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31 国王陛下の悩み事


落ち着いた日の当たりの良いサルーンに置かれた、円形のテーブルにはわらわの好きな物ばかりがずらりと並んでいる。

焼き立てのスコーンの香りが鼻をくすぐり、同時に薫る香りのよい柑橘系の茶葉。美しい茶器と開かれた窓からは暖かい風がそよそよと流れ、ガラス張りの天井から差し込む陽光は周りにある木々にさえぎられ、程よいくらい。

そして、今話題のパッションフルーツのエンジェルリングゼリーが目の前にある。フルフルした側面をスプーンですくい、口に運ぶと、甘酸っぱい香りと風味がパッと広がる。


(おいしい…!)


「きみが嬉しそうな顔をしているのを見ているときが一番楽しい」

「!…し、失礼しました…」

「いいんだ、君の好きなものをそろえたつもりだから、喜んでもらえてよかった」

「良く、ご存じで」

「アリスが思うより、私は君についてよく知っているつもりだ」


(それは否定できない…)


考えてみれば、経緯はどうあれ、リヴィエルトとの付き合いも長い。

最初はこの顔が得意ではなかったが、今は大分見方も変わった。…彼は彼で、こいつはこいつなのだ。それを混同するのは失礼だ。…幼馴染、とはこういものか。


「…執務がお忙しいのに、毎月お時間をくださるなんて、大変でしょう」

「いや、むしろこれがあるから頑張れるんだ。とても楽しみにしているよ」


おう…。

この笑顔は心底の笑顔で、作り笑いではない…。それくらいの区別はわらわでもできるのだ。


「それより、君は?…最近は事業の成功しているようだね」

「?!!」


おっとっと。危うくせっかくのスコーンを吐き出すところだった。

あ、魔道具の方だよね、うん。


「は、はい…需要も増えてますし。何かしらの形でこの国に貢献できれば、と思いますわ」

「もっと簡単に国に貢献できる方法があるのに」

「まあ、それは存じませんわ」


だ、だめだ。年々こいつの執着が増しているような。

いやいや、それより。


「…それより、最近巷は物騒のようですね」

「ああ。君も見たのか?例の記事」

「はい。新聞に書いてある程度ですが…」

「……そうだね。事件もそうだけど、西の対岸が少しキナ臭い。国境付近の鉱石場と移民関係の問題も増えつつあるし…」

「西…というと」

「そう、ローランだ」


実は最近、山の鉱脈が尽き始めているのでは、という意見がよく聞かれる。

実証はできないものの、そう言ったうわさが流れる原因は鉱石の全般的な値上がりだろう。

それもそのはず、周辺国家では共同で鉄道の開発が進んでいると聞く。鉄に必要な鉱石の多くはこのレスカーラで採れたものばかり。需要量が膨大すぎるため、色々な国が競合するにあたり、必然的にこちらも値段を上げざるを得ない。

そうなるとそのほかの石の価値が下がるのが普通だが、需要がゼロではない。しかしそもそもの生産量と供給が減り、必然的に全体的な値段が上がってしまう。


「鉄鉱石とその他の鉱石の生産バランスが狂い始めたから…ですね」


一獲千金を狙った労働者たちが新たな鉱石場を詮索しに西側に行き…結果、国境の境界線では小さな小競り合いが起きているらしいのだ。

実際、そうした社会不安は、オカルトブームの引き金になっているかもしれない。


「さすが、ロイセント家の令嬢となると、その辺の事情にも通じている」

「それは、ほめてますか?」

「勿論。女性は政治に関わらない、などという輩はまだいるが、…これからはきっとそうもいかないだろうしね…なに?」

「え?」

「今、少し笑っただろう?」


そうか?それは無意識かもしれないな。

…立派な王君となられたものだ。


「いいえ。この国の未来は明るいかもしれない、と思いまして」

「…何より、君にそう言ってもらえるのは、うれしいな」


ざわざわと、穏やかな時間が過ぎる。

そう、穏やかな…、おなかも満たされて、静かで、ゆっくりとしていて…眠くなる。


(しまった…昨晩遅かったし、キルケと会ってはしゃぎ過ぎたか)


ああ、だめだ。瞼と瞼が… … ‥ ‥





「……」

「アリス?」

「……すー」

「…眠ったの?」


見れば、アリセレスはこくこく、と揺れている。突如ぐらりと後方に倒れそうになったので、慌てて駆け寄った。


「…っと」


がし、と頭を支えると、そっとおこし、近くに待機していた従者に椅子を持ってくるように無言で指示をする。


「陛下…」

「いや、いい。そのままで。…みな鍵は閉めて、退出するように」

「え?!そ、それは」

「…私も一緒に休むから」

「か、かしこまりました。ですが、扉を閉めるとなると…その」


2人きりではないとはいえ、未婚の男女が締め切った部屋にいるというのは、あまりいいことではない。なので入り口の扉を少し開けておくのがマナーだ。


「言わせておけばいい。…もうそろそろ、アリスにも覚悟してもらわないといけないし、二時間後にもう一度来てくれ」

「…わかりました」


(君がどう逃げようと、僕は諦めるつもりはない)


幼少の頃から見てきた、手の届かないたった一人の人。

アンノーブル・ドリームとはよく言ったものだ…本当に、彼女は絶対にこちらに振り向いてもくれない。でも、ちょっとずつではあるが、変化があるので、また必死になって手を伸ばしてしまう。


「本当は横にならせてあげたいけど…アリス、起きて」

「うう…」

「…ほら、腕」

「りヴぃ…でんか、ちがった、ひぇいか……」

「!」


ぎゅっとしなやかな腕が首に回ると、そのまま正面から抱き着かれてしまった。


「まくら…」

「ま、枕じゃないよ、全く、人の気も知らないで」


このままでは色々と危ないので、リヴィエルトは咄嗟にアリセレスをはがし、頭を自身の膝に置いた。

膝の上ですやすやと眠る寝顔を見ていると、それだけでなんとも言えない幸福感のようなものが胸の中に広がっていく。

顔にかかった髪をそっと掬って撫でると、くすぐったそうに笑ってくれる。寝ているとこんなに素直なのになあ、などと考えため息をついた。


「…夜の副業は大変だろうしね、ジェンド・ウィッチ」


アリセレスとしては、ばれていないと思っているかもしれないが…実はリヴィエルトはすでに知っている。


(問題は…僕がいくら君を必要としても、君には全く僕が必要ないってことなんだよな)


「本当は、危険なことはしないでほしいけど…君の意思を尊重するよ」


実は、先日起きた殺人事件で、一般には知られていない重要な機密がある。

殺害された女性は、腰まで長かった金色の髪を、首から下にかけてバッサリと切り取られていた。犯人は、彼女の首を切り落とす前に髪を切り持ち去っていたとみられる。

後ろ手を縛られ、正座して前かがみになった膝の上には、自身の首が置かれていたらしい、その首の視線は宣告の広場を向いていたという。

まるで、ギロチンによって処刑されたかのような姿は、衝撃的過ぎるので情報規制を敷いたのだ。


「…気にしすぎかもしれないが」


アリセレスの髪はそれはもう、目を見張るような美しい黄金の髪。年齢もそうだし、すぐに犯人が捕まれば問題はないが、実はいまだに手掛かり一つない。

ちなみに、王立警察と言えど、多忙な国王にいちいち事件の報告をしているわけではない。しかし起きた事件があまりにも凄惨すぎるため、リヴィエルトにも上がってきたのだ。


「長い、金色の髪の女性…もし、これが続いたりしたら」


そして、二時間後、従者たちが恐る恐るサロンの扉を開くと…そこには、仲良く寄り添いながら爆睡している二人の姿があったのだ。


・・・


「首が痛い…」


困ったことに、途中から記憶がない。

帰り際のリヴィエルトは、なんとも晴れやかな笑顔をしており、また来月を楽しみにしてる、とそう言っていた。そして、なるべく髪を隠して表を歩くようにと。

…何があったんだ?わからないが、まあ、今日も無事に終わってよかった。父にも母にも報告をして…そして、また夜がやってくる。

最近のレナは、すっかりファントム・ハンターの秘書と化していて、依頼の要請報告もばっちりだ。


「お嬢様。今日は3件あります。」

「みっつも?内容は?」

「……ペット探しと、降霊術と…睡眠不足の回復です」

「…それは、探偵なり、医者なりに行った方がいいのでは」

「でも、この睡眠不足の依頼、どうやら悪魔の仕業とかかれていますね」

「…悪魔?夢魔…か?依頼主は男性?女性?」

「女性のようです」

「…ふうん」


女性の睡眠不足には、色々と理由がある。ストレスとか、月のもの、疲労による軽度の興奮など。男性の場合で睡眠不足で悪魔の仕業だというなら話は簡単だ。おおよそ『サキュバス』達のいたずらであろう。…しかし。わざわざこのファントム・ハンターに依頼をするとなると。


「ペットは?」

「悪魔の番人ケルベロスだと言い張っています」

「…それは、怪しすぎるな。とりあえず、サルーンに行ってみるとするか?」


番人ケルベロスがペットだと?冗談だとしてもたちが悪すぎる。神話の中にいるような超大物がこの人間界にやってきたら、もっと大騒ぎだろうに。

そして、いつものスタイルでハント・サルーンに行くと。


「お、ウィッチ、いつもの席に先客がいるよ」

「先客?」

「アリス!」

「!キルケ」


満面の笑顔で迎えてきたのは、キルケだ。


「今日はお仕事?」

「うん、ケルベロスの件、俺にも回ってきたんだ」

「ああ…それ、本物なの?」

「そうさねえ。…まあ、真の本物には到底及ばないにしても、三頭の頭を持つ犬、っていう点においてはケルベロスと同じかな」


そう言って、マスターが出してくれたのは、赤色のフルーツジュースだ。


「…これ何?」

「トマトとドラゴンフルーツのレッド・ガールってやつ、新作だよ」

「赤すぎて、ちょっと…」

「うーんやっぱりか。もう少し改良が必要だな。兄ちゃんにはこれ」

「お、ショットグラス!」

「新入りの洗礼だな、ブラック・マティーニ…飲めるかい?」

「当然!」


キルケ、酒に弱くないのか。

…むう、なんだか悔しい。


「で、秘書のレナちゃんにも伝えたんだが、もう二件、ウィッチにご指名の依頼があったんだ」

「降霊術はいいとして、睡眠不足は一体どういうモノなの?」

「うーん、これも依頼主たっての要望なんだが、直接会って話したい、と」

「ふうん…で、降霊術は?」

「…これがねえ。ちょっと笑えるというか、なんというか。結構な額を提示してきたんだが、どうも、自分には悪魔が取り付いた、と」

「自己申告する悪魔…」

「で、そこの表通りの一件を見てたらしくて」

「ふむふむ」

「…鞭で、叩いてほしいんだと」

「ぶっ!…げほげほ、はあ?!!」


予想外の返答に赤いジュースをつい吹き出してしまった…あ、なんか吐血したみたいになってる。


「ちょっと、何そいつただの変態じゃん?!」


そして、隣で怒り心頭に吼えているのは、すでに二杯目を飲み干し、三杯目のショットグラスに手を付けているザル男…もとい、キルケ。


「はは、まあ、報酬がいいから一応…どうする?ウィッチ」

「それ俺がやる!!ぶった切る!!」

「お、青年、やる気だね」

「……えぇー…私は関わりたくない」


そして、ケルベロスは後日にして、本日はそれぞれ別の場所に任務に赴くことになった。


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