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28 その名はジェンド・ウィッチ


もうもうと黒い煙が立つ中、響く銃声。

煙が晴れた後に広がる光景をその場にいる誰もが固唾をのんで見守ったことだろう。…しかし、わらわとて、無駄に騒ぎを大きくするつもりもない。

足元に転がった白目をむいているそばかすの少女を見た。聞きなれない銃声に驚いたのだろう。年齢は…同じくらいか下か、随分と押さない顔立ちのように思える。


(この娘だって、ただのバイトだろうしなあ)


パラパラと砕け散った破片を物質変換の魔法で花びらに変えると、少しだけ風の力を借りて、微風を起こす。煙が晴れる頃には、花びらも会場中に広がることだろう。…思った通り、会場のあちこちから小さな歓声が聞こえた。


「アリス!…無事か?」

「大丈夫、お父様」

「…また、魔法か。お前の才能には、驚くばかりだな」

「努力の賜物ですわ」


おや、向こうではリヴィエルトが何やらしょんぼりしてる。

…まーた、守れなかったとか云々かんぬん思い悩んでいるのか。過保護というか、なんというか。もう少しわらわを信用してもらいたいものだ。

軽く手を振ると、彼は少し悔しそうに笑った。


**


あの後何事もなくパーティーは無事終了した。適当に挨拶を済ませ、社交儀礼的なことはひととおりこなした後、わらわは自室に戻った。着替えを済ませ、寝支度をして…ようやく、一人になれた。これでも、公爵家の長女たるもの多忙なのだ。

目の前にあるブリキでできた吃驚箱の箱の破片を見つめる。大きさは、両手に抱えて持つ程の大きさだったが、物質的な中身は空だった。


「リボンは、赤…本当にどこにでもある箱だな。目的は…嫌がらせか?」


困ったな、犯人に思い当たるところがたくさんありすぎてわからん。人気者は大変だ。

ちなみに、この煙の正体は別名『ポッカ』という。誰でも呼べる低級悪魔…のような奴で、害という害は、特にない。しいて言うなら、まあ、煙い、とか前が見えない、とかその程度。

意思はあるが明確ではなく、「邪魔してやるぅ―」とか「ウフフ驚いてるー」的なネガティヴマインドの塊というかなんというか。ただ、核を壊さない限り、増え続けるのが問題かな。


「箱の何処かに印でも結べば、封印は可能か…最近はやりのイタズラだな」


そう、オカルトブーム以降、こういう魔法を介した嫌がらせというのが増加している。今のように低級悪魔を箱に封印したり、時にはもっと高尚な手を使う輩もいる。

…だからこそ、わらわの出番となるわけだが。

時計の針が0時を回ったころ、わらわには家族に秘密にしているある日課がある。こんこん、と軽快なノック音がすると、メイドのレナがやってきた。


「お嬢様!お時間です」

「レナ。今日もよろしく!」

「はい!準備万端です!」


そう言って差し出されたのは、一通の手紙。


「今日は…うん、1件か」


レナを招き入れるとしっかりと部屋に鍵をかけ、クローゼットからスリット付きの黒いロングドレスを取り出して、着替える。

ブーツを履いて、黒いタイツにガードルをつけ、そこに対悪魔用に改良した弾丸入りの銃を仕込む。顔バレは嫌なので、そこはきっちりレナにお願いしてフルメイクと、ヴェール付きの帽子を装着する。これもここ数年でマスターした技なのだが、目に見えない住人達を見る左目は感知能力をフル回転にすれば赤くなる。

そうして…オッドアイの悪魔退治(ファントム・ハント)スタイル、通称『ジェンド・ウィッチ』の完成となる。

現状、公にはできないものの、まあ、魔法の腕も磨きつつ、小銭かせぎもしつつなので、はっきり言って楽しい。勿論、家族には内緒だ。これがバレたら何を言われるか…。


「お嬢様、…いつも言ってますけど、あまり無理をなさらないでくださいね」

「大丈夫だ、レナ」


ここ1年ほどのオカルト・ブーム以降、悪魔退治というものを生業にする輩が増えた。ならばと、それに乗っかってみたが、これが大当たり。レナには早々に事情を説明して、協力してもらうことにした。

依頼を受ける方法は、自称『ハンター』の為の受け皿となっているあるサロンがあり、そこに登録しておく。そのあとはマスターが依頼を選別したうえでハンターたちが派遣される。

前世でもそう言った職業は存在していて、お金に困ったときはそこで依頼を受けたものだ。


「はあ…16歳と言えば花も恥じらうお年頃ですのに…」

「花は、恥じらいもしないし、どうやって綺麗に咲かそうか?ってだけ考えるものだよ!」

「お嬢様の花はそれはもう美しいのでしょうけど…」


どうやら16歳の貴族の淑女は王立アカデミーに行くのが、最近の流行らしい。そうじゃない淑女はよりよい結婚相手を探すために、お茶会だのなんだの、自分を磨くの為の学校があるので、そちらに行く方が一般的のようだ。

一昔前までは、男性が行くのが主流で、女性はすっこんでろ的な風に言われていたが、ここ数年…特にリヴィエルトが王政に関わるようになってからは、改善しつつある。

彼は、珍しく『女性も政治や勉学に励むべき』という公約を掲げていて、女性が活躍しやすい国にしよう、と息巻いている。

…その根底にあるのは、彼の言う()()()の鳥が自由に動ける国を作りたい、という理念、だったら嫌だなあ、と思う今日この頃である。


「そうそう、誰にも手に入らないアンノーブル・ドリーム・レディ、だからね」

「……そういう意味じゃないと思いますう」


将来女性公爵を目標としている身としては、黙っていても公爵の地位は転がってこない。何かしら事業なりなんなりで認めてもらわねば話にならないのだ。

これでも、魔法道具の特許等である程度の資産は持っている。最も、未成年という理由でその事業の収入全てが得られるわけでもなく…結果こうして、ハンターをすることにしたのだ。

力ある者の責務、という、もっともらしい理由でもあるけれど。


「さて、行くかな」


実はクローゼットの中に、都市部に行くための転移方陣を敷いてある。

なので、出発も帰宅も瞬きをすると、一瞬でそこは歓楽街。勿論、未成年は立ち入り禁止区域…だが、わらわは中身が大人なので十分問題はない。酒は飲まないがな。

『ハント・サルーン』は歓楽街の割と郊外地にある。ちょうど、表通りと歓楽街の境界地点。元はごろつきどもの集うバーだったが、昨年ごろに主人が変わり、今のスタイルに変わった。

ハンターの紋章は銀色の4枚羽があしらわれた十字文様。一応登録者はそのバッヂをつけるのが決まりだ。


「お、ウィッチ!今日もご出勤かい?」


店の内部はいたって普通のバーで、中央にカウンターがあり、それを中心に簡易的な椅子とテーブルが40席ほど並ぶ、そこそこの規模の大きさの店だ。つるりとした頭の元司祭の主人がいつもの笑顔で迎えてくれる。

わらわはいつも決まった席がある。…それが、カウンターの右端のところ。ちょうどそのあたりには主人の趣味の観葉植物が置いてあり、年中咲く赤い花がある。つぼみをたくさんつけるので、それが咲くのを見るのがちょっとした楽しみなのだ。

いつも気を利かせて予約のタグをおいてくれるので、有難い。


「…どうも。依頼があるでしょう?内容を見せてくれる?」


さて、わらわは未成年なのでいつも飲むのはノンアルコールのフルーツカクテル…と言えば聞こえはいいが、要するにただのフルーツ・オレである。

そのカクテルと共に持ってきたのは…二枚の写真だった。一枚目は奇妙な方陣の上に置かれてた溶けた蝋燭の塊。もう一枚が、泡を吹いて倒れている男性たちの写真だ。


「…どうやらここから少し離れた郊外にある小屋で降霊術じみたことが行われたらしい。人数は三人」

「ふうん…で、彼らは?」

「一人は気が触れて病院いき、一人は泡拭いてぶっ倒れてご臨終。で、もう一人は行方不明だ」

「行方不明?」

「そう」

「…それでハンターが呼ばれたってことは、悪魔憑き?」

「の、可能性がある。近隣の住民が奇声を上げて走り回っている姿を見た奴がいたらしい」

「奇声ねえ」


悪魔憑き…とは、その名の通り、降霊術で呼び出された悪魔に憑依されてしまう状態である。

これには3段階があり、無意識化で行動が制限された状態から始まる。二段階目は徐々に表面化して、意識が混濁した状態。そして最終段階は、完全に乗っ取られてしまう。…そうなると姿さえ変化し、その人間はもう戻れない。

奇声を上げて走り回るとなると…2段階は越えているあたり、こうなるともう時間の問題だ。

すると、タイミングよく表の方が急に騒がしくなった。


「おっと、噂をすれば」

「噂をしてくすぐ来るもの?…全く」

「ここには悪魔の大好きな餌があるからなあ」


ニコニコと笑顔を浮かべているマスター。…わらわの予想では、こいつは多分『賢者』の一人だと思う。そう、男版魔女。わらわのように辺境で暮らす者ばかりではない。こうして人と関わりながら人に埋もれる者だっているだろう。

さて、悪魔…つまりは害ある住人は、ひとの欲望を好む。しかも、完全に染まる前の純朴な人間というのが好きだ。

マスターの言う餌というのは、堕落しきれない闇を持った真面目な人間、ということだ。ここはちょうど昼と夜のはざまのような場所で、そういう人間が最も多いのだ。

表に出ると…見つけた。

白目をむいて、ふらふらとナイフを持って歩く若い男性。


「殴って気絶でもさせるか…」


奴らは、生きている人間に長い間憑依するのは得意じゃない。悪魔自身も疲弊し、どこかで力を補おうとする。周りを見渡すと、きゃあ、とかわあ、とかあちこちで怯えた声が聞こえる。

つまり、このままここにいたら、奴は他の人間を襲うだろう。


「ちょっと、そこのお兄さん!」

「…ぅううあぁあっ!」


か弱い獲物が来た。そう思ったのだろう、わかりやすくニチャァと不気味な笑みを浮かべると、真っすぐこちらに向かってきた。…体格は、ふむ。そこまでがっちり筋肉質じゃないのは救いかな?

どうやらこの悪魔を召還したのは文系の草食系男子とみた。肉食じゃなくて、良かった。


「ただ真っすぐ突っこんでくるなど、まるで頭の悪い猛獣よな!」


さて、わらわはこの悪魔退治をするにあたり、いくつか武器を持っている。

銃は便利だが、生きてる人間に使えないので基本的に『鞭』を使う。ナイフや剣はかさばるし、重たいが、皮で作って強化魔法で固めた鞭はとても軽く、扱いやすい。まあ、長時間使い続けると、こちらの魔力も尽きてしまうののが難点か。

鞭をうならせて足首に引っ掛けると、その勢いで男は地面に顔面からダイヴする。ぐへっとか間抜けなうめき声が聞こえると、そのまま引き寄せて持っていた銃で男の後頭部を思いっきり強打する。

ガン、とゴツイ音が響き渡ると、男はそのまま気絶した。


「よし、終わりっと」


脈を確認し、男の生存確認をすると…口元がもごもご動き、なにやらかさかさと動く奇妙な黒い物体が見えた。


「!あいつは、本体?」


急いで立ち上がり、それを追いかける、が、あと一歩のところで、誰かが思い切り踏みつけた。


「あー、靴が汚れた…」

「!」


踏みつけたのは背の高い男。男はこちらを見て、近づいてきた、

下から見上げるわらわと、目が合う。…懐かしい、青々とした草原の緑。


「久しぶり、おじょー様!」

「……まさか、キルケ?!」


そう、かれこれ10年ぶりの再会である。


遅ればせながら、評価、誠にありがとうございます。精進します!

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