35 今夜も眠れない
「なんだかアリス、ご機嫌だな」
「そう見える?]
「うん、何かあった?」
「今日はちょっといいことがあったのだ」
「ふうん?それにしても…」
キルケはちらりとわらわの髪を見た。
現在時刻は夜23時を回ったところ…本来ならば、いつものハンター・スタイルで街を繰り出すが、今日はサルーンにはいかずに、繁華街の手前の場所に向かって歩いている。
「髪の色…わざわざ染めなくても」
「ん―…まあ、どうも金髪は危険らしくて…今日の依頼者だって、万が一ロイセントの令嬢の顔を知っていたら色々と面倒だし。ある意味、予防対策という奴だ」
ここ数日で男性二人に金髪について注意をされてしまった。…しかも、一人は国王陛下で、もう一人は現役警察とくれば…ただ事ではあるまい。
なので、いつもは三つ編みを更に団子にしたワンテールスタイルが多いのだが、今日はその髪色を染子で黒くしてお下げにした。個人的には…ちょっと異国風で楽しいのだが、キルケは不満そうだった。
「…野郎二人の忠告を聞くっていうのがなあ」
「その野郎ども二人が普通じゃないからな」
あまりにもぶつぶつ言うので、もう放っておくことにした。
そんな凝った変装までして準備をして向かっているのは…先日、アポイントをキャンセルした例の睡眠不足の依頼主が待つ、とあるレストランだ。場所と時間を指定し直接話したいと連絡があったのだ。
「どうやら、どこぞの貴族の令嬢らしいな、この依頼主」
「貴族の令嬢様ねえ…お供とかつけてるのかな?」
「さあ?…それはいいが、なんでキルケまで一緒に来る?」
「え、だって、俺ら相棒じゃん!」
そうなのか?いや、そうだったのか??そうだっけ…???
あまりにも当然、みたいな口ぶりで言うものだから、わらわの記憶がおかしくなったのかと思ったわ。
「まあ、いいけど」
「うんうん。まあ、いいだろ?…だって、こうでもしないと普段から逢えないじゃないか…」
「ん?」
「いや。…そうだ、これ造ってみたんだけど、どう?」
そう言ってキルケが見せてくれたのは…腰につける革製のシェルポーチ。大きさは両手の平に収まるサイズで、二本のベルトループ、側面には二つのスロットルが付いている。金具を使わず、ボタンは紐で括り付けるタイプのもので、底は三センチほど。銃の弾丸のストックを入れるのに丁度いいサイズだった。
「…おお、使いやすそうな上に可愛らしいデザインだ!…まさかキルケが造ったの?!」
「うん。それが俺の仕事だし…前、アリスの銃を見せてもらったろ?今度はホルダーも作ってみるよ」
「すごい!よかった、いつもウェストポーチを付けていたけど…使い勝手があまりよくなかったんだよな。ありがとう!いくらだ?」
「え?!いやいや、プレゼントだよ!…その、ずっと、アリスの誕生日プレゼントあげてなかったし」
確かにわらわ…というか、アリセレスが誕生日を迎えたばかりだが、なんでまた。
「気にしなくていいのに…」
「だって、そのピアス…」
キルケは何かもごもご言いながら、ちらりと耳元で揺れる薔薇のピアスを見る。
「ん?」
「な、なんでもない!ほら行くよ!時間に遅れる!」
「あ、大変だ…行かないと」
なんだか今日のキルケは随分歯切れが悪いな?
まあ、何はともあれ指定された場所に行かないと。場所は中心部で唯一遅くまでやっている大衆向けのナイトバーだった。
ここは、未成年にも厳しい上等なアルコールばかりが置いていて、わらわはもう少し大人にならないと来れないような場所。となると、相手の令嬢とやらは成人済みか?
「お客様。本日は…」
「待ち合わせ。…3番テーブル」
「お待ちしておりました」
入り口に立っていたドアマンはちらりとキルケを見る。
「あ、もしかしてドレス・コードが必要?」
「いいえ、そのような」
「なら、これで」
「!」
ピン、とキルケが何かを指ではじくと、キラキラした金貨がドアマンの内ポケットに収納される。
「お努めご苦労様」
「…かしこまりました。席までご案内します」
にっこりと笑ってそのままわらわと並んで店に入る。
…随分手馴れているな、こいつ。
「いつもやってるの?…ああいうの」
「俺、ドレスコードでもタイとかリボンとか首に結ぶものが嫌いなんだ」
言われてみれば…キルケは男性の流行であるジャケットよりも、ロングブラウス&コートの組み合わせが多い。
「レジュアンでは、割とこういう長い袍っぽい服装が多いし、あちらの正装もこっちみたいなかちっとしたデザインじゃないんだよな」
「確かにレスカーラは基本的にジェントルスタイルが多い…国民性?」
「まあ、反面教師ってやつじゃない?気温高めだし、向こう」
「なるほど…」
そんな話をして店に入ると…。この店は、いわゆる『貴族様御用達』な場所のようで、一席ずつ壁で仕切られた半個室のような内装だった。テーブルにはそれぞれ白い布がかかっていて、中をのぞくの難しく、これまた全体的に照明が暗めに設定されているので、内緒話にはうってつけだな。
「こちらでございます」
「ありがとう」
案内された3番テーブルには既に一人の貴婦人?らしき女性が座っていた。
「…眠れないあなたへ」
「!ファントム・ハンター…ジェンド・ウィッチ?」
「ええ。依頼主はあなた ね」
…ちょっと語尾がおかしな発音になってしまった。え。だって、この女性は。
「ええ。よろしく。そちらは?」
「助手です!」
「…わかったわ。どうしたの?」
「あ いや ウン…」
依頼主、だよな?!
その令嬢は、亜麻色の髪をきちんとひとまとめにした紫の瞳の女性。上品なマーメイドラインのデコルテスタイルのドレスは、清楚な雰囲気の彼女にぴったりだ。
…そう、亜麻色に、紫色の瞳。それは、昼間に一度会った彼女ではないだろうか。
え?!あれ、姉妹?もしくはそっくりさん??いやいやいや。ええ?!!
「あなた達、お酒は?」
「あ?!いや…し、仕事中には飲まないことにしているので」
「そう。なら、適当なものを頼んで…ノンアルコールの炭酸水でも頼もうかしら」
(これは間違いなく…)
きりっとした目つきでこちらを探るように見る、ニカレア・ハーシュレイ…。
昼間見た姿が完全ある『オフ』だとすると今の姿は、王宮で遭遇したいわゆる『オン』状態のニカレアだろう。
(こ。これはまずいのでは)
まさか、こんなところで今日付けで友達になったばかりのニカレアに会うなんて!!
何がまずいって、未成年がこんな時間にこんな店にいるのは…元より、わらわの正体がバレても大変だろう?!
は!!ここで、ある一つの可能性を考える。もしや、彼女は最初からわらわの存在を知ったうえで依頼を指名してきたのでは?!ということだが…。
「ふうん。あなたが…フォントム・ハントで数少ない女性のハンターなの」
「…まあ」
この懐疑的な目。…多分、いや絶対気付いてない。
わらわのぎこちない様子を察してか、耳元でキルケがささやく。
「ウィッチ、知っている人?」
「…うん」
「え?それまずいじゃん」
だからそう言ってるだろうに。いや、口に出していないか…。
「…こほん。なぜ私を?」
「貴方が女性だから。…それに、4人しかいない女性ハンターの一人だし」
あ、以外とジェンド・ウィッチはその筋では有名なのか。
ちなみに、わらわ以外の女性というのは、一人は年配の熟練ハンターで、一人は年上のちょっと頭がおかしい女王様タイプの男好き、もう一人は何でもかんでも力づくで解決する男みたいな女性のハンターだ。…見事に個性的で、かつ変人が集まる集団である。
まあ、他の三人に比べたら…貴族の令嬢にとっての最善の選択はジェンド・ウィッチだろう。
「それはありがたい。では、依頼内容は?不眠の悪魔、というお話しでしたが」
「ええ、そうよ…眠ろうとすると、悪夢を見る」
「悪夢?」
こういうパターンは、大体が不眠の正体が自分の中にある場合か、もしくは生霊のような存在の場合と二つある。
「それはいつから?」
「そうね、ここ半年くらい…」
「どんな夢ですか?」
昼間とは全く違った暗い表情でニカレアはうつむいた。
「そこは、周りは瓦礫に囲まれていて、倒壊した建物の中だったわ」
「瓦礫…?」
「何か…火薬のような不快なにおいが充満していて…私はそこを歩くの」
「火薬…貴方の姿はどんな?」
「私は私のまま。…でも、歩いた先に、一人の女性が倒れているの」
「女性は…どういった姿?」
「私と同じ髪の色で、瞳の色で…今の私よりも年齢が上で、やそほそった女性が血まみれで倒れていて…そこに、たくさんのカラスが」
「ストップ!」
「!!」
ぱん!と大きな音を出して両手を合わせると…ニカレアは正気に戻ったようだ。
「ただの夢です。そうでしょう?」
「…でも。眠ると、その夢を延々と見続けているの…だから」
「怖くて眠れなくなった?」
「……そう」
(これは厄介だな…)
「悪夢を見せる存在は…二つあります」
「……二つ?」
「一つは悪魔…オカルト風に言うなら、『害ある者』達。これであれば、退治すれば済む話ですが、厄介なのは二つ目…本人の精神的な問題です。現実的な答えでありますが」
「それは、否定できないけれど…」
「悪魔達、害ある者達は、人間に対して怠惰の象徴である深い睡眠を促すもの。つまり、連中からしてみれば、対象者を眠らせない、何てのは非効率なんです」
「そ、そういうモノなの?」
「ええ。なので、本当に悪魔の仕業であれば、速攻あなたを眠りにいざなう甘美で魅力的な夢を見せるはず、ですが…聞いていると」
『悪魔』は、自分の存在を誇示したるものだが、今回はどうも奴ららしくない。
「何か、その夢を見るきっかけになったようなものに心当たりは?」
「わかれば、苦労しないわ」
「……」
と、なれば…夢がカギになるのか?
それとも。
「…最近、何か窮屈に感じたり、周りの環境が息苦しいと感じたことはありませんか?」
「!…ある、けど」
昼間のニカレアは、どこか思い詰めていたように思える。
…当然だろう。ニカレアを見えない力で支配していた、厳格ババアのプレッシャーはさることながら、あの他の婚約者連中を日々相手にしているんだ。
ストレスも溜まるよなあ。
「どうして、貴方にそんなことがわかるの?」
「何となく…です」
「そう…すごいわね」
イヤー…謀らずとも、事前調査が万全だったからなぁあ…。
あ、なんかキルケが言いたそうな目をしている。ほっとけ。
「…あ、そう言えば」
「え?」
「これ…」
そう言ってニカレアがハンドバックから取り出したのは、目が覚めるようなベルベットブルーの小さな袋だった。なんだろう、この色…すごく最近どこかで見た。
「それは?」
「眠れないこと、知り合いの令嬢に相談したら、いただいたのだけど…考えてみれば、これをもらった日から、夢を見るようになったかもしれない…」
「令嬢、ねえ」
あ、思い出した、この色。…メロウだ。
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