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61 かけがえのない時


「私の夢はね、完璧な世界と、完全な調和の世界にすることなの」

「夢…というか、野望では?杖の魔女。」

「あら、名も無き魔女、あなたもそうでしょ?不完全な世界より、整っている方が素敵じゃない」


魔女たちは、年に一度ある場所に集結する。

それはワルプルギスの夜の祭りと呼ばれ、父が居る大樹の前で行われる。

互いの近況や、情報交換、親交などが目的だ。中には悪巧みをする者もいたりするが、長い時間を生きる魔女たちにとってはそれすら娯楽の一つに過ぎない。

魔女同士、互いに手のひらを明かさない、それが暗黙のルール。

名前は知らないが、彼女は『杖の魔女』と呼ばれていて、珍しい黒い肌と髪をもつ異国の魔女だった。杖の魔女と呼ばれる所以は、いつも象徴のように黒い杖を持ち歩いていたから、そう呼ばれていた。

しかし、とある時期から彼女の消息は不明となる。ほかの魔女の噂によれば、どうやら父の怒りに触れて亡くなってしまったらしい。


ひとりの魔女がいなくなろうが、名も無き魔女にとっては何も変わらない。すべきことも、やることも、続けることも。

そんな、長い人生の1ページほどの出来事を思い出した。


「あら、どうしたの?…何か不思議な表情をしている」

「…いいえ。なんでもありません」


(いや、まさか…な?)


偶然、だろう。あの魔女は既にもうなくなっているはず…最も、この世界もそうとは限らないのだが。しかし、気味の悪い位同じ言葉を聞いたので、どうにも落ち着かない。

相変わらず張り付いたような笑みを浮かべる王妃様をかわして、どうやってこの場から立ち去ろうか、と考えていると…誰かが部屋をノックした。


「!」

「あら、なあに?」

「失礼いたします。リヴィエルト様がお越しになられました」

「まあ…」


リヴィエルト?なぜここに。いや、それよりも…助かった、というべきか。


「失礼します、母上」

「あら、いらっしゃい!」

「こちらにアリスがいると聞きまして…僕も邪魔しても?」

「勿論です」


その後は、他愛もない会話を交わし、何事もなく茶会は終いとなった。

やがて、夜も更け時間も遅いから、とリヴィエルトに送ってもらうことになったわけなのだが。


(…前回の件もあるので、馬車というのは少し気まずい…)


馬車の中で見事に失態をかました時の光景を思い出すと、恥ずかしさで穴があったら入りたいくらいなのだ。すると、それを察してか、リヴィエルトはある提案をしてくれた。


「どうせなら、騎馬で送ろうか?」

「!いいんですか?」

「うん」


結果、二つ返事でその提案を受け入れたのである。

ただ、さすがに何かあったら大変なので、遠からず護衛がいるようだ。それならそれで、こちらも安心して任せられるというものだ。


「…大丈夫だった?」

「え?」

「色々とあったと聞いたから」

「ああ…大丈夫でしたわ。問題ありません」

「そう…」

「?」

「……君は、強いな。相変わらず」

「そうでしょうか?…でも、むしろ、今日は助かりましたわ。…その、王妃様とはあまり面識がなかったもので」

「母上は…私も得意ではない」

「え?」


意外だった。…王妃様の様子からすると、大層な溺愛ぶりでは、と思っていたので。


「何を考えているのか、よくわからない」

「…そう、ですね。それは、私も同意いたしますわ…」

「珍しく、意見が一致したね」

「はい。…もしかして、陛下が今日王妃様の元にいらしたのは」

「もしかしたら、君は困っているかも、と思って」

「……さすが、というか。ご明察ですわ…」

「これでも付き合いは長いから」


うーーん、そうなんだよなあ。

なんだかんだで、リヴィエルトと出会ったのは7歳の頃…ある意味、家族の次に一番長くかかわっている人物なのである。

良くも悪くも、互いの事は思った以上に知っているのかもしれない。


「それにしても…陛下、顔色がよろしくないようですが」

「そう?…最近眠れなくて」

「眠れない?」

「ああ。妙な明晰夢…のようなものを見る」

「明晰夢…?」

「全てが現実のようで、でも夢のようで。…ここと同じ場所なんだけど、少しずつずれている。そんな場所にいる夢」

「少しずつ、ずれている…?」


ふと、過去にニカレアが似たようなことを言っていたのを思い出した。彼女もまた、ナイトメアの悪夢に苛まれる時、ココと似たような場所で、出も違う場所で…滅びゆく世界の夢を見た、と。


(まさか…それは)


「正直に言うと、あまりに現実味があって、時々今いる場所がどこか忘れてしまいそうになるよ。あ、そうだ。…もしよければ、君が何か安眠できるような薬を調合してはもらえないか?」

「わ、私が?」

「ああ、そうだな…香のようなものでも、睡眠薬のようなものでもいい。…どう?」

「うーーん、わかりました!では、何か準備いたします」

「!完成したら教えてほしい。僕が取りに行くから」

「え?で でも」

「大丈夫、そのくらいの時間は作るよ」

「わ、わかりました」

「…嬉しいよ、ありがとう!」


ぱあっと笑った笑顔がまぶしい。


(目の毒だ…)


そうこうしている内に、そろそろロイセント家の敷地内に入った。屋敷はもう目の前だった。


「ありがとうございます、陛下。わざわざ送っていただいて」

「いや…」


リヴィエルトの手を借りて馬から降りるが、彼は一向にその手を離そうとしなかった。


「陛下?」

「…あと1年半だ」

「え」

「僕の心は変わらないよ、アリス」

「……」


(わからない…)


ふっと目をそらし、門の向こうを見る。

バタン、と重々しい音を立て、扉が閉まるまで…リヴィエルトはずっとそこに立ち、()()()()()を見ていた。


「………」

「あ!おかえりなさいませ、お嬢様!…い、今のはリヴィエルト陛下ですか?!」


邸に戻るや否や、興味津々の様子なシンシアと、心配そうな表情のレナが迎えてくれた。


「全く、シンシア…あ、そうか。サーリャは里帰り中だったね」

「はい。今日の朝、出発したようです」

「あの子の家は…ちょうど、イーストエリアとウェストエリアの間だったか?…少し心配だな。最近は物騒だから」

「あ、でもあの辺は元々治安も良くないんで。最近はコンスタブルの警官も見回りしてくださるみたいで、むしろ安全かもしれませんわ」

「そうなんだ」

「そう言えば…先ほど、ノーザン・クロスの邸に侵入者があったとか」

「え?それって」

「あ!!おねーたま、みっけ」

「?わ!!」


突然背後から襲い掛かって(?)きたのは…すぐ下の弟、セイレムだ。


「セイレム!」

「えへへ!!おんぶーー!」

「はいはい…」


つい先日誕生日を迎え、今は4歳を迎えたばかり。肌はもちもち、髪もふわふわ、我が弟は宮廷にある天使画から飛び出したみたいにとっても可愛らしいのだ。まあ、遊びたい盛り、動きたい盛りで、どこにあるんだ?ってくらい無尽蔵の体力を持つ年頃でもある…。

ふわふわの金髪が首筋にかかるとどうもくすぐったい。


「ちょっと、セイレム、少し重くなった?身長も伸びたよね?」

「ほんと?!だってぼくお兄ちゃんだもん!」

「あはは、そうだね。アンジェラは?」

「アンはねーママのとこ!」

「よし、じゃあお母さまのところに向かってしゅっぱーつ!」

「しんこーー!」


**


「おかえり、アリス」

「お母さま」

「まま!」

「あらあら、セム、ありがとう、アリスを連れてきてくれたのね」

「うん!」


いそいそとわらわの背から降りると、セレイムが母に飛びつく。すると、入れ替わりにヨチヨチ歩きの妹のアンジェラが抱き着いてきた。


「おねえたま!」

「アンジェラ、あら、かわいいリボン」

「ままとおしょろぃ!」

「うんうん。…母様、具合は?」

「大丈夫。元気よ?…この子もね」


少しふっくらしたかな?それとも、大きく膨らんだお腹のせいだろうか。

顔色はとてもいいし、元気そうでよかった。


「もう、アリスったら、全然こっちに来てくれないんだもの。…しばらくは一緒にいてくれるんでしょ?」

「うん。…お父様に怒られましたし、当分は大人しくします」

「ふふ。よろしい…あら、また蹴った。今度の子は元気ねえ」

「良く蹴るの?男のコかな?」

「うーんどうかしら?でも、セイレムの時と似てるのよねぇ。予定日は今月末だから、そうなると、セイレムと誕生月が同じになるわね」

「…触っても?」

「勿論」


そうっと、おなかに触れてみる。

すると、内側からとん、と何かぶつかった。


「!動いてる…すごい」

「アリスからすると、随分と年齢の離れた弟になっちゃうわね」

「ま、まあセイレムとアンジェラでも10以上離れてるからもうなんとも…」


すると、アンジェラがよじよじと膝の上に登ってきた。


「えへへ、お姉さま!だっこ!ごほんよむー!」

「はいはい…うーん、子供ってすぐ大きくなるなあ」

「あなたもまだ子供でしょ。そう言えば…今のアリスと同じくらいに、私は結婚したわね」

「え?!!」


やばい。

この話の流れは、ちょっとややこしいことになりそうな。


「さっきまで陛下とご一緒だったんでしょ?…デート?」

「…断じて違います。送っていただいただけ!」

「もお、残念な反応ねえ…ね、好きな人は?」

「いません…」

「じゃあどういう人が好きなのかしら?」

「ちょっとお母さま…そ、そういう話は」

「うふふ、だって、こうやってお話しするの久しぶりじゃない。アリスってばいーっつも、忙しそうなんだもの」


う…これは否定できない。

実際、ほぼ別邸で悠々自適な生活をしているのは本当だし、父君と母君に会う機会というのは激減しているのは認める。かといって二人が嫌いとかそういう話ではなく、まあ、それこそ色々と都合がいいから、別邸に拠点を置いてるのが理由なわけだが。

…ダメだ、話をそらそう。


「あ、そう言えば…ノーザン・クロスの邸の方になにやら侵入者があったとか」

「…ああ、そうね。なんでも、物凄く軽い身のこなしで、警備も誰も追い付けなかったとか…」

「泥棒、かな?目的は何だったんだろう」

「さあ?…でも、心配だわ。今日はこちらの部屋の窓の鍵もしっかりと施錠するのよ?」

「わかってる、母様」

「ええ、今日は疲れたでしょう?もう休みなさい」

「うん、お休み」


(長生きはするものだな)


ふと、何となく、今こうして母君や弟妹達と話している瞬間がいとおしくて、幸せがこみ上げる。この幸せが、アリセレスにも届きますように。何となく、祈るような気持ちで、床に就いた。



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