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49 憑依少女1~ドロレス~



ドリーは賢くて、とっても口が回る。

ローラは少し大人びていて、いつも冷静。

ロリータは大人しくて、めったにしゃべらない。

そして、ドロレスは…とろくて、あたまが悪くて、一番だめ。


「ああ、ドロレス。あなたはいつもできない子ねえ」

「ちがうわ、ドリー、ドロレスはちょっと思慮深いだけ。…だから、一つの行動をするのに、時間がかかるの」

「まあ、知ったような口を利くのね、ローラ。新参者のあなたに何がわかるのかしら」

「ドロレス!!」


呼ばれて、はっとなる。

目の前には…イライラした表情のママがいる。


「…ママ」

「何度もさっきから呼んでいるでしょう!…そろそろ次の客が来るわ。しかもとびっきり、上等なお嬢様達がね」


にやりと笑うと、ママは私の顔にぺたぺたと化粧の粉を塗ったくる。


「よし、これで準備完了、と。少しくらい青白い顔の方が信ぴょう性があるでしょ。…うまくやりなさいね」

「……うん」


そう、ドロレスは、いちばんだめ。

でも、みんなと違うの。


**


「ここ?」

「うーん…そうみたい」


ニカレアが持ってきたビラの地図を辿り、見つけた場所は、外から見るとまるで廃墟のようだった。

煉瓦の塀に囲まれた二階建ての古びた邸で、赤茶色の日灼けた壁にはツタがはびこり、かろうじて見える窓はどれも青いカーテンで覆われている。


「人間…住んでますわよね」

「一応表札もある。『オラクル・ファミリア』…うん、間違いないんじゃない?」


腰が引けているニカレアを後ろに下がらせ、前に出る。


「ん?入り口の前に誰かいる」

「え?!」

「ほら…ってあれ」


一人の青年が何やら深刻そうな面持ちで何度もため息をついている…若いのに悩みでもあるのか?そう思っていると、つい、固まった。


「…キルケ」

「は?」


ニカレアの冷たい声。それを聞かなかったことにして、そうっと近づく。


「お前も託宣目当て?」

「?!!!あ、ああああありす!!!」


まさに飛び上がるように、とはこのことだろう。

心底驚かせてしまったらしい。50センチくらいは飛び跳ねたな、こいつ。


「久しぶりだな、キルケ」

「び、びっくりした…いるならいるって言ってくよー…」


まあ、と言っても、多分四日位?だろう。


「最近サルーン・ハントに来ないよな?…辞めちゃったのか?」

「ああ、違うよ、今はお父様にばれて謹慎中の身だ…まあ、母様が無事子供を産むまではお休み、かな」

「そっか…で、ココには何しに?」

「そりゃ、用事は一つしかないでしょう」

「…げ、ニカレア」

「あら、ご挨拶ですわね。げ、とは何よ、げ!とは」

「突っかかってくるなよな―…あ、今日のアリス、かわいいな!いつもの服よりにあってるよ」


さらりとこういうことを照れずに言えるのはすごいな、キルケよ。その通り、まあ、確かにアリセレスはかわいい!!ギンガムチェックのワンピースに、最近はやりの白色毛糸のコート姿である。今日の服装のばっちりだ!


「ありがとう、キルケ。まあ、ここには…ちょっと気になることがあって」

「…ああ、俺も」

「キルケも?」

「うん、でも…予約限定らしくて。今日は諦めるしか」


どうやら、今日のキルケは本当に別の目的があるらしい。…表情がどこか強張っているようにも見える。


「なら、私達と一緒にどうだ?」

「え?!」

「ダメかな、ニカレア」

「ええ…一応予約限定ですし」

「ね、おねがい!」

「うう…わかりましたわ…一応店主さんに確認してから、ですわ」

「!ありがとう」

「い、いいの?」

「うん、だって、何か用事があるんだろう?」

「…それは、うん」


おや、珍しい。緊張している…?いや、少し怯えてるのか?


「ちょっと、確認したいことがあって」

「確認?」

「うん…あー…ゴメン、今度話す」

「……うん?」


すると、重たい金属製のドアがゆっくりと開いた。


「!!」

「ご予約のハーシュレイ様ですね。ようこそいらっしゃいました」


こつん、とハイヒールの音が聞こえると…やってきたのは、黒いマーメイドラインのドレスに、黒い髪の女性だった。


「あなたが、オラクル・ファミリアの…」

「いいえ、わたくしは、マスター様の傍仕えのもので、ミセス・ノワールと申します」

「ミセス・ノワール…」

「ご予約は二名と伺っておりましたが」

「あ!…急遽、一人。だめですか?」

「……料金を一人分追加させていただきますわ」

「あ、ありがとう」

「どうぞこちらへ」


こういうのは、オリエンタルスマイル、というのか。

シニカルな笑みで、目が笑っておらず口元だけが薄い笑みを浮かべている。それにしても、この女性感じるこの違和感のようなものはなんだ?


(なんか、不快というか…こう、苦手な生き物に遭遇した時の感じというか)


なんとも言えない気持ちで行くと、重苦しい扉の向こうからふわりと何かのにおいを感じた。


「…?花のにおい、じゃない」

「お(こう)…かしら」

(こう)?」

「海の向こうにある国から伝来した、香りのある木片です。お父様が外交に行かれると、必ずお土産に持ってきてくださるんです。リラックス効果や、覚醒効果もあるんですけれど…これは、初めて嗅ぐ香りだわ。ビャクダンと似ているけれど…」

「ふうん…ローランにもこういうの、あるな。もっと独特の香りだけど」


エントランスは、壁も床も白一色でまとめられていた。アシンメトリの階段の中央には大きな柱時計が置いてあり、カチ、カチと時計の針の音がよく響く。


「さあ、可愛らしいお嬢様方…本日は、どんな託宣をご希望で?」

「託宣って、選べるんですか?」

「ええ、私たちのマスターは神より与えらえられたオラクル…託宣の力を持っています。未来から過去…果ては運命まで。不可視の世界などございませんわ」


不可視な世界などないなんて、一体どういう力だ?

もし、それが本当なら…それは神にに等しい。人の身でできる芸当ではあるまい。


「…随分と、素晴らしいお力なのですね。それなら『父』と契約されて、魔女になられては?」

「魔女、ですって?」


さっと顔色が変わった。


「ああ、最近、クロム氏の本にはまってまして…出過ぎた発言でしたわ」

「いいえ…それで、今回は」

「いやああああ!!!」


突然聞こえた悲鳴に、全員が声の方を振り向く。同時にわらわとキルケは走り出した。


「な、ななんですの?!」

「女の子の声だ!」

「あっちだな!」


こういう時、ファントム・ハントに携わる者たちは反応が早いもの。


「あ!!お待ちなさい!!」


後ろから聞こえるマダムの声を無視して、二階の扉を開ける。

二階の扉を開くと、奥に続く長い廊下には様々な絵画が飾られていた。…しかも不気味な物ばかり。首がないとか、吊るされてたりとか。


「…変わったご趣味だな」

「演出か?多少不気味な方が不思議さが増すし」

「不思議というか、不気味さというか…」


そうこうしている内に、一番奥にある扉までやってきたのだが、その装飾もまた不気味だった。どくろの飾りが施されていたりして、何だろう…一昔前に流行った、グロテスクという奴か。

すると、その扉が急に開け放たれると同時に、一人の黒い髪の少女が飛び出してきた。ぶつかる!そう思ったのだけど…その少女はわらわの身体をすり抜けていった。


「え?」


振り返るが…やはり、誰もいない。なら、先ほどの悲鳴は?情報判断に戸惑っていると、玄関とは比べ物にならないくらいの匂いがまとわりついた。


「う…」

「これ、何?…きをつけよう」

「俺も同意見…」


一応、わらわもキルケも、ファントム・ハントである程度の場数は踏んでいる。だからこそ、ここはどこか異様だ、と認識できるのだろう。部屋に踏み入れた瞬間に感じるのは、どこかこもったような空気感と、いたるところに配置されている大小さまざまな赤い蝋燭に異様な光景だろう。


(赤い蝋燭、ねえ)


「…キルケ、ココの空気、なるべく思いきり吸わないように」

「?わ、わかった」


大量の蝋燭群の合間をすり抜け、部屋の中心へと向かって歩いていく。

幾重にも吊るされたカーテンを払いのけながら、歩いていくと、中央には階段一段分ほどせりあがった台が配置してあった。

天井から分厚いベルベットブルーのカーテンが吊るされており、その奥の方は見ることができない。


「そこにいるのは、だれ?」

「!!」


突然聞こえた声にぎょっとする。


「…先ほど、悲鳴が聞こえたようだけど」

「悲鳴?」

「ちょっとあんた達!!」


ぜえぜえ、と息を切らして走ってきたのは…マダムだった。その後ろの方にニカレアの姿も見える。


「何よ、勝手に入っていって!」

「…大丈夫よ」

「マスター…」


サーっと青いカーテンが開かれる。


「あなた達も、私の託宣を受けに来たの?」

「…!」


(あれ?この少女がマスター?…先ほど、わらわを通り抜けた少女と同じ黒い髪のようだが…え?)


わらわはその少女を見て、言葉を失った。

思わず、目をそらしてしまうほど…この娘の背後にはどれも有象無象という言葉がぴったりの、哀しい表情、怖い表情、様々な表情のお面のようなものびっしりと左肩に乗っている。

何じゃこれ?!!


「…亡霊たちのアパルトマン…」

「は?何??」

「いや…」

「マスター!!…全く、さああなた達、リラックスして…この香りは潜在意識を覚醒する効果があるのですよ」

「潜在意識の覚醒…?」


ふん、意識の混濁の間違いだろう?

わらわの間違いでなければ、このやたらと床に置いてある赤い蝋燭は決していい物ではない。魔法塾も兼ねているのなら…この蝋燭の効果を知っていてなお、ここに配置しているということだろう。


(…ミセス・ノワール。とんだメギツネだな)


「あなたがお望みなのは、未来?それとも、神のお告げかしら」

「お告げ…?あなたが?」


やせ細ったからだに、白いドレスを着た黒髪の少女はにっこりと無邪気に笑う。年齢は…いくつだろう、10歳くらいだろうか。

…丁度、右上の方に浮かんでいるお面の人物と同じ表情で笑っている。


「そうよ。私は神の声を聴き、未来を予知する神の子なの…ああ、あなたが望んでいるのは未来ね」

「…よくわかったな」

「だって、そう、顔に書いてある」


(顔に。ねえ)


「ならば、あんたの慧眼で私の未来を見てくださいますか?」

「ええ、勿論」


さて、この娘…どこまでが本当で、どれが嘘なのか。好奇心半分、興味半分で見つめていると…最初は余裕ありげな表情だった少女の顔が徐々に恐怖に変わっていく。


「?あ、あの?」

「…貴方は一体何をしたの…?」

「何って」

「あなたには…未来なんて、存在しないわ…!」


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