2 枯れ魔女さん、アリセレスを思う
ここで記憶をたどってみよう。
彼女の名前はアリセレス・エル・ロイセント。年齢は…20歳だった。
レスカーラ王国にて、一番上の爵位、公爵家の長女だ。ロイセント公爵家は、レスカーラでも確固たる地位を持つ名家。そして、生まれてくる嫡子は必ず黄金の髪を持っているという。
女性だろうが例外はなく、それはアリセレスにも顕現した。
しかし、アリセレスは、祝福されなかった。…なぜなら、彼女の両親である公爵と夫人は仲が悪かったから。
母親は病気がちで、アリセレスと接触がない。父親である公爵閣下は、公爵としての仕事をこなす多忙な日々で、娘と妻には一切関心がなかったのだ。まあ、周囲が公認している愛人の存在が大きいだろうが。
だが、血統の力は強力だ。7歳の頃、アリセレスと第一王子・リヴィエルトとの婚約は自然の流れで決まった。
そして…8歳、母親は死別。
けれど、アリセレスは一度も涙を流さなかった。
(泣いちゃダメ。私はロイセント家の長女だもん!!)
理由が何であれ、母親の死を泣かない8歳の子供を、父親は不快に思った。
それから…父との仲は更に険悪になった。それでも、嫡子だからと彼女は作法も勉強も、後継教育も全て血のにじむような努力を続け、誰もが認める立派な淑女になっていった。
所が、ある出来事からアリセレスの立場は更に苦しくなる。
公爵が、長年愛人関係だった子爵家の娘とその間にできた子供を公爵家に迎え入れてしまった。それが、非業な運命の始まりだった。
(だめ…一人は嫌。そうだわ、もっとわがままを言って、勉強を頑張って…そしたら)
元々愛されたことのない彼女は…やり方を知るはずがない。
父親や、離れていく使用人達に振り向いてもらうべく傲慢に振る舞ってしまう。反対に新しくやってきたメロウは、その愛らしい(笑い)外見を武器に、愛嬌を振りまきまくり、更にアリセレスを追いこんでいく。
結果、父に嫌われ、使用人には疎まれ、後からやってきた後妻親子によってその場所を奪われるのは時間の問題になった。
ひいき目かもしれんが、わらわにしてみればこのアリセレスの方がよほど美人だし、生まれながらに漂う高貴なオーラを感じる。
しかし、昨今の若造は、10人並みの容姿に、無駄に愛想と笑顔で塗りたくった黒髪ストレートが好みらしい。まあ、瞳の色は父親譲りで、アリセレスと同じバラ色の瞳。これは褒めてやらんこともないが…それにも勝る性格がなあ。
「もっとやりようがあったろうになあ、アリセレス…」
おっと、脱線したわ。
とにかく、妹とまるで正反対な強い孤独の中、唯一、子供のころから決まっていた王子・リヴィエルトとの婚約は彼女にとっては心の支えだったらしい。
しかし…状況は悪い方悪い方へと進んでいく。ある事件がきっかけで、メロウはアリセレスからすべてを奪うことに成功してしまったのだ。
「ねえ、アリス姉さま、その首飾り、私もほしい!」
「…これはダメ。お母さまからもらった大切な物なの」
それが起こったのは、アリセレスが12歳の頃の出来事。
アリセレスが身に着けていた銀色の花のネックレスを羨ましがったメロウが、階段を上っている彼女を後ろから追いかけて来た。
「えー、いいじゃない。ちょっとくらい見せてくれても」
「ダメだってば!」
この時既にアリセレスはメロウに色々なものを奪われていた。
最初は小さなおもちゃの指輪から始まり、ぬいぐるみ、お気に入りのドレス、亡くなった母親からもらったブレスレット。
徐々にエスカレートしてきて、彼女は必死だった。
自分の大切な物を守るために。
「あんたはいつもそうやって私の大事なものを盗んでいくじゃない!!」
「そんな…!私、盗んでなんかいないわ!」
「何の騒ぎだ?」
「お父様…メロウがこのネックレスを」
ぎゅっとネックレスを握りしめたアリセレスの手は、父の手によって払われた。
「たかがネックレスのひとつ位、いいだろう?お前はメロウより良いものをたくさん持ってるじゃないか」
「…そんな、だって、これは」
いつもお母様がいつも身に着けていたのに。
そんなたった一言さえ、父には届かなかった。
「ひどい、お姉さま!私のこと泥棒呼ばわりしたの…!」
「え?」
「…なんと、アリセレス!」
思いもよらぬ一言だった。
「…そんなこと、言ってない!」
「ひどい!!うわあああん!」
「ちょっと、メロウ!!」
もう、手遅れだった。
メロウの泣き声に周りの使用人や母親もやってきて、ちょっとした騒ぎになった。どうすることもできず、その場から逃げ出そうと階段を上ったアリセレスに、メロウは追いすがってきたのだ。
反射的に、掴まれた腕を払おうとして…メロウは階段から転がり落ちた。
「きゃああ!!」
「メロウ!!」
そして、足が不自由となってしまったのだ。
けれども、アリセレスは知っている。
メロウがにやにやと笑みを浮かべて落ちていく姿を。
「ううん、私が悪いの。お姉さまの嫌がることをしたから…罰が当たっちゃったのね」
「…メロウの嘘つき!!あんた笑って…」
「いい加減にしろ!!!」
「…あっ」
ぱん、と乾いた音が響く。勢いで飛ばされたアリセレスを助ける者は誰もいなかった。
そこからもう…後は堕ちるだけ。
心の支えだったリヴィエルトはメロウに同情し、二人は仲を深めていく。
処刑の原因となった『継母の殺人未遂』も、メロウが主張する嫌がらせの数々も…全部が公認の事実となり、アリセレスがいくら無実を叫んでも、信じるものはいなくなった。
大事なものも、綺麗なものも、メロウが一番。
それが…アリセレス・エル・ロイセントの生涯だった。
**
「…自分が体験していないにしても、この映像を見るのは辛いな」
わらわは閉じていた瞳を開き、現在に視点を合わせる。
そして、カレンダーの日付を見て…ため息をつく。
「黄金暦…234年、山羊の月の21日。…234年、ねえ」
結論から言うと、暦上では今、わらわがいた場所からざっくり40年?位前ということになる。40年も前となるとわらわは…えっと、114歳。おお、若い!!… …いや、そうでもないか。
魔女時代、わらわの日課は知識収集と称して人間たちの新聞を読むことだったから、日付と年代に間違いはないだろう。
そして、残念なお知らせが。
「わらわのいた時代に…レスカーラ王国など、存在していない…」
つまり、この国は40年後の歴史書には跡形もなく、消え失せているということだ。
滅びた理由は思い出せないのが悔しいが、原因として考えられるのは『偶然ではなく故意に偶発的に起きた』のだろう。
「と、なれば…この国の滅亡はあのメロウのせいかもしれんな…」
今までのメロウの言動をアリセレスごしに見て、すべてをつなぎ合わせると、一つの結論が出る。
どうやら、残念ながら…妹のメロウは『害ある住人』達の使いかもしれない、ということだ。
恐らくメロウの標的はアリセレス。奴らは最も近しい者の元に遣わし、対象を破滅へと導くという。まともな人間は一人の人生を丸ごと狂わせられるのは難しい、…少なからず良心というものがあるから。
しかし、『害ある住人』共が絡んでいるとしたら、話は変わる。彼女の処刑のその後の世界は見るも悲惨な結果となっただろう。悪魔の契約は遂行され、国は傾き、そして、滅亡した。
つまり、メロウの存在と、アリセレスの処刑はレスカーラという国の滅亡確定要素になる。
「…いいのか、悪いのか。偶然か、必然か。それとも運命か」
わらわがここにいる以上、奴らの目的を阻止することになる。わらわの標的はメロウだからな。
開いた窓から、爽やかな風が吹き込んできた。
うむ、いい風。
そう言えば…この辺りの頃のわらわは、少しだけ人との接触があった。この国に、数少ない友人がいたのだ。
「まあ、この姿では会うのは…無理か」
少しだけ郷愁のようなものを感じ、ため息をつく。
だ、ダメだ考えすぎはいかん。少しくらくらする…。
「ふう、とりあえずは…メロウの動向に注視するとしようか」
にしても…記憶の中にあったアリセレスの元婚約者の顔。
思い出すだけでもイライラが止まらない。そう、わらわの天敵にそっくりなのだ。
が…わらわの時代、逆算しても、彼が生れているわけはないので本人ではない。となると、血縁者となるのか?まさかのあのリヴィ何とか王子とメロウの子供とかだったりして…こわっ。
と、とにかくわらわの『復讐』は、絶対に成就しない。でも、それでよかったかもしれないな。
「しかし、義妹はいいとして、あの元婚約を一発ぶん殴る、か…」
元婚約者。…あいつはこの国の王子様。
つまりは、ロイヤリスト、王家の絶対的権力というバカ高い壁に守れているわけである。そんな王子を理由もなくぶん殴るとなると…王家侮辱罪だのでまた処刑台に行くことになってしまう。
それは避けたい…。
「まあ…今アリセレスは7歳になったばかり。一応あの王子との婚約話は確定ではない。まだ、猶予はある」
わらわには、魔女の時に培った薬剤の知識と経験がある。それに…アリセレスのおかげで失った魔力の半分を持っているし、生死の番人の力も残っているようだ。
「手始めに…母君を回復させるとしようか。わらわは運命だのなんだのに媚びは売らない、好きにやらせてもらうさ」
まずは、すべての始まりのきっかけ『メロウ』がやってくるまでに対策を練る、ということだろう。公爵が妾を連れてくるにしても、母君が生きているのと、そうではないのでは状況は変わるはず。
確かな手ごたえを感じて、わらわは頷いた。
しかし…わらわはまだ気が付いていなかった。このアリセレスの身体には、まるで予想だにしなかったある特殊な『ギフト』が贈られているということを。
しばらくストックがあるので、毎日更新予定です。見て頂けたら嬉しいです!