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12 アリセレス、12歳の初夏


「全部…消えて燃えてしまえばいい」


ぽつりとつぶやいた言葉は、夜の風に乗って消えた。

びゅう、と風が吹き、鬱陶しいくらいに伸びた長い髪が舞い上がった。窓を閉め、彼は百合の館の象徴である、自分の背丈ほどある白いユリの絵画の前に立つ。

…それは、母上が亡くなる前の日に書き上げた遺作だった。


「これを燃やすのはもったいないけれど…」


この場所にいれば、自分に自由はない。

この場所にいると、息が詰まる。

この場所にいると…いつか、自分は殺されるだろう。

そう、この国に巣食う権力と金の亡者共に。


「…母上、申し訳ありません。俺は、俺の道を行って…あなたをここに置いていきます。」


彼はそう言って、不敵に笑い、手に持っていた灯油を、あたりにぶちまけた。



―――この出来事が起きる、10日ほど前のこと。




その日も、わらわは何時までもやってこない待ち人を待ちながらため息をついた。

程よく伸びた枝に足をかけ、かつてキルケがやっていたよりも、慎重に昇っていく。やがて一番高くて太い枝のところまで到着すると、そのままそこに座り込んだ。

…遠くの開けた場所には、色とりどりの百合の花がゆれているのに気が付く。


「あそこの百合はなんだかんだで持ち主もいないのに、勝手に成長するなあ」


そよそよと、初夏らしい爽やかな風が金色の髪を揺らす。

燦燦と照る太陽を見上げ、わらわは木の上に立った。ケンと会えなくなってから、かれこれ四年が過ぎた。あの百合畑に行く道はあやふやになってしまったが、この辺りで一番高い木の上からその場所を見ることができる、と気が付いたのは最近のことだ。

ただ、上から目視で確認することはできても、この青々と茂った木々を縫ってあそこまで到達するのは恐らく難しいだろう。…それくらい、この森は広いのだ。


「どこで何をしてるんだか」


腕に括り付けてある、金色の紐ブレスレットを眺めて再びため息をついた。

これは、あいつからもらった物だ。何となく物思いにふけっていると…


「おーじょーお さーまーーーーー」

「……」

「聞こえてますよね―――!」

「……はあ」


これは、メイドのレナ声だ。

彼女がわざわざここまで呼びに来たということは…『奴』がやってきたのだろう。


(あ―――憂鬱)


それは一年前の事。

かつてあった一件からすっかり仲直りをした若夫婦は、あれから一層健やかに二人の仲を育んでいった。…そう、健やかに。まさか、子供まで生まれるほど、夫婦仲が改善されるとは。

本当に想定外…ううん、予定外?

年の差12歳の弟が生れた。…いや、わらわの実年齢を加算すると、とんでもないことになるが。

そして、新たな問題が再浮上する。それが。


「…こほん。リヴィエルト殿下から、アリセレス、ぜひお前を婚約者候補に推薦したいと直々のお申し出があった」

「丁重にお断りします。私は、将来女公爵になるので、どうせなら婿が欲しいです」

「…そうはいっても、セイレムがいると…話は変わってくるぞ?」

「うっ」


そう、公爵家を受け継ぐ直結の男子が生れてしまったのだ。つまりは…わらわはどこぞの嫁に行く可能性が浮上したのだ。

それから…リヴィエルトの、怒涛の猛アタックがはじまったのだった…。


「お―きゃーくーさ―まーで―――す!!!」

「わかった…」


下を見れば、レナはなんとわらわの特製メガホンを持ってきているので、客人が来たことを絶対に伝える、という強い意志を感じる…。

木登りというのは、降りる時が一番大変だ。まあ、何度も昇っては降り、を繰り返したわらわにとっては、油断しなければ大丈夫っと。

足と腕にわずかに強化魔法をかけ、軽やかに地面を目指す。


「そのメガホン…よもや使いこなすとは」

「はい、これ便利です!さすがお嬢様です!!」


最近のわらわの趣味…それは、『魔法道具』を作製することだった。森の落ちてる薬草やら木の枝やらガラクタを集めては、ものを作製する。

貴族の令嬢としてはどうかと思うが、そこはぬかりなく、隠し趣味としてわらわの癒しの時間を提供してくれている。

表面上は、「趣味は狩です(怪しげな動物実験の為)」とか、「薬草を使った医学を少し…(毒も扱います☆)」とかありきたりな趣味を述べ、ほほ笑むくらいの社交性は身に着けた。

うむ、嘘は言っていない。ただ、ほんの少し、度が過ぎるだけだ。そう言えば、やれ知的だ、とかなんと健康的で高尚な趣味をお持ちで!とか褒められるので、悪い気はしない。

レナの持つメガホンも、その一つ。ただのメガホンではない、魔力を微力に使うことで拡声器にもなるという代物だ。


「…それ、特許を取って、商品化するのも悪くないな…」

「あ、でもやっぱり使いすぎるとくらくらしていしまいますう…」

「うーん。魔力の消費が大きいのが改善点か」

「は!そう言えば、…その、お客様が」

「わかってる。…はあ、毎日毎日、よく来るなあ…」


今のわらわは…ドレスは着ていない。

恐らく、これもはしたないとかなんとか言われそうではあるが、いわゆる「パンツスタイル」という奴だ。…よく言えば、男装?か??

まあ、12歳なら許される範囲かもしれないが。さて。


「着替えますか?」

「いい。…あいつでしょ?」


わらわがそう言うと、レナはしーっと人差し指を口元にあてる。


「不敬罪!!侮辱罪の可能性!」

「…ないって。それであちらがひいてくれるなら、願ったりかなったり…」

「アリセレス!!」

「!!」


ぎく。

まずい、油断した。一度ため息をついて、くるりと後ろを振り返る。

目の前に立っていたのは、今の季節らしく、牡丹の花束を抱えた仇敵…もとい、リヴィエルト王子だった。


「なかなか来ないから、迎えに来た」


今は…確か、16歳、か?

まだ大人の男性とはいかない容貌だが、美少年という部類に入るのは間違いないだろうが。この…顔が!なんだろう、年を追うごとにどんどん苦手になっていく。

そんな美少年は、真っすぐに目を見てからと笑った。これはこいつの癖?じゃ。

…この仕草で夢を追う乙女たちはときめくんだろうなあ。うらやましい。


「……リヴィエルト様」


その笑みに合わせてにっこりと、なるべく優雅に、にっこりと。

口角を両脇に両脇に上げ、少し小首をかしげる。


「申し訳ありません、この通り…外で森の散策をしておりまして。お目汚しをさせるわけにも行きません、今日は」

「なら、そのまま乗馬はどうだ?!」

「え」


そして、数分後。


ああ、馬っていいなああ!!

早いし、かっこいいし、風を切るし!!


「大丈夫か?僕にしっかりつかまって!」

「…はあい」


わらわは、何かに負けたような気分で、仲良く相乗りをしている…。

いっそ、自分で乗馬を習おうとも思ったのだが、家族に止められてしまったのだ。それをどこからか仕入れてきたのか、リヴィエルトはよく乗馬に誘ってくる。

…馬好きなわらわが断りにくいのを知ってるようだ。


「ええと、リヴィエルト様…、お父様に変わって職務を代行されていると聞きました。ご多忙なのでは…」

「いや、毎日長い時間書類と向き合っていたら、疲れてしまう。君に会いに来るのはとてもいい気分転換になるんだ」

「そうですか…」


いや、他にもいるだろうに、婚約者候補が!ぞろぞろぞろと。

今や、年頃の令嬢の最高の標的は、言うまでもなくこ奴だろう。なぜ?どうしてこやつはわらわのところに来る?!


(政治的な理由…はあるだろうけど)

なんだか、怪しい。…考えすぎだろうか?


「そう言えば…君は狩が好きなんだろう?今度、狩猟大会があるけれど…出場するのかい?」

「いいえ。狩猟大会は参加資格として、15歳以上でしょう?私はまだその年齢にも及びませんもの」


そう、この国には、夏を終え、秋に差し掛かるころ、狩猟大会というものが催される。

男どもは獲物を自分のレディーに捧げ、レディ―はそれを受け取り、お守りとしてハンカチを贈る。ありきたりなイベントだ。

最も、レスカーラのみならず、周辺国家からも賓客を招いて参加することもある…ので、人脈をこしらえつつ、接待しつつ、自分のフィールド拡大のために暗躍する。貴族にとっては遊びながらワンランクアップの自分に持っていける重要なイベントだ。

それが無事終えたら、その辺でたびたび行われている貴族達のお茶会など、今節の社交パーティーは一度〆、となる。


「それなら…僕に、ハンカチをくれないか?」

「…え」


えぇ…嫌だなあ。

あ、つい心の本音が。口に出さなくてよかった。


「嫌かな?」

「え?!えぇとー…あまり 刺繍は得意では」


しどろもどろに答えるが、今の状態は逃げにくい。

何せ、わらわのすぐ後ろには、支えるように体を密着して座るリヴィエルト。ものすごい至近距離である。


「…ダメかい?」

「‥‥あう」


う、うまく断る理由がない…。

仕方なく、頷くと、リヴィエルトは嬉しそうに笑った。


「…本当?嬉しいよ」

「あはは…は…し、失敗しても文句は言わないでくださいね?!」


本当、なんでこ奴の好感度はこんなに高いのだ?

いつもいつも塩対応を心がけているのに!!…そう言えばいつかお母さまが言っていたような。


「男性はつれない態度を見せると、やきもきするでしょう?だから、たまにはリカルド抜きで一緒に買いものに行きましょう?」


そういうモノか?と、当時は思ったものの…今の現状が、もしや。


「アリセレス、君のそういうところ、僕は好きだな」

「……はっ!!」


これかああ!!?

冷たくされるの好き、なんて…おかしいだろぉおお!!

そうして…一人自問自答を繰り返していると、ふと、見たことがある道に出た。


「…この道。リヴィエルト様、ここを真っすぐ!」

「?わかった」


間違いない。

目印にしていた高い木は…折れてしまっているけれど、他の景色は…一年以上も通ったんだ。見慣れている。


(ここを抜けて…開けた場所に出て…緩やかな、谷になっている。)


鼻をかすめる、百合の花。ああこれは。


「!ここは」

「…嘘、やった…ここ」


馬の上で少しもがいて、地面におろしてもらう。

急に突風が吹き…その風を追うのだが。わらわの前をリヴィエルトにさえぎられてしまった。


「…随分と、久しぶりじゃないか」

「え?」


さっきとは比べ物にならないほど、冷たい声。

背中越しに見えるのは…。


「はあ、会いたくなかった」


ドクン、と鼓動が跳ねる。

何時か聞いた声よりも低い声。


「ベルメリオ…!ずっと、探していたぞ!」

「リヴィエルト…それに」


鬼百合と似た色の髪。

琥珀色の瞳はじっとこちらを見据える。


「…アリセレス、お前も、久しぶり」

「……ケン」




あっという間に再会してしまった。

ブックマーク&評価いただいた方、誠にありがとうございます。精進します!

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