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71夢

(寒い…)


耳元で、悲鳴に似た風の音が聞こえる。手足の感覚など、もうないに等しいが、進まなければならない。

雪は天に向かって渦を巻き、風が積もる雪を舞い上がらせては地吹雪を起こす。空と大地の境界線の変別できないほど完全な白い世界に、リヴィエルトは佇んでいた。


(いや、違う。これは、夢だ。いつもの、悪夢…いや、明晰夢というべきか)


自分が意識せずとも、身体は突風が弱まった瞬間を狙って一歩ずつ歩みを進めていく。

ずきずきと痛む腹の傷は消えず、悪化していくばかり。にもかかわらず、意識がこうもはっきりしているのはなぜだろう?…生きているのが不思議なくらいだ。


最近見る、悪夢…何処か他人事のように、自分を俯瞰してみているような気分。

リヴィエルトは、襤褸切れを身にまとったこのみすぼらしい男性の姿を見下ろし、その先にある出来事を何度も何度も繰り返し見続けているのだ。

内容はいつも変わらない。当てのない猛吹雪の中を歩いていき、やがて疲れ果ててその場で膝をつく。それでも死にきれない身体で、茫然と舞い上がる雪を見つめている。肌を突きさすような氷の感触も、吐く息もどれも現実的で、まさに自分がその場にいるような臨場感を味わうことになる。

…いつもなら、ここで終わる夢だ。しかし、今日はどこか違った。


「…大丈夫か?」

「……?」


のろのろと顔を上げると…吹きすさぶ雪の中にうっすらと人影が見えた。


(誰かいる)


さく、さくと少しづつこちら位に近づいてきて…人影はすぐ目の前まで迫ってきた。

きっちりと着込んだ毛皮のコートと、マントの隙間からちらりと金色の髪がのぞく。その姿はどこか懐かしくもあり、同時に凄まじい後悔の念に襲われる。


「あなたは」

(この人は)


顔が見たい。けれど、雪が混じった強風のせいで、眼も開けていられない。そこは、白い色が空間を覆いつくしているホワイトアウトの世界。

差し出された手を取ろうとしたところで…リヴィエルトはゆっくりと目を開いた。

ギュッとこぶしを握り、これが現実だ、確認する。


「…また、か」


重いため息をつく。この夢を見た後は決まって、強烈な疲労感に苛まれる。


「何かの意味があるのか?それとも、ただの夢…?」


その問いに、答える者は誰もいなかった。しかし、遠慮がちに部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「…陛下、お休みのところ、申し訳ありません」

「どうした?」

「その…どうやら、例の連続殺人犯が捕まったようです」

「!わかったすぐ」

「それと…もう一つ」

「?」

「その功労者が…どうやら、ロイセント令嬢のようで」

「……え?」


ああ、やはり。という思いと、同時に重いため息をついてしまったのだった。



**


「うーん……」


ぱちぱちと何度か瞬きをする。

…よく眠ったせいか、身体がとても軽い。


「あ、気が付かれました?」

「レナ?……ここは。ああ、そうか」


起き上がろうとすると、すっと長い腕が伸びてきた。


「あ、ああ…ありが」

「どういたしまして」

「…っう」


そして…その腕の主を見て絶句した。


「!!リ…リヴィエルト…へいか」

「よく眠ったみたいだね。大丈夫かい?ケガは?」

「な、なな なんっで」

「例の事件の犯人らしき男が気絶して見つかった連絡があって…そしたら、君がいた」

「あ~…そ、それは」

「……全く、何のための自宅謹慎だ。これじゃ意味がないじゃないか」

「自宅謹慎て…どうして」

「ロイセント公爵にお願いしたのは僕だから」

「!!!」


なんと。

まさか、こんな理由があったとは!ううむ、父とリヴィエルトは思った以上に良好な関係のようだな?!


「まあ、予想通りというかなんというか。とても君らしいね、エル」

「そ、そんなことは…それより、お忙しいでしょう?!こんなところにいる場合では」

「別にいいさ。…それよりも、何があったんだ?恐らくコンスタブルの方でも後で調書を取るとは思うけれど、直接聞かせてほしい」

「わ、わかりました。ただ単純に、あの手紙からして、奴の狙いは私だったようですので。自ら会いに行ったまでです」


本当にそれだけなのだが、リヴィエルトは頭を抱えた。


「……どうしてそう、積極的で行動的で、じっとしていないんだ」

「ま、まあ、一人ではありませ…」

「一人ではない?」

「!!!…っと、い、いえ!一人でしたね!はい!」

「……ふうん」


危なっ!

さすがに、今ここでケンもといヴェガとリヴィエルトを会わせるわけには


「あ、ご無事に目が覚めたようで何よりでございます」

「?!」

「…ん?君は」


ま、まさか、この声は。

なぜわざわざ来るんだ?これじゃ正体が…


「お初にお目にかかります。先日付でアリセレス様の護衛を担当することになりました、ヴェガ、と申します」

「ヴェガ…?」


恐らく、表情に出ていたかもしれないが、そこは気合と根性ですまし顔に直した。

しかし、よく見ると…そこには、裾の長いダークスーツを着た、眼鏡の男性が立っていた。髪の色も、あの鮮やかな赤銅色ではなくどちらかというと、くすんだ茶色のような。

…これは、もしかしなくとも。変装してるのか?


「出身は?」

「はい、このレスカーラの東の辺境地クルクスでございます。ここ数年は周辺国を旅をして回っておりましたが…この度、縁戚に当たるロメイ・ジェルダンよりこちらの仕事を紹介されまして、帰国に至りました」

「そうか。……」

「何か?」

「いや」


なんだか、この二人のやり取りはハラハラして、心臓に悪い。だめだ、耐えられん。


「陛下。それより…奴はどうなりました?」

「ああ。…そうだね。君はちょうど丸二日眠っていたことになるんだけど。コレを見たほうが早いかもしれない」


そう言って差し出されたのは、新聞の山だった。

一面の見出しはどれも、あの連続事件に関するものばかり。記事の内容も、タイトルも似たり寄ったりではあるが、一つとんでもない見出しの物を見つけた。


「神に取りつかれた男…未来を予言…10年後には、この国で戦争が起こる……?!」

「…奴は、気を失ってるところを発見され、すぐにコンスタブル直轄の病院へと運ばれたのだが。どうやら、事を起こす前に、例の予告文と一緒に遺書じみた予言のようなものを同封していたらしい」

「まさか、新聞社に直接?!」

「ああ、捕まったタイミングでその新聞社が大きく報じたのが、それだ」

「……せん、そう」


さて、このレスカーラ王国の周辺には、いくつか国がある。レスカーラ自体は、細長いスプーンのような形をした半島全域を領土とするが、南方の森を超えた先には南のレジュアン共和国がある。この国とは同盟国の関係にあり、両国の交流と称して交換留学生も行っており、関係も良好だ。

 そしてもう一つは、スプーンの丁度先端の部分にある大きな河を挟んだ向こう…西側にぐるりとレスカーラを囲んだ山脈の裏側にローラン王国がある。そして、それを筆頭に小さな扇状の大陸が西に向かって広がっており、その向こうには小さな連合諸国が並んでいる。それらを総じて『ローラン諸国』と呼んでいる。両国の関係は決して良好ではない。レスカーラの主生産である『鉄鉱石』と『魔鉱石』をめぐり、近年小さな小競り合いのようなものが頻発しているのだ。

また西側大陸を横断する鉄道の建設が計画されており、鉄鉱石の需要が高まる昨今、二つの国の関係性は過去最悪とも言われている。


(些細な出来事は変化しているが、大きな流れは変えることができないのか?)


そして、奴は言った。

アリセレスが処刑されたから、世界は歪み始めたと。ただの偶然か?それとも…


「…あれ?そう言えば…お父様や、弟妹達は?」

「あ、それが…」


すると、物凄いタイミングで部屋のドアが開け放たれた。…本邸の執事長、ゼルメルだった。

いつもはきっちりと決まっている白髪のセットが少し乱れている。普段は落ち着いているのに


「お生まれになりました!!!」

「え?」

「あ!お嬢様!お嬢様も目が覚まされたのですね。そ、それより、奥様が」

「!お母さまっ?!」


思わず立ち上がったわらわを見、一度い息を整えてから、ゼルメルは告げた。


「母子、ともに健康でございます。なんと、今度は双子のお子様でいらっしゃいますよ!!」

「ふ…ふたごって。ふ、ふたり?二人いるってこと?!」

「それはおめでたい。私の名前で祝いの品も贈らねば」


にこやかに言うリヴィエルトを見て、目を丸くしゼルメルは言葉を失った。しかし、すぐに笑顔になる。


「きっと、お喜びになると思います」

「そ、それより…双子って、え、全部で5人兄弟??10以上離れた弟妹がまた二人も…」


これは…想像をはるかに超える。

しかし、この事実は、些細な出来事?なのか?!いや、些細じゃない。だってあちらでは本来生まれているはずのない子供たちだろう?!


「大丈夫ですか?ご主人様」

「だ、だいじょう、ぶぁくな い…だって、えええ?」

「早く行こう、私も見てみたい」


左ではヴェガが、右ではリヴィエルトが嬉しそうに手を取った。

いや、お前達、仲いいな?!それ以上突っこまないのかリヴィエルト??


(しかし…4人も。頑張ったんだなぁ…お母さま(エスメラルダ)


本当、過ぎる日を思い出し、遠い目になる。

そして、同時にしぼみかけた気分も治り、新たに大きな希望を見出したような、そんな気分になったのだった。


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