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22 始まりの狼煙


「こりゃあ、ひどいな」


焦げた匂いが鼻を突く。

つい先日、焼け落ちたばかりの『百合の館』は、かつて木造だったであろう邸の基礎部分のみ残っていて、全体的に黒く焦げている。

辺りに散らばる溶解した貴金属の破片や、割れたガラスに足元を気を付けながら、進んでいく。火元と思われる部屋には原型をとどめていない大量の炭の塊が散らばり、いまだくすぶっているのか所々白い煙が上がっているのがわかる。


「巡査部長!コレ…アルキオ家の印章ですよね?」

「どれどれ…ああ、本当だ」


まさに暦年と言った風貌の恰幅のいい体格の巡査は思わず顔をしかめた。

この国では、事件の可能性がある火事などの初動調査は、王立治安判事捕方部隊・通称コンスタブルの巡査が担当することになっている。

彼の名前はレギオ・マルク・セイトン。一応下級貴族の一員でもあり、コンスタブル内では『ベテラン』の域にある巡査長の一人だ。


「うーーん、…やはり、完全に焼け落ちるように計算されて起きた火事なんだろうな」


見上げると、そこにあるのは黒く焦げた邸の骨組みだけ。

昨晩突如起こった火炎は、完膚なきまでにこの邸の全てを飲み込んでしまった。

焼け跡を捜索していた巡査の一人が持ってきた印章判は、王家の一つでもある家門には、必ず赤い剣と青い剣が二振りが交差しているモチーフが使われる。これもその一つで、半分焦げてしまっているが、アルキオのものに間違いないだろう。

一部純金で掘られた部分もあるのが特徴だが…すっかり溶けてしまっている。


「…貴族様にとって命の次に大事な物なはずだが、これの主はどうしたものだか…」


この邸の主は、今、国で噂の渦中の人物だ。

直前の目撃情報では、どうやら本人もここにいたらしいのだが…その生死を確かめようにも、その姿の影も形もどこにも見当たらない。


「これはもう…生死不明で報告するしか」

「しかし、すごいですね。…手前の百合畑で炎がせき止められるなんて」


レギオ巡査長の隣にいた、つい先日10代にして初のコンスタブルに就任した新人巡査、ヘルソン・プラズターが神妙につぶやく。やや癖の強いオレンジ色の髪は制服の帽子で押さえているもの、油断をするとぴこん、と飛び出すのが彼の悩みだが…そんなことも忘れて、彼はこの焼け跡を見て、真剣に思考を巡らせていた。


(こんな事象、過去の事例でも見たことがない…)


ここは木々に囲まれた森の一角。ともすれば、火の粉が散布して他に燃え移る危険性もあったらしいのだが、どうやらそれは手前の百合畑でせき止められたらしい。

どこぞの魔法使いが関わっているとも言われているが…真偽は定かではない。

どちらにせよ本来ならば、大火災のなるところだったのが、そうならなかったのは奇跡としか言いようがない。


「まあ、神様の采配、という奴だろうな。覚えとけ、ヘルソン」

「え?」

「たまーに、神様っていうのはこういう粋なことをしてくれるんだ」

「はあ…」

「しっかしまあ…倒壊の危険もある。おい!捜索に夢中になりすぎるなよ!ほどほどにして撤退だ!ヘルソンお前も。思考の迷宮に入り込んでも、証拠と裏付けがないと答えは見つからないぞー」

「はあ」

「…ったく、聞いちゃいねえ」


ヘルソンは中流貴族の次男で、昔から読書や文献を読み漁るのが趣味で、いわゆる『頭でっかち』という奴だ。そのせいか、こういった事例を目にすると考えすぎてしまうきらいがある。


(本当にただの火事、なんだろうか?)


暗殺?いや、もしくは自作自演か?!そんなことを考えてついワクワクしてしまう不謹慎な輩である。


「…ねえ、そこのお兄さん」

「え?!」


思いもよらずかけられた声に、驚いて振り返る。

そこにいたのは…ストレートヘアの髪がさらさらと風になびく、黒いドレスの少女。顔立ちは整っていて、高価そうなレースのドレス、それに見るからにどこかの上流貴族のお姫様といった様子だ。


(なんて…美少女なんだろう!うちの妹と同じくらいだけど、全然違う。)


焼け跡にそぐわない服装だが、少女はお構いなしにヘルソンの隣にやってきた。


「…ご遺体は見つかった?」

「ご、ご遺体って…ダメだよ!そんな言葉…」

「まさか焼死体っていわせたいのか?…で?」

「あ…ええっと、ここまで燃え方が激しいと‥もう」

「そう……ならいい」

 

残念そうに一言だけつぶやくと、少女はくるりと踵を返した。

するとずっと向こうに、これまた上流階級そうな育ちのいい令息が、毛並みのいい白い馬にまたがって少女を迎えた。

颯爽と去っていく二人を茫然と見送る。


「…彼らは何しに来たんだろう??」

「オラヘルソン!新人だろ!きびきび働け!!」

「あ、は、はい」


さて、この出会いは、後のアリセレスにとっても、このヘルソンにとっても大きな分岐点となったのだが、それを彼らが知るのはしばらく後になってからである。


(…どうやら、うまくいったみたいだ)


「気は済んだ?アリセレス」

「はい。ありがとうございます、リヴィエルト様」

「…そうか」

「もう、殿下も共犯ですよ」

「わかっている…」


さて、これは…太陽暦239年・獅子の月の23日の事。

ここから時はさかのぼる。

それは、この日から二日前の夕方の出来事である。


―――21日・午後15:30


「父上、…ベルメリオを遂に発見しました!」


それは、普段よりも体調が芳しくなく横になっていたハルヴィス一世にとっては吉報だった。


「なんだと…!!ならば早く行け!とっとと捕まえに行き、わしの前に膝まづかせろ!」


王らしくない言葉に周囲がざわつく。

なるべく表情を崩さず、リヴィエルトは頷いた。


「…場所は百合の館です!すぐに向かいます!」

「おお、おおお!!ついに…悪夢が覚め ごほ、ごほ!」

「あまり興奮なされては…」


起き上がろうとする、パルティス1世の身体を補佐官たちが支える。それを冷ややかな目で見ながら、ひとりの医者がため息をついた。


「…殿下、私も同行しましょう」

「あなたは…セイファス、だったか?」

「ええ。御身に怪我でもされたら大変でしょう?」

「…医者のあなたが?」

「ああ、差し出がましいことを。…私事ではございますが、私にも殿下と年齢の近い息子がいて。あの年代は色々と無茶をするので心配でつい…」

「いや…まあ、好きにするといい」

「身に余る御光栄です」


―――午後16:45、ノーザン・クロスの邸にて


「そろそろか」


アリセレスは、ケンから預かった指輪を人差し指にはめると、一度深呼吸をした。


(よし…体の奥から気力があふれるのがわかる)


本当は杖でもあればいいんだけど。

手に持っているのは、以前この邸で見つけた仕込み剣入りのステッキ。恐らく、前公爵のコレクションの一つだろう。本当は紳士が持つお洒落アイテムだが、名のある職人が作成したようで、所々に職人の技が光る。すっきりとしたシンプルなデザインに一目ぼれしたのだ。


「まあ、気休めだが。…今度杖術を習おう」


計画はこうだ。

仕込みは前日から、ケンはあの百合の邸の中に灯油をまいておく。火元はリビングルームで、ケン曰く、「うちには燃えそうな絵がたくさんあるから」と、言っていた。

美術品が火元というのに、アリセレスとしては反対したい意向もあったが、どうも名のある作品ではなく、母親…リリーアンの趣味だった油絵が数多くあるらしい。

それはそれで心苦しいものだが、ケンの意思を尊重した。


あそこはアルキオの別荘で、本邸はもっと郊外にある。

今は王家の管理下にあるが…そこまで規模も大きくないし、木造でできた建物なので、一度発火させれればあとは時間の問題だ。

ケンには自ら脱出用の魔方陣を設定しておいてもらい、最終的にはそこに行き、行方をくらます、という計画だ。

だが、その前にケンがあそこにいたという事実をなるべく多くの人間にアピールせねばならない。それはリヴィエルトが担当している。むしろ、彼にしかできない仕事だろう。


「よし、17時から、開始だな」


脱出するタイミングは、午後6時の一回目の鐘が鳴った瞬間。

詠唱を始め、鐘が鳴り終わるころに発動する。ノーザンクロスにある大時計の鐘を基準に詠唱から発動までの時間を試した結果、6度の鐘が一番しっくり来たのだ。

ケンが持つ時計と大時計の時間もきっちりと合わせた。


「でも…ケンが確実に転移できたかどうかを確かめようにも」

「そこは信じてもらうしかないな…無事に落ち着いたら、ちゃんと何かしらの方法で知らせる。それまで待ってもらうことになるけど」

「いい。…ちゃんと連絡して」

「わかった」


ケンとアリセレスの直接の会話は…それが最後だった。


(はあ…もう、こういう思いは二度としたくないものだ)


だから、もっと強くならないと。

魔力も修行して、できることを増やして。魔女としてだけじゃなく、アリセレス・エル・ロイセントの名に懸けて救えるものは救いたい。誰もが幸せになるように、生きててよかったと心から思えるように。

それが、名も無き魔女としての最期の仕事だと思っているのだ。


すると、大時計の鐘が一度の一番低い音を鳴らした。


「…よし。17時だ」


―――17:00、百合の館にて


「全部…消えて燃えてしまえばいい」


季節は夏の盛りを終え、秋に向かい始めている。

空の色はオレンジ色に代わり、薄い雲がどこまでも伸びている。木々の間から集団でこちらに向かってくる明かりがちらほら見え始めた。


(来たな、リヴィエルト)


窓を閉め、ケンは自分の背丈ほどある白いユリの絵画の前に立つ。周りに置いたたくさんの蝋燭は互いに輝きを交わし、煌めく。

しばしそれを眺めてから、ふと笑った。


「これを燃やすのはもったいないけれど…」


まるで、『ベルメリオ』として終わりを迎え、『ケン』が誕生する為の儀式のようだ。

自分が新しくなるために、自由を得て、生き残るために。


「…母上、申し訳ありません。俺は、俺の道を行って…あなたをここに置いていきます。」


彼はそう言って、不敵に笑い、手に持っていた灯油を、あたりにぶちまけた。

百合の絵画に巻いていた布に油をしみこませ、ランプを放り投げた。小さな火が油の染みついた布に舐めるようにまとわりつくと、あっという間に赤い炎が絵画を飲み込んでいく。

そして…そこから始まったのだ。すべてを飲み込む程の大火事が。


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