123 不本意な再会
「それで…何処に連れていくんだ?」
「……」
「だんまりかよ」
キルケは、がっちりとしたスキンヘッドの男に腕を掴まれ半ば引きずられた状態のまま歩いていた。抵抗しても無駄と察してされるがまま歩いていると、突如目の前に白い仮面で顔を覆い、同じく全身真っ白いローブで身を包んだ女性魔道士が姿を現した。
「貴方がキルケ?…初めまして、私はアルヴィオーレ・ノーツの騎士、アイリス。私が案内役を務めるます」
「案内って…どこに」
「あなたはまだ正式な白騎士として任命したわけではない…今から行くのは、その最終試験のようなもの」
「……最終試験」
ロクでもなさそうだな、と視線を動かしながら思考を巡らせる。
(隙を見て逃げ出せるならそうしたいところだけど…)
あいにく縁遠すぎる王宮内の道など覚えているはずもない。
人っ気のない長い廊下を連れられ、たどり着いた先にあったのは、明らかに薄気味悪そうな鉄扉の前だった。仮面の女が何事が呟くと、扉はひとりでに歩き、目の前に長い地階へと続く階段が現われた。
「どこに行くんだよ」
「行けばわかるわ」
相変わらず感情を感じないそっけない言葉の女の先導に続いていくと、無数の蝋燭が足元を照らす妙な部屋にやって来た。
(この香り…どっかで嗅いだような)
その部屋は窓もなければ証明は赤い蝋で固められた蝋燭のみ。
禍々しい色の赤い蝋燭が所狭しと並んでおり、どこか蒸し暑い。ただでさえ息が苦しく感じる空間で、窓もなく冷たいブロックの石が乱雑に並んでいるだけの壁だった。
長い時間い続けると意識がもうろうとしてきそうな程鼻につく香りが充満している。その光景は、かつてドロレスが監禁されていたあの部屋を彷彿とさせる。
少し違うのは、部屋の最奥に小さな祭壇のようなものがあり、そこに赤い水の入った金色の杯が置いてあるくらいだろうか。
「よく来たわね、私のかわいい子供たち」
甘ったるく、それでいて優し気な声にびくりと顔を上げる。
…全く年齢を感じさせないその姿は、ただひたすらに不気味で、作り物のような張り付いた笑顔はどこか不安にさせる。
(昔のセイフェスも…こんな感じの笑顔をよく見せていた)
「…あら、不安そうな表情。大丈夫よ、何も心配しなくてもいいのよ、ぼうや」
「あなたが、王妃…アルミーダ」
すっと伸ばされた手をかわすように顔を背けると、白い腕がぴたりと止まった。
「離してあげなさい、レオ」
「はっ…」
ぐっと一度後ろに引っ張られると、そのまま乱暴に突き放される。
「……うふふ。あなたが魔女キルケの子にして、あの白い魔術師の養い子?」
「セイフェスを知ってるのか?」
「彼は有名だもの」
「…あなたには、一度お礼を言いたかった」
「なあに?」
「妹を見つけてくれた。だから、ありがとう」
キルケがそう言うと、どこか面食らった様子で、アルミーダはほほ笑んだ。
「ふふ、素直な子は好きよ」
「…それで、オレは何をするんだ?」
「理解が早い子はもっと好き。…あなたの望みはなあに?」
「…望み?」
張り付いた笑顔のまま、言葉を続ける。
「あなた達は神が選んだ子供たち。全ての幸福と、完璧な未来を手にする権利を持っている」
「何もかも手にする権利と…完璧な幸福?」
「不安もない、悩みもない、焦燥感もない…何もかもが完全に調和された世界で、何不自由なく過ごすことができる…なぜなら、あなた達は選ばれたのよ」
「オレの望みは――」
ふと、アリセレスの笑顔が思い浮かび、ドロレスを思い出す。そして、ヴァネッサのことを。
「自分の手で、その完璧な幸福とやらをつかみ取ることだ」
「!」
伸ばされた白い腕を取り、アルミーダを盾に背後に回り込む。そのまま身に着けていたピアスを取り、その白い首に当てた。
「マザー!!!」
「お母さま!」
「動くな!!これには毒が仕込んであるからな」
「‥‥あら、おいたをする子は、だめねえ」
信じられないくらい低い声が聞こえると、キルケは何か見えない力で突き飛ばされた。
「っ?!」
慌てて体制を立て直そうとするが、思うように体が動かず、強いめまいに目がくらんだ。
「…なんだよっコレ…」
「レオ、そのままこの子の両手を抑えて」
「はい、マザー」
再び両腕を掴まれ、羽交い絞めにされる。
「く…!」
「何を恐れるの?」
優しい声のまま、アルミーダはキルケの顎をぐっと掴んだ。
「魔女から生まれた子供たちはねえ…幸せをつかむ権利があるの。それをどうして拒もうとするのかしら?何もせず、不安なく過ごせる…楽な方がいいでしょう?」
いつの間にか、手には例のグラスを持っていた。
「これはね、そのための儀式…心を真っ白にして、ずうっと母親のぬくもりを感じられる、素敵なご褒美なのよ」
「誰が飲むか!!そんな怪しげな…」
「さあ、飲みなさい。あなたにも、永遠の愛情を受け取る資格があるのだから…!」
ぎりぎりと背後を掴む腕も、顎を掴む腕も強くなっていく。
徐々にグラスが傾き、そのひと雫が零れ落ちる…その瞬間、その場を照らしていた赤い蝋燭の火が一斉に消えた。
「うわ?!」
「何…!」
ふと、力が緩んだのを感じ、キルケはそのままがむしゃらにつかまれた腕から逃げ出した。
ガシャン、と何かが割れる音、扉が開かれる音。…そして、自分の身体を引っ張る強い力。訳も分からず、とにかくその場から逃げ出すことを優先に考え行動していると…パッと目の前が明るくなった。
「?!」
「やあ、無事ですか?」
「…え」
聞きなれた声。思わず目から涙がこぼれそうになった。
「あ…」
「おやおや。君幾つでしたっけ…何泣いているんです」
「なっ…泣いてなんて」
こんなの子供みたいだといいつつも、頬に伝わる水を感じ、目を閉じた。
「…何処に 行って たんだよ、セイフェス‥‥!」
「少し愛弟子に特別な魔法を教えていまして」
ごしごしと目元を乱暴に拭くその手を掴む。
(こいつも張り付いた笑顔だけど、オレにはわかる。…あの女とは違う)
安心してそのまま脱力しそうにしていると、そっと背中を支えるもう一つの手があった。
「だいじょうぶ?」
「!ドリー…」
言いかけて、ぴたりと辞めた。
いつの間にか後ろにいたのは、長く黒い髪に青い瞳の女性…と呼ぶには少し幼いように見える。心配そうにこちらを見つめる瞳がじわじわと揺れ、ぽろぽろと涙をこぼした。
「よかった…お兄ちゃん、無事で」
「え」
キルケが知っているドリーは、もう少し幼く、背丈も腰の上のあたり。それに対してこの目の前の黒髪の少女は、そのドリーと酷似しているが、年齢が多分3.4個上に見える。
「あ あれ??ちょ、ま」
「待ちなさい!!!」
金きり声が響く。…仮面の女だ。
「あいつ…」
その姿を見たセイフェスは静かに首を振る。
「君はどうやら、出来損ないのようですね」
「ふざけた真似を…!マザーを傷つけた罪…後悔させて」
「ドロレス。…わかっていますね」
「はい!先生!!あなたよりも…私の方が魔法使いとしては有能です!」
「ぅえっ?!やっぱドリー??」
ドリーは杖をかざし、軽く回すと周囲の地面に落ちていた石やほこりが舞い上がる。そのまま女魔法使いの仮面をめがけて振り下ろすと無数のクズは容赦なく仮面に当たり、ちいさな傷でひび割れていく。やがて…粉々に砕け散った。
「?!きゃああ!…ああっ目が…っ!!」
アイリスは目を抑え、その場にしゃがみ込む。
「…そう、怒らないで下さいよ。もう去りますから」
頭上でふっと笑う気配を感じると、セイフェスは誰かと会話をするように呟き、そのまま陣を描き移動魔法を発動させる。
「待て!!!」
スキンヘッドのレイオンの怒声が聞えてきた同時に、キルケの目のまえの景色は一変した。
「…ここは オレの、部屋?」
茫然とつぶやくと、そのまま床に座り込んでしまう。
「…はあ…」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
そう言って…見慣れないドロレスがしゃがみ込んでキルケの顔を覗き込む。
「何で…大きくなってんの?」
「あ…ええと、たくさん勉強していたから」
「勉強って…」
「みんなを助けるのが、私の役目だもの」
「やくめ…」
何と答えたらいいかわからず、セイフェスの顔を見る。
「まあ、こことは全く異なる場所で魔法を教えていて…時間がずれた場所だったもので、いつの間にかこうなりました」
「こうなりましたって…」
改めてドロレスを見た。
「なんだよ…いくつ?ドリー」
「…わからないけど…お姉ちゃん、くらい?」
「16って…俺の知らない間に5年も過ぎてんじゃん…とりあえず、誕生日おめでとう」
「え?」
誕生日とは。何と答えたらよいか戸惑っていると、キルケは笑った。
「だって、五年も年増えたんだろ?…一回じゃ足りないか。五回おめでとうって言わないと」
「…あ 覚えて、くれてたの?」
「だって、約束したろ?毎年誕生日祝おうって」
「…っうん」
再び目がじわりと熱くなったドロレスは、そのままキルケを抱きしめた。
「ただいま、お兄ちゃん」
「おかえり。ドリー、セイフェス。…なんだかんだで、二人いないと、オレ寂しかったや」
その様子をため息交じりでセイフェスが見つめていると、突然すっと表情が消えた。やがて…口元を上げ、にやりとほほ笑む。
「お目覚めですね、名も無き魔女よ」
ふと、妙な気配を感じ、キルケもドロレスも同時に顔を上げる。
「なんか…来る?」
「お姉ちゃん」
2人が声をあげたと同時に、窓をガタガタと揺らすような突風が、雪を巻き上げながら通り過ぎた。
その風は、街全体を縫うように吹き付け、吹き上げられた白い雪で前が見えないほどだったという。同じ頃、その光景を王宮で見ていたリヴィエルトは、静かに笑った。
「うわ。すごい地吹雪ですね?!」
「ああ」
そして、それはアルミーダもまた感じていた。
「マザー!申しわけありません…」
「いいのよ、レイオン。それよりも、アイリスを助けてあげて」
「で、でも…」
「いいから」
「…は、はい」
アルミーダは何度も苦しそうに息を吐きながら、ゆっくりと起き上がる。
「…どうやら、早急に手を打たなければならないようね…」
そう、苦々し気につぶやいた。




