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14 命の決まり事、それは魂の宿命


それは、わらわがまだ魔女の頃。

100歳を超えたあたりで、一種の限界を感じて、遊学の旅をしたことがあった。遊学…と言えば聞こえはいいが、要するに長い旅行に出たことがある。

魔女の洗礼を受けた時から体の時間が止まるわらわの身体は、『老い』を感じず、ある意味不老不死のような存在になるわけなので、体力は心配ない。

その時、とある領地で一人の女の子と出逢った。彼女の名前は『リリーアン・ストラ』。

体があまり丈夫ではなく、教会に祈りを捧げに来ていた少女だった。彼女はいわゆる魔女の資質、のようなものがあった。

そう、目に見えぬ者たちを交流ができたのである。

本人は隠していたつもりであろうが、現役魔女のわらわから見れば一目瞭然。何となく放っておけず、わらわはリリーアンは友達になった。


旅行が終わった後も、何度か手紙での交流はあったもの、およそ五年後彼女はとある高貴な人物の元へと嫁ぐことになり…それきり、会うことはなかった。

だが、それから10年たったある日、思わぬ形で彼女の消息を知ることとなる。

それが…レスカーラ王国のある領地で起こった大規模な火災である。何者かにより、その邸は全焼、その家の夫人と子供が亡くなったと、後で知った。…それがリリーアンだと知ったのは、時間がたってからの事だが。


(いつ、起きたのかまでは覚えていないが…)


実際問題、わらわがここに来てからというもの、アリセレスの持つ過去世界の記憶よりも、未来は着々と変化し続けているのだ。


まず…メロウの存在。

彼女は今だ、アリセレスの目のまえに現れてはいない。本来ならば、アリセレスの10歳の誕生日の頃に継母とともにやってくるのだが…それは、母君の生存によって結果的に二人は仲を取り戻し(子供ができるくらいだし)、今後もその可能性はなくなったと言えよう。

まあ、どこかしらで会うことはあるかもしれないが…少なくとも、わらわの義妹という立場で来ることはなさそうだ。


そして、次に弟のセイレムの存在。

これはもう…本当に想定外すぎてどうなるのかさっぱりわからない。本来いない筈の人間がいるということは、どこかしらで何かしらの魂の変換があったと考えていいが…まあ、これは『()』のみぞ知る、というところか。


それと…ケン。

彼は、アリセレスと本来は出会うはずのなかった人間。思い当たるところがあるとすれば…もしかしたら、彼はリリーアンの。

だとすれば…恐らく近いうちに火事が起きて、彼はこの世を去ることになるかもしれない。


「もっと…ケンの話を聞いておくべきだった、ああもう!わらわの大バカ者!!」


命の決まり事はとても難しい。

母君のように、本来失うことがなかった…もしくは害ある者たちの影響を受けて失った命であれば、その命は救うことができるのだろう。

だが、最初から何の影響もなく、その寿命が決まっている者の宿命は覆すことができない。

…それが、生まれ持った命の決まり事なのだ。

リリーアンが、ファントムとしてこの世をさ迷っているとしたら…すでにそこで、起きるはずの事象が変わってしまっている。


「それともそなたの死は…宿命に因るものではないのか…?ならば、よし」


あれを使う時が来た…!

そう、わらわの魔法道具の出番だ!!実験…という言い方はどうかと思う。が!!立派な検証という奴だ!使うにしても、売るにしても…成功例がないと人前には出せぬからな。

その名も…「鉱石ラジオ・ファントム仕様」だ!!

鉱石ラジオとは何か?それは、単純に鉱石を使ったラジオ。だが、一味違うのは、()()()を使ったラジオで、電波の代わりに魔力を込めれば、それに惹かれて交霊じみたことができるというわけだ!


レスカーラの主要産業は、鉱石採掘である。

この王国が有する高峰ランドヒルの山脈には、鋼石と石灰、その地に眠る膨大な魔力を含んだ石が豊富にとれる。中でも、魔鉱石というのは割と収穫数がレアな鉱物の一つで、グラム千ガルド以上で取引される高級鉱石だ。それが、このレスカーラ王国の規模はそこまで大きくないのに、豊かな理由の一つである。

 武力はないが、金と金属を多く所有する貿易国としての基盤と、鉱石国ならではの装飾品や武器、そして何よりもガラスを使った建築技術が他国の評判が高い。優れた芸術性と、質の良いガラス…それらは他の追随を許さず、小さいながらも他の大国と同等に肩を並べているのだ。

その中でも稀にとれる深い漆黒の石は、特に死者との交流に使われることがある、実は魔女の杖の主材料の一つだ。


魔鉱石ラジオは、コイルと、魔鉱石、木版にネジ、釘、薄い鉄板、真鍮板等々あれば、誰でも作れる。まあ、材料が高価すぎるのが難点か?

そこはまあ、さすが公爵家。思い切りその名にあやかっているわけだ。

早速、スイッチを入れ、真鍮の針に魔力をこめる。


「…リリーアン・ストラ。聞こえるか?聞こえたら…」


バアン!!

その名をつぶやいた瞬間、閉めていたはずの窓が大きな音を立てて開いた。


「ひぇ?!…か、風か?!!」


驚いたー!油断した!!

ばくばくと大きな音を立てる心臓を励ましながら、恐る恐る窓の方を見る。ゆらゆらと揺れる白いカーテンの後ろに、月の光を通して人影が見える。

そして…あの、百合の香り。


「…そなたは」

『こちらに来てはダメ。振り向かないで、聞いて』

「!」

『…でも、お願いがあるの』

「お願い…?そなた、リリィ…リリーアンか?」


その問いに答えぬ代わりに、再び強い風が吹く。


『私の子を…助けて』

「子?…まさか」

『だめ!!』


後ろに振り返ろうとするが、再び制された。

…何か理由があるのか?


「どうして…顔を見せてくれないんだ?」

『…()()()()、あなたは、友達だから()()姿()は見てほしくない』

「その名前…じゃあ、本当にそなたは」


ジェンド、とは。

わらわが旅先で使っていた仮の名前だ。…これを知ってるのは、それこそ、彼女位だろう。

ふと、あることに気が付く。彼らは亡くなったときの姿そのもので現れることが多い。だとしたら、リリーアンは。


『魔女なら、わかるでしょう』

「…そなた、いや、リリィ…」

()()()()()()()()の。…だから、見てはダメ』

「…わかった、それが、そなたの望みなら。それよりも子供、というのは」

『あなたはもう出逢ってるでしょう?ベルメリオ・ケン・アルキオ…あの子は、このままだと殺されてしまう』

「殺される?…誰に?リヴィエルト?」

『いいえ、あの子もまた翻弄された子供の一人。…本当の敵は、王宮にいる』

「王宮…?」


王宮にいる敵。

…それは、ある限られた者たちの存在を示唆する。前々から、先王陛下と、現王陛下の不仲は聞いているが。


「まさか…国王陛下」

『それだけじゃない。…あの子は敵が多い。私が…力至らないばかりに、現実から目をそらしたばかりに…!』

「リリィ…あまり、自分を責めるな。強い後悔は執着に変わる…そのままでは」

『いいえ、ああ、でも…今なら、縛るものがない今なら、奴らを…』


ぞわり、と寒気を感じる。

わらわは振り返り、ゆらゆら揺れているカーテンを開け放った。


「リリ―アン・アルキオ!!!」

『!!見ないで…』


カーテンの向こうにいたのは…白いドレスと、縄が巻かれ、首が不可思議な方向に曲がった真っ白な髪の女性の姿だった。


『いや、嫌ぁ…!見ないで!!』


(かつて彼女は…ケンによく似た、赤の混じった金色の髪だった。でも、今は)


「…そなたの魂は、誰にも汚させはしない。名も無き魔女にかけて」

『……ジェンド…』

「今のわらわなら、その痛みを取り除くことくらいはできる。…そう、修行の成果だ」


8歳の頃にはできなかった、傷ついた魂を正常の状態に戻す回復魔法。

修行してみてわかったことだが、このアリセレスは、攻撃的な魔法は致命的に向いていないようだ。その代わり、回復魔法は修復魔法…そう言ったものは天性の才能があるらしい。


『修行…?』

「まあ、複雑すぎる事情があってな。…そなたに聞いてもらいらかったな」

『…ジェンド、ううん、あなたは…アリセレス、ね?』

「?アリセレスを知ってるのか?」

『ケンが話してくれたことがある。小さな、お友達』


小さな、とは余計な。

まあ、間違ってはいないか。


『もっと…早くあなたに会いたかった』

「リリィ…」

『そしたら、こうして自ら死を選ぶこともなかったのに…』

「……」


自ら死を選ぶこと。それは、命の決まり事から反すること。

そう言った魂は、すぐに浄化の輪廻に行くことは赦されないと言われている。長い父の裁可を受け、冥土を旅して不浄を落とし、ようやく、次の生への準備をすることができるそうだ。


「わらわには…そなたを見送ることしかできない。だけど…ケンは、()の友人は、必ず守ると約束する」

『ええ…お願い。私は…もう少し、あの子を見守ってから逝くことにする』

「あまり、この地に縛られては…いや、今のリリィなら大丈夫だろう」


そう、今は…子を守る母の顔、とでもいうのか?

わらわの知らない表情をしている。…母になるというのは、とてもすごいことなんだな。


『本当に消える時、もう一度あなたに会いに来るわ、ジェンド…いいえ、アリセレス』

「ああ、待ってるよ」


リリーアンはそう言って、ほほ笑みながら月の光に消えていった。


「…王宮か」


さて、どうしたものか。

…つい先ほど、リヴィエルトに啖呵を切ったばかりなのだが…。

いや、それよりも。


「父よ。…リヴィエルトに情報を売ったな?」


これは、確信している。いや、王様とかにすれば、父など中間管理職の一人だろうが。でも、いくら何でも、娘の趣味やらプライベートな情報を提供するのは、いかんよな!?


「ふふふ…これを使わない手はあるまいな!」

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