27 アリセレス、16歳。オカルト・ブームの到来
「さあ!今話題のオカルティズムの真髄がここに!!重版入荷だよ!!」
『この世界には、人間の心の闇を糧とする害ある住人と、人間の心を癒す善ある者たちというものが存在する。わかりやすく言うと、彼らはひとの心に寄り添い、甘い言葉をささやき、堕落や悪へと促す。それを止める理性というのが善ある者達の計らいということだ。そして、彼らは『魔法』という間接的な方法で人々を助けるのだ』
――オカルト・目に見えない不可視の世界と魔法の秘密について・第1節『二つの心』抜粋。著者セイフェス・クロム
昨年、ある本が出版された。
人々になじみが薄い『オカルティズム』に焦点を当てた本だったが、それが一部のマニアで売れに売れて、その本に書かれていることは、真実か否か議論が巻き起こった。
しかし、これを期に『目に見えないもの』に対しての興味が人々の心をくすぐり、似たような内容で子供の向けの本が出版されたり、わかりやすく解説する自称『魔法使い』達がそこかしこから沸き、マスメディアは大いに盛り上がりを見せたのだ。
それから、『オカルト』という分野が新たに確立し、そのあたりから将来子供がなりたい職業TOP3の中に魔法使いが入るようになった。
普段からあまり目立たなかった職業魔法使いたちは大いに沸き立ち、その力を存分に発揮しようと子供向けの魔法教室や、大人向家の魔法教室が増加し、世は一気に『オカルト・ブーム』に火が付いたのだ。
(あいつ、さぞ印税で儲かっているだろうなあ…)
わらわの名前はアリセレス・エル・ロイセント。…本日付で16歳を迎えた。
本日はその誕生日パーティー。ちなみに主催者はわらわではなくて、公爵だ。
「さっすが!!お嬢様、ベルベットブルーのドレス、とっっっても!!お似合いです!!!」
「ありがとう、レナ」
「いいええ!!お嬢様がお美しいからです!!!」
今やすっかりアリセレスの専属メイド長となったレナが得意げに笑った。
鏡に映るのは、まるで太陽のごとく燦然と輝く金色の髪。紫がかった薔薇色の瞳と同じ宝石があしらわれたラインストーンヘアクリップを散りばめ、アクセントに金色の薔薇のチャームがついている。肌は白く、陶器のように美しい。…などと、自分で美少女と言っているが、別にそれを鼻にかけるつもりはない。
そもそも、この身体の主はわらわではなく、アリセレスという非業の死を遂げたある女性のものである。経緯は…説明すると長いので割愛としよう。
とにかく、元のわらわは…名を持たないただのババアである。まあ、多少魔法を使ったり、長生きだったりするので、ただの、というのは謙遜が過ぎるが。
今日は記念すべき、162歳…違った、16歳の誕生日である。
「アリセレス様、お届けものです。…その例の方から」
「ああ、ありがとう、シンシア。ふふ、…今度会ったら礼を言わねば」
「あのぅ。この方、いつも無記名のバースデーカードですが…大丈夫ですか?」
「もちろん」
レナの次に歴の長い三つ編みのメイド・シンシアが心配そうに顔を覗き込む。少し心配性なきらいもあるが、素直でいい娘である。
シンシアが持っているのは、白ユリだけで作られた花束と、それに添えられた無記名のメッセージカードと小さなリボンのかかった箱だった。
この白ユリと名前の無いメッセージカードが届くようになったのは、おととしからの事。はじめは小さなヘアクリップが同封されていたが、去年はイヤリングにグレードアップした。そして今年は。……薔薇を模したローズカットの黒鉱石がはめられた、ゆらゆら揺れるスイングするピアスだった。
「ん?…これは、ピアス…かな」
「まあ、素敵!…あの、お嬢様はこのプレゼントの主をご存じなんですか?」
「そうね。…今は遠くにいる、大切な友人かな。まあ、生存報告みたいなものだ」
「それって、男性ですか?!」
「……は?なぜ」
「だって、デザインもシンプルで、お嬢様の好みにドンピシャでしょう?それに、スイングピアスなんて」
訂正。素直でいい娘だが、ちと、イロコイ話に前のめりすぎる。…まあ、そういう年頃だが。
「だって、異性からのピアスのプレゼントは、指輪の次にロマンチックですよ?!」
「…誰も異性とは」
「指輪は愛の告白だけど、いつも自分を想ってほしいって意味があるんです…!ああス・テ・キ」
などと言っては、目をハートにして、うっとりとため息をつく…いやあ、平和な娘だ。と、言うかさっきまで心配してなかったか?
「まあ、いい…それよりそろそろ時間だろう?みんなを待たせてしまってはいけない」
皆、というか。この場合は…一人だな。
「アリス!」
「本日のエスコート、お願いいたしますわ、陛下」
待ってましたとばかりに笑顔で迎えてくれたのは…現在この国で一番上に立つ人間。キラキラと眩しいオーラを放ち、最近は大分自信がついたのか?厄介なことである。
前よりも背筋が伸び、胸を張っているように見える…第50代国王陛下にして、パルティス2世。つまりは、リヴィエルトその人である。
「うん、今日も美しい。あと二年が待ち遠しいよ」
「ふふ…まあ、そんなに待たずとも、陛下には毎日可愛らしくさえずる小鳥さん達がいらっしゃるでしょう?」
「どれも可愛らしいのだが…僕は甘い歌をさえずる鳥かごの小鳥より、孤高に生きる鷹の方がよほど好ましい」
「も、猛禽類なんて、陛下には似合いませんわ」
「でも、自由で美しくて、何よりこの手に収まらないからこそ、僕は未だ夢中なんだ」
(くっ…返しがうまくなったな、ああいえばこういう)
言うまでもないが、こ奴はいまだに『ただ一人』というのを決めていない。
そんな情報が流れた途端、周辺国家や高名な貴族、果ては海の向こうの小国まで、ぜひうちの娘を彼の妻に!と毎日毎日たくさんの肖像画やら手紙やらを送り付けられているらしいが、彼はそのどれも盛大に蹴っ飛ばしていた。
「とりあえず…遠くへ逃げないようしっっかり、見ておかないと。すぐにどこかへ行ってしまう」
「自由を愛する猛禽類からしてみれば、この国は狭すぎるのでは?」
「なら、この二年でもっと良くしなければ」
「…ご立派なお覚悟ですわ…」
二年、とは。…あの約束は、どうやら未だ有効らしい。もうかれこれ…彼とのやり取りも、9年?になろうとしている。
一応、臣下の強烈な後押しが手伝い、わらわの助言(?)どおり、婚約者選定が行われはした。結果、家柄やらなにやらから5人に絞られたわけだが…、もうそこはさすがというか、なんというか。
彼は恐ろしく徹底してその五名を平等かつ同列に扱った。ただ、例外があった。
婚約者候補でもない一人の令嬢のわかりやすく差をつけた対応に、一時は「娘をないがしろにされた」などとクレームをつけてあわよくば的なスタンドプレーをかました家もあった。
しかし、王国最高の地位の爵位を持つロイセント家の長女を前にしては、口をすぼめてしまった。…くそう、根性のない。
(そう…わらわは結構焦っているのだ。このままでは、約束を守らなければならなくなってしまう…)
ため息とともに、光栄あまりある国王陛下のエスコートで始まったこの誕生日パーティー。
招待客それぞれからの延々と続く祝辞とプレゼントの贈呈が行われる中、それは起きた。
「お誕生日おめでとうございます、お嬢様」
「ありがとう、リパール男爵」
わらわがざっと目を通していた招待客はこれで全員だったはず。やっと一息つけると思った瞬間、一人の女性がやってきた。
「お誕生日おめでとうございます、アリセレス様」
「…?ありがとうございます。あの…」
にこにことほほ笑む茶色の髪に、そばかすのこの女性。
(誰だった?…どこの家の娘だ?)
手に持っているのは…なにやら大きな箱のようだが。
ちらりととなりに立つ父を見る。
「父上?」
「アリス…」
父もさっぱりと言った様子で首を静かに左右に振る。
「…あの、あなたは」
「アンノーブル・ドリーム・レディ」
「…ん?」
その名を言葉にした瞬間、左目が疼く。
(ああ、なるほど)
アンノーブル・ドリーム・レディ、とは。
リヴィエルト陛下が、五人の婚約者候補者の中に入っていないただ一人の女性にだけあからさまな特別扱いをしているのは有名な話である。…それがこのアリセレス。
候補者たちの嫉妬と羨望を一身に集め、それでも首を縦に振らない令嬢を、一部では皮肉を込めてあるあだ名で呼んでいた。それが、コレ。
すなわち、『絶対に振り向かない高慢ちきな性悪女』、そう揶揄されるようになってしまったのだ。
「あんたなんて…!!!」
「!」
「アリス…!」
しかしながら、社交会でどういわれようが、知るところではない。
わらわは元『魔女』であるからにして、わらわが立つべき舞台はここではないのだ。
昨今のオカルト・ブームは、正直言って追い風だ。だって、すでに誰にも負けない切り札を持っているのだから。
そばかすの娘が箱を開くと、そこから黒い煙のようなものが現れた。
「いなくなれぇえええ!!!」
「…は、そんなもの」
さて、今や大流行の『オカルト』だが、同時に厄介な問題を新たにこの世界に持ち出してきた。
…黒魔術やら、交霊術、降霊儀式等。いやわゆる『害ある者達』のささやきによって生まれた、人間の知的好奇心を満たす新たな『毒』である。
しかしながら、その大半がガセモノや、半端な術式、未完成の陣など知識のない人間たちが行なうなんちゃってオカルト。専門的な知識を持たない輩共がかじり知識でやるものだから、8割がたやりっぱなし、されっぱなしで後始末を忘れるものばかり。結果、今やこのレスカーラ王国は、魑魅魍魎やら低級悪魔の巣窟となっている。
そして、今日のように、低級悪魔を封じた箱をもって単身突っこませる『闇バイト』なるモノが横行している。
(色々あった。この9年間…守れたものもあったけど、己の力不足でやりきれなかったこともある。だからこそ)
「アリス!」
「私は大丈夫」
リヴィエルトが心配そうにこちらに向かってくるのを最後に、わらわの周りは黒い煙で覆われた。まあこんな言葉もしゃべれない煙だけの奴で、人一人どうにかするのは難しかろう…、わらわからすれば吃驚箱程度な驚きではあるが。
自らスカートたくし上げると、太ももの裏側に装着していた銃を取り出した。…これだけ曇っていれば他は見えないだろうから、好都合だな。
今持っている銃は、手のひらサイズで護身用である。銃は市販のものを使っているが、わらわの銃は『弾丸』が特製だ。
火薬に魔力を込め、害ある者たちが大嫌いな銀の弾丸。原価が高すぎるので、いざというときしか使えないのが哀しいかな。
「要は核となる箱をぶち壊せばいいだけの事!」
「?!きゃああーーー!!」
バアン!と大きな音が会場中に響き渡る。同時に、箱が粉々に砕け散ったのだった。
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