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19 トラウマ(心の傷について)


「リヴィエルト…ロメイ、ケンを隠してもらえる?」

「お嬢様…かしこまりました」

「アリス…」

「ケンは、そこにいて。私は…少し話してくる」

「うん…」


慌てて自室に戻ると、…レナがいた。


「あ、お嬢様!!どちらへ行ってたんですか?!」

「ご、ごめん」

「もお!!朝からいないんですもの!!心配で…」


ああ、そうだった。

早朝から薬草を取りに行って…そのままケンを連れてきて爆睡してしまったのか。


「リヴィエルト様が来たんでしょ?用意する」

「はい、…もう準備は万端です!」

「準備って…」


見れば…青いドレスと装身具一式用意されていた。


(ホント…準備のいいことだ)


半ばあきらめの気持ちで腕を伸ばすと、レナとメイド達は満面の笑みでその腕をしっかりとつかんだ。



四半時後。

応接室に行くと、青い白い顔のリヴィエルトがいた。わらわの姿を見るなり、すくっと立ち上がると、手に持っていた花束を渡してくれた。


「!アリセレス…すまない、急にきて」

「リヴィエルト様、こんにちは…まあ、ありがとうございます」


リヴィエルトはいつも、わらわに会うときは何かしらの花束を用意してくる。今日は…夏らしい、アジサイの花束だった。

…うーん、マメだなあ。

ひとまず、王家に対する敬意を表す最高礼をする。


「あの…リヴィエルト様?」

「?!あ…何?」


どうも、近くで見ると…更に顔色が優れないように見える。


「どこか具合でも?…顔色がよろしくないようですが」

「…ゴメン、そう見えるなら…謝るよ」

「え?いえ…謝っていただくほどの事では」

「いや、…今日は君に、謝りに来たんだ」


いやいや、王国の殿下様が簡単に頭を下げていいものじゃないだろうに?!

そんなわらわの狼狽などお構いなく、リヴィエルトはさっと頭を下げる。


「で、殿下!!そんな」

「ごめん。…先日は君を危険な目に合わせた挙句、君を監視するような行動をとってしまって」

「監視って…ああ」


これは、先日のことを言っているのか?

…ほんと、今日に限ってどうしたんだ、この王子殿下は。


「それで、ケ…ベルメリオ様は見つかりましたか?」


その問いに、静かに首を振る。

いや、まあ、うちにいるし。そりゃそうだろうな。


「…僕はそのまま、見つからなければ、と思ってる」

「え?」


思いもよらない言葉だった。


「……それは、なぜ?」

「…今言っても、言い訳に聞こえるかもしれないけれど。監視されていたのは…僕の方だったんだ」

「え?」

「確かに…僕はベルメリオを探していた。…父の命令で。君はあいつと仲がいいのも、知っていた。だから、もしかしたら、という思いはあったけれど」

「……」

「僕を…信じなくてもいい。でも…君に会いたかったのは、本当なんだ」

「それは、なん」

「父の噂は少しか聞いているだろう?」

「…詳細は、知りませんけど」


なんだか、無理やり話題を変えられたような??


「父上は…あいつを消したがっている。昔から、ベルメリオを恐れていたから」

「国王陛下が…ケ、いや、ベルメリオ殿下を恐れていた?」

「……自分をいつか、殺しに来るから、と」

「………殿下は?」

「え?」

「リヴィエルト様、あなたはどうですか?…やはり、彼を」


魂に語りかける時は、その瞳を見ながら問えばいい。

昔、ある人にそう教わったことがある。わらわはじっと探るようにリヴィエルトの瞳を見る。


「……」

「僕は…そこまであいつを憎む理由がない」

「本当?」

「いなくなれば…ってそう、思えることもあったけど、でも…それは違うと思うから」

「違う?」

「僕はただ、悔しいだけだ。でも、それを言い訳にして、あいつがいなくなるのを望むのは絶対に間違っていると思う。…そんなの、意味がない」


(嘘は言っていない。…むしろ、これがこ奴の本心なのだろう)


「不思議だな、と思うよ」

「不思議…ですか?」

「きみと話していると、まるで、心の中を覗かれているような…自分自身に向かって問うているような気分になるよ」


そう言ったリヴィエルトは困ったように笑った。

…困るのはこちらの方だ。実は今、わらわは正直戸惑っている。

実を言うと、リヴィエルトの顔をまともに見たのは、随分久しぶりだったりする。理由は…言わずもがな、何度も言っているが、わらわ自身の『トラウマ』という奴だ。


「アリセレス?」

「あ…ええと」


トラウマとは…つまりは『心の傷』。

自業自得とはいえ、わらわを殺した人間と似たような表情に、似たような顔をしている人間をどうしてまともに見ることができよう?…どうしても、あの瞬間の衝撃が呼び起こされてしまうのだ。

胸に強い衝撃と…流れる血と共に、身体中の魔力が根こそぎ失っていく、あの感覚。全身の力が抜けて、意識も遠ざかる…そして。


『ごめん』


そう呟く、その姿。

ただ…顔が似ているというだけで、犯人はこいつではない。

それに、改めて気づいてしまった。


(リヴィエルトは…悪くはない、のだよな…)


それは、もしかしたら…わらわと同様に、アリセレスの体に染みついたトラウマと言えるのかもしれない。けれども…今のリヴィエルトは、まだ誰も傷つけていないし、ただの16歳の少年わらわからすればなのだ。

なんだか憔悴しているリヴィエルトを見て…そんな自分が大人げないような、妙な気分になる。


「とにかく…僕は考えてる、あいつがいなくならないで、どこかにいなくなる方法」

「…矛盾してますよ?」

「わかってる、でも…ここでは、あいつを殺そうとするものがたくさんいるから…」


こいつ、なんだかんだで…ケンの事が好きなんだな。


「可愛さ余って憎さ百倍…でしたっけ」

「なに??」

「いいえ。…でも、それはとても難しい問題では?」

「…え?」

「ベルメリオ様が王家の血を引いている以上…あの方を疎ましく思う者たちはいつまでもいつまでも追っていくでしょう。…それこそ、死ぬまで」

「……君は、いつも正しいな」

「でも」

「…?」

「ベルメリオ様がいなくならずにいなくなる方法…っていうのは、()()かもしれません」


にやり、と不敵に笑う。


「…アリセレス、君は本当に大人びていて、時々僕よりも年上に見える」

「?!」


間違ってはいない。間違ってはいないのだが!

つい、うっかり飲みかけていた紅茶を戻しそうになっていた。


「き、きの、きのせいです。…うん」

「そうか?…でも、君が大人になったら、もっと素敵な女性になるだろうね」

「リヴィエルト様…そういう発言は、誰にでもいうモノじゃありません…」


こいつの発言はどうも夢見がちだが…ていうか、どの令嬢にも言ってるわけじゃなかろうな。

心臓に悪い…!


「…うん、かわいい。こういうところは年下だなあと思う」


年下じゃないやい!!

そう叫びたくなるのをぐっとこらえて、すまし顔で紅茶を一気に飲み干した…


「…ああ、もう日が暮れる。今日はもう帰る」

「何もおもてなしもできずに…」

「いや、君の顔を見れたからよかった。…もし、あいつを見つけたら」

「…?」

「無事かどうかだけでも…教えてくれたらうれしい」

「…わかりましたわ」


そう言って、立ち上がったことのリヴィエルトに、昏い影はすっかりなりを潜めた。どこかすっきりしたような…何かを吹っ切れたような。

いい変化と言えるかもしれない。来た時の表情とはまるで違って見えた。


(わらわこそ、すまない…)


もう少し、時がたてば…リヴィエルト真正面から向き合うことができるだろうか。

去っていくリヴィエルトを玄関まで送ると…門の外には、いつか見た護衛の騎士たちが待機していた。

もしかしたら、リヴィエルトが気を使ってくれたのかもしれない。リヴィエルトの乗った馬車が見えなくなるころ、奥の部屋からケンがこっそり顔を出してきた。

見れば、さっぱりと小奇麗になっていて、服も着替えている。こうなると…隠し切れない育ちの良さ?のようなものがにじみ出るものだ。


(少しかゆっくりできたのなら、いいな)


「アリス」

「ケン」

「…あいつ、アリスの前では案外素直なんだな」

「そうかな?」

「うん…ちょっと、いやかなり意外だった」

「意外??」


とかなんとか言って…じっとこちらを見るケン。

言いたいことがあるならはっきり言ってもらわないと困るのだが。やがて、ふいっと横を向くと、小さくため息をついた。


「…まあ、いい。それより…さっきの二人の会話を見て、一つ思いついたことがあるんだ。」

「思いついたこと?」

「今、俺に一番消えてほしいと思っているのは、叔父上殿ということになるよな」

「うん…リヴィエルト様を信じるなら、だけど」

「…それなら大丈夫。あいつ、アリスには絶対に嘘はつかないから」

「そうなのか?」

「見てれば、わかった」


??そういうモノなのか…?

よくわからん。


「その叔父上も病床で…天寿を全うしたら、みんなそれほど俺に興味がなくなるわけだ」


いや、言い方。

まあ、ましな方か?


「…うーん、別の意味で火種になりそうだが」

「でも、正直俺はもううんざりなんだ」

「え?」

「王位だの血統だの。知るか!…俺の人生だろ、無責任と言われても、国を統べりたい奴がいるならそいつが統べればいい」

「ケン…」

「今の俺には、何の力もない。…まあ、求めればあるかもしれないけど、そんなものはいらない」


ふと、あることを思い出した。

先代の王の重臣たちの話。結果として罪人にされた陛下は、国王在位時代の評価は『賢君』とされていた。そんな彼に付き従う者たちというのは数多くいたらしいが、そのほとんどは何かしらのペナルティや罪状を背負い、なぜか表舞台に姿から姿を消してしまった。

王陛下にのみ命令を下すことのできる『黒の盾』達が、その罪の捏造をしているのは有名な話だという。これも、まあ、魔女時代に知ったゴシップネタの一つなので、どこまでが信ぴょう性があるか怪しいものだが。


「俺を待つ人はいないし…むしろ、消えた方がよろこぶものが多いだろう」

「私は喜ばないぞ!」


こいつ、なんだかんだで後ろ暗い考えをする奴だな?!

やや食い気味で言うと、ケンはなんだか、変な表情をして見せた。


「し、知ってる。だから…ベルメリオ・ケン・アルキオ、という存在を消してしまえばいいんじゃないかと思った」

「…?どういう意味だ?」

「ベルメリオを象徴するモノ、全部なくして俺も消えればいい」

「よくわからない。…つまり?」

「ベルメリオの死亡を…捏造するんだ」


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