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25 14歳、人生の岐路とは、大人でも子供でも関係なくやってくる


「アリス、用意はできた?」

「うん」

「おねーたま、だっこ!」

「ダメダメ、セイレム。…はい、こっちおいで」

「うう~…」


ペチン!と容赦のない平手打ちが父リカルドの頬に当たる。


「…セイレム…何もそんなにパパを嫌がらなくても」

「やーなの!」


いわゆる、イヤイヤ期。普段は大人しい我が弟も、最近は少し甘ったれ度合いが増したような気がする。まあ、無理もない。原因は…もう一人の存在。


「あうぅ!」

「よしよし、アンジェラ」


今、母君の腕には、生まれたての赤子が大事そうな布にくるまれている。何を隠そう…わらわの新たな妹だった。あ、勿論、()はつかない、れっきとしたアリセレスと血のつながった妹である。

……こんなの、想定外すぎる。年齢差14歳年下の妹とか、想像してもいなかったわ。


前回、わらわと母君は、メロウ…もとい、クライス家の親子と茶会に招待された。メロウと不毛な会話を繰り広げられたあと、急いで母君の元に戻ると、なぜか母はそこで口元を抑えてうずくまっていたのだ。


『お母さま?!いったいなにが』

『…アリセレスお嬢様。大変申し上げにくいのですが…』


母君の傍らでは、冷たい表情で見下ろすクライス夫人が立っていて、その光景がなんだか恐ろしく血の気が引くような思いだった。


『どういうことだ?!…何があ』

『恐らくご懐妊です』

『だからごかいに…ん?』

『うーん…原因はこのサンドイッチに挟まった卵の匂いでしょうか?』


見れば、テーブルの上には食べかけのサンドイッチがあった。一瞬、何か毒が?!なんて頭をよぎったが、どうやらそれは思い違いだったらしい。


『たまご…』

『つわりが始まって間もないのであれば…4週は越えているかしら』と、クライス夫人。

『えーと、つまり』

『ごめんね…なんだか、アリス落ち込んでいたし、元気になってからと思って言いそびれて』

『え、また妹だか弟が…増えるの』

『…うん』

『えぇええ!?!』


ということで…わらわには妹が誕生したのだ。

うーん、仲がいいんだなあ、うちの両親…。なんて、幸せ気分は置いといて…。

先日、パルティス1世、つまりは…第49代国王にして、リヴィエルトの父親である、リヘイベン・パルティスが崩御された。今日は、その国葬の最終日なのである。

この国は魂ごと大地に帰るという理念のもと、基本的に土葬が主だ。歴代王陛下の国葬の最終日は、一部の高位貴族と王家の傍系、親類などしか参列できない。

なので、今日は家族全員黒色の喪服を着て馬車に乗り込み、王族しか眠らない墓へと赴く最中だ。


「足元気を付けて、アリス」

「はい、お父様」


死因は、長患いの悪化とされていて、病死となっているけれど…わらわとしては複雑だ。

アリセレスの記憶では、前世でこの出来事は起きていない。と、いうのもアリセレスが処刑された時点でのリヴィエルトの肩書は『王太子殿下』。つまりは、まだ即位する前の状態で、パルティス1世もまだご存命だったはずなのだ。


(何が、どこで変わった?…前世とは違う流れが起きているから、もう予測できない)


用心に越したことはない。

棺が厳かに運ばれ、前もって作られていたパルティス1世の墓標の前に空いた穴にゆっくりと落とされていった。

黒い詰襟のタブレットを着込んだリヴィエルトは、その傍らに立ちまっすぐ前を向いている。

式典が厳かに終わり、帰路に就こうとしていると、胸に黄金のエンブレムを掲げた王家直属の騎士がやってきた。


「アリセレス様、リヴィエルト殿下から直々のお呼び出しです」

「…え?私、だけ?」

「はい。聖堂の控えの間においでです」


思わず、父と母の顔を見る。

2人とも困惑しているが、王不在の今、一番権力を持つリヴィエルトの呼び出しを無碍にできるわけがない。


「わ、わかりました」


案内されたのは王家の墓の前にある大聖堂だった。

大理石でできた聖堂の入り口には、我らが『父』の姿を模した像が立っている。像に一礼したのち、案内されるがまま行くと、通されたのは…一番奥にある親族控えの間だった。


ノックをしようと手を伸ばした途端に、バタン!と大きな音を立てて控室の扉が開いた。


「?!!」

「…アリセレス」


出てきたのは、どこか緊張した面持ちのリヴィエルトの姿。


「あ、で、殿下…この度は」

「…こっちへ」

「はい?!」


腕を掴まれたままくるりと踵を返して強引に歩き出す。されるがままついていくのだけど…一瞬、なにやら強烈な視線を感じた。


(…?)


それは、控室の奥の方。

そこにいたのは、黒衣のベールを顔にかけた黒いドレスの女性…王妃陛下だ。目があったかと思うと…彼女は微かに笑った。

あの方と公式の場以外で会ったことはない。なのに、なぜ?


「……」

「ごめん、ちょっと一人になりたくて」

「一人になられたいのなら私はこれで…」

「いや、違う…君には、いてほしい」


(えぇー…?)


ちらりとリヴィエルトの表情を見る。目の下にできた隈や、青白い顔から疲労の濃さがうかがえる。


「殿下、寝られてますか?」

「寝れないと言ったら、あなたが添い寝してくれる?」

「…そういう冗談は、あまり笑えませんわ」

「そう、残念」


ええ…冗談じゃないの??

どうしたんだ、この王子殿下…いや、もうそろそろそう、呼べなくなるな。されるがままついてきて…たどり着いたのは、どこかの懺悔室?のような…椅子が二つ向かい合わせに並でいるが、真ん中に仕切りがはめ込まれている恐らく3畳ほどの狭い場所だった。

一応勝手に座るわけにもいかないし、何よりリヴィエルトがわらわの手をしっかりとつかんで離そうとしない。


「リヴィエルト様…あの」

「…父が死んで、心底ほっとしている自分がいるんだ」

「……え?」

「父の最期は…それこそ、目を覆うような状況だった。あたりに喚き散らしては、しきりに何かに怯え慄き、どうすれば民を苦しめれるか、どうしたら全ての命を不幸のどん底に陥れることができるか。そんなことばかり言っていた」

「……」


改めて、過去に聞いた言葉を思い出す。


―――彼奴ら共の力を乞うた時点で…その末路以上に無残で惨めで虚しい終焉はなかろう?


(そういう、ことか)


「そして…最後は、まるで悪魔を見たかのようなすさまじい表情で亡くなった」

「…殿下は、大丈夫ですか」

「…うん?」

「これから先の事…嫌でも来る未来について」

「ああ…それは、大丈夫。…約束したからね」

「約束?」

「…うん」


誰とだろう?

でも、そんなことを聞ける雰囲気でもないので、何か喋るのを待つ。


「まだ僕は成人していないから…恐らく本格的な即位は19歳になってから、早くとも来年以降の話になるだろう」

「そう、ですか…」


それはそうだろう。いくら有能で、そういうふうに育てられてきたとはいえ、17歳の彼には荷が重すぎる。

この国では、男性19歳、女性は18歳で正式な成人となる。昔はデビュタントなるものがあったが、それはここ数年でだいぶ廃れ、今では年に一度開かれる大規模なパーティーに大人と一緒に出席することでお披露目となったように、簡略化された。


「そうしたら…きっと、すぐに『次』のことを心配するだろう。母も、他の人間も、みんな」

「次?」

「そう、次…」


そうやってじっと見つめられると、どうしてか逃げ出したい衝動に駆られてしまう。


「ええと…そろそろ、戻らないと」

「アリセレス・エル・ロイセント」

「え?!」


あ、だめだ。しっかりと手を握られてしまった。…なんだろう、冷や汗が出る。


「僕は、君を未来の我が妻として迎え入れたい」

「…つ、つま!!妻ぁ?!」


この国の法定では、男性は19歳、女性は18歳にならなければ、『結婚』はゆるされない。

今のところ、『独身』状態の見目麗しく、文武に長けた若き未来の国王陛下は、現在未来の王妃とも言える女性が傍にいないのだ。


「…あなたは頷くまで、私は諦めない」


いやいや、このやり取り、前もなかったか?!ああ、あれはまだ互いに子供だったしな?!しかしだな、父の葬儀が終わった途端にこれはないだろ?!


「も、喪が明けておりませんのに、それは」

「…君に、傍にいてほしい」

「…っッ!?&&!!」


そう言って、物凄く切なそうな表情で抱きしめてきた。

いや、ここで声をあげずリヴィエルトを突き飛ばさなかった己の理性を褒めてやりたい!ホント、どーてこうなった?!


「わ、わわ私はまだ成人しておりません。それなのに、どうしてあなたの妻になれましょうッ?!」

「なら、婚約とすればいいだろう?あと5年もすれば、君も成人を迎えるから」

「…ご、五年て?!」


そういうのは、束縛って言いませんか?!!ていうか、なぜだ…どーしてこう、わらわはこの王子殿下にここまで好かれているのだ?!刷り込み現象とかそういう奴か?!!あと、吊り橋効果的なアレとか!!!


「…あまりに急です!!」

「!…アリセレス」


腕の中でもがいて、少しづつにじにじと壁により、距離を取る。


「お言葉ですが、殿下は幼少の頃からの思い出が美化され、どこか視野が狭くなっていらっしゃるのでは?!なので…この際、婚約者候補を選定するのはいかがでしょうっ」

「その中には、アリセレス。君も入るのか?」


じっと見つめる瞳に光が灯る。

いや、お主に希望を与えるつもりはなくて、だな。


「私は、その候補となりません。なぜなら、私は新たに選定された方々よりも、既に殿下との縁ができているからです」

「…つまりは、全くの初対面の者たちを選らべ、ということか?」

「はい。ほかの方々と接してみらえたら…新しい発見も、未知なる心も開花されることでしょう。ですが、その選定期間を終えてもまだ、私を想ってくださるというのなら…その時は私も覚悟を決めましょう」

「!それは当然だ…この想いは変わらないと言い切れる!」


もう、ホント、その自信はどこから来るんだ?!そう言いたいがぐっとこらえて…


「期限は私が成人を迎える18歳の日まで。あなたの心が変わらなければ、私はあなたの元にお仕えしましょう」

「…わかった、その言葉、忘れるな」

「……はぃ…」


ああ、どうしてだろう?思わぬところでたくさんの約束が増えていく。

何とかこの場は乗り切った。乗り切ったけど、根本的な解決になっていない。そもそもわらわは、アリセレスとの約束もあるわけで…!


(20歳の処刑の前に、18歳の婚約問題…)


新たにできた難題に、ため息をついた。



そして、その後、喪が明けるのを待り、リヴィエルト王子の婚約者選定が始まった。

季節は廻り、更に時は光のように過ぎていく。そして、先代国王崩御から3年後の春の事、とある一冊の本が発表された。

タイトルは『オカルト・目に見えない不可視の世界と魔法の秘密について』。

筆者は、セイファス・クロム。そこから…レスカーラ王国全体を巻き込む、空前の『オカルト・ブーム』が到来したのだ。

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