47 四人目
レスカーラ王国の秋は短かく、とても美しい。山の紅葉が盛りを迎える頃、街を彩る街路樹たちもまたせかされるよう赤と黄色で染まっていく。
そんな少し肌寒い今日、ニカレアのお誘いでハーシュレイ家に来ているわけだが…その姿を見て驚いてしまった。
「…バッサリと髪を切ったのね」
「ええ、おかげで頭はとっても軽いし、肩こりもだいぶ減りましたのよ!」
初めて会ったとき、ニカレアの亜麻色の髪は腰まであった。しかし、今は顎よりは長いが肩につかないくらいまで短くなっており、首回りがすっきりしている。
「うん、うん!すごく似合う」
「えへへ、アリスもいかが?」
「うーん…そうしたいところだけど、これはこれで気に入っているから」
「まあ…残念ですわ、短くされたらそれはそれはお似合いでしょうに…それでパンツスタイルでもしたら‥きゃ、想像しただけでも素敵ですわ!」
「…あはは」
時折、ニカレアは遠いところに行ってしまう、
そういうときは黙って見守るのがいいということを最近知ったのだ。
(髪は…勝手に切るのもなあ)
元は、アリセレスのものだし、何より長い髪というのは、魔法を使うわらわにとっては重要なパーツの一つだ。髪の毛は体の一部、体の隅々までいきわたる魔力は毛先一本まで及ぶ。男でも女でも、魔法使いにロン毛が多いのはそういう理由である。
「…そう言えば、あの連続殺人…まだ犯人が捕まっていないそうですわ」
「そうだね…、早く見つかるといいけど」
そう言えばあのくせ毛赤髪警察はどうしたんだろう?詳細を聞きたいところだが、用もないのに呼び出すのもなあ…。
しかも、今月は母がちょうど臨月を迎えている。ので、父からなるべく家にいるようにと固く言われているのである。
「ニカレアは…最近大丈夫?おばあ様とのこと」
「大丈夫ですわ。先日の一件は少し、親不孝かしら?とも思うけれど、お父様もお母さまも笑って許してくださいました。おばあさまは…相変わらずですけれど、もうお年ですもの、無理はなさらないでしょうね」
「そう…よかった」
「アリスにもお世話になってしまいましたわ…本当、感謝してますの」
ニカレアはぎゅっと手を掴むと、笑って見せた。
「何かありましたら、全力でお手伝いしますからね!!!」
「うん、ありがとう、ニカ」
「あ、そうだわ!…アリスは魔法を使えるんですのよね」
「?うん、あ…できればこれは内密で」
「それは勿論です!…では、こういうのはご興味はあります?」
そう言って見せてくれたのは…一枚のビラだった。
「…『オラクル・ファミリア』。魔法の実演公開、未来を予言する少女…未来を予言??見出しだけ見ると、見世物小屋か何か??」
「いいえ、そうですね…私も詳しくはわかりませんけれど、どうやら魔法…と言っても、占いや魔法学を教える塾のようなものらしいのですが」
「魔法塾…珍しくはないけれど」
最近、例の本の影響でなんちゃって魔術を研究する同好会じみたものが氾濫している。
降霊術やSP、果ては宇宙意思との交信だの、怪しげな催しが行われているので、そのうちの一つだろうと予想はできるが。
(未来を予言…?なんだか、嫌な響きだ)
「これは、うちのメイドの一人が持っていたモノなんですけれど…この予言少女とやらの託宣で、突然やめてしまいましたの」
「託宣…というと、つまりは、お告げのようなもの?」
「ええ。詳しくは知らないけれど…でも、本当に突然、昔から仕えてくれていたのに辞めてしまって。紹介状もなしに」
「紹介状も無しに、ねえ。メイドをやめることにしたのかな?」
基本的に、よほどのトラブルがない限りメイドが退職する時、主人は紹介状というものを発行する。特に爵位のある家で仕えていたとなると、紹介状があればその証明となり、次の就職先に有利に働くのだ。
「勿論、色々な理由があるでしょうし…私に至らないところはあったのでしょう。」
「どんな託宣だったんだろう?」
「そこまでは…でも、なんだか心配で」
深く聞かなければ、メイドのひとりが突然辞めた、というだけの話。
実際、長く仕えていても主人と会わなければやめることもあり得るだろうし、もしかしたら、どこか他の家の男性と将来を約束したのかもしれない。
なのに、ここまでニカレアが気にしているのは、なぜだろう?
「…心配っていうのは、何かこの予言少女と関係が?」
「この塾自体はできたばかりらしいんだけど…そのメイドののめり込み方が少し異常だったの」
「ふむ、異常…とは」
「なんていうか、顔色も悪くて仕事中も上の空で…いつもぶつぶつ言っていて。昔は明るくて噂好きな人で…私がこの伯爵邸に戻ってきた時にはその状態だったの」
「へえ…それは なんか、気になるね」
「しかもね、その子だけじゃないの…何人か誘われていったメイドの子がいるんだけど、みんなちょっとおかしくて…その、何て言うか」
「…ニカが悪霊に取りつかれていた時みたい?」
何処か申し訳なさそうにニカレアが頷く。
「確証はないの。でも…ジェンド・ウィッチの力を…お借りできないかしら。勿論、報酬は払います!」
「‥いいよ、OK!」
「!!ホント?」
「うん。…この予言少女に興味がある」
杞憂であればいい。
ただ、気になる…その少女が預言する『未来』とやらに。
「まさか、最後は女帝になるなんて…予想だにしなかったなあ」
「まあ!黄金の鷹、ですか?だらしのない相手役をあっさりさよならするのも素敵よね…あ!もうこんな時間…」
時計を見ると…しまった、もう六時を回っている。
「あら、本当だ」
「…ごめんなさい、アリス、引き留めてしまったみたい」
「大丈夫だよ、ニカ。…秋は夜が早いから」
一応、これでもお父様に『門限』というのが設定されているのだが…あーあ、18時門限は早すぎる。まあ、魔法を使えば戻れると言えばそうなのだが…、キチンと馬車で出かけた時は、その通りの方法で帰路につくことにしている。
(魔法は便利だけど、あまり多用すると人間ダメになると思う)
年よりの冷や水というか、なんというか。
「それじゃあアリス、三日後ね!」
「うん。午後17時だね、待ってる」
結局、例の『魔法塾』には、二人で行くことにした。…キルケも誘おうと思ったけど、なぜかニカレアに断固拒否されてしまった。
うーん…仲がいいと思ったのだけど、勘違いだったか?
それにしても、やはり自分の家の馬車は乗り心地が最高だ…。
「申し訳ありません、お嬢様…どうやら二番街は通行止めのようです」
「通行止め…?何か事件?」
「さあ…ですが、コンスタブルたちが通行止めをしていて…」
「コンスタブル…!ちょっと止めて」
「え?!あ、は ハイ。ですが、門限が」
「あー…どちらにせよ、すぐ通れないでしょう?ちょっと見てくる!」
「あ!!ああ…私が怒られますう…」
泣き言をいう馭者をスルーして、わらわは人ごみをかき分ける。
メインストリートから少し外れた二番街の大通りは、まだ人通りも多い。だが、裏通りに入ると薄暗く、ひとの気配はぐん、と減るもの。まさか、とは思うけど
「!!」
「はい通行止めですー!」
目の前に『通行止め』と書かれた旗が翻る。
こいつは違う…えーとあの赤髪くせっけの…えーと、名前は。あ、見つけた!!あの後姿!
「あ!!ヘルソン!!ヘルソン警部!!!」
「え?ブラズター警部…?ええと、でも」
「そこの赤髪クセッ毛警部!!」
「!!」
振り返ったは振り返ったもの、遥か遠い場所にいる…。と、思ったら、こっちに来てくれた。うん…人は悪口に敏感なものだ。
「く、くせっけ言うな!!気にしてるんだから!!」
「おすすめの理髪店でも紹介ましょうか?ヘルソンさん」
「…あ、ええと、お嬢様…なんだってここに」
「通りがかりですわ。…ねえ、これって」
「…ああ。お嬢様は早くここから離れたほうがいい」
「というのは?」
「機密事項」
「あら、有益な情報を提供しようと思っているのに」
「え?!な、何かわかったのか?」
「先日、言いそびれましたけれど。金髪だからかしら、ちょっと広場で気になる殿方と遭遇して…」
「特徴は?!一体何が…あ」
よし、かかった。うん、間抜け面。
金髪とくれば…例の事件だろう。
「…何人目です?」
「……あー…いいや、これは」
「先日広場であったことなんだけど」
「!!う、うん」
「…まだ捕まっていないのですね」
「そうなんだ、目星はつきそうなんだけど…ああ、くそ」
「それで?」
「ちょ、こっち」
更に詰めて聞くと、ヘルソンは帽子で顔を覆い隠す。
そして、わらわを建物の影につれいていき、声を潜めた。
「…4人目」
「報道では二人、ですけれど」
「立て続けに二件…、前と同じような状態で遺体が見つかった」
「…前と同じ」
と、言うことは…白布で覆われている向こうは凄惨な状態だろう。
「犯人の目星は?」
「…君の言う通り、承継執行人というのは本部でも可能性の一つとしてあげられている。というのも、記録が残っている処刑人を重点的に調べたんだけど…皆、行方不明だったんだ」
処刑執行人というのは、その存在が幽霊のようなもの。実際処刑自体行われていない昨今では、廃れるのも無理もないかもしれない。なのに、
「行方不明…というのは、公式的に?それとも、その存在自体がわからなくなって…?」
「両方、だな。…どこにもいないんだ」
「どこにも…いない?」
「そう、最後に残った処刑人と思しき人物の住所も墓も、村も家も。…何もない。まるで幽霊だ」
だから、『目星』がつきそう、か。
犯人の可能性としての確証はないが、状況的に見て、一番濃厚だと判断したのだろうか?
「元々、彼らの存在自体謎に包まれているからな…どれも噂レベルばかりで、マユツバばかりなんだ。で?君のその有益な情報とやらは?」
「先日、あなたと会う前。私は宣告の広場である男性に声をかけられました。背が高くて、黒い帽子を目深にかぶった…靴磨きの男です」
「靴、磨き?」
「そう…片言の言葉をしゃべる男です」
そう、わらわの金髪を見て、奴は『見つけた』そう言ったのだった。




