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42 私の大好きなお姉様


それは、ちょうど雨上がりの午後の事。

ここは王妃候補者達が住まう、アウロラ宮の温室だ。そこでは、国王陛下の婚約者候補である五人の令嬢たちによる定期的なティータイムが行われていた。

表向きは五人の交流会だが、しかしその実情は、少し通常とは異なる。

平たく言えば…目的はそれぞれの監視、である。

血で血を洗いながら談笑し、腹の探りあいをしつつ「抜けがけした奴前に出ろ」、という崇高な目的の為に行われる裁きの茶会である。


しかし、彼女たちの腹の中とは相反して、そこはまさに天上のごとく美しい。花々に囲まれた温室の中には開け放たれた窓からは優しい風が流れ、色彩豊かなクリスタルガラスが仕込まれた天井窓から差し込む光。

白いウッドデッキと円形のテーブルは広く、『優雅なティータイム』と呼ぶにふさわしい場面がここにある。


テーブルの上に並ぶのは、腕に覚えのある菓子職人が丹精込めて造った飴細工が乗ったゼリー、一口大のクッキーやマドレーヌ、バターたっぷりのサブレに、色とりどりのフルーツが乗ったプチケーキがずらりと並んでいる。

他国の一流職人が手掛けたという陶器のティーセットは、一人ひとりそれぞれ柄が異なる。本来ならばこのテーブルに置かれるべきティーカップは五個あるはずなのに…その一つは空席のままだった。


「まさか、この責任あるこの立場を放棄する方がいるなんて…」


ストレリチアのティーカップを持った、マリーミアン・ゴルトマン令嬢はため息をついたのち、目の前にあるクッキーを三つほどまとめてとると、口に運んだ。

その様子を顔をしかめながら、純白のカサブランカの模様が入ったティーカップを持つ、エルミア・シドレンは注がれたローズヒップのお茶を見て気を紛らわせた。


(ああ…野蛮な令嬢だこと…)

「そうですわね、でも、これで一人減った、と考えるのが妥当かしら…」


本音駄々洩れの言葉を耳にし、サリア・メドソンはただでさえ垂れ下がっている目を細くしてほほ笑んだ。


「まあまあ、シドレン令嬢はご素直でいらっしゃること!…あまり素直すぎるのも、考え物だと思いますわ~?くすくす」

「…あら、何を考えているかわからない狡猾な令嬢よりはずっと平和でいいと思いますわ。今日のお召し物の、おなかの真っ黒なコルセットベルト、よくお似合いですわ」

「エルミア令嬢も、いつも通り白くてまるで幽霊みたい…不健康そうで心配になりますわ」


そんな二人のやり取りをとこか冷ややかな視線を送りつつ、メロウ・クライスは笑顔を取り繕う。


「いい香り」


基本的に、このアウロラ宮は厳格で有名な女官長のおひざ元である。外界と断絶されていて、自由時間は日曜日の限られた時間に制限され新聞は勿論、外からの世俗的な情報はもたらされない。

 そこで彼女たちは自らの分身ともいえるメイド達を外に置き、こっそり情報を集めさせては、週に一度メイドの入れ替えなどを行い、その情報を必死に得ているわけだ。

平民の女性たちからは高貴なる女性の集う聖域のように見られているが、実質牢屋に等しいとメロウは思っている。

マーガレットのカップに注がれた香りを楽しんでいると、専属のメイドがやってきて、そっと耳打ちをした。


「お嬢様、お客様がお見えです」


静かなリラックスタイムをぶち壊すようなメイドの声。

何もない日であれば、少なからずため息をつくような出来事ではあるが、今日は違う。


(…来たわね)


「ありがとう、すぐに行くわ」

「どうされたの?」

「皆さま、急な来客があったみたい。申し訳ありませんが、私はこれで失礼いたしますわ」

「まあ、どなたかしら?」


まるでメギツネのように目を光らせたサリアを流し目で見ると、ニッコリと笑って見せる。


「ご心配なく。…今週は陛下と一度もお会いしてません」

「!そういうことを聞いてるのではなくて」

「今いらっしゃった来客も、女性ですから…皆さまご安心を。では、ごきげんよう」


昨晩、王妃候補の一人であるニカレア・ハーシュレイが門限を過ぎても帰ってこなかったらしい。原因は知らないけれど、大体検討はつく。

自室に戻ると、奥のテーブルでは既に思い描いていた通りの来客がいた。


「ご機嫌いかが?クライス令嬢」

「!」


メロウはつい口元が緩んでしまいそうなのをこらえる。


「アリセレス・ロイセント…」


長くて輝くような金色の髪を揺らしながら、いつも通り、自信ありげな余裕の笑みを浮かべている。


(…なんだ、怒っていると思ったのに)


「今日はどうされたの?…あ、もしかして、私に会いに来てくれたの?」

「ええ、そうよ。どうしてもあなたに伝えたいことがあって」

「あら、まあなにかしら?お姉様」

「…ほら、これ」


お姉様という言葉に失笑しながらアリセレスが見せたのは、青色の小さな袋だった。


「…どうして、それをお姉さまが持っているの?」

「拾った」

「拾った?…まさか」

「だから、持ち主のあなたに返しに来たの。メロウ」

「……」

「ああ、喉が渇いた。私もお茶をもらえるかしら」

「勿論!」 

「あら、ありがとう」


ちら、とメイドを見ると、全員あたふたとその場を去った。


「少し待っていただける?すぐにご用意しますわ」

「お気遣いなく」

「…ニカレア・ハーシュレイは、お姉さまと仲良くしたがっていたわ」

「!…あら、随分と正直じゃない。メロウ」

「ええ、お膳立てしてあげたの。なのに、思っていたものと違う結果になって、少し驚いてるわ」

「思っていったものと違う結果?」

「…婚約者候補辞退。驚いちゃった」

「そう?彼女らしいじゃない。あなたと違って陛下は笑っていらしたわ。ニカレアの候補辞退。…面白い振られ方をしたものだ、なんて」

「……」


ふっと目を細めるアリセレスを見て、不快なものがメロウの内側から広がる。


(なあに?その笑み)


すると、専属メイドのセレイアがティーセット一式と、少しのお菓子を運んできた。早速入れようとするその手を制し、メロウ自ら空のカップにお茶を注ぐ。

それを優雅な仕草で持ち上げ、くいっと一口飲んだのち、アリセレスは短く息を吐いた。


「…貴方らしいお茶だこと。芳醇な香りに誤魔化されているけれど…とても苦くて、えぐみがある」

「少し、濃いめの方が私は好き」

「なら、私と好みは合わないわね」


そう言って、アリセレスはミルクを注いだ。

…その意外な行動に、メロウは少し戸惑う。


(ミルク?)


「どうも、紅茶はあまり好きではないの」

「…そうなの?」

「そうよ」

「過去のお姉さまは、とても紅茶が好きでいらっしゃったのに」

「また、あの赤い本の物語の話?」

「……」


(どこまでとぼけるつもりなのかしら。それとも…本当に知らないの?)


「それより、この青い袋…とても素敵な細工してあったんだけど、ご存じかしら?」

「さあ?私はニカレアさんに、よく眠れるようにって、香り袋を渡しただけよ?この袋にどんな秘密があるのかしら」

「そうねえ。…証拠はないものね。なら、実際に見てみるといいわ」

「実際に…?」

「ごちそうさま。じゃ、これ返すわ」

「え?」

「素敵なショータイムを。どうぞ、楽しんで。ね?」

「何を…っ」


アリセレスは、袋を放り投げると同時に、指をパチン、とならす。

同時にメロウの周りに生暖かい風がそよぎ、眼の前を白い花びらが舞う。


「花びら…?……っ」


突如、メロウの周囲は暗闇に包まれる。

慌てて立ち上がると、そこにアリセレスの姿は見当たらない。そして。

かん!かん!と何か硬いものを誰かが叩く音が聞こえ、同時に数え切れないほどの野次が飛び交う。


「な……?!」

「その女を捕まえろ!」


背後から羽交い締めにされ、頭を誰かが押さえつける。硬い床に顔面ごと打ち付けると、いつの間にか眼前には首のない囚人服の女性…らしき人間が立っていた。


(白い肌…それに この人はまさか)


「お姉様!アリスお姉様?!ウッ!」


起き上がろうとする体はさらに強い力で押さえつけられる。やがて…グラリとその囚人の体はよろめき、そのまま風塵となって姿を消した。


「あ……だめ、アリス!!」


次の瞬間には、メロウは小突かれながら壇上のギロチンへとおしやられ、間をおかず首を差し出すよう促される。息をつく間もなく、鋭い白刃が振り下ろされる。―――そして。


「い、いや!いや――――!」


ガシャン!!


「お、お嬢様!!」

「……っは!!」


何度か息を吐き、ゆっくりと呼吸をする。顔を上げると、専属メイドが青い顔をしてこちらを見ていた。


「顔が真っ青です…い、一体何が」

「お、お姉様は」

「?どなたのことてすか?」

「あなたが、連れてきたんじゃ ない」


ガタガタと震える手を握りしめる。メロウから見て向かい側の椅子には誰も座っていない。飲みかけのミルクのはいった濁ったお茶だけが残されていた。


(確かに、いたはず)


青い袋は見当たらない。だが、何かが燃えたような布切れの黒い塵が舞っている。


「大丈夫ですか?」

「平気…少し、一人にして」

「で、ても」

「いいから!!!」

「わ、わかりました」


(幻覚?…ちがう、幻覚魔法?)


かつてのアリセレスは、魔力はあっても魔法は使えなかったはず。それなのに、ただ幻覚を見せるなではなく、まるで本当にあったことのように錯覚させるほどの魔法だった。

そんな高度で緻密な魔法を使える者など、そうはいない。


「ふふ、ふはっ…そうか、アレはお姉様じゃないのね。私の、知っているあの可愛いお姉様じゃ」


ゆっくりと立ち上がる。その瞳は暗く濁り、光がない。


「そう、そうなの……ああ!なんて可哀相なお姉様!きっと、悪魔に乗り移られてしまったんだわ……!!私がお助けしないと!!!」


天を仰ぐと、メロウはにやりと笑った。


「あの女を殺せば、きっと返ってくるわよね?私の愛しのお姉様……」


空は血のように赤く染まり、沈みかけた太陽はインクが滲むように歪み、朱色の地平線に吸い込まれた。



読んでいただき、ありがとうございました!

また、評価とブックマークもいただき嬉しいです!精進します!m(_ _)m

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