46 魔女が一番怖いもの
「実は、これが余っているんです」
「え?」
先ほどのサロンにて。
親子設定のわらわとリヴィエルトが着替え終わったあと、店主が突然二枚のチケットを持ってやってきた。
「このチケットは?」
「ただいま人気公演中の舞台、『黄金の鷹』のVIP席のチケットです」
「VIP…」
「なぜ?」
VIPと聞いてまさかと思ったのだが、隣のちょび髭リヴィエルトも驚いているところを見ると…どうやら仕込みではないらしい。
「アスベルグ王立劇場のローゼンシア劇団の衣裳や小物は我が店のデザイナーが手掛けております。公演の度にこうして常連の皆さまにお配りするチケットを用意しておりまして…ちょうど今日の部のチケットがありました」
「黄金の鷹?」
「ああ!敵対する家に生まれた二人の男女の愛憎劇ですわ」
「…恋愛劇?」
「主人公には婚約者がすでにいるけれど、敵の家の青年に恋をしてしまうんです」
おお、思った以上に王道だ。うーん…ロマンス小説はあまり読まないからなあ。
「へー」
「しかも、女性を巡って婚約者と敵側の青年が命がけで戦うんですけれど…」
「ど、どうなるの…?」
「それは…どうぞ、劇場で見てはいかがでしょう?」
「え、ええ?!」
「……せっかくだし,行かないか?」
「う、はい」
本当はこういうのはあまり興味がないのだけど…え、どうなるんだ?!気になるじゃないか。
チケットを受け取ると、リヴィエルトは嬉しそうに笑った。そして、今に至る、
(…やはり、仕込みだったのか??いやいや…)
なんだかうまいことに事が進んでいるような気がするけど。
「ここでゆっくりしたら、ちょうどいい時間だね」
わらわの皿も、リヴィエルトの皿もまっさらだ。
…互いに綺麗に完食し終えた。うーん、今日はプリンが一番美味だった。食べた瞬間に薫るバニラエッセンスの香りと、少し下に残るサツマイモの風味が絶妙で、まるでスイートポテトとプリンを両方食べているような、一度食べて二度おいしいようなスイーツだった。
「幸せそうな笑顔」
「え?!」
「エルは甘い物が好きだね」
「そ、それはまあ…女性は皆好きでしょう」
実を言うと、甘味は魔力回復するのに一番手っ取り早く、最も摂取しやすい。だから、というわけでもないが、やはり甘味は最強だろう。
「パパ様はいかがでした?…念願の初、カフェでしょう?」
「ああ、羨ましいよ。普段はみんなこうやって時間を過ごしているんだろうな…また、誘ってもいい?今度は、別のコンセプトで」
「上司と部下、もいいかもしれませんね」
その返答が少しお気に召さなかったのか、リヴィエルトは少し苦笑した。
「そう言えば…エルに、怖いものはある?」
「怖いもの?」
「…聞いても?」
その言葉に、一瞬どう言おうか迷ったが、答えた。
「この世界にある生きとし生けるすべてのものに『それ』は等しく与えられているけど、ひとによっては短かったり、長かったりするもの。それは、何でしょう?」
「…それは、なぞかけか何か?」
「さあ?どうでしょう」
「ふむ…ヒントは?」
「あら、弱点を教えるのに、ヒントなんて生易しいことをしませんわ」
「これは、手厳しい」
そう、簡単には教えない。なにやら考え込んでいるリヴィエルトを見て、少し笑ってしまう。そう、わらわにだって怖いものはある。
すると、ちょうど目の前の窓の上から一枚の葉がひらひらと赤や黄色の葉が舞い落ちてきた。
「いい季節ですね…私は秋が一番好きです」
「秋?」
「ええ。だって、綺麗でしょう」
「長くて短くて、全員に平等に与えられているもの、秋、季節…枯れた葉」
「え?」
「…もしかして、『時間』か?」
「!」
「さっきの答え…君が一番怖いものは、『時間』?……」
「……正解、です。うーん、簡単でしたか」
「いや、でもなぜ?」
「人間は老いもするし、時間は誰にも止められないでしょう」
「君は…、不思議なことを言うね」
今になって思う…時間は、怖い。
何もしないでいても、勝手に過ぎていく。いやな記憶も、怖い物も、大切な思い出すら…いずれ飲み込んで消えてしまう。
想いだけは残る、などと人は言うけれど…時間が長ければ長いほど、風化して塵と消えていく。でも、例えば時間が止まってしまったとしたら人はきっと生きていけない。
忘れたくない記憶や、何だのに縛られ思い出しては後悔し、大切にしていた思い出たちに殺されてしまうだろう。
魔女だって、父との『誓約』によって人の心を失うわけでもないし、誰かを想う心はしっかりともし合わせている。ただ、人間とは違う分類の存在になるから、人間のままではいられなくなり、別の感覚になっていく。
(魔女の150年間は、長く生き、長い時間を超えて…たくさんの人達の時間の片りんを見た。それなのに)
どうして今頃、それを怖いと感じたのか?…それは、魔女ではない時間を過ごしているから、これが正常の感覚なんだろう。
「でも、時間は優しいだろう?いやな記憶を忘れさせるのも、また時間だ」
「まあ、確かに」
「それに、時間は…成長を促すために必要なもの」
「その考え、いいですね。とても前向きで、まさにこの国の未来を導くに相応しい言葉です」
リヴィエルト・クオン・パルティスが即位したのは、今から一年半ほど前の事。
先王の憤死したのち、たった半年という短い期間の後、その座についた。引継ぎもないも同然のような中、様々な事柄が目まぐるしく動き、周囲の大きな重圧を一身に受け、彼はこの二年を生きてきたんだろう。
(なんだか…知れば知るほど過去のアリセレスと、リヴィエルトはとても良く似ているな)
生れも育ちも、高貴な身分故の人生か。こんなに似ているのに、どうして二人は分かり合えなかったのだろう?
『魔女』は、アリセレスを通して過去を見ている。今の彼からは想像できないが、過去では義妹に傾倒し、そのまま婚約破棄するほど入れ込み…かつての婚約者を処刑にまで追い込んだ。
何が彼をそうさせたのだろう?
「…エル、君は誰かを殺したいほど、憎んだことがあるかい?」
「……なぜ?」
なんて、物騒なことを聞くんだろう。
思わず見返すと、リヴィエルトはさっと笑った。
「君と話していると、…ありもしないことを聞いてしまうな、ごめん」
「…?」
そう言って、リヴィエルトはわらわの耳についたピアスのチェーンに触る。
「僕は、時々…そういう黒いモノに、負けてしまいそうなときもある。でも、その度に、君の顔を思い出す」
「私の…?」
「そろそろ行こう」
「……」
リヴィエルト、あなたも戦っているのか?
「なにと…」
「え?」
「……いいえ」
もしも…過去に起きた、あちらの世界の事を知ることができたら、と思うけれど。
世界というのは選択次第でいくつも分岐が分かれていて、過ぎ去った線をたどるのは不可能に近い。アリセレスが処刑された過去の世界は…いくつもの選択が少しずつ雑にずれて、修復不可能な破滅の未来を辿ってしまったある一つの結果なのだろう。
同様に、まだ見ぬ未来の線を辿るのは、もっと不可能だ。例えば、複数の分岐を見つけて、その先に起こることを知ってしまったら…人はその真実を受け入れられず、おかしくなっていく。人間が最終的に迎える地点は『死』なんだから。
自分の未来を知るということは、そういうことだと思う。
けれどもし…リヴィエルトが、過去の世界に、何かの力によって、雑にずれた選択の結果を選ばざるを得なかったのだとしたら。
(一体、何があったのだろう?)
それを知るべき為に、『名も無き魔女』が、ここにいる理由の一つなのかもしれない。
「お手をどうぞ、お嬢様」
「え?」
思考の迷宮から抜け出し、ややぼーっとしてしまった。リヴィエルトは待ちかねたようにわらわの前に立ち、手を差し出した。
「馬車はやめて、歩こうか?」
「あら、お優しいですのね、パパ様」
「だって、溺愛設定、だろう?」
周囲をぐるりと見渡すと、もう既に太陽は西の空に沈み、辺りは夜のとばりに包まれている。
弱々しい星たちの光は輝きを増し、もうじき半分にかけた月が顔をのぞかせることだろう。今日は日曜日ということもあってか、劇場のある2番街はたくさんの人であふれていた。
「すごい人…人気のある公演なんですね」
「ああ、衣裳も豪華だし、何より舞台装置がすごく力が入って見ごたえがあるらしい」
「…詳しいですね??」
「いや…侍従が熱烈なファン読者で、放っておいたら延々とこの作品について語ってくるので、すっかり覚えてしまった…まあ、一度は見てみたかったのは本当だよ」
「へえ…」
すると、どこからか香ばしい香辛料の香りが漂ってきた。
「!…夜店も出てる」
向こうに見えるのは、炭火焼の金網の上に乗っかった、焼き鳥串の大群だった。…途端に胃の中がきゅう、と切なく鳴った。
これは、鳥のもも肉をじっくりと煮込み、それをつけだれに付け込んで炭火で焼いて串刺しにするというレスカーラの名物である。鳥を煮込んだスープもこれまた絶品で、一度食べたら病みつきになる。
「さっき食べたばかりなのに…」
「あ、あれは…どうやって?立って食べるのかい?!」
「勿論、焼き鳥串、ですから。おじさん、二本下さい」
「あいよ!お、お姉ちゃん別嬪だね!一本おまけしちゃうよ!!」
「ありがとう!」
パッと差し出された三本の肉を受け取り、一本をリヴィエルトに差し出す。
「はい、お父様」
「…それ、もうやめないかい」
彼は串刺しになっている鳥の太ももをしげしげと見つめると、やがて思い切ってかぶりついた。
「!美味い」
「もう半分どうぞ。あ、スープも一緒に飲んでくださいな。体が温まります」
「…本当だ」
うん、腹ごしらえにちょうどいい。
「…こうしてみると、夜の街は明るいんだな…」
「魔法の文化が発展しますもの。ほら、あの街灯だって、魔法鉱石がエネルギー源でしょう」
レスカーラは鉱物が多く採れるが、魔力がこもった魔法鉱石は更に多く採れる。魔法鉱石は、職業魔法使いたちが、石に眠る魔力を取り出して『ポット』と呼ばれるタンクに貯蔵していく。タンクで蓄積された魔力はやがて、加工されて更に使いやすいサイズに分配され、こうして街灯や電器のエネルギー源となっているのだ。
ちなみに、魔力を抜き取った石の殻は装飾品やアクセサリに加工される。
例えば…この露店に並ぶネックレスのよう。わらわの目に留まったのは、青いしずく型の石が三連ついたネックレスだった。
「綺麗な青」
「お、お嬢さん。これはね、守護魔法がかけられたアミュレットなんだよ」
「うん、わかる…この石、精霊たちがいい仕事をしている」
「え?わかるの?」
なんだか、店主の目が泳いでいる。…ははあ、吹っ掛けようとしていたな?
でも、大丈夫。…これは値段相応の掘り出し物だ。よし、せっかくだし
「じゃあ、コレ一つ」
「!!」
「毎度!」
「…お父様、も?」
「…だから、ソレ、やめてくれないか…エル」
「なりきりは重要ですもの」
「なら、父から娘に。…どうぞ」
「え?」
「なりきりは重要なんだよね?」
「…はは」
(つい、もらってしまった…)
「さあ、行こう!公演が始まる前に座らないと」
晴れ晴れとした笑顔を見せるリヴィエルト。
思わず笑い返してしまった。




