24 13歳・メロウとのティ-タイム
入れ替わりが発生してから、もう6年になろうとしている。
今のところ、不確定ではあるが…処刑が起きる20歳まで、あと7年。ちょうど折り返しの時がたった。
わらわは、いまだに『貴族的な社会』というのが、得意ではない。
…まあ、偏った認識ではあるが偉そうで、どこかズルくて、計算高い。だが、自分もその一人である以上、課された責任というのは果たすべきなのは重々承知しているので、嫌でも向き合わなければならないと思う。そう、今のように。
「アリス、私とあなた宛てに、ティータイムの招待状が届いたわ」
「え?」
母君がそう言って持ってきたのは…青いリボンがかけられた、可愛らしい小花模様の便せんだった。
「誰から…あ」
差出人は…メロウ・クライス。
つい先日、クライス伯爵の再婚を期に伯爵家の養女となった、あの子だ。
(名は同じ、境遇は知らないが。…元義妹と、なるのか?)
メロウ。
アリセレスの前世では、後妻の連れ子として目の前に現れた。
仲が冷え切ったロイセント公爵の不倫相手だったメロウの母親は、アリセレスの母君の死後しっかりとその座につき、継母としてやってきた。
アリセレスの記憶の中の継母は、そこまで華やかな印象ではなく、どこか影のある不思議な女性だった。毎回相手を変えてるとはいえ、爵位のある男性を射止め、その夫人の座に就くというのは…なぜだろう?
「アリス…先方の娘さんがすごく楽しみにしていらっしゃるみたいだし、リカルドにとってはビジネスパートナーでもある方のお嬢さんよ。あなたは気が進まないかもしれないけれど」
「わかっています、お母様。もう、子供じゃあるまいし、嫌だと駄々をこねたりしませんよ」
「ならいいけど…そういう義務もあるということを忘れないでね」
(心配性だな…まあ、仕方がない、か)
…母は去年の夏の終わりに起きたケンとの一件を心配しているのだろう。
あの後…結局ケンの消息は誰一人としてつかめていない。
わらわが協力したのは、以前奴と再会した国境付近の森に送るところまで。その先の行く先はわらわも知らないのだ。
無事であることはわかっているが…探すわけにもいかず、ケンが約束を守ってくれるのを信じるしかない。だから…何もできることはないから、それが悔しい。
「…きっと、いい気分転換になると思うわ。思いっきり、お洒落して行こう?……アリスはもう少し、淑女らしくしないと」
「お洒落かあ…」
「そうだ!これから一緒に買いもの行こうか?」
「買い物?…まあ、いいけど」
「じゃあ決まり、ね!早速侍女たちを呼びましょう!」
「あ…」
うきうきとベルを鳴らす母を見て、ふと気が付いた。
もしかして…前世と今世合わせても、母君と二人で買い物に行くのはこれが初めて、になるんじゃないだろうか。
ふと、鏡を見てその中にいるもう一人の自分の姿を見る。
「じゃあお母さま、お母様が私のドレスを選んでください」
「まあ、私でいいの?あなたにも好みがあるでしょう」
「よくわからないもの。だから、お任せ!…いいよね」
「勿論!まっかせて!」
嬉しそうに笑顔になる母君を見て、セレイムもどうやらご機嫌のようだ。
(…うむ、こういう時、わらわは間違っていなかったのだ!と思えて、嬉しい)
***
クライス家は、首都から少し離れた場所にこじんまりとした領地と邸を持っている。
伯爵自身は、父リカルドと同様に、首都の高級住宅街の一角にタウンハウスなる別邸があり、平日はそこで執務をこなしている。
このレスカーラ王国は武力は重視されていない。ほとんどは金と金属を多く所有する貿易国としての基盤と、鉱石国ならではの装飾品や武器、ステンドグラスの技術などが主要産業の一つである。
クライス家は特に、貴金属の輸入と交易に特に力を入れており、貿易自体を取り仕切る商会を持つロイセント家にとっては優良なビジネスパートナーなのである。
「わあ、すごい。華やか~!」
「まあ…見事なステンドグラスだこと」
このクライス家の別邸にも、家のあちこちに宝石を混ぜ込んだステンドグラスがふんだんに窓に使われている。白い塗料が塗られた壁には、色彩豊かなステンドグラスがはめ込まれた窓が良く映える。
「ようこそいらっしゃいました、ロイセント夫人」
「まあ!…本日はお招きいただきありがとうございます。娘のアリセレスですわ。親子ともども、クライス夫人のお招き、楽しみにしておりました」
「…はい、お会いできて光栄です」
ちらりと横目でクライス夫人を見やる。その視線を受けて、婦人はにっこりとほほ笑んだ。
「可愛らしいお嬢様だわ。…さあ、メロウ」
「は、はい!お母さま!」
予想通りというか、なんというか。
やってきたのは…あのメロウと同じ黒い髪で肌が白くて、たどたどしいしゃべり方も、容姿も同じだ。けれど…
「…瞳の色が、青いのね」
「え?」
「あなたがメロウ?」
「えへへ…メロウ・クライスです!!初めまして!!」
(…体の内側が熱い)
身体の奥の方に何かがごうごうと燃える音が聞こえる。
これは、怒りだ。…わらわではなく、アリセレスの。
「あの!…ええっと、その、アリセレス、お嬢さま?」
「…よろしくね」
「う、うん…じゃないや、はい!」
こうして間近で見るのは…本当に久しぶり。
あなた達は今世で、どうアリセレスに関わるのだろうな。
「素敵な青のドレス。お母さまとお揃いなのね、メロウ」
「はい!お母さまも私も、この色が好きなんです!」
「まあ…こんな鮮やかな青色のドレスは、まだレスカーラでは生産されていないと聞きます。さすがはクライス伯爵ですわね」
母君がうっとりとそうつぶやく。
「そうなんですか?…そう言えば、この色、昨日買い物行った時もなかったような」
「ふふ、こちらは東方の国で採れるアオバナという色の染め物なんです。よろしければ、今度ロイセント夫人にも贈呈いたします」
「まあ楽しみにしているわ!」
などと、社交界的な会話を横で聞きながら、わらわはテーブルに並べられたお菓子と紅茶を楽しんでいた。
「あの、アリセレスお嬢様」
「…なあに?」
「私の部屋に、魔法の絵本があるの。一緒に見ない?」
「絵本?」
絵本という年齢でもないのだが。
ただ、「魔法の」という言葉にはとても興味がある。
「どんなお話し?」
「悪い悪魔を、良い魔女がやっつけてくれる話し!」
「ふうん…?」
「こっち、こっち!」
「あ…」
やや強引に、というべきか。
メロウは私の腕を引っ張るのだが…その強さが。
「ちょ、ちょっと痛い」
「早く早く!」
「……痛いってば」
悪気は、ないのか?
ばっと腕を話すと、メロウは動じることなくにこにこと笑っているのだが。その笑顔はどこか不気味に見えた。
「いいから早く」
「……」
少し低めのトーンの声。
…警戒するに越したことはない。これがあのメロウなら、彼女は既に害ある者たちと契約を交わしている恐れがあるから。
「それで、どんな本?」
「これ」
くすくすと笑って見せたのは…血のように赤い装丁の分厚い本。
「絵本、という割には随分難しそうね」
「うん!これはね…あるゴウ慢でわがままな令嬢が、か弱い妹を虐めるところから始まるの」
「……へえ」
「令嬢にはね、とっても素敵な婚約者がいて…でも、愛されてなくて。だから、婚約者と仲のいい妹にシットしちゃったのね」
「……」
「お母さんもいなくなって、お父さんがあたらしいお母さんを連れてくるんだけど…ひどいのよ、その令嬢は、新しいお母さんをやっつけようとするの」
(ああ、やっぱり)
…ここで、わらわはため息をつく。
メロウがもし、「義妹」という立場でなかったら、アリセレスには目もくれず、仲良く…はしなくても結構だが、互いに干渉なく、相対することもなく過ごせたのでは?
「それで?」
「欲しかったものも、全部失って妹に看取られながら、可哀想に、悪い令嬢は一人で死んでいくの」
…なんて。そんな別の可能性を一ミリでも考えた自分は、馬鹿だ。
「つまらない話だこと」
「え?」
「どうせ最後は、義妹が令嬢から奪ったものに囲まれて、妹が楽しく余生を過ごしました。でしょ?…ありえない」
「奪った、なんて。それだけのことをした令嬢が悪いんじゃない」
そう言って、10歳のメロウはにやりと笑った。
…修正しよう。悪魔のように、にやりと笑った、かな?
「そう?でも物語って…終わった後のことは書かれていないことが多いよね」
「終わった…後?」
「こんなエンディングはどう?」
赤い本をメロウの手から奪い、ぱらぱらとページとをめくっていく。文字がびっしりとかかれているけど、読む気にもならない。
わざとらしく間をおいてからくるりと回転し、わらわはその本を開いたまま高く掲げた。
「実は、令嬢がいなくなった後…妹は令嬢の婚約者に見捨てられて、自分の方に向いてくれたと思っていた人たちにも、手のひらを返したように誰もいなくなってしまいました!」
「!!」
あ、メロウの表情が凍った。もしかして、図星か?…ああ、だめだ。つい、笑ってしまう。
「幸せになんてなれるわけないじゃない、その義妹。…だって、何一つ自分で手に入れたものが無いもの。全部令嬢が持ってたものを奪い取っただけ。最初から何も持っていない義妹は、いっそ憐れよね」
「!そんなことない!!」
「あら、気に障ったかしら。ごめんなさい、…でもどうしてそんなにムキになるの?これは、絵本の中の話でしょう?」
「……そうじゃないって言ったら?」
「じゃあ、これはもしかして、実際起こった出来事なのかしら」
「ああ…」
わらわの言葉を聞いて、先ほどまで消えていた表情が嬉しそうに歪んだ。ほんと、不気味だな、こいつ。
「…ふふ、嬉しいわ、そんなに私にまた殺されたいの?お姉さま」
「……お姉さまって、誰の事?」
「だって、物語の令嬢はあなたの事だもの」、
むざむざ自分から白状するなんて、律儀なことだ。
ぱたん、と大げさに閉じると、張り付いた笑顔のままのメロウと目を見た。
「メロウは絵本の中の令嬢が大好きなのね」
「……は?」
「そうでしょ?物語と現実を混同するなんて。…なんだか可哀想」
「可哀想って…」
「そうね、もし私がこの物語の令嬢なら、きっとこういうわ」
やっぱり、そうなるんだな。
どこか諦めにも似た気持ちで、メロウを真っすぐ見る。
「―――お前がそのつもりなら、私は手を抜かない」
「…!」
メロウがびくり、と肩を震わせる。
怯んで後ずさりしたところで、メロウの首元を人差し指で刺し、横に線を描いた。
「最後に…処刑されるのはどちらかな?愚かな小娘」
「…アリセレス」
「私は私の名において、私の周囲に何か手を出した時には、全力をもって阻止して、復讐する」
くるりと踵を返し、部屋を出て、母の元へ向かう。
(これ以上、ここにいる必要性はない)
「覚えておけ、メロウ・クライス」
「………」
そして、静かにドアを閉めた。




