4 枯れ魔女さん、困惑する。昨今の子供は将来が心配だ
「び、びっくりしました…!まさか寝巻のままいかれるなんて…」
「…もういい。早く支度して」
「は、はい、すみません!!」
ああ…すまんアリセレス。
わらわはそもそもマナーとかそういうのとは無縁の世界に長くいすぎたかもしれん…。
猛烈に反省しているのに…なにやらこのメイドはにこにこしている。なぜだ?でも、不快じゃない。
「…お主、名前は?」
「あ、レナ・ロスターと申します!」
「ここにきて…どれくらい?」
「3か月になります」
「そうか」
アリセレスの記憶の中に、この娘は登場していない。出会っていなかったのか…もしくは、アリセレスにとって、使用人は総じて『義妹の手下』のように認識していたからだろうか?
(難儀なことよのう…それにしても)
「ええと、その…お嬢様、お好みのドレスはございますか?」
「…レナに任せるから、よろしく」
「!!」
好み…と言われても。わらわはドレスの知識など小さな羽虫程度のモノしか持ち合わせていないのだ。
「お、お好きなドレスがございますか?!!」
「…うーん」
クローゼットの中は、と。
…なぜか赤が多い。好きな色なのか?しかし…まあ、なんというか。子供らしいと言えばそうかもしれないが、フリフリがたくさんついたどギツイ赤ドレスというのは、どうしてこうも自己主張が強いのだろうか。
目が覚めるような鮮赤色が並ぶ中、薄紅色のドレスが目に留まった。…この色は、アリセレスの金色の髪が良く映えそうだ。
「じゃあ…これ」
「はい!!お任せください!」
「あ、あまり張り切らなくていいから…」
「?そ、そうですか?じゃあなるべく落ち着きます!!」
そういう問題じゃないのだが。
あまり張り切っておめかし…なんて、万が一にでもリヴィエルトの目に留まったらそれはそれで面倒だ。
などと余計なことを考えている間に…みるみるアリセレスはドレスアップしていく。
すごいな?!この短い時間でアリセレスを着替えさせ、髪をセットできるなんて…メイドとは皆そういうモノなんだろうか?
「いかがでしょう?…やり過ぎない程度の張り切り具合にしてみました!!」
??この娘の言い回しは独特でよくわからんが…おお。
「へえ…これは素敵だ!」
そう言って映ったアリセレスは…すごくかわいい!!
落ち着いた薄紅色のドレスと、同じ色のレースのリボン。子供っぽくなく、かといって無駄に大人びているわけでもない。髪はおろしたままだが、ヘアバンド??が嫌味なく付けられ、人形のようだ。
「お気に召していただけました?」
「うむ。…ありがとう」
「え?!」
ん?なぜそんなに驚く?
…何か、まずいことを言ったか?この娘、泣いてる。
「あ…す、すみません」
「…ああ、いや…ええと、とりあえず、これで拭け」
きょろきょろとあたりを見回し、鏡台の引き出しにしまわれているハンカチの中から一枚質素なものを取り出し、手渡した。
「やる」
「えええっ?!」
「??と、とりあえず、わら…私は戻る」
「は…はぃ…」
「失礼いたします、お嬢様」
「あ、ゼルメル様!」
「ゼルメル…」
ふと、その名前を口に出した途端、頭の中に顔が浮かんだ。
「執事、か」
「旦那様が準備ができ次第、応接室に参られるようにとのご指示です」
「わかった」
(応接室…)
「あ、案内をお願いできる?ゼルメル」
「?はい、お嬢様」
また道に迷ってはかなわんからな。
ここは素直に力を借りるとしよう。
「お待たせして、申し訳ございません」
中身はどうあれ、アリセレスの身体に染みついた礼儀作法は洗練されており、ぶれることがない。本当に、これは彼女の努力の賜物だ。
「…ご挨拶が遅れてしまいました。アリセレス・エル・ロイセントと申します」
部屋に入った途端、リヴィエルトはなぜか頬を赤らめながらちらりとこちらを見る。
「!…リヴィエルト・パルティス、だ」
ちょっと待て、何だ?その反応は。
それに対してケン少年の方は…なにやら不機嫌そうだ。
正反対な二人の反応をいぶかし気に見ていると、リヴィエルトが一度咳払いをして、向き直った。
「その、これから、よろしく」
「これから、よろしく?」
どういう意味だ?
ちらりと公爵を見ると、彼はわらわを冷たく見下ろした。
「我がロイセント公爵家と、王家は縁が深い。成人したら、お前はこの方の妻となるのだ」
はあ?!…なんだって?
思わず表情が崩れそうになるが、耐えた。
7歳の子供にいうことかそれ?!なるほど、これが貴族同士の政略結婚、という奴か。
「初めてお聞きしましたが…いつお決まりに?」
「それはお前の知ることではない」
「なぜでしょう?…少なくとも、いつ、どこで誰が決めたのか…知る権利があると思います」
「なら、今、この場で、私が決めた」
「……」
相変わらず、感情のない冷めた声。
なるほど、こ奴は娘を娘と思っていないのか。
「私は嫌です」
「何?」
どれだけ冷たく見下ろそうが、わらわには効かぬ。
7歳の子供なら親の言葉は絶対だろう。だが、わらわは違う。お前を怖いとも思わない。
「それを言う権利すら、私にはないのですか?」
「…なんだと」
まあ、でも、一発殴るなら、近い方が?いいやしかし…こいつとは本当にあまり関わり合いになりたくないのが本音だ。…勿論、最終目的を考えれば避けて通れぬのはわかっている。が!
色々と無表情で逡巡していると、なぜかケン少年がすっと片手を上げた。
「…じゃあ、俺も」
「はっ?」
「え?」
何を言い出すんだこいつ。…多分、わらわとリヴィエルトは同じ表情だったかもしれない。
「立候補するのに、何か問題が?」
「え…?!あの…ケン、えっと、ベルメリオ、様??」
「立候補って…ど、どういうつもりだ?!」
わらわよりも、リヴィエルトの方が大きい声を出した。
明らかに怒りの表情のリヴィエルトと…どこか楽しんでる風に笑うケン少年。
「だって、俺とお前の立場は同じだろう?なのに、リヴィエルト、なぜおまえの方が先に決められるんだ?」
「…お前と一緒にするな!!ベルメリオ!!」
「あ、あのお二人とも…?」
いや、兄弟喧嘩にわらわを巻き込むな?
かみつきそうなリヴィエルトを無視して、ケン少年がこちらを向く。そして…流れるような動作で再びわらわを真っすぐ見つめた。
「俺は、ベルメリオ・ケン・アルキオ。」
「え?」
「よろしく、アリセレス」
「あ…ええと」
そんな胡散臭い笑顔で手を差し伸べれられても。
ていうか、ケン少年。おぬしは一体何者じゃ?とも聞けず、わらわはその場に立ち尽くす。再び握手を促されたので、手を伸ばすと、ケンの手をリヴィエルトが払いのけた。
「アリセレスに触るな!!」
「…何でお前の許可が必要なんだ?」
…どうもこいつら、本っとうに仲が悪いようだ。ケン少年とリヴィエルトはわらわをはさんでにらみ合っている。
「僕の方が序列は上だ。…態度を慎め、ベルメリオ」
「序列?驚いたー。リヴィエルト、君の口からそんな言葉が出るなんて」
置いてけぼりのわらわを無視して、リヴィエルトがにらみつけながら口を開いた。それに対してケン少年はにこやかにって…その笑顔、ほんっと、胡散臭いな。
それにしても、なんて子供らしくない2人なんだろう。…10歳?やそこらでこれなら、他人事ながら、彼らの将来が心配だ。
いや、貴族ってそういうモノなのか?
とにかく、仕方ないので貝のように黙って二人のやり取りを見るが…早く終わんないかな。
「宣下が下るまで、自分には無理だのなんだの喚いてたくせに。…レディの前では虚勢を張るのか?」
「い、何時の話だ。…何であれ、僕はこの国の王位継承者。ゆかりの深い名門貴族の令嬢をつ、つ妻に迎えるのは、と、当然の事だ」
若いな、リヴィエルト。まあ、子供だしな。
しかし、会話の流れから察するに…ケン少年も王家の人間なのか?
でも…アリセレスの記憶をたどっても、この少年は存在すら見当たらない。どういうことだ?
「立派な志で何よりだ。でも、継承権を持つのはお前だけじゃないし、未来なんてわかりやしないだろ?それを…今から決めるのは、早急過ぎると思いますが、ロイセント公爵閣下」
どうやら、国家レベルの問題のようだ。…あまり関わりたくない。
それよりもしかして、ケン少年 もとい、ベルメリオ様はわらわをかばってくれたのか。
「…ふむ、ベルメリオ殿下のいう通りかもしれませんな。娘もまだ7歳…未来を決めるのには猶予がありますからね」
言いながら、公爵の目が光る。いかにも貪欲そうな目だ。
2人の王子を天秤にかける気か?本当に、この公爵は娘を道具としか思っていないのだな。よし、決めた。こいつも何かしら痛い目を見てもらうとしよう。
「では、一度この話を保留にいたしましょう。…後ほど、陛下にお伝えしておきます」
「あ、ああ…わかった」
「殿下たちをお送りしなさい」
心なしか、リヴィエルトはしょんぼりとした表情だ。
もしかして、アリセレスに一目ぼれでもしたのか?
…ならば、なぜ、未来でメロウを選んだ。後姿をにらみつけていると、ケン少年が声をかけてきた。
「アリセレス、これでよかった?」
「!…け、えと、ベルメリオ様」
「ケンでいいよ。…ベルメリオ、なんて長いだろ?」
「でも、…殿下は王室の」
「いいんだ。俺が許す」
そう言われてしまえば、わらわには何も言うことがない。
「わかりました、ケン様」
「様もなくていいのに」
「…なぜ、あのような」
「嫌そうだったから。…違う?」
う。図星だ…やるなケン少年。
「それに、君に興味があったし」
「興味?」
「…君はあいつらが視えるんだろ?」
「あいつ等って…もしかして」
「そう、あの目のない女とか…そこらへんにうようよいるファントム達のこと」
(ファントム…初めて聞く呼び名だ)
「…その、ようです」
情けないことに、気が付かなかった。
よく見れば気づくことなのに…彼らの姿は他と違う。気配が、匂いが、存在が。
わらわも…もう一度修行せねばならん。せめて自分の身は守れるくらい。
「初めてだよ。…同類に会えたのは」
「…同類?」
「また君とはゆっくり話したいな。…じゃあね、レディ」
「あ、あの…」
もう一度、声をかけても、ケン少年はこちらを振り返らなかった。代わりに、片手をひらひらと振ってくれた。
「…お礼を、言いそびれてしまったな」
なんとなく、ケン少年とはそう遠くない未来に再び会うことになるだろう。
わらわもくるりと踵を返すと、ふと、背後から懐かしい嗅ぎなれた香りが鼻をくすぐった。
「…!!」
振り返っても、誰もいない。
…でも微かに残る、ユリの香り。この香りをわらわは良く知っている。
「……いや、今はとりあえず…母君だ」
そう、未来はまだ確定していない。
前を向いて歩いた頃には、もう百合の香りは消えていた。
ブックマークありがとうございます!これからも精進します!