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45 コンセプトは重要?いいえ、必要なのはなりきること


「はー…」


時間は午後3時。

現在わらわはこうして寒空の下、公園のベンチに座っている…。ああ、少し肌寒い位のこの風がこんなにも気持ちがいいとは。だって、あんなに馬車がゆれるなんて。

ロイセント家の馬車がいかに快適で、乗車している人間に負担をかけないように運転していたのだ、と再認識した。‥‥後でうちの馭者にお礼を言おう。


(人生最大の失敗…自分が信じられない……)


こんなふうに馬車に意気揚々と乗り込んで、こうしてゲ…もとい、()()()をするなんて魔女時代を通しても、初めての経験だ。

いや…この年になっても「初めて」なんて早々体験できるものではないのはないので、ある意味貴重かもしれないが。


「大丈夫か?エル」

「…あ、はあ…」


となりでは見目麗しいリヴィエルト陛下が心配そうにこちらを覗き込んでいる。


「……ちょっと、みっともない姿なので。あまり見ないでいただけると」

「そうはいっても心配だ」


いやいや、気持ちだけで十分。

こちとら、豪華な見た目に反して異様なにおい(胃液のにおい?)が漂うドレスを着ているので、ひととして、いいえ一人のレディーとしてはもう穴にあったら閉じこもりたいくらいなのだ。

もう少し回復したら、魔法である程度の汚れは改善できるのだけど、表面的な汚れは消えてもこの匂いは消えないのである。


「とりあえず、服を着替えないと」

「っえ?!」


何を言い出すんだ。

ぎょっとして顔を見上げると、リヴィエルトは…何で満面の笑み?


「…あの」

「僕がドレスを贈るよ!」

「え いえ あの」

「じゃあ、そのままでいる?」

「…そ、それは」


ヤバイ、なんでこんなにうれしそうなんだ、こ奴は。そんなにプレゼントを贈るのが嬉しいのか??

…実を言うと、わらわは というかアリセレス・エル・ロイセントは、今まで一度もリヴィエルトからの私的なプレゼントを受け取ったことがない。

その理由は、この世界…というか、この国?の独特なルールが起因する。

男性が家門の名を使って、女性へ贈り物をするのは総じて『求婚』の意味を持つ。それを一度受け取ってしまえば『肯定』の意味となり、男性はその女性へアプローチが成功ということになる。

勿論、最終的な判断はその後のやり取りで決まるものだが…家門の名前が絡んでいる以上、その当主がお互いにとって利益なるか否かを忖度し、本人たちの意向などそっちのけで結婚が決定してしまうことさえあるのだ。


実際、初めてリヴィエルトとアリセレスが出会った7歳の出来事も、家門の名を通して贈り物と共に突然わいた婚約話。わらわの場合は『拒否』という結果に落ち着いたので、過去とは違って、ロイセント家と王家の縁談はその時は成立しなかった。

実際、この地位と名誉(?)のおかげか、日々ロイセント家の令嬢あてに贈り物が送られてくることがあるが、どれもアリセレスの名前で丁重に送り返しているのだった。


(いや、そりゃ今はただのエルとクオンだし(?)ドレスを汚れっぱなしにしていると、レナに怒られるし…)


「‥‥わ、わかりました。お願いします…」


自分の中で何とか納得できる言い訳を並べつつ、わらわは頷いた。


「なら、あそこに」

「え?」


リヴィエルトが案内したのは…主都一のファッション・サロンで、王族のドレス・コードから休日の私服や普段着などを手掛けている。完全予約制で王家の御用達の服飾全般を預かる老舗の一つである。

こ、ここ…過去を通してもアリセレスも数えるくらいしか来た事がない、ロイセント家でも飛び入りでの買い物が難しい超人気店だぞ?!


「え、よやくは」

「いらっしゃいませ!!!」

「!!」


扉を開いたとたん…ずらりと並んだ女性スタッフ。


「突然すまない、今日は彼女のドレスを見立ててほしい。…汚れてしまって」

「まあ!これは大変!」

「え」

「すぐに別室でお着換えを!!」

「あの」

「ささ、お化粧直しもさせて頂きますわ!!!」

「あう」


さすがというかなんというか、流れるように着替え室へ連行(?)されてしまう。一流店はサービスも対応のも迅速だ。国王陛下が直々にご登場あそばされたら、外の看板には即『closed』の文字がつけられた。


「大丈夫、ここのスタッフは口が堅いから…君と僕が一緒にいようと外部に漏れることはないよ」

「そ、そうですか…」

「…本当は、エル、君の普段着ドレスもまとめて購入したいくらいなんだけど」

「お気持ちだけで!!!」


こうでも言わないと、この店の物全部買い占めそうだ。

それはさすがに負担に感じるし、返せる当てもない…とはいえ。あ!そうだ!!


「陛下!!いいことをお思いつきましたわ!」

「え?」

「どうせなら、全くの別人にしていただきましょう!!!」

「べつ…じん?」


そうだ!ここは王家の日後にある超高級服飾サロン…ならばもういっそ、巻き込んでしまえばいいじゃないか!!


「だって!!ここは!レスカーラ随一のファッションサロン…化粧直しも勿論、着替え室までもしっかり完備された最高級のサロンですわ。」


くるりと振り向き、店の責任者…いた、あの紳士かな?

に向かって一礼をする。


「いかがでしょう?この店にいらっしゃる皆さまのお力をもって、ご多忙でいらっしゃる陛下に、最高の休日を一緒にお贈りしませんか?」

「…それは、ふふ、素晴らしいお考えです。…それでは、コンセプトはどのようにいたしましょうか?」

「え、こん せぷと」


って何だっけ。

あ、あれ?思った以上にあっさり了承してくれた。もう少し難色を示すのかとおもいきや。

…ああ、なるほど。後ろの女性従業員たちの目が光っ ――訂正、輝いている。


「かしこまりました。…マルゲレタ」

「はい」


店主がパチン、と指を鳴らすと、背の高い髪も肌もきっちりとした女性スタッフのリーダーらしき女性が前に出た。化粧もばっちり、服装も言わずもがな。…若いのかそうでないのか、それすらわからない。


「彼女は我が店一のカリスマスタッフです。きっとお二人のご希望に添える装いを提案できるでしょう」

「マルゲレタ・ブラズターと申しますわ」

「ブラズター…?」


あれ、この名前どこかで聞いたことあるようなそうでもないような。…ダメだ、覚えていない。目が合うと、マルゲレタはにっこりと歯を見せて笑った。こうしてみると、思ったよりも若いのかもしれない、と思う。


「お二人を別人かつ、誰にも分らないようなスタイルをご提案すればよろしいのですね?」

「え?…ええと」


この突然の流れにさすがに戸惑うリヴィエルト。服の端をツン、と引っ張り、力強く頷いた、


「ここはプロに任せましょう?」

「…なるほど、君がそう言うなら。確かに面白そうだ」

「では。このようなのはいかがでしょうか?!」


**


秋も深まる今日この頃、そろそろ日が傾き始める時間。

アフタヌーンと呼ぶには少し遅いが、見事華麗な変装を終えたわらわ達は、リヴィエルトたっての希望で王国一の人気スイーツ・カフェにやってきた。


「お待たせしました!秋のスイーツスペシャルセット、ケーキ三点盛とカフェ・オレのセットです!!」

「わぁあああ‥‥‥!」

「それと…当店自慢のパンケーキとフルーツのプレートセットでございます」

「これが、巷で有名なカフェのパンケーキか…!」


運ばれてきたのは…わらわには、ミルクレープ、栗のケーキ、スイートポテトプリンのケーキと、二種のクッキーだ。香ばしいコーヒーの香りと甘いスイーツの香りが鼻をくすぐり、なんだかこれだけで幸せな気分を味わえる。

そして、リヴィエルトはというと、スイーツ控えめなパンケーキとフルーツ盛のセットである。


「‥この店は以前からご存じだったので?」

「ああ。何度か賓客の接待パーティーのスイーツをオーダーしたことがあって…とても美味しかったので、店名を覚えていた。一度来てみたかったんだけど、…活気があっていい」


国王様となると、やはり不自由なことも多いのだろう。

確かに、いくらお菓子を食べたところで、本場で味わうものなら美味しさも格段に違うだろうしなあ。わかりやすくきょろきょろしていて…少し面白い。普段なら絶対にしない仕草だろうけど。


「そのお鬚、似合ってますわ」

「…君こそ、舞台女優志願のくせに、そんなに食べても大丈夫なのか?」

「あら、糖分接種は未来を勝ち取るには欠かせない補給ですわ」

「…ええと、エル?」

「まああ、そのパンケーキセットもおいしそう…ねえパパ!」

「?!ごほっ」

「パンケーキ、一口食べたいです!」

「き、きみ面白がってるだろう…?!」

「はい?あ、お鬚にクリームが」

「こら!」


さて、我々はどういった華麗な変身を遂げたのかというと…コンセプトは、なんと「地方からやってきた舞台女優志望の娘と、その保護者」だった…。


「…何で僕が保護者…っ?」

「ふふ…いいではないですか!いい感じな黒髪オールバックに、黒いちょび髭!私の父上のコートもいい感じにリアルですわ!‥で、一口頂いても?」

「い、いくらでも…っていうか、からかうのはやめてくれ、エル…!」

「あら?せっかくの機会ですもの、らしくしなきゃ!」

「そういう問題じゃない…!!」


設定は、アリセレス18歳、リヴィエルトは…なんと40歳のバツイチ溺愛パパ設定、である。わらわの方は女優志望ということで、いつも以上に顔面を盛に盛りまくっているせいか、まつげが重いわ口紅もいつも以上に赤くて、コーヒーカップに口紅痕が付くのが気になる。


「どうせなら私も40歳メイクにしてもらえばよかったかな…」

「それは、だめだ」


ジーっと恨めしそうに見つめるリヴィエルト。


「?」

「いや、うん。…今の君を近くで見れるなら、僕はこれでもいい」

「あら、パパ様は清楚系より、ケバケバし…ごほん、派手めな化粧の方がお好みですか」

「そ、そういうわけでは…うん、でもその赤いドレス、良く似合ってる」

「そうですか?」


ううむ、すごいな。髭効果?リヴィエルトのいつもの甘めのセリフも、威力が半減でわらわの精神状態も良好だ。…いや、本当に真顔で砂糖のような甘い言葉を囁かれるのは、色んな意味でわらわの心に異常をきたす。なんていうかこう、金属を爪でひっかく音のような、こそばゆいのと不快とが入り混じったような、アレ。

顔面だけで威力倍増なので、自粛して欲しい位である。


「それにしても、女優志願…という割に、なぜこのような悪女スタイルなのでしょう」

「悪女…そう?」


いや、個人的な偏見もあるが、赤い派手なドレスにけばけばしいメイクというのは、なんだか物語に出てきそうな悪役っぽいイメージなのだが。

まあいいか。じゃじゃ馬娘とおとなしめの父親というのも悪くないかもしれない。


(リヴィエルトとは…こういうのが、いいな)


そうしてわらわは、スイートポテトプリンの焼け焦げた表面のカルメラをフォークで破いたのだった。


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