48 その名はウッド・マン
「靴磨き…つまり、戸籍もない、身分を証明する手立てのない者達か」
「…一応、私の噂を聞いているでしょう?まあ、評判が良くないというか、色々と悪目立ちをしている身です。なので、私の熱烈なファンだの、ストーカーだの、その可能性も」
「いや、信じるよ」
「ん?」
しまった、驚いてつい変な顔をしてしまった。
…有益と言ったはいいけど、大した情報でもないし、どうせ「ストーカーだろ?」程度に言われて鼻で笑われるものとばかり。
「?どうした」
「いえ、まさか…いち小娘の情報を真面目に聞いてくれるとは」
まあ、実年齢は別として。
すると、ヘルソンはなとも不思議そうな表情で首を傾げた。
「だって、もし本当なら、君は狙われているかもしれないじゃないか。民を守るのは俺の仕事だし!」
「へえ…」
なんだ、やるじゃないか、コンスタブル。
すると、突然ヘルソンは自分のマフラーを外してわらわの頭にかぶせた。
「?」
「その髪、目立つだろ?お嬢様」
「……少し汗臭い」
「後で棄ててもいいから!」
気にしてくれたんだろう。ふと、暖かい気持ちになり、何となく視線を下に落とす。
「あれ?二番街…」
「何?」
「そう言えば…犯人はいつも姿を見せないんでしたっけ?」
「ああ、まるで魔法みたいだ…」
「魔法なら痕跡が残るでしょう、でもそれがないなら、魔法は使っていません」
「そ、そういうものか?」
「ええ…それより、気になることがあるんですけど。」
「なんだ?」
わらわは人差し指を立て、下を示す。
「上の通路は別として…下は調べましたか?」
「…下?」
「そう、下水道。」
「!旧水路か」
「一度地下に潜れば…下水は街全体に張り巡らされています」
この国は周辺が山に囲まれており、その恩恵で公共井戸もまだ機能しているほど水が豊富だ。最近では魔法技術の開発も進まれていて処理技術も上昇し、蛇口をひねれば綺麗な水が飲める環境が整っている。
その理由は、古い時代より作られた水路がいまだ機能しているからなのだが、反面都心部の地下はまるで木の根のように古い下水と新しい水脈路が入り組んでおり、ちょっとした迷路のようになっている。
「…おい、そこの」
「はい!」
「この辺一帯のマンホールを至急調べろ。空いた痕跡がないか、何か違和感の一つでもあれば報告するように!」
「か、かしこまりました!」
「……では、私はこれで」
「あ、お嬢様!!」
「はい?」
「今度、お茶でもどう?」
は?何言ってんだこいつ。
「………貴方を少し見直しましたが、評価を改めることにします」
「あ?!!違う違う!!そうじゃなくて!!!き、君の意見は非常に有益だ。だから、その、知恵を貸してくれないかっ?!」
まあ、この事件…アリセレスにとって、無関係と言い難い。ならば、渦中の人間から情報をもらえるのは或る意味ラッキーかも?
「知恵…私でよければ。でも、ご多忙では?」
「だ、大丈夫…手紙を送っても?」
「ええ。執事にも、ブラズターさんからの手紙は捨てないように伝えておきます」
「そ、そうしてくれるとありがたい…」
「それでは、ごきげんよう」
「ああ……うん」
颯爽と去っていく姿を見送りながら、ヘルソンはため息をつく。
「……10代の少女に何を言ってるんだ、俺は…」
だがしかし、少女と呼ぶにはどこか大人びていて、ともすれば自分よりも年上のように見えることもある。…ありえない筈なのに。
「警部!!向こうの方に一か所不審な点が」
「わかった、行こう」
とにかく今は、集中するべきが別にある。
ヘルソンはまた、走り出した。
**
「たーだいま…」
「おかえり、アリス」
「!!!」
扉を開けた瞬間。出迎えてくれたのは…メイドでもなく、執事でもなく…母様だった。
「おかあ…さま」
「きょうもお出かけ?いつも忙しいこと…たまには私に会いに来てくれてもいいじゃない。寂しいわ」
「え、ええと、そんなつもりでは…」
顔色を見て、安心した。
お腹が重そうだけど、思ったよりも元気そうだ。…まあ、四人目だしなあ。
実は執事からあまり体調がよろしくないと聞いていたので、少し心配していたのだが…意外とやることとか用事が多くてなかなか本邸にいけないのは本当だ。
「おねーたま!」
「アリス!」
すると、開いた扉からこぼれるようにやってきたのは…年の離れた弟のセイレムと、妹のアンジェラだった。そのままおぼつかない足取りで襲い掛かって(?)くる。
「わ?!ッとと…」
「えへへ、おかえりー」
「危ないよセム…お父様は?」
「執務中。…もう少ししたら降りてくると思うけど」
「そう、母様、体調は?‥ほら、座って」
「大丈夫だってば。…お腹の子もね」
母を長椅子に座らせると、弟妹達もそれに倣う。
「あら?アンジェラ何読んでるの?随分ボロボロだけど…絵本?」
「うん!なまえのないまじょ!」
「!へえ…あ、私の名前が書いてある」
わらわは貰った記憶がない…ということは、アリセレスがもらった物だろう。
「…貴方が三歳になった頃、あげた最初のプレゼントね。覚えてる?」
「どうだろう?でも、好きだったなあ、この話」
そう、アリセレスはこの物語の魔女が大好きだと言ってくれた。
…この頃名前の無い魔女は、自分の力の修業を兼ねて世界各地を転々と旅していたんだけど、行く先々でやれ魔物だ、やれ盗賊退治だーなど問題に巻き込まれまくっていたのだ。
今となってはどれも通り過ぎた思い出なのだが、こうして本になって続いているとなると、少し気恥ずかしい。などと感傷に浸っていると…思いもよらぬ悪寒を感じ、振り返った。
「アリセレス、お帰り」
「!!お、お父様…」
「全く!この放蕩娘が!!門限はとっくに過ぎているだろう?!」
「え、ええと…に、二番街でなにやら事件があったみたいで…」
「事件?…まさか例の」
「…みたいですわね」
「……」
父はため息をつくと、わらわの向かい側の椅子に座った。
あ、マズイ。これ本気で怒られる奴だ。
「アリセレス。お前が…その、夜の仕事をしているのは何となく把握している」
「え?!なんのことでしょお?」
夜の仕事とは人聞きの悪い。でも、まあ…何となくそんな気はしていた。
「とぼけるな。…まあ、確かに、お前は魔法の天才とも言われているし…その力を善きことに使うのは正しいのだろう。でも、心配なのは心配なんだ」
「き、きょうは友人のハーシュレイ令嬢とのて、ていぃータイムを楽しんでいて…」
「…わかっている。最近仲がいいことは伯爵からも聞いている」
まるで愚痴を言うかのような父の言葉はさらに続く。
「まあ、友達も作らず研究やら投資や魔法やら鍛錬やらに没頭していたことを考えると…マシではあるが…とにかく。しばらく夜間の外出は禁止だ」
「え?!」
「それと、母さんの出産まではこの本邸で過ごすように!…別邸にはしばらく行くな」
「ええぇ?!」
そんな!あそこには銃も鞭も全部そろっているのに?!これじゃ変装もできないじゃないか!!
…あ、護身用の銃はあるか。
「ひ、昼間の外出はいいですよね?!」
「まあ、門限があるがな」
「うっ…18時」
「全く…なぜだ、お前くらいの年頃の娘ならもっと夢中になるものがあるだろう?!ファッションとかパーティとか買い物とか!!!」
「それは、へ、偏見と言うのでは」
「とにかく…約束は守るように」
「はい…」
さすがに、これは二の句も告げない…わらわは仕方なく、頷くしかないのだ。
「そうだ、アリス。お前宛に招待状が来ていた」
「…招待状、ですか?」
「王妃様のお茶会だ」
「!!!」
げ。そんな大物が一体何の用だ?!いやな予感しかしない…。
「アリス、私があなた位の頃には私はこちらに嫁いでいたし、たくさん夜会や晩餐会にも出席していたのよ」
う、エスメラルダの笑顔がまぶしい!この話の展開は…嫌な予感がする。
「なので…これを断るのは、ぜっ・た・い・に!ダ・メよ?」
「はぃ…」
「女性公爵目指しているなら、これくらいはしないと」
うわ、声のトーンが下がった。…本気だ。
「じゃあ、しばらくは…ビシバシしごいてあげるから、きちんとお勉強するのよ?」
「……はぁい」
自室に戻り、大きなため息をつく。
「王妃様のお茶会か…」
あの、リヴィエルトの母君で、今現在この国の一番上に立っている人物。実を言うとアリセレスは彼女と直接の面識はなく、わらわも遭遇したのは…例の先王の葬儀の時以来か?あの時もベールで顔が覆われていて、その表情すらわからなかった。
「しかもアリセレス宛…なんだろう」
「お嬢様!そろそろお休みの準備をなさいますか?」
「!サーリャ、レナ、シンシア」
サーリャがメイドになってかれこれ3か月?だろうか。
大分仕事も慣れたみたいで、以前ほどおぼつかない手つきではなくなった。
「サーリャ。メイドの仕事は慣れた?」
「はい!ちゃんとお給金もいただいてますし、レナさんもシンシアさんも親切でいらっしゃいますから!」
「そっか。…そろそろ長い休暇を取るといい。頑張っているみたいだし」
「!!本当ですか?」
メイドには『通い』と『住み込み』の二種類がいる。
レナの場合は住み込みで、サーリャの場合は通いとなるのだが、夜も遅く朝も早いこの仕事では、中々時間も作れないだろう。
「そう言えば…サーリャは以前、靴磨きをしていたと言っていたね」
「はい。私のエリアは3番街の方でした」
「エリア?」
「はい、靴磨きを生業にしている人って結構いるんですけれど…それぞれ皆自分の陣地、というか、暗黙のエリアわけがされているんです」
「ふうん…じゃあ、宣告の広場の担当、みたいな人もいるの?」
「ああ…あそこは」
途端に、サーリャの声が沈んだ。
「昔から…幽霊がいる、と言われていて。私は怖くて近づけませんでした」
「幽霊…」
「そう言えば、私も聞いたことがありますわ」
「シンシア?」
「私は元々平民の出自です。あの広場の近くにもよく行きましたけど…夜になると色々な噂がありましたわ」
まあ、一応処刑場でもあるし…わらわもあの辺りはそういう類がいるのは認識している。
「首のない女性の幽霊が出る、とか、首を探してさ迷い歩く男の霊とか…あとは、ウッド・マンが襲ってくるぞ、とか」
「ウッド・マン?」
悪魔っぽい名前だが、初めて聞く名前だ。新種の奴か?
「あ、知ってます!いわゆる都市伝説ってやつです。背丈が大きい黒づくめの男、ですよね」
「背が大きい…黒づくめの男?」
「なんでも、夜な夜な刃物を持ってうろついて…目があったら襲い掛かってくる、とかなんとか」
「それ、生きてる人間なの?」
すると、サーリャとシンシアは顔を合わせて首をかしげる。
「さあ?…口が釘で縫われて、しゃべれないとか」
「持ってるのは身体よりも大きい斧だそうですよ!」
「…そんな人間はいないな」
つまりは、噂だけが尾ひれをついて徘徊している状態だろうか?
こうなると、真実は完全に迷宮入りだな。しかし…その言葉にぴったり当てはまりそうな奴と遭遇したことがある。
「ウッド・マン…木偶の棒、か。」
あいつは、人間、なのか?それとも
もし人間だとしたら…そう考えると、少しぞっとした。




