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50 憑依少女2~ニカレアの初体験~


いいことを教えてあげる。

私達の仕事は、かわるがわるやってきては悩みを話す人間たちに言葉と予言を与えることなの。

目の前にある青いカーテンは薄くて、その向こうは透けているので、よく見える。…ほら、今日も。


「ああ、ありがとうございます!!」


ひとりの女性が涙を流しながら、床に頭をこすりつけ、あるかどうかもわからない罪を吐き出しては悔いている。…その姿はとても滑稽。


「ねえ、これでいい?”ドリー”」

「うん、ばっちりよ、”ローラ”…大人ってバカばっかりで、本当、可哀想」

「…本当、まるで鏡に向かって独り言をつぶやいているんだもの、笑える。ねえドロレス」

「うん、でもあの人…ありがとうって言っていた」


私たちは、全部で四つ。

おしゃべりドリーと、賢いローラ、演技が上手なロリータに、奇跡を起こすドロレス。

みんな一緒で、みんな違う。でも、同じ。

ふふ、意味が分からない?…『そう』なんだから、仕方ないじゃない。


「…バカね、ドロレス。簡単に人を信じたって、いいことないのに」

「でも…お礼を言われるようないいこと、したんだよね」


いいこと?…そう思ってるのはあんただけなのに。

すると、…あの女がやってきた。


「…そろそろ次の客が来るわ。しかもとびっきり、上等なお嬢様達がね」


そう言って、ぺらぺらとまくし立てながら、あの女はこの子にペタペタと安くて臭い化粧の粉を塗ったくる。


「…私、あの人キライ」

「"ローラ”?」

「アタシもきらーい。いうことなんて聞きたくないわ」

「”ドリー”…」

「みんな、ママは、きらい?なの なんで」

「…それは、あんたが本当はあの女が嫌いだからでしょ?」

「”ロリータ”…私が?あの人を」


その時、何かがはじけた。

そして、この身体の主導権は私…”ドリー”になっていた。そう、いつも通り、演じて、託宣をして…それでいいはず。そのはずなのに。これはどういうこと?

やってきた金色の髪の娘は、他の奴と違う。射貫くような、試すような瞳で、私達を見ている。


(見えない…何も見えない。奇跡を起こすドロレスがいないから?)


「私の未来が、真っ暗ねえ。それも、託宣?それとも…本当は見えない、とか?」

「ば、バカなことを言わないで!!私たちは神に認められた子ど」


思わず滑り出た言葉に、気づく。


「わたし…【達】?」


にやりと笑う金髪の娘。


「それは、誰と、誰の事?ねえ…夫人」

「な、何か聞き間違いでは」


しまった。

油断した…今はドリーじゃなくて、ドロレスにならないといけないのに。


「夫人。この娘は『何』?…少なくとも、本物じゃないみたいだけど」

「ど、どういう…」

「あら、気が付かない?この娘…()()()()()()()をたくさんお連れのよう」

「え?!見えないって…まさか」

「そうだよ、キルケ。…試してみせましょうか?」

「試すって…うわ!!!」


突如、びゅうっと突風が巻き起こると、部屋中の蝋燭の火が消え、閉じられていたすべての窓が轟音と共に開かれた。


(なに?どうして…こんな)


窓を閉じていたカーテンが一斉に舞い上がり、眩しい陽光と共に冷たい風が部屋全体に吹き荒れる。開かれた窓から差し込む太陽の光を浴びた瞬間、全身に灼けるような不快感と、息苦しさが襲う。光を避ける場所を探しているうちに、大きな椅子から転げ落ち、地面にのたうち回る。


「いや、いやあああ!!!熱い!!苦しい!!!」

「…苦しいか?」

「ま、窓を閉じて…」

「それはお前が亡霊だからだろう」

「え…?」


宝石のようなバラ色の瞳がこちらを冷たく見下ろす。すべてを見通すようなそのまなざしに恐怖すら感じた。


「ち、ちがう」

「何が?…わかるだろう?その身体はお前のものではない」

「違うわ!!私たちはいつも一緒なの!!ずっと…ずっと!!!」

「一緒?」

「そうよ!!あの子は私で、私はあの子で…」

「それは違う」

「え?」

「…はあ、これは根が深そうだ」


金髪の娘はそう言って…パチン、と指を鳴らした。

同時に…”ドリー”は意識を失った。


**


「アリス!!」

「!キルケ…」

「ちょっと落ち着けって…!!何か事情が」

「事情?…害ある連中に、どんな事情があるという?」

「で、でも…痛そうで」

「それは、既に半分悪魔になりかけだからだろう」

「でも!!」

「何を飼っている?」


睨まれたマダムは、思わず後ずさる。


「赤い蝋燭は正気を失ない、幻影をもたらす薬物を混ぜ込んだもの。窓が締め切った暗い部屋は奴らのきらいな陽光を避けるため。…違うか?」

「い、言いがかりを!!いい加減に」

「もうやめて!!」

「!」


突然、開いた扉から聞こえたのは…ニカレアの声だった。その表情を見て、アリセレスはゾッとする。


(…ニカじゃ、ない?)


「ニカレア?!」

「……辞めないと、このお姉さん、連れていく」

「!!待て!」


パッと、そう言って走り出したニカレアの身体には…白い影がダブって見えた。

慌てて追いかけようとするアリセレスの腕を、先ほど気を失ったはずの少女が立ち上がり、思い切りつかんだ。


「!」

「…お前は、普通じゃない」

「私は、ファントム・ハンターだ」

「なら、ついでに我々を救ってほしい」

「…は?そんなことより…」

「あの娘なら大丈夫。…ドロレスは、何もしない。それに、行く場所は決まっているから」


じっと目を凝らしてみる。

少女の後ろにあるのは…悲しそうな顔をしている、女性のお面だった。


「わかった。お前の話を聞くとしようか。…それで?私の友人が巻き込まれた以上、知らぬ存ぜぬは通用しませんよ、マダム」



**


それは、少し前の出来事だった。


「…ふう、ふう…行ってしまったわ、アリスってば」


叫び声を聞いて風のごとく走り去った二人に完全に出遅れた状態で、ニカレアは走り出した。今日はヒールのある靴ではないけれど、履きなれない靴のせいか、階段を上るのも精いっぱい。

やっと階段を登りきったところで…一人の少女と遭遇した。


「…?あら」

「……」


(透けているような…まさか、きのせいよね?)


ニカレアは、アリスのように亡霊たちを視ることができる瞳を持っていない。…これが、人生初めての亡霊の目撃となるかもしれない。

黒い髪の少女はじっとこちらを見ている。


「嘘!!ついにわたくしも心霊体験をっ?!!」


…そして、その不気味さよりも、ニカレアはむくむくと沸き起こるおのれの好奇心の方に軍配が上がる。それはもう、思わず自分を褒めて拍手をしてしまうくらい。


「まああ!!あなたは、もしかしなくても亡霊さん?!わあ…本当に透けているのね!すごいすごい!!」

「…怖く、ないの?」

「え?」

「なら、手伝って」

「え?え?あら…」


ふわ、と透明な少女がニカレアの身体の背後につく。妙な浮遊感のようなものをほんの少し感じた後、自分の身体は自分の意志とは無関係に走り出した。


(わたくしが走ってる!!走ってないのにはしっ…?!!)


「ごめん、お姉さん…どうしても」


なぜか必死のような、何かを祈るような強いものを感じた。


(事情がおありのよう…うーーん、でもまあ、人生に一度あるかないかの体験だし)


妙な浮遊感も慣れれば身軽で悪くない。

そんなのんきなことを考えながら、ニカレアは決めた。


(ねえねえ、あなたのお名前は?)

「…ドロレス」

(ドロレス?…あなたの目的を教えて)

「………」

「まああ!黙秘はダメよ!わたくしの身体なんだから、聞く権利はあるんだから!」


気合を入れて、戻るぞ!と強く思うと、意外とすんなり身体の主導権は自分の手に戻った。


「いいこと?無茶はしないこと、けがしないこと!それから…そうね、わたくしの身体の自由の権利の期間は今日一日中よ!それ以上かかるようだったら…アリスにハントしてもらうんだから!」

(ハント?)

「わたくしのアリスは除霊もできて、ハントもできて、華麗に戦えてとっっっても!!ステキなの!」


ふふん、と自慢げに語るこの身体の主を見て、ドロレスは少しだけ呆れてしまった。


「!なんだか不快な感じがしますわ!こう…イラっとするような」

(…お姉さんの名前は?)

「わたくしはニカレアよ」

(わかった。ニカレア…レスカーラの、西部地区の13番街に行ってほしいの)

「レスカーラの…ウェスト13(サーティン)?…そこは」

(そうよ。貧民街…そこに、私を連れてって)


レスカラー王国は、地図上で見ればとても小さい。

しかし、例のオカルトのせいで広まった魔法文化の発展はすさまじく、街をあっという間に大都市に変えてしまった。

今ではたくさんの区域と地区とエリアに分かれていて、複雑に入り組んでいる。

王城がある1番街から7番街のエリアは主に『イーストセクト』と呼ばれ、貴族と中流階級以上の平民が住む場所となっている。そして、8番街から始まり、13番街までが『ウェストセクト』と呼ばれるいわゆるスラム街へと姿を変えていく。番号が下っていくごとに困窮層が多くなり、13番街には『不潔と貧困の底』という、ネガティブな物しか存在していないとさえ言われている。


「道はわかるのね?」

(…た、たぶん)


あまり歯切れの良くない答えに、ニカレアは少し不安になる。


「わかったわ」

(ありがとう…!これが終われば、本当にあとは、もう)

「……」


なにやら尋常ではない事情がはし端に見え隠れする。だが、同時に何かを焦っているような、そんな空気を察して、あえてなにも問わなかった。

ニカレアはおもむろに持っていた鞄から一本のペンシルとメモ帳を取り出した。そこにさらさらと流麗な文字を書くと、エントランスにある応接テーブルの上に置いた。


「これでよし、と。…さて、W13に行くとなると、馬車で7番街で行って…あとは、徒歩かしら?」


とはいえ、貧民街に行くのに、上品な格好ではさすがに危険すぎるだろう。護衛もなしにのこのこ一人で歩いていたら、何が起こるかわからない。


「う~ん…適当な護衛でもいればいいけれど、要はお忍びの旅行ですものね」


具体的に何が、とは言えないが、とにかく危険なことに変わりはない。そう感じたニカレアは、ひらめいた。


「そうだわ!!アリスのように変装をしましょう!!!」


それが、更なる問題を引き連れ目の前に立ちはだかることを、ニカレアはまだ知る由もなかった。



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