51 憑依少女3~ドロレスと三人の住人~
「その人に聞いても駄目。この子の名前は、ドロレス」
「ドロレス?」
腰まである長い髪が風に揺れる。青い瞳の少女は、無駄に飾り立てられた椅子から降りると、ペタペタと歩き出した
(太陽の光を浴びても苦しまない…となると)
「ドロレスは、その体の子でしょう?あなたの名前は?」
「私はロリータ」
先ほど告げた名前とはまた違う名前。その意味が分からず、キルケは首を傾げた。
「ええと…どういう、こと?アリスはわかるのか?」
「…正しい表現かどうかはわからないけど。この子の身体と自我はべつなんだよ、きっと」
「??…さっぱりわからない」
ちらりと、マダムの方を向く。
気まずそうに眼をそらし、ため息をついた。そして、とんでもないことを口走った。
「……何が望み?」
「は?」
「金ならいくらでもあるわ。…馬鹿みたいな信者が相当数いるし。何なら、あんたの望みもかなえてあげるわ」
「…何を言ってる」
とげを含んだアリスの声にも動じず、マダムはドロレスをかばうように立った。
「だからお願い!!この子のことは誰にも」
「…マダム・ノワール」
「!」
感情を持たない冷たい声が朗々と響く。
ドロレスはマダムの横をすり抜け、アリスの元へやってくる。
「もういいでしょう?お金も十分稼いであげたし、『私達』の事は放っておいて」
「な、な…なにを、誰がお前を拾ってやったと…!!」
『そんなこと頼んでない、まだ夢見ているの?おばさん』
「!」
突如雰囲気が変わる少女を、アリスは興味深く眺めた。
(…おや、また別の奴が)
少女は、くるりと大げさに振り返ると、腕を組み、顎にそっと手をやりほほ笑んだ。
『何の力も持たない、能力のない魔女のなり損ない…ドロレスが動いたのなら、もうあんたに用はないわ』
「な、何ですって!!」
『ねえ、金髪のお姉さん。この人はね、ウェスト13の路地裏で『立ちん坊』をしていたやっすい娼婦なの』
「売春婦?」
先ほどとはまるで違う…どこか小悪魔的な笑みを浮かべた少女は、まるで別人だった。
くるくると回りながら、楽しそうに騙る。
『そこでたまたま、不思議な力を持つ少女を見つけて…こうして連れてきて、妙な宗教じみたことをしては、お金を稼いでいるのよ?最低でしょ』
「だ、黙りなさい!!」
『そして、気に入らないことがあればこうして手を上げて…ほら』
ドロレスは自身の白いドレスの足元をめくり、紫がかったあざを見せた。
「…立派な虐待だな」
アリスの言葉に、ころころと笑いながら少女は続ける。
『たまーに来るデブのおじさんやお金持ちのオジサンには、別のご奉仕を私たちにさせて、特別報酬をもらって…道に迷ったか弱い子羊の女性にはありがたぁい託宣を与えて、金を巻き上げる。…ほんと、笑っちゃう。悪魔よりも悪魔らしい人間ているのねえ』
「悪魔よりも悪魔らしい、か…それで、あなたは?人間?それとも」
『あたしは‘ローラ‘。ドロレスだけど、違うドロレスよ。夜のおじさんの相手は私の専門…ね、お兄さんも試してみる?』
「え?お、おれ?」
あたふたと慌てるキルケをどつき、アリスはため息をつく。
「子供の言葉をうのみにするな」
「こ、子供…」
「それで?ローラ。あなたはどうしたいの?」
『…え?』
「ローラ、ロリータ、ドリー…あなた達は、この子に憑いている亡霊達でしょう」
「え?!」
「…!!」
その言葉に、少女は驚いて目を見張る。
『わかるの…?』
「視ればわかる。…私の目は特殊でね。ドロレスの後ろにはたくさんいる。…さっきの風魔法でよくなさそうなものははじき飛んだけど…まだ残っている、ということは、あなた達は彼女とよほど深いかかわりがあるみたい」
『…あなた、何者?』
その質問には答えず、アリスはただ笑った。
しかし、こっそりと少女に聞こえるような声でそっとささやいた。
「私も似たような境遇なんだ。だから、あなた達のことはよくわかる。…私の身体と命は、ある人から預かった大切なもの…だから」
『……助けて、欲しいの』
「ん?」
『わたしたちを…ドロレスを助けて』
「助ける?…何から?」
少女が涙を流し、アリスの手を握る。すると、足元がふわりと浮かんだような妙な感覚にとらわれ、驚いた。
「!これは…」
それは、まるで自動写真のように…砂嵐と共にゆっくり流れ込む映像のよう。
古びた教会と、一人の神父。そして、その周りを楽しそうに走り回る子供たちの姿。年齢はきっと、5歳にも満たない子供ばかり、ざっと数えて10人ほど。
(これは、記憶?…あの黒髪の子がもしかして、ドロレス?)
その中の一人、黒い髪の少女と三人の女の子たちが一緒に木でできた簡易的なベンチに座って楽しそうにおしゃべりをしている。
しばらく楽しげな様子を眺めていたが、突如、場面が暗転する。
「!」
すすけたような香りが漂い始めるのと一緒に…何かが焦げ付いたような異様なにおいも流れ込んできた。そして…囂々と燃える炎の壁。
その中心には泣き叫ぶ子供たち…それを守るように血を流して倒れる神父の姿。そして、中には力なく横たわる姿の子供もいるようだ。
「火事…?これは、どういうこと?誰かが、神父を刺して放火した?…どうして」
「わたしたちは、この時みんな死んだはずだった」
「!」
振り返ると、そこには茶色の髪の色の少女がいつの間にか立っていた。
哀しそうにその光景を見、目を伏せると、こちらを見た。
「…そうか、あの子」
「ドロレス、ドリー、ロリータ、そしてわたし…みんな、生まれた場所は違っても、とても仲良しだったわ。でも…」
「黒い髪の、ドロレスだけが生き残った?」
「うん…それだけならよかった」
妙な言い回しに、胸がざわつく。
「何があったの?」
「ドロレスは、昔から不思議な子だった。私たちにわからないものが視えたり、声を聞いたり…ちょっと先の事も何となくわかっているみたいで」
誰もが皆魔力なり、不思議な第6感のようなものを必ず持っている。それが発言するかしないかの違いではあるが、生まれつき魔力が高いと、幼少の頃からそういう傾向のある子供になるという。
かつて、名も無き魔女の友人だったリリーのように。
「だから…あの子は、ある儀式をしたの」そう言って、もう一人、今度は赤みがかかった髪の少女がやってきた。
「…儀式?一体、どんな」
「黒魔術…と呼ばれているものよ!…あの子、天才だから」
続きざまにやってきたのは、青い短髪の少女。どこか遠い目で、哀し気につぶやく。
「死者の復活の儀式…」
その言葉を受け取るように、赤い髪の少女がかわいらしい仕草であごに手をやり、腕を組む。
「あたしたちを生き返らせる、何て。やめておけばよかったのに」
そして、最後に茶色の髪の少女は小さく首を振る。
「…悪魔の誘いを受けてしまったのね」
「なん…だって?」
場面は変わる。
燃え盛る教会から、黒い髪の少女だけ生き残った。どうやら、発火の中心から離れた場所にいたのが幸いしたらしい。ただ、元々行く当てすらない子供一人ではどうすることもできない。そこで、彼女が試したのが…それ、らしい。
誰もいない焼け落ちた教会で、少女は涙を流しながら、周辺に散らばる煤の塊ををかき集めて、自分の血で魔方陣を描く…その傍らに、立っているのは。
「黒い、影…違う、あれは」
その姿を見て、ぞっとした。
…白髪に、青い司祭服。しかし、その眼は黒く染まり、にたにたと赤黒い口角を上げている。
「神父…」
人間は生前、何かを望むために害ある住人と契りを結ぶと、その魂は悪魔にとらわれる。死にざまは壮絶で、時には魂ごと屠られ、時にはその器をもって清らかな魂たちを誑かすという。
…その、神父の姿をしたモノのように。
けれども、修行すらしたことのない少し力の強い幼い子供の力など、そんな高等技術を必要とする儀式を行ったところで成功するはずもない。
悪魔の甘言により、中途半端な儀式は最悪の結果をもたらす。アリスはくるりと振り返り、並んだ三人の少女たちを見た。
「わたしはローラ。」
「アタシはドリー!」
「私は、ロリータ…」
じっとこちらを見つめ返す三人。
彼女たちは、魂だけの中途半端な存在のまま、ドロレスの小さな体に閉じ込められてしまった。生命の輪廻に還ることもできず、消えることもできず、ただただ…共存するしかない。
「わかった、約束しよう。…お前たちの願いは必ず私が叶える。無事に、次の生への帰還ができるように」
その言葉を告げると、少女たちはどこか安堵したように笑った。
――お願い……
「アリス!!」
「!…キルケ」
キルケの声にはっと我に返る。
繋いだ少女の手は握られたままだった。
「…お願いします」
「わかった、…あなたはロリータ、だね?」
その言葉に、少女はどこか嬉しそうに頷いた。
「ドロレスの行った儀式は未完遂のまま。…あの子は、それを終わらせようとしているんだ」




