石の生産は滞り、徐々に国力が衰退していく。

危機を感じた時の国王陛下は、息子と共に立て直しを図るが、それもかなわず。

アリセレス・エル・ロイセントの公開処刑から、僅か数年で周辺国家の領土争いの標的となり…滅亡への一途をたどっていくことになる。

やがて、国王陛下は身罷り、リヴィエルトがその座につく頃には、もう手の施しようもなく国は危機に瀕していた。


そして…、アリセレスの死から8年の後。メロウは戦禍から逃れるために逃亡していた矢先、民衆の憤怒と憎悪を一身に受け、なぶり殺しにされてしまう。

「お前が義姉を殺したから、その呪いが国を災いをもたらしたんだ!!!」

口々に罵られ、メロウの遺体は民衆の手によって街中に晒され、やがて業火にかけられた。その焼け跡には何も残らなかったという。


***


パタン、と本を閉じる。

血塗られたような赤い装丁の分厚い本は、時間と共に劣化し、今は既にボロボロだった。この本は、この場所に来た時から、メロウはずっと持っていた。


「……つまらない話」


ぽつりとつぶやいたメロウの言葉に侍女が反応する。


「も、申し訳ありません。今新しいお茶を…」

「いいわ、別に。もう、下がっていいわよ」

「はい、かしこまりました」


部屋の扉が閉じられ、一人になったメロウは、椅子にもたれかかり、息を吐く。


(私がここにやって来た理由はわからない…)


最後の記憶は、逃げるために乗っていた馬車を取り囲む民衆たちの罵声と悪口。そして、激しい音と共に破壊されたドアから、大きな腕が伸び、引きずり降ろされ……何度か殴打されたところまで。あとはもう記憶は混濁していて、よくわからない。

ただ、強烈な『死』への実感と、絶望感だけが残った。

そして、目が覚めた時は…母アルティーナの再婚が決まった直後だったのだ。

今、目の前には先日捕まったという例の事件の犯人が書き記したとされる、未来預言の記事だった。新聞社に届けられたという文書そのままが記載されている。


―――黄金暦245年、雨不足に伴う作物不良により、悪疫の大流行、246年隣国との国交断絶、247年山羊の月、公爵令嬢の失脚、公開処刑同年乙女の月、リヴィエルト殿下の結婚、248年鉱石の枯渇、恐慌時代突入、249年他国による侵攻、250年国王陛下崩御、新国王即位同年獅子の月、開戦……


その後も、しばらく走り書きのようなメモにつらつらと文字が並べられ、最期は256年、王国滅亡で終わっている。


「…254年、王妃の公開処刑。間違いないわ」


偶然か、必然か。この記事に載っている出来事は、全てメロウは()()()()()


「私だけじゃないのかもしれない…この、場所にやって来たのは」


記事によると、男は夢でそれを見たという。

だが、それはきっと夢ではない、実際に彼も見てきたことなのだろう。そして…姉に取りついている魔女だって。そして、もう一人…思い当たる人物がいる。


「お母さま…何かご存じかしら」


更新が不規則にもかかわらず読んでいただいてる皆さま、本当にありがとうございます。精進します!

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