40 黄金色の髪の悪女、もとい魔女
「はあ、はあ…」
何度か息を吐いては吸ってを繰り返し、裏路地に駆け込むと、壁にもたれかかる。今日が、仕事スタイルで本当によかったと思う。
今現在、わらわは逃走中だ。…なぜかって?
「この辺で、黒いドレスに帽子をかぶった女性を見ませんでしたか?」
「見てないけど…」
壁の向こうで聞こえるこの声。あいつだ…腐ったオレンジみたいにぼこぼこな髪型しやがって。
息を殺して様子を伺い、歩き出す彼の姿を尾行する。
こういう、誰かが自分を探している状況は、実を言うと逆尾行が最も効果的だと思っている。相手の姿を目視して、存在を把握して観察する…まあ、普通の連中ならこれで捲けるわけだが。
「…うーん」
「!!」
何でこっちを見る!!くそ、なまじ尾行慣れしている奴を相手にするには骨が折れるなあ!いっそどこかのドレスショップにでも逃げ込んで着替えてしまおうかとも考えたのだが。
(…って、あれ??そう言えば何で逃げてるんだっけ?)
ふと、我に返った瞬間。隙ができた。
「見つけた!!」
「?!」
気が付いた時はもう、手遅れだった…。
狭い路地が災いして、逃げ場を失ったわらわは、壁際に追いやられてしまう。ガタイのいい若者の両腕と壁の間にできた隙間に閉じ込められてしまったのだ。
え?これ、いわゆる壁ドン体制か??世の女性はこれにときめきを感じるのか?!逃げられない事実を思い知る、実に恐ろしい体制だぞこれは!!
「はあ、はあ、捕まえた…」
「つ、捕まった…ていうか、な、な何の用ですか?コンスタブルの紳士様?!」
「いや、君が逃げるから!」
「あなたが追ってくるからでしょう!」
「何で逃げた?…後ろめたいことでも?」
ぐぐ、と顔を近づけてくる。
あ、そうか!!この現状はどう見ても不合意の上の体制…痴漢呼ばわりして逃げ出せば
「言っとくが、一応僕は君の身体に一切触れてない!法律上では、肌が触れていない異性に対しての罰則はまだ肯定されていない!」
「そんなのただの合法でしょうッ!!それで、何です??…貴方が私を探していた理由を仰っていただければ、何の問題もありませんもの」
あーーもう!わらわには後ろめたいことはない!!むしろとっとと終わらせて家に帰るとする!
「…あ その」
「?」
「ええと」
「…ちょっと、まさか。理由もなしに私を…」
「いやいや、違う!!あ、そうだ!…間違ってなければ、君はさっき不審な男と話していなかったか?」
「あ、そうだ」って。
明らかにとってつけたような言い方が気になる。
「さ、差し支えなければ、どんな会話を?」
「…その前に、私から離れていただけませんか?」
「えっ?!…あ!!ご、ごごめ」
「……はあ、全く」
なんだこいつ。さっきの勢いはどこへやら。赤くなったり青くなったり忙しい奴。
…よく見れば、アリセレスとあまり年齢が離れていない、ような?童顔なだけかもしれないが。
はじかれたように距離を取った青年は、一度身なりを整えて、きっ、と正面を向いた。
「ええと、僕の名前は、ヘルソン・プラズター。見ての通り、王立治安組織コンスタブルの人間だ。これ、一応免許」
コンスタブルは皆、眩しい青の詰襟の制服と、左肩からたすき掛けにした白の星(六芒星)の紋章入りのバンダリアを身に着けている。
ヘルソンが見せてくれた免許というのは、彼の腰のホルダーに下がった黒い銃の事。刻印が押されたその銃は、個人特有の魔法がかけられており、他人が触れてもトリガーが動かないような設定になっているらしい。…わらわの白が基調の銃にも、同じ魔法がかかっている。
「別に疑ってはいませんけど…なぜ私を?さっきも見つけたって…そう、仰いましたよね」
「あー…ええと、その」
まーた言葉を濁す。
何が言いたいんだ?こいつは。
「間違っていたらゴメン、君、もしかして…昨日、三番街でひったくり犯に遭遇しなかった?」
「?!」
「服装や雰囲気が違うけど…骨格や背丈が似ていたから」
ちょっと待て、アレとわらわを同一人物だと?
背丈や骨格だけで??
「…へえ、やるな」
「え?」
「あ、いいえ。だとしたらきっとひとちが」
「あと、その髪の特徴が同じに見える」
「!」
まさか、視覚的瞬間記憶能力という奴か。
たまにいるんだよな、こういう天賦の才を持つ奴。
「そうだとして…それが?」
「その、君は狙われるかもしれないから、気になっていたんだ」
「え?」
驚いた。
まさか、こんなことを言われるとは。
「被害者の女性は、みんな若い金髪の女性なんだ。ちょうど…今の君ほどの長さの髪で、裕福な層の令嬢ばかり」
「……」
ゾッとした。
先ほどの宣告の広場での言葉を思い出したから。
(金色の髪…そう言っていた、あいつも、昨晩見た男も)
まさか、同一人物?だとしたら…わらわは顔を見られている。この格好で、二度も声をかけられているんだぞ?いや、むしろ、だからこそわざわざ声をかけてきたのか。
「あの、すまん、大丈夫か?」
「……その話、詳しく聞かせてもらえますか?」
「!あ、ああ、勿論。ええと、他言無用でなら。と言っても、まあどうせその内詳細が新聞に載るのも時間の問題だろうけど」
「私には、それを聞く必要がありそうだ」
なら、私は本当に…連続殺人犯らしき男に狙われるかもしれない。
(これは…完全に予想外だ)
「被害に遭った女性は、二人。どちらも…ある特殊な共通点がある」
「共通点?」
込み入った話になりそうだから、と。
やってきたのはとあるコーヒー・サロン。
「…新聞が読み放題…!」
「変わったお嬢様だな、新聞が好きなのか?」
「新聞は世界の情報の源よ!」
遂に、念願の!!コーヒー・サロンにやってこられた…!!コーヒーは飲み放題で、各新聞社が全部読めるなんて夢のようだ…ッ!
ちなみにここは、二階にある壁で区切られた個室のエリアだ。大きなテーブルに椅子が四つあり、吹き抜けホールが見通せる。一階にも椅子席はほとんどなく、小さな丸テーブルが等間隔に並んでいるだけ。
紳士が仕事の合間にきて、煙草をふかしつつ珈琲と政治談議を楽しむ、そんな場所だ。そのせいか、一階のほとんど煙草の煙でかすんでるように見える。…まあ、不健康な場所ではあるが、よく目を凝らせば、ちらほらと煙草をふかしに来る女性もいるようだ。
(ふうん、煙草ねえ)
「ここは女性禁制と聞いてたけど…」
「昼間なら同伴のみ可能だよ。まあ、新聞を読みたがる女性がいないのは事実だけどな」
「そう言えばヘルソンさん…貴方は制服でしょう?職務放棄と言われるのでは?」
「これも、立派な仕事。話を続ける…女性二人はいずれも『女性』で、『金髪』、『若くて貴族の令嬢』だ」
「貴族の女性?」
「最初の一人は19歳で、伯爵家の令嬢。もう一人の女性は16歳、こちらも調べたら男爵家の長女で、絶賛家出中だった」
「爵位は関係ないのか…」
「さあ?まだ何とも…ただ、この犯人は、随分と金髪に思い入れがあるみたいで…二人とも、後ろ髪をバッサリ切り取られ、持ち去られた」
「後ろ髪を…?」
ふと、妙な胸騒ぎを覚える。
「後ろ手を縛られ、膝まづいて…皆、首を切り落とされているんだけど」
「!!」
アリセレスの処刑の記憶。
後ろの手を縛り、身動きが取れなくなった後、下を向いた状態で首筋を差し出す。髪の毛でギロチンの刃の勢いは抑制されないように、その場で髪は切り取られ、頭一つやっと入れるような穴に押し込まれる。
そして…なんだか、状況が似ているのは、偶然なんだろうか?
「……」
「あー…すまない、こういう話は女性には」
「女性だから、とか。知らない。…続きを聞かせて」
「わ、わかった。切り落とされた頭は膝の上に置かれて、目を見開いて宣告の広場の方角を見つめている。…髪は見つかっていない。僕の気のせいならいいけど、みんな…なんだかお嬢様に雰囲気が似ているんだ。だから、つい気になってしまって」
「なら、私を守ってくださるの?」
「えっ?」
お前にそれができるのか?
と、いうことを暗に聞きつつ、わらわとしては少しからかうようなニュアンスで笑ったのだけど。…耳まで赤いのはなぜだ?
「あ~…ええと、こ、こうして街に出る時くらいは…護衛を連れたほうがいいと、思う よ?」
「…まあ、それはそうかもしれませんね」
なるほど、合点がいった。
これを知っていたから、リヴィエルトは釘を刺したんだな。
「そう言えば、お嬢様、君の名前は?」
「!」
「その、嫌なら」
「…アリセレス」
「え?」
「アリセレス・ロイセントです」
「!!!じゃあ、君が噂の陛下のお気に入りのご令嬢?!!」
「お気に入り…まあ、否定はしませんけど」
ちょっと、心外だ。
好き好んでお気に入られているわけじゃないやい!
「そんなお嬢様が何で昼間っから護衛もつけずにうろうろしてるんだ?!」
「…私は他のご令嬢と違って、神学校にもアカデミーにも行っていません。個人で事業も手掛けているし、一人で行動する方が気楽な場合もあるんです」
そう、常にわらわの周りには人がいる。
いや、有難いんだけど!!
「どんな高慢ちきな悪女かと思ったけど…」
「失礼な人ですね?!」
「ゴ、ゴメン!いや、想像と違って。驚いた!」
「想像…っ」
くそう、世間では一体わらわはどうみられているんだ…!!あ~…すまん、アリスよ。いつの間にかわらわは悪女認定されているらしい。
「ちなみに、次の犠牲者の目星とか、犯人の情報とかは?」
「…残念ながら。まあ、頭を切り落とした際の傷口が綺麗で手慣れている、位しか」
「そう…」
少し思案を巡らせる。
もし、本当にわらわ…というか、アリセレス・ロイセントが狙われる理由があるとして、命を狙う程憎む奴はいるのだろうか?
「憎しみ、じゃなくて…別の感情」
「?なに?」
「いや、なぜ金髪を切り落とすのかと思って」
「…現実的な観点なら、首を切り落とす際に邪魔になるからだろうと言われているが…」
「邪魔という理由ならその辺に棄てておけばいいのに、それをしないで持ち去っていくのだとしたら、それは犯人にとって、大事なものになるのでは?」
「誰だって、ゴミなら棄てるけど、宝物は大事にしまっておきたいもの。…そういうことか?」
「ええ。だって、それが万が一見つかったら、すぐに犯人と特定されてしまうでしょう?そんなリスクあるもの、私なら手放す」
「じゃあ、戦利品…もしくは記念品?とかそういうシンボル的な物、か?」
「そうなると、もう、推理小説の類の域です。…でも、ある一つの可能性を思いつきました」
「可能性…?」
『宣告の広場』、『髪を切り落とす』、『跪いた姿勢』。ついでに、美しい切り口の頭。
この三つを合わせると、ある言葉が連想される。
「公開処刑…つまり、これが一種の『処刑』行為だとして、今、この時代で最も忘れ去られていつ職業が一つ、ありますね」
「え?」
「…公開処刑の際、貴族階級の罪人を確実に切り落とす。赤い矢じりの紋章を着た特殊な存在」
「あ…まさか」
「そう。『処刑執行人』です」




