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67 イレギュラー


びゅうびゅうと、風が騒ぐ。

静かに瞳を開くと、一面の、銀色世界。氷を伴った風が下から上へと舞い上がり、長く束ねた髪を揺らした。


「………」


ここが何処で、自分が誰なのか…認識するのに数秒かかってしまった。そして、何度か目を瞬き顔を上に向ける。うっすら白みを帯びた空の隙間から太陽らしき光が差し込み、今の時間は昼なのだと確認する。


(…まさか、魂の記憶とでも言うべきか?それともただの思い出し夢?)


視界を覆っていた雪がはけ、見慣れた光景にしばし言葉を失った。


「ここは、エヴロンの森…名も無き魔女の住処だった場所だ」


ほとんどが雪で埋まっていても、すぐにわかる。ここは、作物を育てていた畑のあった場所。長い年月をかけて森を切り開いたので、辺りは針葉樹で囲まれている。振り返ると、そこには、オレンジ色の屋根のレンガ造りの家。

懐かしさよりも、寂しさのような…喪失感にも似た感情の方が胸をよぎる。


「夢にしては…残酷というか、何と言うか」


魔女の記憶では、恐らくこちらに来て以来、一度も見たことがない。アリセレスの中には存在しない記憶であり、彼女との契約の際、自身の魂は消滅寸前だったはず。だが…原因はよくわからないが、この場所が()()である、ということは確実だと言える。

何か、意味があるのだろうか。それとも、何者からの干渉なのか?


「まあ、いい。夢なら醒めるだろう」


などと楽観的に考えていると…遠くから、こちらに向かって歩いてくる人影らしきものが見えた。腰まである雪をかき分け、よろよろと頼りない歩き方をする人間。今にも倒れそうなその姿には見覚えがある。


「…この時、わらわはお前を見捨てればよかったのか?傷の手当などせず、暖かい寝床も提供せず、その雪に埋まり、息絶えるのを見届ければよかったのか」


そうすれば、名も無き魔女は。

長い時間を生き、命が融けることなく、ただただ流れゆく世界の時間をゆっくりと傍観していたのだろうか。


(など、できるはずもないか)


もう過ぎ去ったこと、既に起きた事をやり直す方法を、わらわは知らない。

『過去』だけは、全能の力をもってしても変えることなど不可能と言われている。ただ、『未来』だけは、努力次第で変化をさせることはできるかもしれないが。

恐らく、何度この場所でこの状況に立ち会っても、きっと結果は変わらない。


「きっと、お前を助けて、きっとまた」


お前を救ってしまうんだろう。そして


ぐっと手を掴んだ先は、何ともすべすべで肌触りの良い…これは、シルクか?ふわふわの羽根布団と、ふかふかの枕。


「なるほど、夢か…やは」


うっ。ズシリと重い何かが頭の上にのっかっている。これは、もしや害ある者どものいたずらかっ?気のせいか身体も金縛りのように動かず、身動きが取れない。

眼を開けても、何かにふさがれているのか、暗い闇。


(?!左手が動く…!これならば!)


頭の上に乗っかっている物体をぎゅっとつかみ、正体を暴いてやろうと意気込む。がっちりと固くて、ざらざらしていて、細長い物が五本ある。それを探るように触ると、それがピクリと動いた。


「あれ?腕…人間?…っ!!」


手のひらごととらわれ、捕まった。じたばたともがいていると、すぐ傍らで誰かが笑った。


「寝ぼけてる?」

「え?」

「おはよう」

「…おはよう」

「早く隠さないと、誰か起こしに来るんじゃないのか?」


低くて、聞き覚えのない柔らかな声。…これは、夢の続きか?

いや、違う、そうじゃない。


「…べ べべベリー酒を」

「うん」

「グラスに入れて」

「うんうん」

「のんだのは、覚えている、ような気がする」

「そうだな、一口飲んでそのまま倒れてた」

「そ、その あと、 は?」

「…さあ?」


にっこりと笑顔を見せる、さあ?とかふざけるなよ、お前。


「手 離せ」

「うーん、どうしようかな」

「は・な・し・て!」

「…はいはい」


パッと離された手を振り上げて、起床する。


「くく…あっはは!」

「わーらーうな!じ、自分が…信じられない…!!」


広いベッドの上では、ゴロンと寝ころびながら、ケンが腹を抱えて笑っている。とりあえず深呼吸してから居住まいを正し、落ち着こう。


「そ、そそれで?」

「アリスがそのまま意識を失うように眠りこけてたから、こっちに運んだだけ」

「…なら、どうして一緒に寝てるっ?!」

「いや、掴んだ腕を離してくれなくて…そのまま気が付いたら」

「はぁ……私のせいか…」


…なんだろう、羞恥よりも自分に対する失望の方が大きい。


「お嬢様?」

「!!」

「ぅおっ?!」


すごい、いつも以上にノックの音が大きくて、心臓が飛び出るかと思った。

とりあえずケンには布団をかぶせ、レナを扉の前で出迎えた。


「おはよう」

「…?おはようございます、お嬢様。もう起きてらっしゃいましたか」

「うん。なんだか眠れなくて…」

「あ、そうですよね…、お食事はどうされますか?」

「こちらで食べるから。運んでもらえる?あ、新聞もお願い」

「わかりました!」


レナが去った後、防音の魔法を部屋全体にかけておく。これで、話し声は聞こえない筈。


「…行った?」

「行った。後でもう一回来ると思うけど…」


ケンはベッドの上でにこにこと笑っている。…楽しそうに。

しかし、見知った人間とはいえ、鳥のさえずりが聞こえるこの朝の時間に(しかも自分の部屋に)異性が寝台の上にいるというのは、なんか、こう気恥ずかしいような、妙に落ち着かない気分になる。


「…何もしてないよ、俺」

「当たり前だ!」

「まあ、良く眠れた」

「それなら、いいけど…」

「さて、じゃあそろそろ行こうかな、俺も」

「…そう言えばどうやって」

「ああ、言ったろ?ロメイさんに教えてもらった秘密の通路…つまりは、屋根の上、だ」

「屋根?!」

「この辺は背の高い木や壁がたくさんあるだろう」

「身軽だな…」


なるほど下を行くより、上を行く方が確かに安全そうだけど。カーテンを開いてそっと窓を開くと‥まるで白い花びらのような雪がふわりと迷い込んできた。


「雪、か」

「結構積もったな…」


隣に立ったケンはため息交じりにつぶやいた。

一度伸びをして深呼吸をし…先ほど見た夢の中でも、雪が降っていたのを思い出した。


「季節は冬、か」


冬が終われば、春になり、アリセレスは17歳になる。

刻々と時間が過ぎていくのを、複雑な気持ちで感じていた。

すると、バタバタと階段を勢いよく上がってくる音が聞こえると、バタン!と思い切りドアが開かれた。…と、同時に、傍に立っていたケンをカーテンにぐるぐる巻きにして押しのけた。

うぎゃ、みたいな悲鳴のような声が聞こえたが、まあ、無事だろう。うん。


「お嬢様!!」

「レ、レナ?どうしたの、そんな急いで」

「こ、こここれ!」

「え?」


青い顔で見せたのは…新聞の束。

その中の一つをガタガタと震える手でこちらに差し出した。少しぐしゃぐしゃになったその新聞の一面を見て、言葉を失う。


「予告状…”ブロック・ヘッド”?!」

「そ、そうなんです!!け、今朝一番レスカーラで有名な新聞社に手紙が投函されていたみたいで…!それより文面を見てください!」

「文面?」


新聞の一面の下の方に、でかでかと書かれた文章を見つける。


「我が名はブロック・ヘッド。神の遣いにして、罪を処断するもの。宣告の広場で出会いし黄金の乙女、二度相まみえた乙女よ。汝は自身の罪を知り、贖わずして救いはない。未だ罪を知らぬというなら、先日生きながらえた子羊を贄として捧げるとしよう」


信じられない言葉の羅列に、歯ぎしりをする。


「二度…相まみえた、って」

「お嬢様…これって、黄金の乙女って、まさか」

「罪?…贄?ふざけるな…!!」


(あいつか…あの背の高い、靴磨き…!)


黒いコートを着込んだ、背の高い男。片言の言葉をしゃべり、わらわを『見つけた』と、そう言っていた。ふと、あの時のやり取りを思い出し、あることに気が付いた。


『…雪が舞う日に、後ろ手を縛られ、膝まづいて 白い首先があらわになって…』


奴が告げた言葉は、前世でのアリセレスの処刑…あの、最期の時の状況に酷似している。それを、なぜあいつは知っているのか?


(白い首先があらわに…?)


処刑の時、罪人は処刑人の手によって後ろ手を縛られ断頭台に連れていかれる。ギロチンの前に立ち、地べたに頭を押しつけられ、髪を切られる。

あの時は、ヘルソンが来てうやむやになっていたけれど、冷静になって考えてみれば、奴が言葉にした情景は処刑人の目線だ。

続く連続事件の女性は皆、宣告の広場の方角に首を向け、首を持った状態で正座している…これも、処刑人が公開処刑した人間を他に見せしめるために行う通例儀式のようなもの。だからこそ犯人は『処刑人の一族』と思ったのだけど…。


(まさか、イレギュラー…)


名も無き魔女は、契約を経てこの場所に来た。

それによって多くの物事が歪みを生じ、新たな世界線を構築していくことになった。だが、大きく生まれた歪みは、全て正常に動いていくとは限らない。もしかしたら、強烈な思い一つがブレーキとなり、物事の流れをせき止める力を持っているかもしれない。

例えば、メロウのように、『アリセレスが処刑された世界線』を何らかの方法で知っていたとしたら…それは世界にとって大きな『イレギュラー』となる。

もし、このブロック・ヘッドが、あちらの記憶を持った『処刑人』だとしたら。

今のこの世界は、彼らにとって非常に生きにくい世界かもしれない。あちらの世界では、『公開処刑』は娯楽の一種の一つだったから。


「…もしかして、本当に?」

「サーリャのところに行く」

「!いけません!!」


居てもたってもいられずに勢いよく飛び出そうとしたが、レナが立ちはだかった。


「レナ!どけて!」

「いやです!…もし、これが本当にお嬢様をおびき出すためだとしたら…レナは、レナは全力でお嬢様を行かせません!!」

「レナ…でも」

「その通りだよ、アリス」

「え…?」

「えッ?!」


居るはずのない第三者の声に驚いたのは、わらわだけではない。

何で出てくるんだ!こいつは!!


「罠とわかっていくバカが何処にいる?…しかも対策なしに」

「…っ!!」

「待って!叫ぶのはダメ!!」


思わずレナの口を手で押さえてしまう。

…さて、どう収拾つける気だ?こいつ。


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