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20  約束


「死亡を…捏造?って…」


こいつ、とうとう重圧でおかしくなったのか??

キョトンと目を丸くするわらわを見て、ケンは笑った。


「そのまま。例えば…大衆の前で死んだふりするとか、殺されるふりをするとか」

「無理に決まってだろ?!」

「うん。…でも、俺の考えていることが実行できれば、不可能じゃない筈」

「それは…?」

「けど…その前に、聞きたいことがある。」

「聞きたいこと?」


などと話していると、…物凄いタイミングで、執事のロメイがティーセットと軽食を一式持ってきてくれた。え、堂々とし過ぎでは。


「お嬢様。まさか、リヴィエルト様が先ほどまでいらした場所にベルメリオ殿下がいるとは思わないでしょう?それに、この邸に仕える者たちは、お嬢様に一度助けられた身…どこまでもお味方でございます」

「ロメイ…」


助けた、なんて大げさな。

ここだけの話…彼らは4年前の一件で、一時的に行方不明扱いになっていた。

もしあのまま、あの胡散臭い眼鏡医者がこの邸…及び母君に介入しなければ、永久に見つからなかったのかもしれないのだ。


「ありがとう。…うん、ロメイの入れる紅茶はおいしいから、好きだ」

「身に余る光景です。殿下も、どうぞお召し上がりください」

「…礼を言う。ありがとう」


ケンはどうやら空腹だったらしく、ロメイの持ってきた軽食をぺろりと平らげた。

そして、ひと心地ついた後で…会話を再開する。


「アリスはここに来るとき、移動魔法?を使ったよな。…あれは、どういう仕組みなんだ?」

「仕組みって言われても…うーん。ええと、魔法には、属性があるのは知っているよな」

「…うーん。学校で習う程度の魔法学の知識だと…あるのは七つ、だよな」

「そう。炎・水・風・土・力・光・闇…で、魔法というのはそれぞれを組み合わせたものを使う。無論、それらは目に見えない善ある者たち…つまりは精霊や妖精、善霊とか言われる者たちだな。彼らにもそれぞれ属性があって、我々の周りに浮遊物のように浮かんでいる微粒子とも言われている」

「うんうん。…よく勉強してるなあ」

「そりゃ私は…」

「私は?」

「……て、天才だから!」

「ふうん?」


天才…というか、年の功、という奴だ…すまん、ケン。それで納得してくれ…。


「まあいいや、それで?移動はどの善霊の力を借りるんだ?」

「移動魔法は、入り口と出口を設定する。それぞれの場所に目印のようなものをつけていて…後はその目印のイメージを思い浮かべるわけだな。それがいわゆる『陣』というもので…手っ取り早いのは、それを書いた場所をイメージして、風と闇の土の善霊の力を借りる。と言っても、一度自分が足を踏み入れた場所でないとイメージはしづらい…だから、移動先は自分が知っている場所でないと意味がない」

「じゃあ…あんな森の奥まで行ったことがあるのか?」

「うーん…薬草採るのに夢中になりすぎて迷ったことがある。まあ、出口(帰還場所)は常にノーザン・クロスの部屋に設定してあるから、それが功を奏した、ということかな」

「でも…やはり魔力というか、気力は大分使うものなのか?」

「距離にもよるけど…曖昧過ぎるイメージだと失敗しやすいかもしれない。あと、質量。自分一人ならある程度問題はないが、もう一人担ぐとなると、集中力を使う」


そう。実は…自分以外の人間を一緒に運ぶ、というのは初めてだった。

成功してよかったけど…いや、理論的には成功すると思ったけど。ちなみに、前世(?)のわらわが、リリアンの家に遊びに行くとき、よくこの方法を使ったものだ。

出口をリリィの邸に。入り口を自分の家に。…ということは、わらわは知らないうちに、あの邸の内部に遊びに行ったことがある、ということだ。


(そう考えると、不思議な縁だな…前世では、ケンとは一度もあっていないというのに)


「じゃあ、もし…出口を設定して、俺一人をアリスが移動させるっていうのは可能か?」

「そうなると、二人が共有してイメージできる場所が必要になるが…まあ、不可能ではないと思う」

「じゃあ入り口は?」

「それは…どうだろう。というか、一体何を考えてる?」

「一つ思いついたんだけど…あの邸を入り口にして、大火事を起こして、俺だけどこかに移動するのはどうかな、と思って」

「…え?!!火事??」

「そう。俺が死んだって思わせるくらいの大火事…思い出と共に、ベルメリオはその地で命を絶つ、というシナリオだ」


その言葉を聞いて、ぞっとした。

だって、わらわの知る時間軸では、ケンはリリーアンと共に火事で命を落としたことになっているのだ。それを話してもいないのに…なぜ?


「他に、方法は」

「例えば濁流にのまれて行方不明になるってのも考えたけど…本当に死んでしまったら意味がない」

「ちょ、怖い話を冷静にするな…」

「まあ、誰にも気が付かれずに死ぬ方法なんて…考えたくもない。でも、国全体を欺かなきゃならないんだったら…それなりの大がかりな舞台が必要だから」

「だからって!何も炎なんて…!それに、そのあとは?!どうやって…」

「しばらく、国を離れて…そのまま旅に出るのも悪くない」


ケンなら…それは不可能じゃないかもしれない。

だって、ここまでこうやって生き延びているんだから。


「……」

「でも、問題は勿論あるよ」

「…問題?」

「火事を起こした後…森に被害を及ぼさない方法」

「それより、自分の心配をしないと意味がないだろうに…」

「俺は…アリスの魔法で脱出できるだろ?」

「~~万が一とか」

「ないだろ?…俺に死んでほしくないってさっきも言ってたじゃないか」


ああ言えばこういう…。

なんだこれは脅迫か?それともわらわをためしているのか???


「天才様なら、大丈夫」

「お前が言うな…」


確かに、理論的には可能。

だけど、リスクがまったくないわけじゃない。魔女であれば、二つ返事でできるが、まだ12歳という小さい身体の魔力は限界がある。

失敗できない計画に、不安要素はなくしたい。それなのに、こいつは。

即答できずうなだれていたわらわに、ささやく声があった。


『…指輪』

(?!…今の声、リリィ?)


そして、目に入ったのは…ケンの人差し指に様っている金色の指輪だった。


「!!!!その指輪ッ!」

「?!なになに??なんだ?!」


がしっと腕を掴んでまじまじと見る。


「こ、これ??…ああ、母上の形見に」

「そ、そそれにはまってる、石。じ、純黒の…!魔力増幅効果のある黒曜石の指輪か?!」

「??よ、よくわかった、な?」

「だって、ソレ…」


そう、その指輪。

それは…なんと、わらわ…もとい、リリィの友人ジェンドが彼女に贈った黒曜石と同じものだったのだ。


(ん?!じゃあこの時間軸で名も無き魔女(わらわ)はどうなっているんだ??過去だから存在していてもおかしくはないけど…リリィと会っていたのだろうか??)


「……」

「あの、アリセレス?」

「今、色々考え中だ」

「いや、距離が近すぎ…」

「ん?ああ、すまない」


おっと、ケンの長いまつげに触れるぐらい至近距離だった。

すごすごと離れると、ケンは顔を真っ赤にして、一度咳払いしてから、その指輪をわらわに渡してくれた。


「……使えるのか?それ」

「これがあれば…、もし、ケンの計画を遂行するにあたり、心配事が一つ減るかもしれない」

「なら、貸すよ」

「でも、形見だろう?私が持っているわけには」

「じゃあ、…今度会うときに返してほしい」

「でも、それが終わったら…」


もう、二度と会えないんじゃないのか?

その言葉は少し寂しくて、飲み込んでしまった。


「いや…会いに来る。俺から」

「…でも」

「だって、プロミスリングの時も、会えたろ?…だから、また絶対会いに来るから。それまで俺も生き延びる理由ができるし」

「ううむ…なら、代わりにこれを渡す」


実は、先日ケンからもらった腕輪がちぎれて以来、なんだか心配でもう一度結びなおしておいたのだ。それを再び解いて、渡した。

すると、ケンは不満そうな表情で顔をしかめた。


「…返品は受け付けない」

「わがまま言うな。これは幸運を呼ぶんだろ?だから貸してやるだけだ!」

「貸す…?」

「だから…次会うときに返して」

「…アリス」

「私は学んだ。…意地を張ってもしょうがないから。また、必ず会いに来て、ケン。待ってるから」

「……」


そう、父と母を見て。勉強したのだ。

意地を張り続けると、良くないことが起きるということを。…素直になったら、もっと何倍も何十倍もいいことが待っているんだ。

そう思った言葉だったのだけど。…なぜかケンが泣いてる。なんで?!


「え、ちょ、な?!ええ?」

「あ、みっともないな…俺」

「わ、わら、わらしは、何か…気に障るようなことっ」

「あーいや…なんか。嬉しいな、それ。そう言ってくれる人がいるって、なんか、すごいなって」

「すごい…??」


と、とりあえずハンカチでも渡しておくか?!


「はは…こんなに俺の事、夢中にさせてどうするんだよ、おちびさん」

「ち、ちびっていうな!背はこれからもっと伸びるもん!」

「楽しみ。じゃあ、俺が戻ったら…俺のお嫁さんになってよ」

「それは無理だ!」

「え。随分バッサリだな…結構傷つくんだけど」

「笑えない冗談だな、ケン!私は、女公爵になるんだ。なので、どこぞに嫁に行くことはしない!」

「女公爵…?」

「ま、まあ…色々と未定要素が多いがな?ほら、セレイムもいるし…でも、前例がないわけじゃないし!」


そう、アリセレスの約束も勿論果たす。

その為には権力の一つや二つ、持っていても損はないだろうし。アリセレスも、かっこよく行きたい、と言っていた。

夢というか…壮大な野望、だな。なんて思っていたのに、ケンの奴、笑ったな!


「はは、じゃあ、リヴィエルトの婚約も蹴るってことでいいんだ?」

「当たり前!」

「じゃあ…俺は婿でもいいよ」


そう言って、ケンはわらわの髪の毛に触った。…それはそれで照れるな?!


「婿?」

「どう?…大人になるまでに、考えといて」

「お、おぅ…?」


あれ?なんだこれは。

もしや、本気だったのか?いやいやまさか。


「じゃあ、とりあえず…実行するということで、現実的な計画を立ててみないか?」

「う、うん…無茶はするなよ?」

「お互い様、だろ」


そうして…一世一代になるかもしれない大勝負が始まったのだ。


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