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29 最初の始まり・一人目


「キルケ!!…わあ、キルケか?!久しぶりだな!!」

「へへ、俺の事、よくわかったな、おじょー様!…っと、それより…」

「!」


周囲がざわついている。

そして、向こうから王立警察「コンスタブル」がこちらに向かってくるのが見えた。連中は青色の制服に赤いマントという分かりやすい出で立ちの為、遠くからでもすぐ確認できる。

おっと、これはまずい。16歳の未成年がこんなところにいると知られたら、ただでは済まない…むしろ、神学校に入れとか言われかねん。


「ちょ、ちょっと、こっち。こっち!」

「お、おう」


わらわはキルケの腕を引っ張り、その場を後にする。


「今の時間だと…変にうろうろするより、どこかの店に入るほうがいいんじゃないか?」

「うーん、そうはいっても、私は酒が飲めない」


だって未成年だもの。…というか、実はまだアリセレスの身体で酒は飲んでいないので、ちょっと心配だ。キルケの腕をしっかり組んだまま人ごみの中を二人並んで歩くのだが、なんだかキルケの動きが変だ。かくかくしてる?


「どうした?キルケ」

「えぇ?!……あの」

「うん?」

「う、うで!いつまで、組むの?」

「だって、こうしている方がいろいろと便利だから」

「便利って…」

「一人で歩くと、妙な酔っ払いに声をかけられるし、面倒なんだ」

「め、めんどう…そりゃ、だよね、おじょー様、すごい美人 だし…」


ん?妙に緊張していたように見えるのはそのせいか?

…顔が真っ赤だ。


「そりゃ、顔面完全武装だから」

「え 顔面て…武装するの?!」

「そうだよ。うちのメイドはすごいだろう?」


うんうんと何度も頷くキルケ。

なんだか懐かしいなあ、この感じ。改めてキルケの姿をまじまじと見る。

背は…元から高かったけど、厚底日ヒールを履いているわらわの頭一つ分位違うので、相当大きいのだろう。

あの青々とした瞳の色はそのまま。肩位まである灰色の髪は後ろで一括りにしている。…スーツ着用ではなく、カジュアルなファッションは非常にキルケらしいな、と思う。


「キルケはずっとこの国にいたの?」

「あ、いや…実は最近戻ってきて、ずっと南方のレジュアンにいた」

「レジュアン?」


レジュアンとは…、レスカーラ王国の南方のある森で囲まれた小さな国だ。

レスカーラが海に面した島国であるなら、レジュアンは広大な森に囲まれている。南方の領地内にある河が国境となるので、河を超え、それに沿って森を通る「フォレスト・ルート」なるもので互いの国を行き来している。

両国の関係は良好だが…レジュアンを挟んだ西側の川の対岸の大国・ローランとは折り合いが悪い。彼らは欲深く、常にレスカーラを抱くランドヒル山脈の鉱脈を狙っているのだ。

交易相手としては魅力的だが、それ以外では互いに反発しあう関係性と言えよう。


「おじょー様と別れた後…母がそこにいると聞いて、訪ねていったんだけど」

「お母さまには逢えた?」

「いや。もうなくなってた」

「!…ごめん」

「いいよ。それから少しそっちで学校行ったりしてた。…これは父さん、いやセイフェスのおかげだけど」


呼び捨て?…何かあったのか?

つまりは、セイフェスがこちらに来ていた時…キルケは学校に通っていたということか?


「学校、行けてよかったな!」

「うん。おじょー様は?…その、元気だった?」

「ああ!もちろん。…あ、ここにしよう」

「え?」


やってきたのは…最近わらわのお気に入りの小さなバー。

ここはお子様に優しいノンアルコールドリンクが多くあり、小腹がすいたら食事もとれるのだ。


「な、なんか、おじょー様、大人だ…」

「その、おじょー様はやめないか?キルケ」

「え?!で、でででも!」

「アリスでいいよ」

「う、うううんん!」


何度もこくこく頷くキルケをほほえましく見てしまう。


「実は、こっちで仕事を見つけたんだ」

「仕事?」

「うん。…セイフェスの仕事を引き継いだってわけじゃないんだけど、その、アリス、と似ている仕事、かな」


そう言って見せてくれたのは…「ファントム・ハンター」の紋章だ。


「だから、さっき」

「ああ。俺は、どっちかというと、後方支援…ええと、道具を造ったり、術を手助けする方陣を組んだり、とかそういう技術的な専門なんだ」

「へえ!」

「へへ、そこまで規模が大きいわけじゃないんだけど、本能を全開にする大人になるなら、力とお金は必要だからさ!」

「え?」


うん、いい笑顔。だが…なんだろう、今、なんだかすっごく問題発言をしたような。

本能を全開って。それにお金と力って。


「あ、あの、キルケ?」

「それに、あとコネもだなー。そこはセイフェスの恩恵をいただいたから…基盤はあるし、何とかやっていけそうかな。利用できるものは使わないと勿体ないし」

「ちょ、ちょっと待て、止まって」

「ん?」


ああ、何と純粋な曇りのない瞳だろう。

どうやら、本気でそう思ってる、のか?こんな打算まみれの言葉をこ奴が口にしようとは。


「あー、ゴメン、俺なんか変なこと言ったかな」

「あ、いや。間違っていない…とは思うんだけど、言葉と表面のギャップが」

「でも、重要だろ?そうしないと、アリスと同じ所にたてない」

「同じ所って」


そう言えば、そんな話をしたような。

あれ?前後の会話が…空白の彼方へ。


「もっと、かっこよくなって、いい男にならないと…その、アリスに 惚れてもらえないし」

「惚れ?!!」

「あ―――恥ずかしーなもう!!言わせるなよ!!」

「ちょ、おま、なにい」


そう言って両手で顔を覆ってしまうが、耳まですごく真っ赤だった。

お前こそなに言ってるんだ、キルケ?!…ってこっちが貰い照れるわ!?あ、違う…そうか。こいつの養父はあのセイフェスだものな。

…こういう純粋な打算をできるように教育されたのか。なんだか、大丈夫だろうか、こいつ。


「そうだ!アリスの道具、今度みせてくれよ。何か力になれるかも」

「え?あ、ああ、うん。そうだな。私も道具作りは好きなんだ」

「今日は…さすがにもう遅いや。これを飲んだら帰ろう?…俺にアパルトマンの住所の書いた紙、渡すから」

「……あー」


そう言って、渡された住所は…予想を上回る。

うちのロイセント家のタウンハウスもある高級住宅地の住所だったのだ…。




**


次の日の事。

わらわの朝は遅い。と言っても、わらわが今いるのは本邸ではなく、ノーザン・クロスのほう。あちらは今や、育児ですったもんだの最中なうえ、母が第4子を妊娠中なのだ。

いや、本当に仲がいいっていうのは素晴らしいことだと思うのだ。うん。16歳年下かあ…。


「おはようございます、お嬢様」

「おはよう、シンシア」

「あの…早速ですが、お嬢様にぜひお会いしたいという方が」

「私に?」


身支度をして、朝食を済ませた後…やってきたのは、昨日のそばかすの娘だった。


「ほんッとうに…すみませんでした!!」

「……」


開口一番、そばかすの娘は震えながら地面に頭をこすりつけている。


「あなたの名前は?」

「…っサーリャ、です」

「サーリャ。いくつ?」

「じ、じゅうに、です」


12歳。

…まだ子供なのに。


「どうしてあんな真似を?…すぐにばれるとは考えなかったの?無事で済むと…本気でそう思っていたの?」

「ぜ、絶対に、失敗しないから…って」

「誰に言われたの?」

「わ、わかりません。裏手の路地に張り紙があって…それを見てたら、黒いマント姿の人が来て」

「黒いマント?…顔は?」


そう聞くのだが、サーリャはぶんぶんと首を振った。


「わかりませんっ…ただ、やり方を描いた紙と、お金をその場で渡されて…は、箱は後でうちに届いて、それで」

「つまり、あなたの事を知っていた、と?」

「それも、わかりません。ただ、アリセレスっていうお嬢様に渡してほしいって…パーティーの招待状も渡されて」


がたがと震える肩に手を置く。


「もういい、わかった。顔を上げなさい。…結局私は問題ないし、でも、二度とこんなことしちゃだめだよ」

「わ、わかってます、けど…お母さんが、お母さんの薬が買えなくて」


これは、この少女の境遇を知ったうえでそそのかされたのか?

それに、アリセレスというお嬢様に渡してほしい、だと?…つまりはわらわを狙って起こしたことか。


「サーリャ、あなた、お仕事は?」

「…表通りで、靴を磨いてます…」

「そう、ならここで働きなさい」

「?!お嬢様…それは」

「いいんだよ、ロメイ。一人増えたところで問題はないでしょう?」

「ですが…お嬢様にいたずらをしようとされた方ですよ?」

「それは…この子の今後の行動を見てればわかるわ。ただ、もし次妙なやつの口車に乗ったら、即追い出して」


ぽかん、と口を開けたまま固まるサーリャ。


「え?あの、え?」

「…きっちり働いて、お母様に薬を買って、胸を張って行きなさい」

「……あ、あ、ありがとう、ございます…!!」


ああ、また床に頭をこすりつける。

こういう姿は、昔のキルケを思い出すな。本当、いいんだか悪いんだかな立派な大人になったなあー…。


「さて、黒いマントの…ねえ、他に思い当たることは?」

「え?…ええっと、不思議な、香りがしました」

「不思議な香り?」

「ええッと…ごめんなさい、よくわからない、嗅いだことのない匂いでした」

「…もし、その香りを思い出したら、教えてね」

「はい!!!全身全霊を込めて、おつかいいします!!!」


ああ、またすぐそうやって床にへばりつく。


「レナ、シンシア、ロメイ。あとはよろしくね」

「はっ!」

「はい、お嬢様!!」


(黒いマントで、わらわにイタズラしたい人物、ねえ)


連れて来た悪魔が下級過ぎて、本当にそれしか知らなかったのか、もしくは油断させるための罠なのか、それすらわからない。

ただ、この出来事は、後々尾を引くことになる。

その正体がわかるのはまだ先の事ではあるが。…そして、その日の夜の事。


**


「はあ、はあ…っ!」


レスカーラは、秋になるとよく霧が立ち込める。島国特有の山から下りてくる湿気と、海からの湿気が合わさる立地的な問題と言われている。

ただ、この霧は時にひとの姿を完全に隠してしまう。それこそ、すれ違う時にうっすらぼやけてしまうほど。


カツン、カツン…


石畳の上は、足音がよく響く。

特にこんな薄暗い路地裏なら、壁に色々な方向に反響してしまい、不安をあおる。


(どうしよう…どうしよう?!)


ゆらゆらと金色の髪を揺らしながら、女性は走る。

息を切らして、何かに追い詰められるように。


「た、たすけてぇええ!!!」


叫んでも、声だけが響き、背後から迫る足音は消えない。


「もう、何なのよ…!どうして!きゃああ?!」


…何かに躓いた。

無理もない、水蒸気を多く含んだ霧は、足元の石を滑らせ高いヒールで走ると高確率で転んでしまうのだ。もたもたと体を起こそうとするが、急に背後からぐっと腕を掴んで、垂れ下がった長い髪を引っ張られてしまう。


「い、いた…‥ぅ」


そのまま後ろ手を何かの枷のようなもので縛られ、女性はそのまま両膝をつく。


「ひ…」

「ながいきんいろのかみ」


低い声が耳元で聞こえると、ジャキン、という鋏の音が聞こえた。そして…濡れた石畳の上に赤い血の花が咲く。

…そのあとに残ったのは、沈黙と、去っていく足音だけだった。

いつも読んでいただき、ありがとうございます。評価&ブックマーク、大変うれしく思います。頑張ります!タイトル変えました。意味は大体同じですが、よろしくお願いします。

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