41 Gの軌跡・影、潜むもの
『処刑執行人』―――
この職業はとても特殊である。仕事内容はその名の通り、公開処刑が行われた際、仕損じを防ぐために存在する者達の事。人をこの手で屠る権利を持つが、その存在は謎に包まれていた。
普段どこで何をしているのか、貴族なのか平民なのか、もしくは本当に人間なのか?など。
ただ、公開処刑が行われると決まると、どこかしらから彼らはやってくる。
頭程高さと幅のある大きな斧を持ち、身にまとう血のような赤いローブには、赤黒の二つの矢じりがクロスした特有の紋章が刺繍されている。頭に頭巾、顔は白い布で覆われていて見ることができない…その姿で。
真実か否か、彼らは『非平民』であり恐らく何かしらの罪を犯した者達の一族ではないか、といわれている。
彼らは処刑が終わると共に、その罪人の身体を荷車に運んでいずこへと消え去る。
…基本的に、公開処刑されるような人間の遺体は、生前を彷彿とさせるような痕跡は一切残されない。よほどの有名な人物であれば、街から離れた郊外の墓地に葬られるが、そうでもない者たちはその存在すら消されてしまうのだ。
最後に公開処刑が起きたのは、今からおよそ10年以上前…つまり先々代の国王陛下の時。以来、公開処刑自体行われていない。
恐らくこれは、先代の王がまだまともだった頃、この狂気じみた催しに異を唱えたからであろう。今代のリヴィエルトも勿論、その意見を尊重しているだろうから、今後、行われることはないかもしれないと言われている。
などという年寄の知恵みたいなものを口にしたら…ヘルソンは喜び勇んで職場に戻っていった。
「せっかちというか、なんというか。わらわの事を守るんじゃないのかい、全く」
結果、しょうがないのでこうして馬車を呼び、ちんたら邸に戻る途中である。本当は転移魔法でもどうかとも考えたが、もう疲れてしまった…原因は、言わずもがな、あの追いかけっこだろうな。
「あー疲れた…」
やっと着いた…ノーザン・クロスの館の入り口に立つと…、玄関では執事のロメイを筆頭に、数人のメイドがざわざわと集まってきている。
「どうしたの?ロメイ。」
「あ、お嬢様。おかえりなさいませ。…あ、こちらの方は通らぬように」
「?何かいたのか?」
「はあ…それが。ッきた!!」
どこからか聞こえるブーーンという耳障りの悪い怪奇音…これは、もしや新手の悪魔か何かか?!
思わず腰の銃に手をやると、途端にメイドの一人の…あれはクラリスだ。の悲鳴が聞こえた。
「きゃああ―――!!!」
「い、いやあ、飛んだぁあ!」
「お、落ち着きなさい、お前達。お嬢様の前で…っうおおお!!!」
「お前こそ落ち着け、ロメイ…いったい何が」
バチ!!みたいな、妙な音を立てて何か大きな物体がわらわにぶつかる。
ぶつかったのは、黒光りする手のひら大の楕円形の物体…で、細い二つのアンテナじみたものが蠢いている…なるほど、彼女たちが嫌がる理由が分かった。
とか言ってる間にシンシアがホウキを構えて襲い掛かる。
「っキャー――!おじょーーさま!!!お覚悟を!!」
「覚悟?!っておい!!こ、こらホウキを振り回すなシンシア!!こいつがまた逃げ」
ると言い終える前にまたブゥウンン!!と不快音を立てて奴は飛び立った。もうそうなると…あちこちで悲鳴が上がる。
「ぎゃああ!!!ゴキブリ!!」
「あー…もう。みんな、落ち着け」
「で、で、でもお嬢様!!一匹いたら、百匹…いえ千匹はいるというじゃないですか!!!」
「はぐれGの可能性もあるだろう」
「はぐれGがつがいに出会ってファミリーになって一族になったらどうするんですか!!!!」
「そ、壮大な話だな…こら、ロメイ、何とか」
「彼らを叩き殺すのは簡単ですが…それでは、体液が飛び散ってしまいます…!」
兜をかぶってホウキを抱えた執事がうわごとをつぶやいている。
何の心配をしてるんだこいつは?!
ここで、ふと。あることに気が付いた。こいつらの住処はもしかしなくても。
(わらわの研究所、かな…)
そう言えばここ最近忙しくて、拾ってきた植物やらなにやらの始末をおろそかにしてしまいがちだった。ナマモノはすぐ処分するけど、野菜や薬草は放置しすぎて「元・薬草」みたいな物体になれ果てている…。
「私のせいだな…」
「え?」
「い、いいや?とりあえず…そうだ!」
わらわはひとまずちょうどランプシェイドの内側に入り込んだGを鷲掴んだ。どうせグローブを嵌めているから問題はないんだけど…周囲(特に一部の女性)から小さな悲鳴というか、恐怖に慄いた声が聞こえてくる。
「いやあああ!!!」
「うるさいぞ、シンシア!…はあ、もうこれは私が責任を取るとしよう」
「せ、せきにん…ですか??」
果敢にも、手袋をはめたレナが首をかしげる。
「生ある者には、皆平等に生きる権利がある」
「Gには生存権なんてものありません!!」と、間髪入れずにキリッと告げるシンシアを見て、ため息をつく。
「G憎むのはよくわかるが…敵を憎まずして、罪を憎めというわけだし…」
「こ奴らは生きること自体が罪です!!」
「わ、わかった…まあ、ちょとこの件はわらわに預けてくれ。どうにかするから」
「お嬢様…まさか、コレで何か怪しげな実験をするつもりでは。減らすのは大歓迎ですが、増やすのだけは…どうか!このおいぼれの願いです…」
「皆…本当にゴキブリが嫌いなんだな…」
うーーん、これは。使用人達のわらわへの信頼が落ちてしまう可能性があるな。
だが…実は、もう何をするかは決めているのだ。
「レナ。今からいうモノを集めてもらえるかしら」
「はい、何を集めるのですか?」
「たまねぎ一キロと、砂糖水を2リットル程。たまねぎはスライスして、そのままで。残りは私の方で用意するから」
「何を用意されるんですか?」
ロメイの質問に、わらわはにやりと笑う。
「アニス…ウイキョウのハーブと、固形石鹸一つ!」
材料は簡単。
スライスしたたまねぎと、砂糖水、少量の油に小麦粉、それとアニスを少々。
まずは一キロ分のたまねぎを底が深めの硝子のボウルの中に均等に並べ、その上から砂糖のたっぶりは入った水を流し込む。触るとべたつくくらいがちょうどいいかな?その中心には、固形石鹸をおき、周囲にアニスのハーブをまぶしておく。ここにあるのは、奴らの大好物ばかりだ。
桶の内側には半分から下の方には砂糖水を、上の方には油を塗りたくる。それをわらわの研究室におき、一晩放置する。…ちなみに先ほど捕まえたゴキブリはちょっと手を加えるつもりだ。その尊き命は絶対に無駄にしないから安心せい、Gよ。
「…あの、聞きたくはないですが、興味はあるので…このボウルの仕組みは一体」
「単純に、Gの撒き餌、だな」
「まき…え?退治するのではなくて…」
「違うよ、集めるんだ」
「えぇ~…」
「餌につられてこのボウルに入り込んだら最後…Gには足先に爪のような返しが付いていて、引っかかるところがあれば登れるが、それがなければ、登ることはできないんだ」
そう、特に油のような滑るものを塗っておけば、ただでさえ踏ん張れないつるつるの硝子の壁を乗り越えることなど不可能に近い。
ただ、あまり集めすぎると、同志の屍を乗り越えて上に登ってくる輩もいるので、注意が必要だが。
「行ってしまえば、アリ地獄ならぬ。ゴキブリ地獄だな」
「ほ、ほほほんとうに、何を、するつもりですか…??」
「まあ、皆が安心してその存在を確認でき、かつ部屋を綺麗にしてくれる方法だから、大丈夫!」
「…は、はあ」
すごく不安そうな表情だ。ま、無理もないか。
「でも…ゴキブリは水にも強ければ、炎にも強く、頑丈だ。生存本能だけなら生物界で5本の指はいることだろう。せっかくのその強靭な魂を、ただ葬るだけではもったいないだろう?」
「そ…う言われてみると、ほんのちょっと、そう思うような…」
(すごく、不安だわ…)
レナはそれ以上追求するのを諦めたのだった。
そして一晩。
早速、メイドの一人がわらわの研究所に入り、失神したと報告があった。
「うん、まあ、こんなものだろう」
前の前のボウルには、黒い物体がうごうごとひしめき合い、石鹸にしがみつき一心不乱にむしゃむしゃガブリついている。
ひい、ふう、みい…うん、全部で20匹ほどか?一日でこれは中々に大量だ。
よせばいいものを、レナは心配になってこれを確認しに来て…今日は休暇中である。
「さて、こっちの生成も大丈夫そうだな」
デスクの上にあるのは、しっかりふたの締まった小さなガラス瓶に入った淡い光を放つ白い光の球体。…これは、先日捕まえたGの魂…と呼べるほどのものではない、いわゆる命の核のようなものである。
まあ、魔女の頃の知恵の一つ、魂の練成のようなもの。自身の魔力を少し与えて交わり、契約し、自分のいうことを聞く下僕を造るのだ。いわば「使い魔」、それと原理は同じであろう。
所で、このガラス瓶に閉じ込められた魂のように、物体を持たない純正な魂は、自らの持つ生存本能をエネルギーに変え、より強力な力を発する。同時に、すぐに消えてしまう可能性もあるため、新しい命のエネルギーを欲する…いわゆる『餌』が必要になるわけで。
それをこのボウルに放ってみる。
すると、どうなるか。光の核は次々と元・仲間たちに取りつき、力を吸い取っていく。
うーむ、何て残酷なことをしてるんだろう、わらわは…ま、実験とは、そういうものだ。
「人の役に立つのだ。来世では、虫以外に出世できるかもしれないぞ?感謝せい」
そして大きな魂の核ができたところで、それをある物体に移して、完成。である。
**
「はっ!!G!!」
「あ、起きた?レナ!」
「お、お嬢様、あの、実験は…」
「うん、成功したよ!」
「……そう、ですかあ」
「あれなら、役に立つし、ひとの手が届かない隅々まで手が届くしー、エネルギーが切れそうになったら、他の外敵で補えるし、一石二鳥だな!」
アリセレスの自信満々な言葉に、レナは一抹、いやそれ以上の不安を感じた。
恐るおそる他のメイド達の様子を確認するが…
「うん、まあ、便利は便利、ですよね」
「人の言葉がわかるのかしら?あっち行って、と言ったら逃げてくれました」
言葉がわかる?便利??…これは、どういうことだろう。
すると、どこからかかさかさと何かが動く音が聞こえてきた。
「ッ?!」
「ほら、足元」
「え?!!」
言われて、自分の足元を見ると…黒光りしたホウキが一つ、ほこりを払いながら移動していた。ばちッと目?が合うと、びくりと驚いた風に飛び上がり、そそくさと物陰に隠れてしまった。
(動きはGそのもの!!)
「う うご?!い てる んですか?っていうか、あれ!!」
「そう。奴らの魂をかき集めて集合体にして、それを藁の放棄に乗り移らせた!これで日中夜動き回る自動掃除生物の誕生だな!!」
「…えぇえええ?!!!」
「まあ、残飯を見ると、食らいつく習性があるから、気を付けないとな。あ、でも私のいうことはしっかりと聞くから、大丈夫だいじょーぶ!」
「そういう問題じゃありません…!」
かくして、ノーザン・クロスの館には、その日以来、Gの姿はすっかりと消え失せたのだった。
評価&ブックマーク登録いただき、ありがとうございます!!精進します!!Gの奴ら、種類が色々ありますね…本場の大きいGに遭遇したのは数えるほどですが、読んでいただけたら、幸いです。




