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13 再会


ケンと最後にあったのは…4年前の秋だった。

秋と言っても、初雪が降るか降らないかの、本当に寒い季節だった。


「ここって、冬はどうなるんだ?」


一面に広がる原っぱを見て、わらわは首をかしげる。


「一面雪で覆われる。緩やかな坂になってるから…遊び甲斐はありそうかもな」

「!!そり遊び?いいな、ソレ」

「でも、アリス、ここまで来れないだろ?」

「いや!絶対くる!!吹雪いてなければよゆーだ!」

「そういうところは子供だなあ」


などと言いながら、肩を並べて歩いていた。

この頃のわらわはまだちっさいので、ケンは歩く速度を歩いてくれるのだ。


「子供は遊びの天才、だからな!!」

「時々思うけど…妙に年寄じみていること言うね」

「な、なんのことだ?」


さて、この頃にはもう父との仲はだいぶ改善していたので、わらわは全身防寒具に身を包まれていて…ちと着込み過ぎてしまったか?とても歩きにくい。

すると、目の前に小さな雪の花びらが下りてくる。


「あ!初雪か!!」

「寒いと思ったら…やっぱりかあ」


ちらりと、ケンの横顔を見る。


(真っ白い雪の中にあの髪の色は映えるなあ)

すると、くるりと顔をこちらに向け、二ッと笑った。


「見とれてる?」

「そうだな、その髪の色、私は好きだ!」

「髪?俺のことは?」

「んー、キライじゃない」

「…そこは好きって言ってくれないのか?」

「嫌いじゃないと言っている」

「アリス…厳しいな、じゃあ、貢物をするとしよう」

「貢物?」

「これ、あげる」


ごそごそとなにやら懐から取り出したのは…金色の糸を束ねて編み込んだブレスレットだった。


「それ、アリスの髪の色に似てるなって」

「これは何の糸?」

「うーん。一説では、ユニコーンの尻尾だって」

「一説??」

「貰いものだけど。いっつも遊んでくれるから、お礼」

「ふうん…?」


貰ったブレスレットは、留め具がない。その代わりに白い石をのついたタッセルできっちりと縛られており、ちょっとやそっとで解けることもなさそうだ。

そして、自分の髪を見て…あることを思いついた。


「ケン!ナイフは持ってるか?」

「ん?ああ、コレ?」


ケンの手からナイフを奪い取ると、自分の髪をひと房、バッサリと切った。


「?!!何してんだ!!」

「ユニコーンの尻尾なんて大層なものをもらったんだし、返礼はしないとな!」

「返礼って…」


わらわとしては、半分冗談、もらっても捨ててくれれば、な程度の認識だったのだが。

バッサリ切った腰まである真っすぐの髪を三つ編みにして、それに頭に付けていた細いリボンをくるくる巻き付けていく。


(大昔の知恵だが…プロミスリングと言ったか)


多分、相当昔(確か100年くらい前)に流行った一種の飾りである。戦場に向かう戦士に送る再会の約束の証、それが始まりだ。


「器用だな…それ、どうするんだ?」

「これをこうして、ここを結んで。ほら、腕を貸すのだ!」

「腕?…はいはい」


腕をつかむと、手首に合わせてぎゅっと縛り付ける。


「思ったよりごつごつしてるな、ケンの手は」

「…守るモノが多いもんで」

「若いのに、大変だな」

「アリスもな」

「ほら、ならそれはお守りだ!」

「……お守り?」

「そう、私の黄金の髪で作ったプロミスリング。…激レアだぞ?!」

「……」


腕をまじまじと眺めると、やがて嬉しそうに笑った。


「悪くないな」

「気に入ってくれたならよかった。…そろそろ、日が暮れる。帰らないと」

「!アリス…」


歩き出した手を、ケンがつかんだ。


「また、来いよ?ここに。…冬が終わって、春になったら。待ってるから」

「なら、その腕輪が約束の証だ!」

「…ああ、大切にする」


そう言ったのに。その次の春、ケンの姿は見えなかった。そして今。

むせかえるような百合の香りが香る畑の真ん中に立つのは、黒いマント姿の剣士…のような風貌のケンだった。

昔の面影は若干残っているが、彼の顔はどこか大人びていて、哀し気に見える。


今までどこにいた?

何をして、無事だったか?


色んな質問をしたいのに、なんだか胸がいっぱいで言葉にならない。

でも、そんなわらわの気持ちとは裏腹に…ケンはさっと目をそらした。


「俺は逢いたくなかった」

「…!」


なんで。そう問おうとするが、わらわの前にリヴィエルトが立ちはだかる。


「やっと見つけた。ずっと探していた…!」

「見つけた…?」


そこではっとなる。

このリヴィエルトが毎日のようにわらわの元に通っていたのは、もしかして。


「…リヴィエルト様。私を…監視していましたね?」

「!違う、この件は君とは…」

「毎日のように私の元に訪れ、ケ…ベルメリオ様ともともと接点のあった私であれば、いつか接触するのではないかと。そう思っていたんでしょう?」

「…それは」


おかしいとは思った。

家柄が立派とはいえ、なぜ、今をときめく王子殿下がわらわの元に足蹴く通うのか?…まだ、成人すらしていない、12歳の子供の元に。

全部、ケンとどこかで会うから、と踏んでいたのだろう。

最も、わらわはもともとリヴィエルトにいい感情を持っていない。だから、この勘繰りが誤解であったとしても、結果的にわらわがケンの居場所をリヴィエルトに教えてしまったことには変わりないのだ。


「可能性が、ないわけではないと思っていた。…でも、僕は」

「彼を見つけて、どうされるおつもりだったんですか?」

「僕は!」


―――ここで、少し、最近のこのレスカーラの国事情を説明しよう。


今から半年ほど前、現国王陛下が病で倒れられた。

それからというもの、もともと帝王学を受けていた直系の嫡子であるリヴィエルトがその職務を代行している。

 このレスカーラには、約137個の名前と爵位を持つ貴族たちが存在している。爵位は全部で5つ…上から侯爵、公爵、伯爵、男爵、子爵の順位。侯爵マーカスは、主にある程度の広さの領地を持つ、王家に連なる者たち全ての称号となる。次に公爵デュークは、王家を除いた爵位の中でも一番位が高く、その称号を使える家門は多くはない。

 それから伯爵カウント男爵バロン子爵ヴァイカウントとある。それらが後世に爵位を授与できる正式な称号であり、民衆の認識する「貴族階級」というものだ。

ありきたりというか、基本的に爵位を持つ家長が何かあったときには三親等の直結男子が継ぐことになるわけだが…、ベルメリオの場合は少し違う。


 彼の父君は現在の王の兄君…すでに故人ではあるが、リヴィエルトとはいとこの関係にある。そして、現王の王の子息はリヴィエルトただ一人のみ。…つまりは、ケンもまた、継承権の資格を持っている。

だが、ケンには、後ろ盾となる家門はことごとく潰されてしまった。なぜなら、現在の国王陛下は、先代の王陛下を恨んでいるという噂があるから。理由はわからないが…最も、12歳のになったばかりのアリセレスの知識ではその程度で、事の真偽は不明だ。


が…彼の後見人になりそうな、先王に付き従う家門は少なくない。つまりは目下、ケンの存在はリヴィエルトに脅威を与えているのだ。ちなみにうちは、中立。まあ、父は…どうもリヴィエルトに傾倒し始めているようだがな。


リヴィエルトには、昔から後援している貴族が数多く、既に次世代に向けて水面下で暗躍している。それが、妃殿下の選択だったり、邪魔者の排斥なわけで。

すなわち、ケンに味方は多くない。むしろ敵だらけ、というわけだ。


「殿下!」


案の定、どこからか武装した騎士達がこちらに向かってくる。…リヴィエルトの護衛のようだが、その割には随分と殺気立っている。


「見つけ次第…攻撃せよ、とのご命令ですか?…ならば」


わらわは、のんきに草を食んでいた馬の尻をケンの方に向かって蹴った。馬はひぃいんん!と甲高いいななきを上げ、ケンの方に向かって突進していく。


「逃げろ!!ベルメリオ・ケン・アルキオ!」

「!!」

「アリセレス…!君は」


リヴィエルトが叫ぶと同時に、ケンはそのまま突っこんできた馬に飛び乗り、どこかへと走り去っていく。それを目視で確認し、彼の姿を背にしてリヴィエルトの瞳を真っすぐ見た。


「さあ…私を襲って、彼を追いますか?」

「…何で 君()()…あいつばかり」


ん?わらわまで…とは?

とにかく、ケンを追う気満々だった護衛兵たちはそこで足踏みし、持っていた矢を放つことも、馬でわらわの横もすり抜けることもできず、おろおろとした。…いい気味だ。


「私は友人の危機を黙って見過ごすことはできません」

「友人…」


それからリヴィエルトは、何かをこらえるように瞳を閉じて、再度わらわに向き直る。


「きみの覚悟はわかった。…でも、忘れるな、アリセレス・ロイセント。君はこのレスカーラ王国で最も位の高いロイセント・デュークの一人娘。…その血統こそ、王室に相応しいということを」

「私の血統が尊いのは重々承知しておりますが、伴侶を選ぶ権利と友人を選ぶ権利は別ですもの。選択権は…常に私の元にあります」

「…今日はここまでに。君は従者たちに送らせるよ」

「お気遣いなく。…少し行けば、我がロイセント家の領地の境界になりますので」

「僕は諦めない」

「…結構なお覚悟です事」


本当、何をそんなにわらわに求める?リヴィエルトよ。

すると、すぐそばで誰かがため息をつくような声が聞こえた。


「…?」


少しだけ、左目が痛む。

ある程度コントロールできるようになったとはいえ、この左目は今だに姿なき者たちをとらえる。

振り返ると…百合の花を背に佇む女性。

哀し気な表情で、何かを訴えるようにこちらを見つめる。


『…て、…子を』


幾度となく、ケンから感じた百合の花の香。

それは、かつてわらわが魔女だったころ、付き合いのあった人間も同じものを好んでいた。


「そなた…リリィ?」


その名を呼んだ瞬間。彼女は消えてしまった。



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