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68 暴走特急令嬢とは呼ばないで


「あ、あの…この方は」

「ええとぉ…かくかくしかじかで」


ど、どう説明しろと。

おろおろしていると、ドアの外側が騒がしくなった。バタバタと階段を上がってくるこの足音は。


「アリセレス!」

「ち、父上?!」

「新聞は見た…か……?」


マズイ。何がまずいって、色々。

ゆっくりと目をそらし、あらぬ方向へ視線を向ける。


「だ、誰だ…?娘の部屋に…若い男…だ…と?!」

「ぃえっと、こ、これは」


あ、公爵はぶるぶると震えている…た、倒れないだろうな?どうする気だ?と目で訴えるべく、ケンを見やるが…どうやら、逃げも隠れもする気はまるでないらしい。

むしろ任せろ!とでも言いたげににっこり笑った。


「初めまして、サー リカルド・ロイセント。私は今日付けでアリセレスお嬢様の護衛兼従者を一任されました、ヴェガ・シオンと申します」

「そうだったのか?!」

「そ、そうなんですか?!」


あれ?…しまった。レナとわらわはほぼ同時に声をあげて驚いてしまった。

思わずレナの顔を見、愛想笑いを浮かべる。


「護衛…兼、従者?!そんなもの許可した覚えは!」

「ご挨拶が遅れてしまいましたが、これもまた理由があります。この通り…ノーザン・クロスの執事、ロメイ・ジェルダンより推薦状と雇用条件契約証を預かっております」


そう言って、懐から一枚の紙を取り出す。

どうやら雇用条件契約証のようで、きっちりとロメイの直筆のサインがある。基本的に、使用人や給仕など、貴族の家に人を雇う場合、人員の選別は執事が一任している。その後、主人に挨拶をして許可をもらうのが、この国ではセオリーとなっている。なので、その執事自ら推薦状を書いたとなると、いわゆるお墨付き、という奴である。

ちなみに、使用人との契約書は基本的に紙を使用し、劣化を防ぐという意味で魔法鉱石を溶かした特別なインキでサインをするのが決まっている。

…そんなものいつ貰ったんだ、こいつ。


「…確かに、ロメイの物に間違いないようだが…」

「ロメイ氏がお嬢様はお強く、()()()()()()で、()()()()()なところがあり、実力を見せないと従者としては認めてくださらないだろうから、と特別試験をご用意してくださったのです」

「とくべつしけん…」

「ええ。監視の目をかいくぐって一度も見つからずに朝一番でお嬢様の元にはせ参じるという、任務でございます」

「ム…。確かに、ロメイの言う通りではあるが…」


そんな無茶苦茶な…。いや、本当に。公爵とは子供の頃あってるけど、それはどう説明するんだ、ケン?!ひとりハラハラしているわらわを無視して、二人の話は進んでいく。


「なるほど…確かに。これはまぎれもなく、ロメイさんのサインです…!」

「左様にございます。と、言うわけで、お嬢様。…試験は合格でいかがでしょうか?」

「わ、私は…構いませんが」

「……」


うーん、どうなんだろう。

ケンの赤い髪と琥珀色の瞳は王家特有の物であるとはいえ、事実上この国ではベルメリオはもうすでにいないことになっている。

と、言うのも…先代国王陛下が半狂人となった際、ベルメリオ王子に関する肖像画や、その姿を彷彿とさせるものは全て排斥されてしまった。

邸の火事の後も、彼に関する記録や証明はこぞって王家の記録より抹消されており、彼の姿も存在も、忘れ去られてしまっている。父も恐らく最後にあったのは、ケンが幼少のみぎりの事…どれほど記憶に残っているのだろうか?


「…君は、私の娘であり、ロイセント家の長女たるアリセレスを守れるほどの実力があると?」

「無論。我が主たるアリセレス様に危機が及ぶなら、この身を賭してお守りいたします」

「………ふむ」

「……」


うわあ。膝まづいてこっちを見るな、ケンよ…。なんと絵になる姿のことか。さすがは元・王子殿下。リヴィエルトとはまた違った様相だ。

あ、シンシアの目がキラキラしている。


「…小説のワンシーンみたい…!」

「だ、黙って、シンシア」

「わかった…ならば、それを今から証明するとよい。ヴェガ、だったか?」

「はい」

「アリス」

「?!はぃ!」

「新聞は見たな」

「はい…」

「なら、止めても無駄だな」

「こ、公爵様、恐れながら…アリス様に何かあっては!」

「レナ。お前の気持ちもわかるが…ここで暴れて窓を壊して強行突破させるより、無難にこの従者ともども見送るのも、また一つの英断かと思っているんだよ」


なんと!父よ心外だ。


「別に、家を壊してまで行こうとは…」

「本当に思ってなかったか?」

「い、いや…窓ガラスくらいは、ほら、まあ…」


ぐぬう。まあ、確かに強行突破も一つの選択だけど、あくまで最終手段であるので、そこは反論したいところだ。なんてことを思っていたのが顔に出ていたのか、公爵はため息をついた。


「…この通り、我が娘は飛んだじゃじゃ馬でな。まるで暴走する特急馬車のようなもので、ブレーキをかけるということを全くしない。冷静に、理知的に…アリセレスをサポートしてくれると助かる」

「承りました…必ず」

「……」

「…?私の顔に何か?」

「いや。……よし、アリス。コンスタブルの方々にも連絡をしておく。くれぐれも気を付けるように。そろそろエマの出産予定日にも近づいているから…きちんと帰って来なさい」

「!はい!!じゃあ、行こう…えーとヴェガ!」

「はい。お嬢様」


元気よく出かける娘を見ながら、公爵は再び重い溜息を吐いた。


「本当に大丈夫でしょうか…」

「…いや、そうだな。あの青年の言葉に嘘偽りはない、むしろ」

「…むしろ?」

「恐らく、彼が適任だろう。……さて、私にもできる限りのことをせねばならないな」

「?」


(10年か…私も年を取るわけだ)



「…ねえ、その名前と雇用契約証、本物?」

「当たり前だ。言ったろ?ロメイさんに色々と手助けしてもらったって」

「まあ、それは、うん…でも、ヴェガって誰?」

「…ロメイさんの親戚の息子さんの名前らしいな」


ふと、妙な感じがした。多分、ロメイの親戚の息子とやらは、もうこの世にいないのかもしれない。


「大切な名前をもらったんだな」

「うん、まあね…ところで、アリス、これ何?」


そう、今は何をしているかというと、箒で空を飛んでいる。勿論、先頭はわらわ、後ろにケンだ。

Gは今日も元気に、周辺に潜んでいる同胞の魂を吸いこんで飛行力に変換しているのだ。


「G・試作1号改良版!」

「……それ、名前?」

「そう。元の魂は…」

「いや、聞かなくていい。…聞かない方が幸せなこともある」

「?そうか…燃費が悪いのが欠点かなあ」

「燃費…」


…きっと、地上ではものすごい勢いで黒い虫の成れの果てが量産されていることだろう。大丈夫、別に彼らの生態系に害はないはず。奴らの数量と生命力はすさまじいからな!


「そ、それにしても…今の俺はただの無職だからなあ。安定した就職先が決まってよかった」

「就職先、ねえ。今までは何していたの?」

「そうだなーファントム退治まがいなことや、傭兵、家事手伝いやら…猟師の弟子として過ごしたこともあったな」

「…何それ、随分楽しそうじゃないか」

「割と、やりたいことは好き放題していた。…でも」

「でも?」

「いや…それより、何か様子がおかしくないか?」

「え?」


そう言って、病院のある方を見ると…一目で異常事態が起きているのがわかった。

病院をぐるりと囲むように立ち並ぶ柵の外側に、たくさんの人間の姿が見えた。服装からして、半数はジャーナリスト…そして、血を流して傷ついた複数のコンスタブルの姿だった。


**



(昼間なのに今日は静かで不気味だな…)


イーストエリアにほど近く、ウェストサイドに属するある場所に、慈善病院がある。そこは、国内でも指折りの治療魔法仕の指導の元、多くの研修医を抱える病院で評判も上々だった。

先日、例の連続殺人事件で唯一の生存者がこの病院に運ばれてきた。同じ場所にいたというもう一人の女性の方は既にこと切れており、見るも無残な姿となっていた。

普段のこの時間帯であれば見舞客や、往診で待つ人々に溢れているのものだが、今は不気味なほど静かだった。朝の予告状じみたあの文章は、病院内のみならず世間の緊張を一気に高めた。朝いちでやってきコンスタブルたちは、入り口を封鎖し、入院している部屋は全て鍵をかけ、本日いっぱい外部の人間は立ち入りできないとしたためである。

ただ、毎日の往診や薬を飲まなければならない入院患者などはれぞれの担当医が護衛付きで応じている。

このベテラン医師もその一人で、担当患者のところを回っている最中である。ちらりと後ろを振り返ると、怖い顔をしたコンスタブルが二人ついてきて、こちらをジッと見ている。


「やれやれ、なんだかこちらが犯罪者になったような気分だよ…」

「何か?」

「あ、いいや、お努めも大変だね、あなたがたも」

「いえ。これがに」


突如、いかつい表情のコンスタブルの一人がぐらりと右側にゆれた。


「え? うわ」


そのままふら、と前のめりになり、こちらに倒れてくる。一瞬何が起こったのか理解できず、茫然とその大きな体を受け止めると…その後ろに黒いコートの大男が立っていた。


「……」

「!!下がってくださ」


異常を察知したもう一人のコンスタブルが無線を取り出そうとするが…鋭利な刃物で喉を一突きにされ、床に崩れ落ちた。


「…ひ、ひいぃ…っ」


がくがくと震え、座り込んだベテラン医師は、死を覚悟した。

しかし、大男は彼に手を出すわけでもなく、ゆっくりとしゃがみ込むと、覗き込むようにベテラン医師の顔を見る。


「きのう 運ばれた娘は、どこに?」

「…ぅ」


頭の中で、患者を大事にしなければならぬという使命と、自分の命が天秤にかかる。幾分か葛藤し、やがて医師は、乾ききった唇を動かした。


「お、奥の…309号室」

「……ありが、とう」


一度ちらりと奥を見た後、大男はその場を静かに立ち去った。

その姿をやりきれない気持ちで見つめながら、ベテラン医師は、倒れたコンスタブルの腰にある無線を手に取った。


「奴が…ぶ、ブロック・ヘッドがやって来た…!」












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