33 人は見かけによらない、というのに
「美味しかった!」
店に出て、すぐにぐっと伸びをする。
思わぬところで時間をとらえたわらわは、あの小さな教会を後にし、近くの店で少し遅いランチタイムを迎えた。
「魚介のソテー、バターが効いてて美味しかった…。コンソメスープも美味だったなあ」
「あの店は、メイド仲間たちの間でも有名なお店なんです!店主の方が女性で、結構な老舗なんです」
「うん。レナがいれば、私が何もしなくても、おいしいものの情報が手に入るから助かる」
「お役に立てて何よりです!」
さて、おいしいランチで腹も満たされたし。
ひとまず本屋に行って…それからコーヒーを買いに行こうか?
こういう、何も用事のない日曜日というのは、それだけでわくわくするから不思議だ。馬車を乗らずに人ごみに紛れながらレンガ街の三番街に向かって歩く。この辺は、中心部よりもやや外れた場所で、静かなカフェや美術館が並ぶ文化的なエリアである。
等間隔に並べられ街路樹は、秋になると黄金の葉を散らし、見る人の目も楽しませる。ただ、まだ若干残暑が残る今の時期は、色が変わり始めてはいるもの、いまだ紅葉していない。緑と黄色のグラデーションが綺麗で、この景色を見るには馬車では楽しめないのだ。
「さすが日曜日…お嬢様、やはり馬車に乗った方が…」
「大丈夫だよ。いざとなってもどうにでも対処できるから」
「…ですが」
全く、心配性なやつ。
わらわをそんじょそこらのご令嬢達と一緒にしないでほしい。
一応『隠れハンター』である以上、体力というのはとても重要である。とはいえ、物語のスーパースターのように屋根を飛んだり跳ねたりはできないし、魔女と言えどほうきで空を移動することはしない。逃げ惑う悪魔や亡霊どもを追うのは自分の足だったり、車などの移動手段だったり…まあ、自動車には乗れない…こともないが、法的にアウトなので無理はしない。
結局信じるのは自分の力のみ、なので毎朝のジョギングと鞭と銃の練習は欠かさないのだ。…実は、ノーザン・クロスの邸の地下の倉庫を改良して、訓練室にしている。まあ、未来の自分のための投資ということで、かつてのダーチェス・オブ・ロイセントも許してくれるだろう。
…などと、高をくくっていると。
「きゃーーー返して!!!ドロボーよ!!!」
絹を裂くような悲鳴とはこのこと。
遥か前方の方に、女性の悲鳴がこだました。道行く人が全員振り返る。…勿論わらわも。
「どけどけ!!」
見れば。ありきたりな暴言を吐きながら、手には黒色のバッグをしっかりと大事そうに抱え、周囲の人間に体当たりをかまして突進してくる男が一人。
おお、さすが文化エリアを歩く人間は、皆力仕事とは無縁そうな文化系の紳士淑女…眼鏡女子にに年配の夫婦にひょろっとした草食系男子ばかり。立ち向かうどころか右往左往して逃げ惑っている。…なるほど、それがわかってあの男は昼間のこの時間を狙ったのか?
「危ない!!」
「よけてぇ!」
色々な悲鳴じみた声があちこちから聞こえる。いやいや、わらわの心配より、ひったくられた盗難物の心配をするべきだろうに?
「…なんか、こういうのが前もあったような。そんなにひ弱に見えるのか」
案の定、男はこいつなら突破できる的な目をしてにやりと笑った。
目を見て一度ため息をつくと、わらわは持っていた杖を構え、男の前に立ちはだかる。
「どけな!ねーーちゃん!」
「嫌だね」
よーし、来い。ニヤリと笑って腰を低くして構えようとした、その瞬間。
「ひったくりは犯罪だぁああ!!!」
「ぎゃーー!」
「……っと、ん?」
わらわが華麗な杖術で撃退…しようとしたのに、なぜかそいつは横に吹っ飛んだ。
…ひらひらと帽子が目の前に落ちて来たので、それをキャッチした。
「ふう!危ない危ない!おけがはありませんか?!」
「……」
「あ、恐怖で声も出ない、ですか?もう大丈夫です」
「………ああ、べつに」
なんだこいつ。
恐怖で声を出ない、とか勝手に決めつけた男性は…年齢はまあ、わらわより上なのは間違いない。くるくるの天然パーマであろうオレンジ頭の青年で、グレーのジャケットと、白いブラウスを着ていて、ジャケットの隙間から立派な胸板とサスベンダーが見え、結構身体はがっちりしてる。
(…もしや、軍関係者及び、非番のコンスタブルか)
もし非番の王立警察なら、ご苦労なことである。
わらわは持っていた帽子を手渡そうとして…ばちっと目があった。穴が開くほど見るとはこういうことか。
「…なにか?」
「あ、いえ。…その、一度どこかでお会いしませんでしたか?」
「……そういうセリフを平然と吐くような方とは、かかわりを持たないようにしているので」
「あ!!い、いやその!!そうじゃなくて!!そんな軽薄な…えと、その」
使い古された軟派の上等句…なのか?
顔を真っ赤にして随分と慌てているように見えるが。…おっと。
「逃がさない」
「ぎゃあ!?」
隙を見てそろりそろりと匍匐前進で歩いていた男の背中を靴のかかとで思い切り踏みつけた。それに気が付いたオレンジ頭は慌てて手錠を取り出し男の手首にはめる。
「よし!至急応援を!」
あ、トランシーバー。
…実はあれの初期設計図はわらわだったりする。拡声器の小型バージョンだ。
ふふふ。良い顧客だな。
すると、向こうから鞄をひったくられた令嬢がやってきた。…あ、丸い眼鏡がかわいい。
「すみません!!ありがとうございま…嘘」
「え?」
「アンノーブル・ドリーム・レディ…」
その名を知っているのは、どこぞの貴族??
うるさいな、という思いとけん制の意味を込めてにらみつけて…はっとなる。
「まさか、ニカリア・ハーシュレイ…」
亜麻色の髪に、紫色の瞳のおとなしそうな令嬢。王宮でしか見たことがないので、こういう場面で会うとは予想外。…国王陛下の王妃候補の一人。ハーシュレイ令嬢だった。…て、いうか。その、手に持っている本!!
「なぜ、ここに」
「『魔法道具の秘密とその緻密な設計図の美しさ』!!」
「え?」
ババッと駆け寄り、手に持っている本をまじまじと見る。やはりそうだ、コレ、ずっと探していた本!
「本の装丁も最高だし、タイトルも分かりやすくて良い。中身も絵が多くて研究のし甲斐がある!廃版なんて悲しすぎる…!これどこで?!」
「あ、えっと…そこの角にある古本屋さん…ですけど」
「古本か!!あ―――その可能性を忘れていた!うーん、どうせなら新品が欲しいからと、新刊でばかり探していたから…」
は!!
しまった。つい、うれしくて…本性が。
思った通り、ニカレアはぽかん、と口を開けて静止し、やがて小さく笑った。
「ふふ、ふふふ…!陛下の想い人ににこんな一面があったなんて!」
「…私も、一人の人間ですので。…それで!そこのオレンジ頭!」
「あ、はい」
「さっさと取り調べやら、逮捕なりして荷物を令嬢にお返しなさい!」
せめて毅然とした態度を、と思ったのに、オレンジ頭はなんだか締まりのない顔で笑っている。
「おおせのままに、ご令嬢。あ、でもあなた達は被害者なので、ご心配はありません。このまま帰っていただいて」
「…わかりましたわ、この度はご協力、誠にありがとうございます」
ぺこりと律儀に頭を下げるニカレアを見習って、わらわも小さく会釈する。
「あ、ご令嬢。差し出がましいかもしれませんが…金色の髪は、あまり目立たないほうが良いです」
「え?…この、髪?なぜ?」
いつもは完全にアップにしているが、今日は休日なので、髪はおろしたままだった。
「あまりに美しいからです」
「…ああ、そう」
真面目な顔してそう言われても。
冗談なのかそうじゃないのか。しかし…一つ、思い当たることがある。
「金色の髪について忠告されたのはあなたで二人目です」
「え?」
「コンスタブルの方ですよね?…金色の髪に気をつけろ、と以前もある人にありがたくもご忠告いただきましたので、少し気になって」
「…あー、お嬢さんが綺麗だからですよ、きっと。では!」
「……ふうん」
だから、それが胡散臭いんだっての。逃げたな、あのオレンジ頭。…まあいい、独自で調べてみる方がいいかもしれない。
「あの、アリセレス様」
「!はい?」
「良ければ、この後ご一緒にお茶でもいかが?」
「…え?」
ニカレアはそう言って、持っていた本をさっと目の前に出した。
「あなたとは楽しいお話ができそうです!…ご迷惑、でしたか?」
「いいえ。私からもぜひ、お願いしたいわ」
この娘、同じ種類のにおいを感じる。わらわは二つ返事で頷いた。
***
「…ったく、非番に無駄な仕事をさせないでくれ」
ずるずるとひったくり犯を引きずり、近くの街灯に寄り掛かる。この辺は煙草を吸うのは許可されているエリアなので、懐からジッポライターを取り出し、持っていた煙草に火をつける。
ふっと息を吐くと、煙が空に消え、緑から金色になりかけている街路樹が目に留まる。
(金髪の…あんな美女、いや美少女?一度見たら忘れないと思うんだけどなあ)
でも、どこかで見たことがあるような気がするが、思い出せない。
「いかん、すぐ考え込んでしまうのはやめろって、セイトン室長にも言われてたんだっけ」
煙草を一本すい終わったころ、タイミングよく向こうから青い制服のコンスタブルがこちらに向かって走ってきた。
「プラズター警部補!」
「来たか。こいつ、よろしく」
ひったくり犯を突き出すと、部下たちがそれを引き取った。
「…この辺に異常は?」
「はい!不審者などは特に…ただ」
「ただ?」
部下の一人がすっと身体を縮こませ、声を潜めて話す。
「情報ですが…どうも、5番街の売春宿に住む、若い娘が先日行方不明になったみたいで」
「売春宿からの逃走はない話でもないだろ?」
「それが…ある日突然煙のように蒸発したみたいで。もう2日音沙汰ないそうです」
「…髪の色は?」
「金色です…と言っても、今売春婦の間で金色の髪に染めるのが流行しているみたいで」
「流行、ねえ。なんだってまた」
「どうやら、ある高名な貴族の令嬢が黄金の髪らしく…えーと、何だっけ?」
先輩部下が、後輩の救いの視線を向ける。
「はい!国王陛下のプロポーズを蹴り続ける悪女でアンノンぶ?…ええと」
そう言えば、先ほど聞いた、聞きなれない言葉。
「アンノーブル・ドリーム・レディ」
「!!それです!!」
「ああー…」
大きくため息をつくと、持っていた煙草を手で握りつぶした。
「さっきの女性…名前、聞いとけばよかった」
評価&ブックマークありがとうございます!精進します!<(_ _)>




