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70 事の顛末


(私も、彼女も、あの後の世界がどうなったのか知らない)


魔女の記憶としては残っていない。

かつて奇妙な縁があった国ではあるもの、知っている人間も指折り数えるほどしかいないその場所に、それほどの興味は持ち合わせていなかった。


(それが、本当にこいつの言う通りだったとしても…それは一つの結果でしかない)


「…私は知っている…!お前の死から世界は歪んだ!世界は変わった!!滅びたんだ!!!だからお前は罪を認めて死を受け入れなければならないんだ!!」

「………」


血走った眼であるはずのない未来を語るこの殺人鬼は、もはや正常ではない。


「サーリャは、どこにいる?一緒にいないのか?」

「…あの子は、ここにはいない」


処刑人はにやりと笑うと、懐から綺麗に三つ編みされた茶色の髪を取り出した。


「!それ…」

「贄はこれで十分。…この場所に、お前が来れば十分だ、アリセレス・ロイセント」

「無事、なのか?」

「殺せない。…罪を犯していないものを、葬るのは我々の領分ではない…」


(あくまで、自分の行動は正当性がある、とそう言いたいのか)


無差別に手を下すのではなく、彼なりのルールのもとに従っている。そのルールで行けば、アリセレス・ロイセントは、その対象になるのだろう。


「それで…私をここで殺して、それでどうなる?」

「いずれ来るその時の前に…排除しなければ、この世界も滅びてしまうッ!!悪ある者を屠るのが我らが使命、それを打ち取らんとすることこそ、我ら処刑人の宿命!!!!」

「使命か…ふふ」

「…っ何がおかしい!!」

「排除だの、屠るだの…お前にそれができるのか?」

「何 を」

「そのバカでかい斧で私を殺せるのかと聞いている!」

「!」


ブン、と力任せで振るわれる大きな凶器はどうしたって隙ができる。軽やかにそれを避け、また次の攻撃の姿勢に入った時に逆方向に逃げれば次の攻撃も回避できる。


「…お前を殺さずに済むのなら、それでよかった。アリセレスの手を汚したくはないからな」

「く…!」

「思った通り、足場も悪く、幅も狭いこの地下坑でその武器はナンセンスだよ、執行人」


右に、左に振り回される大きな斧は、側面の壁を傷つけ地面を削ってゆく。年季の入ったこの旧水道では、隙間なく積まされた石はすでに古く、もろい。

打ち付けられた壁はばらばらと崩れゆき、徐々に天井の穴を広げていき、白い光が空から降り注いでくる。それを見て、処刑人は思わず顔をそむけた。


「うう…!」

「…知っているか?例えば大きな丸い形の石があったとして…ある場所を集中的にたたけば、一瞬にして砕くことができるのだが、その場所はどこだと思う?」

「逃げるな!!」

「それは、円の中心部分。そこを思いきり叩けば…」


言うが早いが、アリセレスがぱちんと指を鳴らすと、周辺の石を粉々に砕く。


「ほら、こんなふうに、木っ端みじんになる」


そこから更にもう片方の指を鳴らすと、アリセレスの周りに突風が吹き荒れ、囂々と大きな音を立てて粉塵と共に上空に舞い上がる。


「な…魔法…?!」

「風と、物質変換の応用魔法だ。有を無に還るのは容易いこと…そして」


更に指を弾き、そこからおおきな炎の玉を起こし、吹き荒れる風と塵に向かって思いきり放った。炎は一気に塵に燃え広がり、風が更にそれを膨張させる。

そして…ドン!という激しい音が鳴り爆発した。


「処刑執行人よ…今の世界にお前たちは不要な存在。お前達の悪縁ごと…わらわが葬ってやる!」

「!!」


直前、アリセレスは自分の放った火の魔法の反動を利用して後方へ飛んだ。

炎は風と塵を飲み込んで大きな爆発を引き起こすが、アリセレスにとって、一つだけ予想外なことがあった。それは…予想を上回る規模の爆発である。


「…っうわ?!」


結果、アリセレスの小さな身体は爆風にあおられ、態勢が狂ってしまったのだ。

次の瞬間、まるで意志を持ったかのような爆風が目にもとまらぬ速さでこちらに向かってきた。そして、あっという間に足をすくわれ、アリセレスの身体はふわりと宙に浮くのを感じた。


(…マズイ!体制が)


狭い通路で起こった爆発、それに生じて大きくなった爆風が行き場を求めて暴れだし、アリセレスの小さな体を弄ぶ。何とか体制を変えるべくもがくが、いつの間にか自分の体制があおむけの状態なことに気が付く。


(間に合わない。このままじゃ壁に激突する…!)


そう思った瞬間、背中に何か大きな物が当たった。


「アリス!!」

「…あ、ケ ケン?」


なんだか目がちかちかする。上を見上げると、物凄く必死な形相のケンと、青い空が見えた。…どうやら、ここら周辺の天井はものの見事に爆発によって突き抜けたらしい。


「そ、そうか…私は無事か、良かった」

「無事か、はこっちのセリフだこのバカ!!」

「ごめんて…ちょっと粉塵の量と炎の規模を間違えただけ…はぁ~…」

「…壁は粉々、天井が抜けて…一体何がどうしてこうなってる?!」

「んー…粉塵爆発、という奴。粉塵に炎を風を加えると大爆発するから。昔からこの辺一帯は鋼玉(こうぎょく)が多く採れたし…いけるかなと思ったんだけど」


鋼玉(こうぎょく)は、こんにちでは研磨剤の原料でもあり、宝石加工などに多く使われている。元々鉱石資源が豊富なこの国では、昔から多く採られており、古い場所であればあるほど、その含有量が多い石がそこかしこに使われている。

最も、これは古い歴史を知る魔女にしか無い知恵の一つではあるが。


「だからって…」

「説教はいいよ。…それより、処刑人はどうなった?」

「処刑人て…まさか」

「例の殺人犯。…死んでいたら困る」

「アリス!待てって!」


立ち上がったアリセレスの腕を、ケンが思い切り引き戻した。


「なに!」

「何でそんなにあの殺人犯に関わろうとする?!危険なことに首を突っ込むな!」

「……あいつには、生きて聞かなければならないことがある」

「…え?」

「お前は巻き込めない」

「…っ」


ケンがふっと手を緩めた瞬間、くるりと背を向ける。


「アリス…?」


足元に気を付けつつ、破片をよけながら処刑人を探す。


(あまり悠長なことをしていると、記者やら何とかやら、色んな奴が来る)


時々魔法を駆使して石を移動させていくと、やがて大きな体が石に囲まれ横たわっているのを見つけた。


「いた…」


腹には深くとがった石が突き刺さっているし、どうやら足は岩で潰されているが、かろうじて息はしているようだ。


「捕縛魔法を使うまでもないな。…サーリャはどこにいる?」

「…家に帰した」

「え?」

「あの 子には、恩がある」

「……そうか、それで。お前は、どうやってあちらの世界の事を知った?」

「あちら‥‥?」

「お前が処刑人をしていて、アリセレスが断頭台に消えた世界の事だ」

「……ふふ ふふ ははは!…やはり、お前も」

「答えろ。…このまま死ぬのはわらわが許さぬ」


一番深い腹の傷に回復魔法を使い、悪化を防ぐ。


「夢でみた」

「夢?」

「一人目を”開放”してから…」

「一人目?それは…」

「何があった!!」

「!」


突如聞こえた声に、思わず身を隠した。

気が付けば、ざわざわと人が集まりだしている。


「アリス!こっちへ」

「…ケン」


ケンはそのままアリセレスの手を取ると、ぎゅっと握りしめた。


「…痛い」

「逃げたら困る。…それに、俺は」

「……」


何かを言っているようだが、徐々に声が遠のいていくようで、良く聞こえない。なされるがまま手を引かれて歩いていくうちに、眩暈がひどくなってきた。


「…ダメだ、力 使いすぎ…」

「!!あ、おい!」


そして、完全に気を失ってしまった。



**


「う…ん」

「サーリャ!!」


重たい瞼をぱちぱちと瞬くと…わんわん泣いている弟妹達の声が聞こえ、大きく暖かい物が身体に覆いかぶさった。


「おねえちゃぁああん!!!」

「うわーーーん!!」

「リオ、ミア…それに、お母さん」

「良かった…!!無事で!」

「……うん」


(おじさん…)


長かった髪をバッサリと切り取られた時のことは覚えている。

でも、あの人はそれ以上の事をしなかった。刃をこちらに向けるでもなく、ただ、黙ってじっとこちらを見つめていた。


「…字を、教えてくれ、て。ありがとう」

「…え?」


ただひとこと、そう言って、くるりと背を向けた。


「おじさん…待って、おじさん!」


そして…開放された安ど感と、極度の緊張が抜け、そのまま意識を失ってしまったのだ。


「もう、会えないんだよね、きっと」

「サーリャ…?」

「ううん。……お母さん、心配かけて、ゴメン」

「サーリャ…ああ、サーリャ…!」


なんだか、ひどく哀しい。裏切られたのかもしれない、傷つけられもした。でも…それ以上に、結局手を下すわけでもなく、命を取らずにこうして助けてくれた。

ただただ、静かに、あの人はそこにいて、何かに押しつぶされて…おかしくなってしまったのだろうか?


もっと、話せばよかったのか?

もっと、知ればよかったのか?あの人の事を。


サーリャは、彼の事は何も知らなかった。

彼が何処の誰で、過去に何があったのか、名前さえも。多くの時間を過ごしたはずなのに…ただ黙って静かに、靴の磨き方を教え、サーリャに生きる知恵を一つ、授けてくれた。

思い出すと、その時は確かに穏やかな時間が流れていて、ともに過ごした時間があった。

そんな時間はもう二度と訪れなくて、これからあの人と会うこともないのだろう。

それが、とても残念で、涙がこぼれたのだった。


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