30 五人の王妃候補者たち
「お嬢様!!新聞を、おも おもちしました!!」
「ありがとう、サーリャ」
「はい!!」
そう言って、サーリャは90度に直角してお辞儀をした。
礼儀正しいのは結構だが、もう少し肩の力を抜いてもいいのに。とにかく、わらわの三番目の侍女となったサーリャだが…ま、初日なこんなものだろう。
わらわはサーリャが持ってきた大量の新聞を机に広げた。…時代は情報化。このレスカーラは新聞がトレンドのせいもあってか、とにかく種類が豊富である。
読まないと時代に遅れると言われており、若き国王リヴィエルトが即位してからというもの、国民たちの関心は政治に対しての関心が強い。
最近では、各社の新聞が用意されたコーヒーカフェーが人気だ。…まあ、男性専用で、女性は禁制。わらわは一度も入ったことはない。会員制で酒はなく、あるのはお菓子とコーヒー各種飲み放題だとか。いいなあ、いつか絶対入ってやる。
「うーん…西の問題、それと」
わらわは、魔女時代から文字を読むのが好きだ。むしろ活字中毒?前世では辺境に住んでいたので、都市部の情報を得る手段はほとんど新聞や雑誌など。そのせいか毎朝チェックしないと、こう、気が済まないような気さえ感じる。
しかし本日の新聞…見出しはどれも同じだ。
「若い女性の殺人事件…?」
何と珍しい。
どうやら、首都のレンガ4番街にて女性の殺人事件があったらしい。一応この国の治安はそう悪くない。…前世のレスカーラは、世紀末感が漂い、公開処刑が日常的に行われていたような異様な環境だったので、比較にもならないが。
似非眼鏡医者が出した本によって起きたオカルト・ブームのおかげか、良くも悪くも国は活性化されたし、世界ががらりと変わったと言っても過言ではあるまい。
「ちょっと興味はあるがなあ…む。豆が切れておる」
淑女には紅茶を、紳士にはコーヒーをと言われている昨今、わらわは断然珈琲派である。子供が飲むものではない、と母には怒られてしまったが、それは一般論である。
ならば、と周囲がやかましいのでいっそ自分で用意してやろうと思い、自分専用のサイフォンにドリッパー、ミルなどをコツコツ貯めては買い、今や立派なわらわのコレクションルームとなっている。
週に一度は必ず豆を買いにお気に入りのショップに足を運び、豆を調達しているのだ。
「ふむ、買い物ついでに事故現場でも…」
「お嬢様、お時間です」
「え?」
…これは一体。
やってきたのは、レナを筆頭にずらりときらびやかな衣装を持ったメイド一行様の姿だ。
「さ!約束のお時間までにきっっちり!!お洒落しませんと!」
「や、約束??今日は買い物に…」
「まあああ!!今日みたいな大事な日を忘れるなんて、だめじゃない!!アリス!!」
「げ、お母様…!」
更には…臨月の母まで。
弟妹達は今はお休み中らしく、母はその隙を見てこちらに来たらしい。
「もう!アリスったら全然私と遊んでくれないんだもの!さ、着替えるわよ。今日は陛下との約束があるんでしょ?」
「…ありましたっけ」
そう思っているのを察したらしく、母はパチン!と指を鳴らすと王家の印が押された招待状を持ってきた。
「…月に一度の定例お茶会…あ――…」
忘れてたー。憂鬱なる行事…
つまりはリヴィエルトと二人きりの、月に一度の定例お茶会である。なぜかって?…そんなもの、国王陛下のたっての希望である。
さて、今現在わらわを除いて5人の王妃候補というのが存在している。
王族側が出した条件は、「伯爵」以上の階級の家柄であること、国政に関わりある一門であること、年齢は15歳以上であること、幼少からの決まった相手がいないこと、など。
その候補者たちは、歴代王侯貴族が妾や妃を住まわせたいわゆる『後宮』…名は初代王妃・アウローラ王妃を冠した『アウローラ宮』で、生活をし、花嫁修業をしている。内装も華やかな白いお城は一部の淑女の憧れだとかなんとか。わらわとしては、北側にある朽ち果てた宮殿跡の方がよほど興味深いけどな。
まあ、臣下のつながりとか、政治的な理由とかで選りすぐりの候補者たちを無碍にすることはできないリヴィエルトは、『絶対嫁になってやる』的なギラついたご令嬢を複数日々相手にしなければならない。
そんな彼が言いだしたのが、この月に一度の定例お茶会なるものだ。
リヴィエルトの言い分としては、「アリス、これでは、君との接点がなさすぎでフェアじゃない。僕にもチャンスが欲しい」…だそうで。
基本的に、いまだ身分とか階級とかが根強いこの国では、国王陛下のお言葉と『お願い』は絶対。わらわには断る理由も術もありはしないのだ。
「あ―――王宮かあ。まーた、陛下の周りを囲む小鳥さん達の相手をしなければないのか…」
「さ、アリス!今日はどれにしようか?」
「はぁーい…」
わらわは別に猛禽類でいい。だが、彼女たちは小鳥…と言えば聞こえはいいが、わらわにしてみれば、周囲をぶんぶん飛び回る鋭いくちばしと、毒を持ったハチドリ達である。まあ、一部ではハチドリは幸せの鳥ともいうから、他人に聞かれても文句は言われまい。
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「まあ、本日はご機嫌麗しゅう。ロイセント令嬢」
馬車を降りて、まず最初にやってきたのが…候補者の中でも最年長(と言っても、リヴィエルトと同い年)のマリーミア・ゴルトマン令嬢。
代々軍務を仕切るゴルトマン一族の令嬢で、出るところはしっかりと出ているスタイルなら候補者ナンバー1だろう。ただ、こう、濃ゆい顔で有名な軍務大臣の愛娘らしく、遺伝子というのは強力だな…しかもスタイルを自負しているせいか、着ているドレスはいつも背中はバックリ、腰もきゅっと、前はパンパンだ。
うーん、昼に見たい姿ではない。色の配属はハチドリ並みに派手ではあるが。
「ふーーーん、いつもつつましやかな大人しいデザインのドレスですこと」
「ふふ、ゴルトマン令嬢こそ、配色も奇抜で遠目からも自己主張が強すぎてうっかり外国の方と見間違えてしまいそうですわ。それに腰回りがとてもお辛そうで…」
「こ、コルセットは淑女のたしなみよ?」
いやいや、顔白いだろ。バックリボンを縛りすぎなんだろうなあ…わらわが来るからってそんなに張り切らなくてもいいのに。ちなみにわらわはそういうモノはしていない。だって辛いし、必要ないもの。
「まあ、わたくしの思う淑女とは全く異なるようで…残念」
「え?!」
ゴルトマンは、わらわの見解では脳内構造が単純で素直。なので、同じ土台のやり取りに付き合う必要はない。で、次に現れたのは。
「ごきげんよう、羨ましいですわ、陛下とのお時間を独り占めできるなんて」
「こんにちは、エルミア・シドレン令嬢」
「いつか私とも二人きりで茶にしましょうね?」
「ご招待、お待ちしておりますわ」
「……いいなあ、二人きり」
「……」
この令嬢は、ゴルトマンとは正反対。肌は白く、ほっそりとしていて、吹けば飛びそう。政務大臣の遠縁の孫娘だそうで、庇護欲をそそるタイプ。
ただ、実は5人の中で一番苦手かもしれん。彼女は結構ガチで、心底リヴィエルトを慕っている。それはちょっと重いだろう、と言いたくなるゴールド級の愛情の深さだ。
表立ってわらわに敵愾心をいせないが…なんか、こうねちねちと負の感情をひしひしと伝えてくる…。この娘に茶会に呼ばれたら毒でも入れられてそうだ。
そして…500メートルほど歩いた長い廊下の先で待っていたのは、3番目の候補者。
「まああ!毎月ご足労なことですわねえ~!!わたくしだったら、毎回緊張しておろおろしてしまいそう…本当、重圧に負けない精神力はどうやって培うのかしら~?」
「昨日の自分に負けないこと、でしょうか?」
「なら、私も負けていられませんわ~見習わないと」
出たな、タレ目令嬢。
アリセレスと同じ公爵の地位を持つ、サリア・メドソン公爵令嬢だ。
かしら~↗と右上がりに語尾を伸ばすのがいちいち気に障る。何を言っても結構のらりくらりと交わすので、当てのないボールを投げているような無力感を感じてしまいそうになる。ので、こちらも売られない限り相手にはしない。というか、500メートルごとに待ち構えてるなんて暇だな皆?!
で、四番めが。
「…ニカリア・ハーシュレイ」
「ごきげんよう、レディ・ロイセント」
ニッコリと隙の無い笑顔、洗練された立ち振る舞い。しなやかな動作にゆっくりとした口調のトーン。どことなく、かつての友人リリーアンを思い出させる。
ハーシュレイ公爵家は、父にとっては右腕とも呼べる名門貴族で、公爵同士かつてのアカデミーの同級生で、仲が良い。母親同士はそれほど深い仲ではないらしく、接点は少ないのだが。
彼女も、有力候補の一人だろう。
「あの…その」
「?」
「な、何でもありませんわ…」
こんな具合で、何時もよってくるのに、逃げられてしまう…。
実は結構応援してるのだけど、彼女は実際王妃の座に興味はなさそうに思える。むしろ、周囲との板挟みになっていそうで、なんだかもどかしい。
(顔色も悪いし、少し、気になる…)
「まあ、アリセレス」
「!」
そして五人目。
やってきたのは…メロウ。
「お努めご苦労様です」
「いいえ、メロウ・クライス令嬢。わざわざ声をかけにいらっしゃらなくてもよろしいのに」
「あら、どうして?わたし、もっとお姉さまとお話ししたいわ」
…なんと、こいつも立派な候補者である。本来なら年齢制限で引っかかるところ、特例で選ばれた。理由は簡単、クライス家は王妃殿下の妹君が嫁いだ家で、その息子が現在の公爵なのだ。ぜひに、と推されたそうだ。
処刑時にはリヴィエルトを奪い、結婚までこぎつけた未来が存在しているので、油断はできない。のだけど…今のリヴィエルトとわらわの関係性を考えると、複雑だ。
「あーあ、陛下はいつもお姉さまに相手をしてもらえて羨ましいわ」
「相手って…」
「アリス!」
「!へ、陛下?」
どうやら、あまりにわらわが遅いので心配になったらしい。
りヴィエルトがやってきた。
「では、お二人とも、ごゆっくり」
「ああ、ありがとう、クライス令嬢」
「…ええと」
ん?!ずいぶんあっさりしてるなこの二人?!一応将来結婚するかもしれない同士だろう?!
「さ、行こうか。今日は南から取り寄せた特別なお菓子を用意した。気に入ってくれるといいのだけど…」
「!南方…もしや今話題のパッションフルーツ?!」
「正解。アリスならきっと気に入ってくれると思った。それにちなんだお茶もあるんだ」
「それは楽しみですね!」
ってあれ?
な、何だこの会話。これじゃわらわがとっても楽しみにしているみたいじゃないか?
ああ、ほら。このリヴィエルトの嬉しそうな笑顔!いや、お主を喜ばせているわけではなくて…
「珈琲もあるよ、アリス。クリームを上に乗せるのもいいね」
「!!」
こくこくと頷く自分に、直後はっとなる。
本当に…このリヴィエルトは、わらわの好きなものをよくわかっていてだな。断りにくいものをよく把握しているのだ…!
そうして、今月もわらわは敗北感にさいなまれるのであった…。
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