11 友達
それは、ある晴れた日の午後の事。
まあ、恐らくもう一度会うだろうな、と思っていた人物と感動(?)の再会を果たした瞬間だった。
「ケン様…何でここに?!」
「それはこっちのセリフだけど…」
場所は、…どっかの森。
一面の百合畑になぜかこの高貴なるお方がぼっと突っ立っていましたとさ。のに、なんだか、ケン少年はすねたように顔を背けてしまった。
「様はなくしてもいいって言わなかったっけ?」
「そ、そういうわけには」
「真面目だなぁ…距離を感じる」
いや、不機嫌の理由はそれかい。
ふと、視線を感じる。
「…おじょー様、こいつ…いや、この方は誰だ?」
おい、キルケ…言葉遣いが滅茶苦茶だ。
まあ、わらわと初めて会った時みたく、へこへこしないなんて…成長したなあ。
「無礼なやつだ。…名は?」
「おれはキルケだ!」
「ふうん…アリセレス、お前の従者かな?こいつ」
「いや…友達、です」
「!」
「友達、ねえ」
「へへ…友達かあ」
締まりのない顔でにやにやしてるキルケを、ケンが冷ややかな目で見る。
すると、突然ググっと距離を縮めてわらわに近づいてきた。
「じゃあ、俺は?」
「え?」
「これでも、レディの婚約者に立候補したんだし…」
「お、おい!おじょー様に近づきすぎだ…です!」
その間をキルケが割り込む。
と、言うか…ケン少年め、それはただの芝居の一つだったんじゃないのか??
「うーん…一応王族だし、友達なんて軽々しく」
「え?!!王子?!!」
「ソレは傷つくな~、レディはそう言って俺を差別するのか?!」
「さ、差別って!そんなつもりじゃ」
そんな白々しい態度で言われても。
「ならいいだろ?じゃあ、俺もこいつと同様、友達ってことで」
「は、はあ…」
なるほど、これがケン少年の本性(?)か。
まあ…やたらキラキラして、絵にかいたような王子様を見るより数段ましだな。‥そして、今度はキルケが面白くなさそうな顔をして…二人の不毛な言い争いが始まった。
「ふん!でも、先におれのほうが友達になったのが早いからな!」
「でも、アリセレスと出逢ったのは俺の方が先だ」
「~~ムカつくな!ケンとか言ったっけ?友達なら友達同士ため口でいいよな!!」
「まあ、特別に許可してやるよ!」
なんだこの子供たちは。
だ、だめだ。笑っては…しかし。でも
「ふふ…」
「ん?」
「あはは!!」
耐え切れず大爆笑してしまった。
「何で笑うんだ?!」
「逃げるが勝ち!だ!」
キラキラした時間だなぁ。
百合の花はどれも綺麗だし、空も美しい。友達になった二人は元気いっぱいだし、思い切り走ってもつかれることがない。…子供の体力は無尽蔵だ。
などとのんきにしていると、ふと、どこからか強烈な視線を感じた。
「!」
ぐるりと見渡しても、その視線の主は見当たらない。
気のせいか?左目の痛みもない…となると。そういう関係の者たちではなさそうだし。
「アリセレス?」
「…ここは。ケン…の邸か?」
「ああ。…そう」
「そうか…」
ケンを見ると、謎めいた笑みを浮かべている。
「なんだ?にやにやして」
「いや…また、遊びにきてよ。君なら大歓迎だ」
「ああ。…そうだ、 じゃない ですね!」
「いいよ、普通にしゃべって。アリセレスならいいってこの間も言っただろ?」
ああもう、ダメだ。
まあいいか!
「なあなあおじょー様!!おもしろいもん見つけた!これ何ーー?」
「少しは自分で考えろ!キルケ!ってか、それは…虫の幼虫?!!そんなもん棄てなさい!!!」
一通り走って笑って…日が暮れるまで遊んだのは、本当に久しぶりの事だった。
**
もう日が暮れるから、と帰ろうとした二人は、放っておいたら迷子になりそうなので道を迷わない場所まで案内をした。
去っていく二人を見て、複雑な気持ち見送るころには、もう日も暮れていた。
「…元気だな、でも…」
後姿が完全に見えなくなるころ、歩いて自分の邸に続く道に戻る。うっそうと茂った森を歩き、低い木と草に覆われた道を進んでいき、人一人やっと通れるような狭い道幅をまっすぐ歩く。
ケンは、この道が嫌いだった。…特に、夜の時間は、そこかしこから、得体のしれない『何か』や、様々な気配を感じるのだ。
ただ見ているものもいれば、何かを訴えるように体に障ってくるもの。木々の隙間から覗いては、様子を窺う人間外の生物。
「二人が、こっちまで来なくてよかった」
そして…一番嫌なのは、自分の邸の扉の前。
『………』
(今日もいる)
それは、血まみれの白いマント姿の人物。白髪の混じった髪の間から血を流し、首の部分が少し捻じ曲がっている。伸び放題の髭は、赤黒く、ずっとうつむいている男性。
一度ため息をつき、その横をすり抜ける。なるべく、目を合わせないように。過去に一度、目を合わせた時、原因不明の頭痛にさいなまれたことがあった。つまり、『害をもたらす者』なのだと、ケンは認識していた。
(こいつを…アリセレスは見ることができるんだろうか。それに)
自分は見えても、どかし方…この目障りな連中を消滅させることができないのだ。
「とはいえ…まさか、こんなこと、相談できるわけもない」
どこか諦めに似た気持ちで邸の門をくぐる。
「おかえりなさいませ、坊ちゃま」
「…ああ」
ケンを迎えるのは、年老いた執事と、数人のメイドのみ。
「母上は?」
「…いつも通りでいらっしゃいます」
「そうか」
「でも、一度外に散策に行きたいとおっしゃったのですよ…結局敵いませんでしたが」
「…うん」
外には『あいつ』がいる。
「無理はしなくていいよ、きっと」
「坊ちゃま、しかし」
「…もういい」
階段を上り、奥の部屋を開けると、母が笑顔で迎えてくれた。
「おかえり」
「ただいま、母上」
母の銀色の髪の毛が少し揺れる。
…元は、自分と同じ赤銅色の髪だったが、今の母の髪は真っ白だった。
「元気でお過ごしでしたか?」
「ええ。今日はね、あの人が遊びに来てくれたの」
「あの人?」
「ふふ、内緒。彼女は自分のことを他人に話すと怒るから…」
「僕にも教えてくれないんですか?」
「だーめ。きっと、あなたには見えないわ、ベル」
「…けがなどしないのであれば、僕は何も言いません」
「うんそうね!…あら、珍しいお客様だわ」
くすくす楽しそうに笑いながら、母は人差し指を唇に当てる。そのままケンに背を向け、壁に向かってにこやかに話しかける。
「あらあら、迷子?どうしてこんなところに来ちゃったのかしら?」
「……っ」
母は、心が病んでいる。
見えないものを友と呼び、見えるものは拒絶する。…自分の世界に入り浸り、姿なき住人達と過ごすのを好んでいた。
医者は言う。いつか、治る日が来ると。
でもそれはいつ?明日?それとも明後日?…10年後?
(こっちがおかしくなりそうだ…!)
父はいない。
10年前のある事件で、『宣告の広場』の露となって消えたから。事件の真相は、わかっていない。…わかるはずもない。闇に葬られたから。
それが無念だからだろうか?
父は今も、あの凄惨な姿で家の前に立っている。
「まあ、そうなの、それは大変ね」
自分よりも楽しそうにか話す母に背を向け、部屋を出た。
自室に戻り、目と耳をふさぐ。
(聞きたくない、見たくない)
ぎゅっと瞑った瞼の奥に、ふと、アリセレスと、キルケと別れる時の光景が思い浮かんだ。
「とりあえず、これで、おれとおじょー様と、ケンは友達な!」
「でも、キルケは明日にはいなくなっちゃうじゃない」
「なんだ、そうなのか」
少し残念そうなケンを見て、キルケがにっと笑った。
「また、会えるんだろ?…まあ、その頃にはおれはもっとホンノーで生きる、カッコいい男になってるけどな!!」
「…そりゃ、楽しみ。ただの本能のままに生きるバカになっていないといいけどな」
「なんだよそれ!!」
「はいはい。二人とも。…私はまた、くるぞ、ケン!」
「ああ。…待ってる」
「あ、そうだ」
ふと、アリセレスが自分の手を掴んで、ぐぐっと顔を近づけた。
「!な なに?」
「この間はありがとう!!すごく助かった」
「…この間?」
「そう、邸に来た時、リヴィエルトの事も、あの亡者からも助けてくれただろう?」
「ああ…」
「だから、今度は私が助ける番だ!…何かあったら、力になるぞ!」
「へえ、どの辺まで?」
「私のできる範囲で!だな。…でも、友達だから、全力は尽くす!何かあったときには、言ってほしい」
その言葉を言うときの表情は真剣そのものだった。
「一人で、考えすぎるなよ。私はいつでも、味方だ!」
「……」
何かを察したのだろうか?…彼女はとても不思議だ。
(味方、だなんて心強い)
「あの子がいる世界なら、まだ…」
そんなに悪くないかもしれない。でも、自分はいつかここを離れる。
だから…その時が来たら、迷わないように。
執着を遺さないように、再び目を閉じた。
―――それから、わらわはユリが盛りを終えた後も、そこに通った。
ケンとは他愛のない話をしたり、遊んだりして、穏やかな時間を過ごした。でも、ケンは自分のことをあまり話したがらない。
まあ、それはお互い様だし、向こうは高貴なる身分の方。色々とあるんだろう。でも、その距離感がわらわにとって、ちょうどよかった。
冬はさすがに雪が多くなるので、森には行けない。
なので父から譲り受けたあのノーザン・クロスの邸で自身の修業を積んだ。魔力はあっても、使いこなせなければ意味もない。
そうして…雪が融けて、百合畑に行くのだが…ぱったりと、ケンと遭遇しなくなった。
その頃から、王国に不穏な話が起き始めていたから…かもしれない。
国王陛下が、体調を崩してしまったのだ。
第一位継承権を持つ、リヴィエルトは若くして父の業務を代行し、その頭角を現していく。だが…それに反比例して、ベルメリオ・ケン・アルキオはその存在感を徐々に失っていく。
彼には、後援者がいないから…先代の王の血統だ受け継いだだけで選ばれた王子だと、方々がささやく。そして、ある噂が飛び交う。
「実はもう死んでいて、それが明らかになっていない」
そんな噂は信じていないが、真偽を確かめようと、使いを出し、邸にも赴いたのだが。どう頑張っても…なぜか、彼の邸にたどり着くことはできなかった。
そして、季節になって、百合畑を探すが…2年たった後はもう、その場所すら曖昧でわからなくなってしまった。
それから、3年が過ぎて…わらわは、12歳になった。
そこで大きな変化が起きた。
義妹ではなく…弟が誕生したのである。




