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53憑依少女5~飴と鞭~


このレスカーラは、大きく分けて、西側と東側と、二つに分断されている。

王城のある東側1番街(イースター・ワン)から、一番治安の悪いと言われている…いわゆるスラム街のある西側13番街(ウェスト・サーティン)まで。

その中間である中央7番街(センター・セブン)で馬車を降りると、ニカレアは立ち止まった。


「…それで、どこにどうやって行くんでしたっけ」

(こっち。…表通りの方が多分まだ安全)


ニカレアの意思と関係なく、自分の身体がくるりと方向転換する。


「まああ…すごいわ。自動人形ってこんな気分なのかしら!」


ニカレアが未知なる体験に胸の高鳴りを感じている中、すたすたと、ドロレスは迷いなく歩いていく。すぐそこには、何年だか前にどこかの貴族が慈善事業で建てたという白い教会…「ホワイト・アーサー礼拝堂」が見える。

今はちょうど昼時、美味しそうな香りが鼻をくすぐり、思わずそちらの方に顔が向いてしまう。見れば…礼拝堂の入り口の前にずらりと並んだ人々の姿。慈善事業の一環…炊き出しの時間のようだ。


「無償で食事を提供しているのね…」


この7番街を超え、8番街に近づいていくたび背の高い建物は激減し、徐々に寂れてくるようになる。朽ちた壁の家や、薄汚れた窓に座り込む人々の姿…一歩路地の裏に入り込めば、そこは柄の悪い連中がたむろしている。


「ねえ」

「!」

「貧しい子供に、恵みをお与えくださいませんか」


ぐっとコートの裾を引っ張られたので、驚いて振り返ると…そこには、まだ10にも満たない子供たちがじっとこちらを見ている。


「ええと…炊き出しの方に行けば」


なるべく声を潜めてそう言うが、子供たちは目を合わせ、首を振るばかり。


「…あそこは、アタシ達みたいなこどもにはくれないの」

「え?」

「おしょくじをもらえるのは、おかねもってる人だけ」

「……」


ニカレアは一瞬、自分の懐から銀貨を取り出そうとした。が、そこはドロレスが止めた。


「悪いけど、他を当たって」


そのままくるりと裾を離し、逃げるように立ち去ろうとする。


(ちょ、ちょっと、ドロレスさん!少しくらい)

「お姉さん、わかってない。…少しでも与えたら、そこら中にいる乞食たちに取り囲まれて、身ぐるみ全部はがされて人買いに売り飛ばされちゃうよ」

(!!!)


視線を感じぎょっとして、周囲を見渡す。

先ほどの子供たちだけではない、似たような恰好の大人も子供も、その広場にはあらゆるところに人影があり…その全員がこちらをじぃっと見つめていた。

また、鉱山があるこの国では、その添削中事故によるケガで身体欠損の者たちも少なくない。彼らは同情を買うように亡くした腕を見せては金と食べ物を乞う。


(じゃあ、あの炊き出しは…)

「あんなのただの()()()()()()()()()よ。お金を持つ平民以上しか炊き出しはもらえないの…本当に欲しい人たちのところにはいきわたっていない」


淡々と語る少女の言葉に、ニカレアは絶句した。

もし、あの状況で、子供たちにお金をやったら…そこら中にいた者達は群れを成してこちらに向かってくる。ドロレスの言う通り、無事では済まないだろう。


「薄っぺらい同情心で、他人達に関わらない。…それが、この西側で生きていくルールなの」

(……はい)

「…うん。これから、番号が下っていくたびに、もっとひどい世界になる。…あなた達とはまったく対極の、レスカーラで最もきたないばしょだよ」

(こんな世界は…知らなかった)


ニカレアの家は、手広く商売をしている名家である。ショップのみならず、魔鉱石の鉱山も複数持っている、事業家である。

先代の辣腕と、その夫人である祖母の力は偉大で、多くの使用人を雇い、多くの従業員をかこっている。彼らはハーシュレイのいうことを聞き、従い、客に提供する。その循環があるからこそ、成り立つ『商売』ではあるものの。

その華々しい歴史の裏には埋もれた事実も少なくはない。先代夫婦は、自分達の商売敵となりうる者たちをあらゆる方法を用いて排除したことがあるとも聞く。彼らは全てを失い、奪われどこに行くのか…子供のニカレアに知る術もなく、また、誰も教えてはくれなかった。

しかし、その事実の一端が、この西の地に集結している。仕事を失った者、行き場を奪われた者…様々な事情を抱えた者達が行きつくのが、この西の10番地以降の街。


「ここが…」


汚れた壁、吐しゃ物らしき何かが干からびた地面。

冬に向かうこの季節、石畳は氷のように冷たい。しかしその上で汚れた毛布にくるまうホームレスや、『立ちん坊』と呼ばれる売春婦たちは、男装(?)をしたニカレアをにやにやと品定めするように見ては、こそこそと何かを囁き合っている。ほかにも、何をするでもなく虚空を見つめる労働者らしき服装の男性や、子供の姿まで。

まだ、夜も更けていない昼間でも薄暗く、ひとしきり冷たい風が吹いては古びた新聞や落ち葉を舞い上げる。


(私が行きたいのは…ここよりずっと向こうにある)

「…どこに行くの?」

「教会。私達を終わらせる場所」



同じころ、ニカレアに遅れて7番街についたアリスたちもまた、馬車を降りた。アリスは何を思ったか、そのまま表通りではなく裏通りに向かって歩き出した。


「アリス、大丈夫か?その恰好で」

「しょうがないよ。着替える時間がもったいない」


キルケの心配が無理もない。

今のアリスの服装は、ニカレアとは違ってコスプレをしているわけでもなく…はたから見れば華奢で可憐な10代の貴族の令嬢の姿。…最も、中と外が同一とは限らないものだが。

案の定、にやにやと悪い笑顔を浮かべたならず者たちが複数、アリスたちの目のまえに立ちはだかった。アリスとロリータをかばうようにキルケが前に出る。

その様子にアリスは軽く眉を顰めるのだが…キルケは気づいていない。その中でも一番背の高いスキンヘッドの男が、ずずい、とアリスの顔を覗き込む。


「な、なんだよ」

「ガキはすっこんでな。…なあ、おじょーちゃぁん?綺麗なおべべきて、どこいくの?」

「関係ないだ…」

「ウェスト13」


せっかく前に出たのに?!ということを言いたげなキルケを押しのけてアリスが前に出る。


「なら、俺たちが連れってあげるよ!…ほら、危ないし、ね?」

「ふうん。どうやって?」

「そうさなあ…おてて繋いで仲良く、かなあ?」

「…お前が、リーダー?」


そおっと伸ばした男の手を左手でパッと取ると、そのまま笑顔でアリスは自分の太ももに当てた。わかりやすく男が鼻の下を伸ばすと、隣にいたキルケは思わず顔を覆った。


「…ご愁傷様」

「…はっ?うぉ!!」

「静かにしろ、ごろつきども」


かちり。

…アリスは、素早い動作でスカートを捲し上げ、足首に括り付けてあった銀色の銃を取り出し、スキンヘッド男の口の中に突き立てた。

思いもよらぬ展開に、スキンヘッドとつるんでいた男たちはざわつき、戸惑う。


「ふ、ふが…っ」

「ロリータ、こっち来て」

「うん!」

「キルケは…まあ、他の奴ら見といて」

「は、はい」

「お前達、この辺りにいるのは長いのか?」


かくかくと頷くものと、ぶんぶんと首を振る者。


「それじゃあ…ウェスト13にある数年前に焼け落ちたという教会の場所を知っているか?」


すると、今度は一斉に首を横に振った。


「知らないか…じゃあいいや」


ため息交じりにアリスはそう言うと、男の口から銃を除き、軽く押しのけた。


「ちょっ…まてぇ!!このガキ」

「うるさいなあ」


と、バシン!と派手な音が響きわたり…スキンヘッド男の股間に直撃していた。

いつの間にか手には銃ではなく、皮の長い鞭を持っていたのだ。ちなみに、これは、空間移動の魔法でたった今この場に取り寄せた本物である。

…アリスはそのまま背中越しにぎろりとにらみつけた。


「情報がないなら、引っ込んでいろ」

「は、はい…」


這う這うの体で逃げ出した連中を見送り、アリスは改めてロリータの方を向いた。


「…教会の場所、覚えている?」

「うん。多分…でも、私達は教会の外に出たことがないから…」

「やはりか…この辺のならず者なら、詳しいかな、と思ったんだけど」

「…まさか、それでわざわざこんな裏路地を?」


呆れたように言うキルケの言葉に頷く。道中、ロリータとその他の少女たちの取り巻く詳細を説明した時は、自分の境遇と重なったのだろうか?少し苦しそうな表情をしていた。


「時間がないから。多分ウェスト側で起きた事件なんて、公式には載ってないだろうし…」

「そうだよなあ…そんなこと日常茶飯事だし、無法地帯みたいなものだろうし」


いまだ、王立警備隊の地位は確立しておらず、その権威は西側には及ばない。ここら一帯は、誰もが手を出すにはためらうだけの理由が十分にある。


「ふむ。生きている人間がダメなら、生きてないほうに聞く方が早いかもしれないな」

「え?!生きてないって…」

「…ここらで、ウェスト13で起きた教会の火事について詳しいものはいるか?」


アリスが虚空に向かって叫ぶと、その場の空気は一瞬凍りついた。

尋常じゃない空気感を肌で感じたキルケは鳥肌が止まらず、異常を感じているロリータはそっとアリスの腕にしがみついた。


「…なんか、いる」

「……」


青い顔したキルケも、ロリータとは逆の方のアリスの腕にしがみついたのだが…面倒くさそうに払われたのは言うまでもない。

ひんやりとした冷たい空気がアリス達の周りを取り囲む。それがある一か所に集中すると、煙のような姿をした靄は、徐々に人の形を成していく。

やがて、それは、髪をオールバックにした、神父服を身に着けた年配の男性の姿に変わる。その姿を認めて、アリスはにやりと笑った。


「まさか、ご本人がやってくるとは…まあ、その方が話は長いけど」

『………』

「…神父さま」

「え?!こいつが…元凶じゃん?!」


キルケの言葉に応じるように、うつろな目をした神父はのっそりと顔を上げ、ロリータを見た。



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